第362話 (幕間)ラフレシア討伐(後編)
「行ってくるわね」
マリアンデールは空けた大穴から、ラフレシアの中へ入った。
ヴァルターたちからすれば一瞬の出来事だったが、まだ戦っている最中だ。さすがに手一杯のようで、何も言われずに見送られていた。
(光はあるわね)
ラフレシアの中へ入ったマリアンデールは、キョロキョロと周囲を見渡す。
いかにも植物らしく、難しい構造はしていない。入ってきた穴を見ると、再生を始めていた。光は上空から降り注いでいる。口が開いたままなのだろう。
現在の場所は、花で例えると子房と呼ばれる部分に相当している。通常は果実になるところだ。
だがラフレシアであれば、胃の部分にあたる。
「ふうん。こうなっているのね」
次は中央から上を見渡した。
マリアンデールの頭上では、花粉を出すおしべが口の近くまで伸びていた。普通の花と配置が違うのは魔物ゆえだろう。
花粉は頭上の口へ向って舞っている。それを吐き出すことで、外へ飛ばすようだ。吐き出すための息は、周囲にある突起物から、口へ向かって吹いていた。
「こっちは……」
最後に周囲の床を見渡す。
すると、数名の獣人族や魔物が張り付けられていた。触手のようなもので、体を拘束されているようだ。
この状態が続くと、消化液で溶かされるのは時間の問題だろう。それは床から染み出すか、壁から垂れ落ちてくると思われる。
彼ら以外にも、魔物の骨が残されていた。
「「がああああっ!」」
そして、獣人族は風の衣の効果が切れていた。目が血走って正気を失っており、拘束から抜け出そうと体を動かしている。
この状態で助けると、とても面倒なことになる。
「やれやれね。死んではいないのだし、後で助けるわ」
その獣人族を見ていると、床から触手がボコボコと出たり入ったりしている。獲物を感知して、拘束するためだろう。
これには
「はぁ……。重力でも展開しておきましょうか」
(あいつらはどこかしら?)
自分の足元へ重力魔法を展開させたマリアンデールは、周囲を観察しつつ、ギッシュとエレーヌを探す。
すると、奥のほうから大声が聞こえた。
「グギギギギ……。くそっ! 抜けねえ」
「ギ、ギッシュさん! 頑張ってください!」
「賢者の魔法は駄目なのかよ?」
「さっき、見てたでしょ?」
「触手が再生しやがったな」
その声には聞き覚えがあったので、マリアンデールは歩いていく。
近づくにつれて声が大きくなり、目的の二人を発見した。
「ふふっ、無様ね」
「テ、テメエは! なんでここに居やがる!」
「た、助けてっ!」
ギッシュとエレーヌは、風の衣の効果時間が更新されていた。
この女の魔法だろう。それでも触手に拘束されており、ギッシュの腕力でも抜け出せないでいた。聞こえた話から察すると、魔法で切っても無駄なようだ。
すぐに再生され、再び拘束される。しかも腕や足、腰が拘束されて仰向け状態だ。一本ぐらい切っても、意味はなかった。
「なんでと言われてもね。貴方たちが溶けるところを見学に?」
「ふざけんな! テメエ……。助けに来たんじゃねえのかよ!」
「ものを頼む態度じゃないわね」
「お願い、助けて!」
「うるせえぞ、賢者!」
「私、死にたくない! 死にたくないのよ!」
エレーヌが半狂乱状態になった。助けなど来ないと思っていたところへ、マリアンデールが現れたのだ。
「貴女、死にたくないのね?」
「そ、そうです!」
「賢者にはプライドってもんがねえのか!」
「そんなものはないわよ! ギッシュさんと一緒にしないで!」
「テメエの助けなんざなくても、抜け出してやんぜ!」
「ふふっ、面白いわね。でも、今まで駄目だったのでしょう?」
「見てろよ。いま抜け出してやんぜぇ。グギギギギ……」
脳筋なのか、ギッシュは同じことを繰り返している。
だが腕力だけで、触手から抜け出すのは無理だろう。どうにかなるなら、人間より力の強い魔物が抜け出しているはず。
その方法では抜け出せないから、床で骨となっているのだ。
「くそっ! なんでテメエは平気なんだよ!」
「私? 足元へ重力圧を張って、触手を押し込めているわ」
「きたねえっ!」
「ふふっ。力があれば、こういうことも可能なのよ」
「ちっ。助ける気がねえなら、さっさとどっかへ行け!」
