第359話 ラフレシア決戦2
天幕から出たシュンたち勇者候補チームは、補給部隊が物資を提供している場所へ歩き出していた。
まだヴァルターとの会話が終わっていなかったにもかかわらず、マリアンデールに追い出されてしまったのだ。
「くそっ! なんだってんだ!」
「それよりギッシュ。さっきの件だけどな!」
「さっきの件だあ。何だっけ?」
「ちっ。忘れちまったなら、もういい」
ギッシュが勝手に精鋭部隊へ志願した。
そして他の仲間には、入れば良いだろうと他人事だった。それに対して怒ったのだが、マリアンデールの登場で、すべてが吹き飛んでしまっていた。
それにしても、唯我独尊すぎる。
「相変わらず凄い高飛車よね。ギッシュは、あれと戦うの?」
「戦うに決まってんだろ! だが、今は負けちまうな」
「今はって……。ボクは無理だと思うよ」
「うるせえぞ、空手家!」
「師匠も絶対に戦うなって言ってたし」
「魔王を倒した勇者ってのはアメ公だろうが! やればできんだよ」
「そう言えば、よく倒したよね」
ギッシュやアルディスに接点がある魔族は、〈狂乱の女王〉マリアンデールだ。
二人とも
レベルは知らないが、魔王よりは低いと思われる。
「武器じゃないかな」
「え?」
ここで、ノックスが口を挟む。
こちらの世界へ召喚される前は、スマートフォンのゲームで遊んでいた。キャラクターに武器を装備させて、攻撃力の数値を上げるといった発想がある。
強力な武器ほど上昇量は多いが、現実では数値が見られない。そのため、手持ちの武器で十分という意識があるだろう。
シュンにしてもギッシュにしても、支給品で事足りている。木製のバットを金属製のバットに変えても、大した違いはないと思っていた。
「武器ねえ。確かに鉄と鋼じゃ違うけどよ」
「鉄パイプが鋼パイプになってもな」
「なんでパイプ……」
「ああん? ありゃ軽くて一撃が重いんだよ。よく使ってたぜ」
「さすがは暴走族」
ギッシュの鉄パイプは、相手のヘルメットすらかち割っていた。不良がよく使っている武器なのだが、ホームセンターなどで売られている。
入手は簡単であった。
「ほら、聖剣とか魔剣とか」
「ざ、座学で習いましたね。最強の武器とか?」
「僕は魔法使いだから使えないけどね」
「店で売ってるのか?」
「シュン様、さすがに売ってはいませんよ」
「そ、そうか。なら、どこにあるんだ?」
「聖剣なら、プロシネン様がお持ちですよ」
「あれ? プロシネンの剣って聖剣なのかよ!」
シュンはラキシスの答えで思い出した。
聖女ミリエと対面する前の話に遡る。騎士ザインから元勇者チームを紹介されて、ギッシュと一緒にプロシネンから訓練を受けた。しかしながら持っていた剣は、最強の剣とは思えない。
最強であれば模擬戦のときに、剣を折られたり砕かれそうなものだ。
「さすがにさ。練習用の剣でしょ」
「そ、そうだよな」
アルディスのツッコミに、シュンはぐうの音も出ない。
さすがに練習で、聖剣を持ち出さないだろう。恥ずかしくなったが、いつものポーカーフェイスで誤魔化しておく。
「じゃあ、勇者も聖剣か?」
「神魔剣という剣ですね。聖剣か魔剣かは不明のようです」
「へえ。ラキシスはよく知ってるな」
「い、いえ。有名な話ですよ」
「シュンさ。座学を受け直したほうがいいんじゃない?」
「座学はノックスに任せるって言っただろ」
「ならよお。そいつを手に入れりゃ、あの魔族にも勝てんじゃねえか?」
ギッシュが核心をついてきた。
人間より強い魔族を打ち倒すためには、聖剣か魔剣があれば良い。もしくは、同じような武器を入手できれば可能性はある。
そういった話には興味があるようだ。
「かもな」
「だが、強い武器って言ってもよお」
「売ってるもんじゃ駄目だよな?」
「普通の魔族なら大丈夫だと思いますよ」
「なぜだ?」
ラキシスは神官のわりによく知っている。
とは言っても、先ほどのように有名な話だった。
「
「あのクソ野郎か。名前は忘れたがよ」
「あいつかあ。そんなに装備が良かったか?」
「魔道具かもね。急に強くなったとか言ってなかった?」
「ああ、そういや思い出したぜ。確かに強くなったな」
ノックスの言葉で、シュンとギッシュは血煙の傭兵団を思い出す。
最初は余裕で押し返していた。しかしながら団長が何かを口走った瞬間から、相手の力が強くなった。
