第360話 ラフレシア決戦3

 ラフレシアやマタンゴに代表される植物系の魔物。

 それらが放出した大量の胞子が空中へ舞っている現象を、胞子の霧と言う。この現象が起きていると、視界が悪くなって周囲を確認できなくなる。しかしながら決戦前に行っていた討伐で、胞子を飛ばす魔物は倒してある。

 もちろんすべてではないが、現在は進軍ルートに存在しない。視界が良くなっており、敵の索敵も容易になっていた。


「風の衣は切らさないで」

「はっ、はいっ!」


 それでも、ラフレシアの胞子は漂っている。

 体の中へ吸い込むと拙いことになる。人間や獣人族、そして魔族でも、正気を失って味方に襲いかかる。その相手が異性であれば、繁殖を試みようとする。

 本体の近くなら、まるで護衛のように離れない。なんとも麻薬のような胞子で、敵が排除されれば餌として食べられてしまう。


「ほら、右から来てるわよ。木の上ね」

「え? 何も居な……」


 先ほどから指示している人物は、ゴシック調の可愛い黒い服を着ている。背の低い女性で、頭に二つの大きなリボンを付けていた。

 だが、その指示された先には何も存在しない。


「ギッ? ギャッ!」

「きゃあ!」

「早く!」


 ところがその場所へ、突然魔物が現れた。それに対してビックリしたエレーヌは、女性の指示で土属性魔法を発動させる。

 ほとんど反射的であった。



【ロック・ジャベリン/岩のやり



 木の上から襲ってきたのは針血猿だった。

 それはオスなのか、エレーヌを殺すというよりは犯すつもりで飛び込んでくる。しかしながら魔法で迎撃された後は、アルディスによって始末された。

 残念ながらレベルや魔力が低いので、魔法だけでは倒せない。


「あ、ありがとうございます」

「ふふっ、猿に犯されたほうが良かったかしら」

「っ!」

「冗談よ。そうなりたくなければ注意しなさい」

「はい……」


 エレーヌは、泣きそうな表情でうつむいてしまった。

 それでも、こんな場所で怖がってもいられないだろう。前回の討伐で減らしたとはいえ、まだ多くの魔物が徘徊はいかいしているのだ。


「あ、マリ様。真っすぐ進むと危ないと思います」

「どんな危険かしらね。貴方、見てきてくれるかしら?」

「い、嫌ですよ!」

「意気地がないわね。左へ向かうわ」


 この女性は、魔族のマリアンデールだ。従者にしたフィロを傍へ置きながら、ゆっくりと歩いていた。

 命令されたノックスも災難である。


「ほら、さっさと支援してやりなさい!」

「はいっ!」


 マリアンデールの近くにはエレーヌ、ノックス、ラキシスの後衛が歩いていた。その先では前衛を務めるシュン、ギッシュ、アルディスの三人が戦っている。

 それにしても、無様な戦いをするものだと思った。弱すぎて話にならないが、そんな勇者候補チームを見ながら口角を上げる。

 実に愉快であった。


(人間は蹂躙じゅうりんするほうが楽しいけど、たまには人間を使い潰すのも面白いわ。もし歯向かってくれれば……。そこだけが残念ね)


