第361話 (幕間)ラフレシア討伐(前編)
ついにラフレシアが目視できるところまで進んだ勇者候補チームは、そこで繰り広げられている戦いに目を奪われていた。
「こりゃあ……。凄えな」
「ちょっと! でかいって!」
一番目を引くのはラフレシア本体だ。
なんと、五階建てマンションほどの大きさがある。高さとしては十二メートルくらいか。横幅は三十メートルぐらいはある。
頭上には赤と白の混じった花を咲かせて、そこから定期的に花粉を噴出していた。植物なので緑色をしているが、ところどころに黒い斑点がある。
他にも無数の
「交代する! いったん下がれ!」
そしてラフレシアを中心に、周囲は広場のようになっていた。
原生林の中に、ポッカリと空間ができたような感じだ。木は切り株だけが残り、草も潰されていた。
それらは養分として吸われているようで、カサカサに枯れ始めていた。木の幹は周辺に転がっていたり、遠くへ飛ばされていたりした。
おそらく、暴れまわったのだろう。
「ヴァルター総司令官、助かります!」
勇者候補チームの先を走っていたヴァルターの部隊が、魔物と交戦中の一隊と交代した。もともと精鋭部隊は十数名だったが、百名まで増員されている。
それらを十人で構成される隊にして、十個の分隊が作られている。各分隊にはエルフ族の援軍を加えられて、今回の討伐任務にあたっている。
戦っている魔物は、ラフレシアを護衛している魔物だ。ビッグベアやブラックヴァイパー、アルラウネやニードル・ブラッド・モンキーが暴れていた。
戦った経験のないアーマーゲーターも、地面を
「大盾、構え! 魔物どもを抑えろ!」
「「おおっ!」」
精鋭部隊の前衛を務める獣人族の戦士は、ヴァルターのように体全体を隠す大盾を使う。横へ隊列を組んで、それを前面に押し出し、向ってくる敵を抑えるのだ。
戦士たちは攻撃せず、守りに徹している。支援として防御魔法を受けて、ビッグベアの突進でも崩れることはない。魔物や魔獣は花粉の効果によって、ひらすらに攻撃するしか脳がなかった。
押さえるだけなら、そこまで難しくない。
「弓を引け! 放てっ!」
そして、後方から矢が射られる。指揮を執っているのは、エルフ族の戦士だった。この亜人種は、ほぼ全員が弓の名手である。
放たれた矢は、分隊へ近づいてくる敵を狙っていた。
「魔法使いは、手前の魔物へ攻撃しろ!」
獣人族の戦士が肉薄している敵は、魔法使いが担当する。
弓矢で敵の後方から攻撃するのは、一部のスキルを除いて不可能だ。狙える箇所が少なくなって、戦士たちに当たる可能性がある。
なので、発動場所を指定できる魔法の出番だった。岩の
それでも倒せない場合は、弱った敵を戦士が剣でトドメを刺す。
「お、俺たちも行くぞ!」
それでも、隊列の最横をすり抜けてくる敵も存在した。
知能が高い針血猿やアルラウネなどだ。凶暴になって知能が働いていなくても、生物の本能で体が動いているのだろう。
それらの中の針血猿が飛び出てきたので、勇者候補チームが迫っていった。
「おらあ! かかってこいや! 『
ギッシュが挑発系のスキルを使う。
『
知能がない相手に対しては、あまり効果がない。しかしながら攻撃されたと勘違いさせて、注意を引くことは可能だった。
「「ウキィ!」」
ラフレシアの護衛と言っても、強さが変わるわけではない。
針血猿の推奨討伐レベルは二十そこそこだ。凶暴になっても、群れていない。これなら、勇者候補チームでも対処が可能だ。
群れている場合は、推奨討伐レベルが跳ね上がる。
ゴブリンやオーク、オーガなどがこれにあたる。
「シバき倒してやるぜ! オラオラオラ!」
「「グギャ!」」
襲ってきた針血猿は、ギッシュという壁を突破できない。
剣自体が大きく長いグレートソードを、ぶん回しているからだ。身体強化魔法を受けた腕力を使い、近づく敵は頭を潰されたり飛ばされたりしている。
一見すると型も何もない無茶苦茶な戦い方に見えるが、すでに一つの戦闘スタイルとして確立させていた。何も考えず振り回していると思いきや、キチンと魔物に当てているところが恐れ入る。
ある意味では、攻防一体の戦い方だった。
「エレーヌとノックスは魔力を温存しとけ! ラキシスもな」
「う、うん」
「危なくなったら使うけどね」
「分かりました」
「アルディスは俺と一緒にギッシュの後ろだ!」
「ボクに任せて!」
さすがに危なくてギッシュの隣には立てないが、シュンとアルディスは戦闘態勢をとりながら後ろに位置する。
あの戦い方は、体力が持たないのだ。
「ギッシュ! 交代するぜ」