それでも負けることはなかったが……。
「もしかして、俺らに足りないのって……」
「知識だね。生活するうえでの知識は増えたけどさ」
「戦闘も兵士としての知識か。基本しか知らねえってことだな」
「魔物は討伐できてるし、それだけなら十分に身に付いているよ」
「ようは、限界以上の戦いをするための知識か」
「当たり」
「かぁっ! そういうのは、誰が教えてくれんだよ?」
「それなら……」
シュンには心当たりがある。
だが、その名前を出すとギッシュが怒りだす。今はマリアンデールが来たことで、お互いに綻んでいたものが消えている。
なので、蒸し返す気はなかった。
(ファインの名前は出せねえな。でも、奴なら勇魔戦争の経験者だ。魔族と戦ってるはず。生き残ってるなら、何人も倒しまくったってことだ。後は……)
「プロシネンたちと再会できればな」
「そうだね。一番詳しいと思うよ」
ファインでも良さそうだが、やはり元勇者チームに聞くほうが良い。詳しく教えてもらえるだろう。しかしながら、どこに居るかは分からない。
「ボク、剣なんて使えないよ?」
「ははっ、そうだな。だが……」
シュンは考える。
ノックスが言ったような魔道具については、残念ながら何も知らない。剣が使えないアルディスでも、魔道具で補うことが可能かもしれない。ならば、知識を増やすしかないだろう。
それでもギッシュのように、ルリシオンへリベンジする気はない。襲われても生き残れるための知識。それを集めようと思うのだった。
◇◇◇◇◇
討伐隊が全兵力をもって、ラフレシアとの決戦へ向かうときがきた。
シュンたち勇者候補チームは、残念ながら精鋭隊へ入れなかった。スタインの部隊と一緒に、最前線で戦うこととなる。しかしながら、命の危険はないだろう。
そう、命の危険はないのだ。
「貴方たち、私の邪魔をしないようにね」
「「ええっ!」」
「何を驚いているのかしら? 貴方たちは私の部隊へ入ったのよ」
「「はあ?」」
総司令官のヴァルターが決めた編成で、マリアンデール隊が組まれたのだ。その部隊に、シュンたちが入っている。
その中には、
「マ、マリ様、本当に私はこの部隊で?」
「フィロは私の従者よ。当たり前じゃない」
「そうですけど……。本当に会えるのですか?」
兎人族のフィロは、マリアンデールが勇者候補チームを守る依頼の報酬だ。
本人の同意があればという話だったが、最初に聞いたときは断られた。しかしながら、ベルナティオと再会できると知ったことで従者になったのだ。
フォルトに仕えるとは聞いていたが、その後の音沙汰はなかった。会えなければ辞めることを条件に、従者になることを了承した。
「あら。従者の分際で、主人が
「い、いえ。すみません」
「従者として弁えなさいね。私はローゼンクロイツ家の令嬢よ」
「はいっ!」
「いい返事ね。私は獣人族に優しいから安心しなさい」
マリアンデールは、新しい玩具を手に入れたような気持ちになっている。
まだルリシオンは知らないが、きっと同じ思いを持つだろう。
「ちょっと! なんでフィロちゃんが!」
「フィロちゃん? 貴方は……。誰?」
「あ……。ノ、ノックスです」
「こんな人間が居たかしら? 影が薄いわね」
「えっと、マリ様。私も知りません」
「あら、そうなのね」
「フィロちゃん……」
よく分からないが、ノックスがフィロの前で崩れ落ちた。
シュンは、そのわけを知っている。振られたわけではない。まだ親しくすらなっていない。先に食べるつもりだったが、恋路を実らせてやろうと思っていた。
だがマリアンデールは、そんな話など知らない。よって影の薄い男など無視して、先ほどの続きを話し出すが……。
「なんでテメエが隊長なんだよ!」
これは当然か。ギッシュが納得しない。
一度は負けた魔族で、リベンジを決意した相手。もちろん
それでもマリアンデールからすれば、名前を覚える必要性すら感じない。
「私は機嫌がいいの。死にたくなければ命令を聞きなさい」
「なんだと!」
「学習能力の無いお猿さんね。人間ごときが、私と戦う気かしら?」
「もう我慢ならねえ! 今、ここで殺してやる!」
ギッシュが背負っていたグレートソードを抜いた。その瞬間にマリアンデールが流れるような速さで踏み込んで、回し蹴りを放つ。