「待ってよ! 助けてよ!」
「だ、そうよ?」
「じゃあ、賢者だけ助けてやりな。俺は自力で抜け出してやんぜ!」
ギッシュは自分の命より、プライドを選ぶ人間である。
そのプライドも死んだら意味ないのだが、どうにも譲れないようだ。こういった人間は何人も見てきたが、最後には命乞いをしてきたものだった。
マリアンデールは、ソル帝国軍を
(あのときは面白かったわ。人間の将軍は私たちを侮って、強気に出ていたわね。結局は、靴を
サディスティックな笑みを浮かべたマリアンデールは、触手を抜け出そうと頑張っているギッシュを見る。
あのときは靴を舐めた瞬間に、重力魔法で潰してしまった。またやってみたかったが、本来の目的を思い出して
「もういいわ。時間がないから、さっさと終わらせるわね」
「なにっ!」
「え? 助けてくれるの?」
【グラビティ・リング/重力の輪】
マリアンデールは、ギッシュとエレーヌから背を向けた。
そして、得意とする重力魔法を使った。いつもの重力圧と違うのは、リング状の黒い輪っかを浮かべたことだ。
その重力の輪は上昇を始めて、ラフレシアのおしべを中心にして止まった。
「リバース!」
本来の使い方は、輪の中心へ向かって重力を放ち、物体を潰す魔法である。
その効果を、マリアンデールは反転させた。後は察せられるだろう。輪の外側へ向かって、重力が放たれる。
すると、ラフレシアは内部から押し出される形となった。
「大きいのは嫌ねえ。でも、魔力を多く使えば……。やっ!」
「なっ!」
「きゃあ!」
周囲には何かが破裂した、または引きちぎられるような音が鳴り響いた。頭上を見ると重力の輪が、少しずつ下降を始めている。
魔力を多く使うことと下降させたことで、ラフレシアは口から裂けているのだ。まるで花びらが開くように、外へ向かって広がっているだろう。
「後は……。トドメね」
マリアンデールは重力の輪を、地中へ向かって移動させた。
そして、本来の効果として使う。すると、地面が大きく揺れた。その原因は、地中へ埋まっている球根である。
ラフレシアは、球根こそが本体である。これを潰さないかぎり、何度でも再生してしまう。その本体を潰したのだ。
魔物と言っても
「終わったわ。こんな弱い魔物を相手に、ご苦労さまね」
「テ、テメエ……」
「ふふっ、『
ラフレシアを倒したが、触手は巻きついたままで緩まることはなかった。
そこで気を飛ばし、触手を破壊する。アルディスが苦労しながら上達させているスキルである。
マリアンデールなら、威力の調整はお手のものであった。
「た、助かったの?」
「早く起き上がりなさい」
「は、はいっ!」
「ほら、貴方も!」
「ちっ。これから抜け出すところだったのによお」
「それは悪いことをしたわね。時間がないのよ」
「な、なら、仕方ねえな。礼を言うぜ」
エレーヌは、半狂乱状態から脱したようだ。
すぐに起き上がって、マリアンデールの近くへ移動した。これは魔族が怖いという感情よりも、強者の近くに居て、危険を回避したいといった本能からである。
ギッシュも起き上がり、自慢のトサカリーゼントを整えながら礼をした。望んでいなくても、無事に助けてもらったことには変わりがない。
「後始末は大変よ。私たちはやらないけどね」
「おう。ラフレシアを倒したんだ。十分だろ」
「行くわよ。そこらの獣人族は後で助けなさい」
マリアンデールはギッシュとエレーヌを連れて、ラフレシアの中から出た。
上から垂れ下がってきた外皮は、力尽きて地面まで落ちている。そこを登れば、簡単に外へ出られた。
広場での戦いも終わっている。護衛の魔物は、すべて排除したようだ。精鋭部隊や勇者候補チームは、ラフレシアが動きださないか観察していた。
そして三人は、こちらを向いたヴァルターへ近づいていくのだった。
◇◇◇◇◇
ラフレシア討伐。
これは、確定事項となった。討伐隊の総司令官ヴァルターへ説明したマリアンデールは、シェラやフィロと合流していた。
「マリ様、お疲れさまでした」
「疲れてはいないわ。でも、魔力を多めに消費したわね」
「あれだけの大きさですから」
「さすがは魔族ですね」
討伐隊は総出で、ラフレシア戦の後始末を始めていた。