「お、おう。もうほとんど蹴散らしたけどな」
「後は任せろ! アルディス」
「まったく。もうちょっと抑えなさいよね」
シュンがアルディスと一緒に、ギッシュと立ち位置を交代する。
大半は倒したようだが、吹っ飛んだだけで済んでいたり、軽症で復帰した針血猿が残っている。
そのとき、ヴァルターから号令が発せられた。
「前進するぞ!」
「「おおっ!」」
その声に反応したシュンが、チラリと精鋭部隊を見る。
するとヴァルターの隊が肉薄していた護衛の魔物を倒し、ラフレシアへ向かって走り出していた。しかしながら、精鋭部隊のすべてではない。
他の分隊は、残りの魔物を近づけさせないために散開した。
「こっちも終わらせる!」
そして、シュンたちの戦いもケリがついた。このままラフレシアへ肉薄したいところだが、ヴァルターに止められている。
ならばと精鋭部隊の分隊と連携が取れるように、移動を開始した。
「休んでる場合じゃねえな。行くぞ!」
「う、うおっ! なんだ!」
「きゃあ!」
シュンが走りだそうとした瞬間の出来事だった。
ギッシュとエレーヌの悲鳴が聞こえたので、反射的に振り向いた。すると二人が、植物の太い蔦で巻かれていた。
「このっ! 放せや!」
「た、助けて!」
「ほ、解けません!」
「ま、待って! いま魔法をっ!」
ノックスとラキシスが、蔦に拘束された二人を救出しようとしている。
だが太いうえに、強く巻きついている。ラキシスでは力が足りず、ノックスも魔法の選択を迷っていた。
さすがに拙い状況なので、シュンは走り出して剣を振り上げた。
「うおおおおっ!」
「きゃああああ!」
広場に悲鳴が木霊する。
残念ながら間に合わず、ギッシュとエレーヌが空中へ持っていかれた。シュンが蔦の先を目で追うと、ラフレシアへ
同じような蔦は、広場を囲むように張り巡らされている。それらの一部が動いたようだった。おそらく二人を、餌と認識したのだろう。
ラフレシアの真上まで運ばれてしまった。
「「こっちもだ!」」
どうやら数名の獣人族も、同じ状況になっていた。
ラフレシアの口は、五階建てマンションの最上階にあるようなものだ。まだ護衛の魔物も残っているので、助けに行こうとしても不可能だった。
「ギッシュ! エレーヌ!」
シュンは大声で叫ぶが、声が届いたところで状況は何も変わらない。ラフレシアの真上まで運ばれた者たちは、拘束を解かれてしまった。
そして、口の中へ落ちていくのだった。
◇◇◇◇◇
精鋭部隊とは別に歩いていたマリアンデールたちが、広場へ到着した。
そして、どの魔物から遊ぼうかと品定めを開始する。
「マリ様、どうしましょうか?」
「猿ね」
「それは、マリ様の趣味では?」
「ふふっ。冗談よ」
マリアンデールが好きなもの。
それは、恐怖や絶望に
これでは面白くない。
「シェラのレベル上げに使えそうなのは……」
「ブラックヴァイパーですわ。精鋭部隊が戦っていますね」
「横取りするのもねえ。他にも居るかしら?」
「ラフレシアの近くに……」
「あ、マリ様。あの者たちが戦っていますよ」
フィロが勇者候補チームを発見した。
マリアンデールとしては、興味を失った人間だ。それでも「幸運のフィロ」の直感を思い出して、どうなっているか確認したくなった。
「あら? 人数が足りないわね」
勇者候補チームは、ビッグベアと戦っていた。
だが、挑戦的な大男とオドオドしていた女性が見当たらない。なかなか面白いことになっているようだ。
「フィロの直感が当たったのかしら?」
「かもしれません」
「地面には転がっていないようね。まあ聞けば分かるでしょ」
勇者候補チームを守るという依頼は終わったが、何故か二人が消えているので興味が湧いた。そこで、無造作に近づいていく。
ラフレシアに肉薄したいようだが、ビッグベアに進路を遮られている。何かを焦っているのか、戦い方が雑だった。
「邪魔よ」
【グラビティ・プレス/重力圧】
マリアンデールが無造作に重力魔法を使う。
すると、ビックベアの頭上に黒い球体が出現した。球体は地面へ向かって重力を発生させ、巨体を倒して押し付ける。
その瞬間を好機と見たシュンが、剣で頭部を割った。
「た、助かったぜ」
シュンたちは急いでいるようだ。
一瞬だけ顔を向けて走り出そうとする。しかしながらマリアンデールと認識した瞬間に、その場で立ち止まった。
「マ、マリアンデール……」
「私を無視しようだなんて生意気ね」
「い、いや。そうだ! ギッシュとエレーヌが!」
マリアンデールはシュンの話を聞いた。