誰も何が起こったか分からない出来事だ。レイナスとファインの試合など、スローモーションのような速さだった。
そして放たれた蹴りは、グレートソードを遠くへ吹っ飛ばした。それを見ていた者たちは、全員が
「なっ!」
グレートソードを飛ばされたギッシュも、驚いた表情をしていた。まるで動けなかったようだ。
構えた瞬間に、手に持った武器が飛ばされていたのだから……。
(これがラプラスの力ね。魔法よりは遅いけど、体に負担がないわ)
ラプラス種の悪魔となったマリアンデールの力。
それは時間加速だった。魔法で使うと反動が物凄いが、ラプラス種の力に反動は無い。その代わり時間の流れが、時空魔法より遅い。
「まさか、本気で戦おうと思ったのかしら?」
「ぐぐぐぐっ!」
「これで分かったでしょ? 今回はサービスよ。次こそはないわ」
「くそっ!」
ギッシュの悔しさはいかほどか。
フェリアスまで来てレベルを上げても、マリアンデールとの差は埋まっていない。まるで届いていないのだ。
「私に文句があるなら勝つことよ。それが魔族の流儀」
「ちっ。分かったよ」
「さっさと剣を拾ってきなさい」
ギッシュは渋々といった表情で歩き出した。それからグレートソードを拾う。心は折れていないが、今はまだ勝てないと悟っていた。
それを見ていたマリアンデールは、興味を失くしてシュンと向き合った。
「ふふっ。口を開けちゃって、大道芸でも見た気分かしら?」
「い、いや」
「そんなに緊張すると、魔物にやられちゃうわよ」
「………………」
そしてマリアンデールは、手を口へ添えながら口角を上げる。
まるでシュンたちを、小馬鹿にするような態度だ。
「貴方たちには、ちゃんと戦わせてあげるわ」
「ど、どういうことだ?」
「私は後ろから、悠々と見ていてあげるわ。光栄に思いなさい」
「なにっ! 戦わない気か!」
「何を言っているのかしら。レベルを上げに来たのでしょ?」
「そ、そうだが」
「無様な戦いで、私を楽しませなさい」
「くそっ! なんて隊長だ!」
マリアンデールの挑発的な言葉に、シュンは悪態をついた。しかしながら、これも狙いである。ヴァルターの依頼は、シュンたちを死なせないことだ。
戦いながら守るのは面倒臭い。ならば後ろへ待機して、危険なときに助ける。そのほうが、よっぽど楽であった。
(あいつの影響ね。あまり進軍が遅いようなら手を貸すけど……。こいつらの無様な姿を見るのも一興ね。ルリちゃんへ良い土産話になるわ)
シモベの
だが、ただ会うだけでは駄目だった。せっかく面白いことになってきたのだ。一緒になって笑い転げられる話を、土産として持って帰るつもりだった。
「さっさと準備しなさい。もう出発でしょ?」
「そうだな。エレーヌ、ラキシス。準備は?」
「ま、待ってください。えっと、布の枚数は……」
「私のほうは終わりました。手伝います」
武器を片手に進軍などやれない。
個人で用意する食料や水の他に、応急処置用の荷物が必要だった。大荷物にはできないが、必要最低限の用意をしている。
それは隊員の仕事である。隊長になったマリアンデールは、フィロと一緒に眺めるだけだった。
「マリ様、私はどうすれば?」
「フィロは斥候だったわよね。魔力探知は?」
「私は魔法が使えません」
「ふーん。それで斥候?」
「兎人族は、危険を察知できます」
「へえ。どんな風に?」
「行ってはいけない方向とかが、何となく分かります」
「直感みたいなものかしらね。興味深いわ」
「今は胸騒ぎもしません。大丈夫だと思います」
「私が居るから当然ね。なら、一緒に戦いを見てるといいわ」
「分かりました」
これは面白い拾い物をしたと思ったマリアンデールは、さらに機嫌が良くなった。兎人族は希少な部族で、獣人族の集落でも見かけない。
そして、交流もしない。非常に閉鎖的な部族だった。しかしながらどの種族にも、変わり者が居るものだ。
それがフィロである。
「よし! 進軍を開始するぞ!」
「「おおっ!」」
ついに、ヴァルターの号令で進軍が開始された。
マリアンデールとシュンたちは、精鋭部隊の前方を担当する。非常に危険な配置なのだが、〈狂乱の女王〉には遊びにも等しい。
そしてこの奇妙な部隊は、ラフレシアとの決戦へ向かうのであった。
――――――――――
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