食べられていた獣人族も救出され、今は治療を受けている。花粉の効果だけでは、死に至らないが救いだろう。
吸い続ければ廃人と化すだろうが、まだそれほどは吸い込んでいない。数回ほど浄化の魔法を続ければ、正気に戻るはずだ。
そして今回の戦いで、数名の死者が出ていた。多数の魔物と連戦して、ラフレシア本体も暴れていた。太い
隊を分散させたことで、敵を押さえきれなかった分隊もある。
「フィロさん、普通の魔族では不可能ですからね?」
「そっ、そうですよね。マリ様は凄いです!」
「ふふっ、その言葉は受け取ってあげるわ」
討伐隊の全員が魔族だとしても、ここまで早く終わらない。
〈狂乱の女王〉を基準に考えては駄目である。
「マリアンデール殿、助かったぞ」
休憩中のマリアンデールところへ、ヴァルターが声をかけてきた。
指示を出すのが終わり、時間が取れたようだ。
「私たちには時間ないわ。そろそろ帰るわね」
「そうだったな。ガルド王のところへ戻るのだろ?」
「ルリちゃんと合流するからね」
「なら悪いが、ついでに報告書を渡していいか?」
「構わないわ。じゃあ、出発は明日にするわね」
「助かる。ローゼンクロイツ家には、いずれ礼をさせてもらおう」
「フィロをもらったわ。だから、気にしないでいいわよ」
「あの……」
フィロはヴァルターを見る。
討伐隊に在籍中は、ずっと精鋭部隊として一緒に戦っていたのだ。尊敬する隊長であり、現在は総司令官を務めている。習うことも多かった。
離れるとなると、その思いは複雑なのだろう。
「フィロも元気でな。ベルナティオ殿と会えるといいな」
「はいっ! でも、私が居なくて平気ですか?」
「はははっ。フィロの直感には頼ったが、問題はないぞ」
「そうですよね。みんなは強いですし……」
「皆と会うぐらいはできるだろ。なあ、マリアンデール殿?」
「いいわよ。従者として、しっかりと働けばね」
マリアンデールからすれば、フィロは拾い物で遊びの部分が大きい。
もし居なくなっても、今までどおりに過ごすだけだった。
「そう言えば隊……。総司令官、あいつらは平気ですか?」
「隊長でいい。あいつらって、シュンたちのことか」
「一緒に戦っていても、悲壮感が漂っていてですね」
マリアンデールがラフレシアの中へ入っている間、シェラとフィロは勇者候補チームと一緒に戦っていた。
だが動きに精彩を欠き、思うように戦えていないようだった。
「そうか。まあ、あいつらにとっては試練だろう」
「試練……。ですか」
「もともとギクシャクしてたしな」
「討伐隊に迷惑がかかると思いますよ」
「フィロの直感か?」
「そうじゃないですけど、普通に考えればってことです」
「はははっ。そのとおりだが、討伐隊への参加は自由だ」
「人間ですよ?」
「それでもだ。人間との交流は始まっているからな」
エウィ王国との人的交流。
これが活発になれば、多くの人間がフェリアスへ入ってくる。中にはシュンたちのように、討伐隊へ参加する者も増える。
エルフ族は別としても、今までのように閉鎖的なままではいられない。特に獣人族は、フェリアスで一番数が多い種族だ。人間と最初に交流する種族となる。
その責任を果たす必要があった。
「真面目ねえ」
「俺はそうでもないぞ。これは、大族長の考えだからな」
「確か、虎人族だったわね。パパから聞いたことがあるわ」
「〈猛虎〉カザンと呼ばれていたな。まあ、昔の話だが」
「寄る年波ってやつね」
「はははっ。だが、皆に尊敬されているぞ」
虎人族の〈猛虎〉カザン。
勇魔戦争では獣人族を率いて、魔族を森から追い出した男だ。その後は人間と一緒に、大トンネルまで押し返した。
そして戦争の責任は魔王スカーレットだけだと、フェリアスに認めさせた男だ。今でも魔族が隣人と思われているのは、そのおかげだった。
「まあいいわ。とにかく、明日出発するわね」
「話が長くなったな。すぐに報告書をあげる」
ヴァルターが背を向けて去っていった。
そして、フォルトの驚く顔が目に浮かんだ。それに笑みをこぼしたマリアンデールは、木陰へ腰を下ろしたのだった。
――――――――――
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