その内容から察するに、戦闘が終わって油断したのだ。ギッシュとエレーヌは、ラフレシアに食べられてしまった。これには
後ろを見ると、フィロも同様の表情を浮かべていた。
「はぁ……。フィロの直感が当たったわね」
「で、ですから胸騒ぎがすると」
「そんなことを言ってる場合じゃねえ!」
シュンが怒鳴り出す。
こうしている間にも、二人がどうなっているか分からない。消化が始まっていれば拙いことになる。
だがそんな話は、マリアンデールに関係ない。もう依頼は終わっており、勇者候補チームを守る必要はなかった。
「諦めれば?」
「諦められるか!」
「いちいちうるさいわね」
「マ、マリアンデールさん! 助けてください!」
マリアンデールの機嫌を損ねたくないアルディスが懇願する。
この女は身の程を分かっていた。悲壮な表情を浮かべるとは、〈狂乱の女王〉を喜ばせるツボを心得ている。
これには機嫌が良くなろうというものだ。
「私が? なんで?」
「マリアンデールさんなら助けられると思って……」
「よく分かってるわね。そこのゴミ虫とは大違いだわ」
「なんだと!」
「シュン! 今は頼るしかないのよ!」
アルディスはエレーヌを親友だと思っている。
勇者候補チームを組んだときから、同じ女性として苦労を分け合っていた。どんなことをしてでも助けたいと思うのは当たり前だろう。
マリアンデールは怖いが、強いのは分かっている。
「マリ様、ちょっと……」
「何かしら?」
ここでシェラが、マリアンデールへ耳打ちする。
言われてみれば確かに、といった内容だ。
「使う予定があるのかしらね」
「それは分かりませんが……」
そして、シェラの耳打ちで思い出した。
確かにアルディスとエレーヌは、フォルトの絶対服従の呪いを受けて玩具になっていた。戦神の指輪の情報収集で使っていたのだ。
その片割れの女性が、ラフレシアに食べられている。ならば助けるのが、シモベの役割か。マリアンデールからすれば、二人を助けるのは難しくない。
まだ生きていればだが……。
「でもねえ」
(ラフレシアが大きすぎるわね。さすがに時空魔法は効かないわ。それにラフレシア自体が、時間対策になってるのよね。どうしようかしら?)
時空魔法は強力だが、対処方法はある。
その一つが、時間対策と呼ばれるものだ。とあるものを身に付けると、効果をかき消すことが可能になる。そのとあるものが、ラフレシアには
そして時空魔法の時間加速だと、マリアンデールの体が耐えられない。ラプラス種の力は、もう使うつもりがなかった。
「マリアンデールさん!」
「ふぅ、仕方ないわね」
「助けてくれるんですか?」
「貸しにしておくわ。でも、覚えておきなさい」
「え?」
「人間は魔族の敵よ。あいつのために抑えているだけ」
「お、おじさんですか?」
「ふふっ。その体でも使って、貸しを返しなさい」
「ええっ!」
マリアンデールの言葉に、アルディスが赤面する。
そうは言っても、フォルトは身内以外を抱かない。それでも実験と称して、セクハラまがいなことはやっていた。
当人たちは、それを考えないようにさせられている。よく思いつくものだと、別の意味で感心したものだ。
そんなことを思い出していると、シュンがまた怒鳴ってきた。
「なにを言ってやがる! そんなことをさせるわけねえだろ!」
「シェラとフィロは、こいつらと一緒に戦っていなさい」
「はい。マリ様」
「分かりました」
「聞いてんのか!」
「じゃあね」
シュンの言葉を無視して、マリアンデールは走り出した。
この生意気な人間は、ルリシオンの獲物なので手を出したくない。興味が残っているか分からないが、どう扱うかの選択権は溺愛する妹だ。
向かう先はラフレシア本体である。途中に魔物も居るが、一切を無視していた。ラプラス種の力を使わずとも、広場に存在する魔物では追いつけない。
「どきなさい! 『
「マリアンデール殿!」
マリアンデールはヴァルターの隊へ声をかけて、正拳突きを放つと同時にスキルを使った。それは、ミノタウロスを倒したスキルだ。
ラフレシアは植物である。硬い外殻はなく、大きさに合わせた硬さしかない。硬いというよりは太いので、剣で斬ることは簡単でも斬り落とすのは難しい。
それでも〈狂乱の女王〉の圧倒的な力で、ラフレシアに大穴が空いたのだった。
――――――――――
一万字に近くなったので、前編と後編に分けて投稿をします。
Copyright(C)2021-特攻君
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