 マリアンデールが考えてることを実行すると、ヴァルターからの依頼を破ることになる。勇者候補チームを守ることで、フィロを従者として受け取れるのだ。

 この兎人うさぎびと族は従者として優秀であり、獣人族の中ではとても珍しい部族である。手放すのは惜しくなっていた。

 連れ帰って、ルリシオンと共同で使うつもりだ。


「うおぉぉぉっ! ブラックヴァイパーの巣だ!」

「二匹も居るわよ!」

「一匹でも大変なんだぞ! ふざけんな!」


 遠くから毒づくような大声が聞こえた。

 フィロが指摘した方向には、黒蛇の巣があったようだ。知らずに進んでいたら、マリアンデール隊が遭遇しただろう。

 これには笑みを浮かべてしまう。


「おいっ! 助けに行くぞ!」


 同じく大声を聞いたシュンが、援軍へ向かおうと声を上げた。


「行かなくていいわ。このまま進むわよ」

「なに?」

「フィロは偉いわね。ご褒美をあげるわ」

「え?」

「ちゅ」

「っ!」


 マリアンデールはフィロを勢いよく引き寄せて、顔が降りてきたところを、つま先立ちで口づけした。

 残念ながら背が低いので、そうやらないと届かない。


「んっ!」


 その瞬間に勇者候補チームの全員が固まった。

 背景へ文字を入れるとしたら、「ピシッ!」が妥当か。


「な、な、な、な」

「「きゃあ!」」

「フィ、フィロちゃあん」


 魔物の討伐をやっているとは思えないが、それも数秒の出来事であった。

 マリアンデールが、ほほを赤くしているフィロを放す。するとお互いの唇からは、透き通るような糸がつながっていた。

 それを舌でめ取ってから、挑発的な目でシュンたちを見る。


「いつまで遊んでるんじゃい!」

「あら、失礼。じゃあ、そこの三体をよろしくね」

「ああん?」

「ギ、ギッシュ! 後ろだ!」

「な、なにっ!」

「「グオオオオッ!」」


 ギッシュがシュンの声に反応して振り向くと、ビッグベアが三体も現れた。

 推奨討伐レベルは二十五だが、三体も居ると拙い。しかも一体は立ち上がり、二体はギッシュへ突っ込んできていた。


「うおおおおっ! もっと早く言わんかい!」

「聖神イシュリルよ、悪を通さぬ聖なる加護を! 『聖域の盾せいいきのたて』!」

「「グオオオオッ!」」


 なんとか間に合ったシュンが、ギッシュに並んでスキルを使った。

 二人の周囲には、透き通るような壁が出現した。それは頭上を頂点として、立体的な三角すいを形成する。

 その壁へ突進してきたビッグベアは、何も気づかずに透明な壁へぶつかった。


「「グギャッ!」」

「あ、危なかったぜ」

「ほら、頑張りなさい。今度は木の上から来るみたいよ」

「「こ、この、クソ魔族がああああっ!」」


 周囲には、シュンとギッシュの罵声が響き渡る。

 それからは、戦いの音が次第に大きくなっていった。アルディスも一体のビッグベアを担当して、それぞれで戦いを演じている。


「フィロは、ここで待ってなさい」

「はいっ!」

「すぐに戻るわ」


 その光景をマリアンデールは、フィロと一緒に見ていた。しかしながら、こちらへ向ってくる魔物を探知したので動きだす。

 そして、目の前の戦場から姿を消したのだった。



◇◇◇◇◇



「だああああっ! やってやったぞ!」


 勇者候補チームの周囲には、倒した三体のビッグベアが地面へ転がっている。

 エレーヌやノックスの支援もあり、なんとか窮地をしのいだのだった。


「クソ魔族! どうよ?」

「………………」


 大量の返り血を浴びてテンションの上がったギッシュが振り向くと、どこへ行ったのかマリアンデールが居ない。

 そして、視線の合ったフィロが首を振った。


「ああんっ? 居ねえじゃねえか!」

「まさかとは思うが……。逃げたのか?」

「あり得ないわよ! でもどこへ……」


 シュン、ギッシュ、アルディスの三人は、返り血を拭き取りながら、フィロの近くへ向かって移動する。しかしながらその歩みを止めるかのごとく、木の上からマリアンデールが降ってきた。


「うおっ!」

「誰が逃げたですって?」

「テ、テメエ。どこへ行ってた!」

「猿と草人間の処理よ。三十体ぐらいかしら?」

「「なっ!」」


 シュンたちが戦っている間に、マリアンデールは魔力探知へ引っかかった魔物の群れを討伐していたのだ。

 ビッグベアの急襲で、これ以上の戦いは無理と判断をした。魔力は温存しているので、三十体ぐらいの魔物であれば、重力魔法で一掃するのは簡単だった。

 ブロキュスの迷宮では、大量の迷宮ありを潰したのだから……。


脆弱ぜいじゃくな貴方たちだと、疲労で倒れるでしょう?」

「な、なら休憩を……」

「そうしなさい。でも、歩きながらにしなさい」

「分かった」

「ほら、風の衣を更新しなさい」

「はっ、はいっ!」


 出撃してからは、結構な時間が経っている。ノックスやエレーヌの魔法は術式魔法なので、精霊魔法より効果時間が短い。今のうちに更新させておく。

 そしてマリアンデールがノックスへ命令すると、シュンが難しい表情をして話しかけてきた。


「マ、マリアンデール。俺たちで遊ぶな」

「ふふっ、敬称が抜けてるわよ」

「………………」

「まあいいわ。ここで、私の隊は解散するわよ」

「え?」

「貴方のチームは、予定通り左側へ向かいなさい」

「ま、まさか!」

「ラフレシアが近いわ。精鋭部隊も移動を速めているわね」


 作戦ではラフレシアへ近づいたら、前線の部隊は左右の部隊へ合流する。

 それからは、精鋭部隊へ魔物が近づかないように壁となる。部隊同士の距離も狭まるので、相互で援護をやりやすくなるだろう。

 マリアンデールの役目もここまでだった。部隊を解散する話も、ヴァルターから合意を得ていた。

 勇者候補チームの護衛は、スタインの部隊へ引き継がれる。


「私は精鋭部隊と合流して、ラフレシアと遊ぶわ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺たちは……」


 ここでマリアンデールは、シュンに止められた。

 精鋭部隊からは外れたが、本当ならラフレシアと戦いたいらしい。


「貴方たちじゃ死ぬわよ」

「やってみないと分からないだろ?」


 なんとも面倒臭い話だ。

 ラフレシアは、シュンたちにとって未知の魔物。それも大物である。これと戦うことで、レベルを上げたいのだろう。

 勇者候補チームは、マリアンデールからすれば邪魔なだけ。しかしながら無視すれば、勝手に動かれる可能性が高い。

 そこで、今の実力を教えてやる。


「駄目よ。ビッグベアごときに苦戦するようではね」

「あ、あれは急に襲ってきたしよ。しかも三体だぜ」

「私が周囲の敵を掃除しなければ、貴方たちは死んでるのよ?」

「そうかもだけどよ……。なあ、ギッシュ?」

「まだ余裕だぜ! 強くなって、テメエをぶち殺すんだからよ!」

「ちょ、ちょっとギッシュ!」

「うるせえぞ、空手家!」


 相変わらずのギッシュを、アルディスが止める。

 この女は一度痛めつけたことで、身の程を知ったようだ。だからこそ止めたのだろう。これにはゾクゾクしてくる。

 それに比べて、大男は身の程を弁えない。


「まだ学習が足りないのかしら?」

「足りねえなあ。それとも俺が強くなって、殺されるのは嫌かあ?」

「負け犬の遠吠とおぼえ。でも、ないのかしらね」

「どうだかな。オメエが強いのは認めてやんよ」

「当り前よ。でもねえ……。フィロ」

「なんでしょうか?」


 今度は危険察知能力が高いフィロを使ってみる。


「貴女の直感だとどうかしら」

「うーん。行かないほうがいいと思いますよ」

「誰かが死ぬのかしらね」

「そこまでは分かりません。ちょっとだけ胸騒ぎがするだけです」

「だ、そうよ。やめときなさい」


 フィロの直感は危険と判断した。

 周囲には「幸運のフィロ」と呼ばれる兎人族で、その直感は総司令官のヴァルターも認めている。

 先ほども、黒蛇の巣を避けられた。


「ね、ねえ、シュン。行くのはやめよう?」

「エレーヌ、レベルを上げる良い機会だぞ」

「べ、別に上げたくはないわ」

「エレーヌ……」

「エレーヌさん」


 マリアンデールには分からない話だが、エレーヌは戦いを避けたがっていた。

 アルディスとラキシスに心配されているが、そんな三文芝居を見せられても困まってしまう。こんな所で、問答をしている場合ではない。

 そう思っていると、後方から怒鳴り声が聞こえた。


「なにをやっとるか!」

「よお! ヴァルターじゃねえか」

「ギッシュか。もうラフレシアへの攻撃は始まっているぞ」

「俺らにも戦わせろよ」

「駄目だと言ってあっただろ」

「ここまで来たんだ。いいじゃねえか」


 怒鳴ってきたのはヴァルターだが、ギッシュのしつこさに困り顔だ。

 すでに精鋭部隊の何隊かは、ラフレシアと戦闘を開始していた。急いで援軍へ向かいたいようで、マリアンデールへ顔を向けてきた。


「マリアンデール殿、作戦通りに動いてほしいのだがな」

「命令はしたわよ。でも聞かなくてね」


 マリアンデールも困っている。

 勝手に動かれるのもそうだが、討伐隊は軍隊ではない。ボランティアのように参加は自由であり、命令違反を犯しても罰する規則もない。今後の討伐隊への参加を断る程度であった。

 それでも、命を懸けた戦いへ臨むのだ。ある程度の規律は存在している。しかしながら、勇者候補チームの我儘わがままはグレーゾーンであった。命令違反ではあるが、本来の目的を見失っていない。

 ラフレシアの討伐がそれである。


「ヴァルター総司令官! 至急増援を!」


 二人が困っているときに、先に戦闘を開始した部隊から伝令が来た。

 どうやら、一刻の猶予もないようだ。


「仕方がない。ギッシュたちも来い!」

「さすがはヴァルターだぜ! 話が分かるじゃねえか」

「だが、ラフレシア本体とは戦うな。護衛の魔物を頼む」

「いいぜえ。ヴァルターの邪魔はしねえよ」

「すまんな、マリアンデール殿」

「私は守らないわよ?」

「護衛の魔物だけなら平気だろう。時間もない。行くぞ!」

「「おうっ!」」


 伝令が来た方向へ、ヴァルターの部隊と勇者候補チームが走り出した。

 どうやら、エレーヌの話は流されてしまったようだ。それについては、マリアンデールに思うところはない。人間と仲良くするつもりはないのだ。

 もちろん一緒には向かわず、フィロと共に待ち人を出迎えた。


「マリ様」

「ふふっ。シェラ、私たちも行くわよ」


 待ち人とは、シェラのことだ。

 合流した後は、ゆっくりと散歩でもするような感じで歩き出した。もう依頼を達成したので、気兼ねなく動ける。

 これから向かう先では、ラフレシアとの決戦が始まっている。その中でどう遊ぼうかと考えながら、二人を引き連れながら、口角を上げるのだった。



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