第358話 ラフレシア決戦1

 フォルトたちがターラ王国で、作戦会議をしている頃。

 リリエラは、頼まれている服を製作していた。滞在する期間が伸びたので、さらに念を入れて作業している。

 今はセレスの服を縫っている最中だった。


「リリエラちゃん、肩パッドはどうするのさ」

「あっ! そうっすね。金属っすね」

じじいのところでいいかねえ」

「爺っすか?」

「ドライゼンっていうんだけどね」


 名工ドライゼン。世に何本も名剣を送り出したドワーフの鍛冶職人である。

 エウィ王国の〈ナイトマスター〉アーロンの剣や、ソル帝国の四鬼将筆頭〈鬼神〉ルインザードの剣も手がけている。

 気難しい老ドワーフであり、自分の気に入った人物にしか武具を作らない。商品として売り出してるのは、弟子が作っている武具であった。


「ほへーっす」

「まあ、リリエラちゃんには遠い人物だねえ」

「そうっすね」

「じゃあ早速、会いに行くかい?」

「紹介してもらえるんすか!」

「紹介ってほどじゃないさ。客を連れていくだけだね」

「高いっすか?」

「肩パットぐらいなら安くさせるさ」

「ありがとうっす!」


 リリエラはフォルトの身内になったので、今回の件はクエストのようでクエストではない。いつもは自分が生きていくために働いていたが、今回からは預かった金銭を使っているのだ。

 現在は減っていくだけであった。


「こっちだよ。酒の匂いで酔わないようにね」

「ガルドさ……。王の酒造所っすよね?」

「そうだよ。その近くに、工房があるのさ」


 コルチナの工房から出たリリエラは、酒造所の近くを通って、ドライゼンの鍛冶工房へ向かった。

 実のところ、フォルトは来たことがある。初めてドワーフの集落へ来たときに、マリアンデールとルリシオンに連れてこられた。

 ドライゼンにも会っているのだが、当時は名前を知らない。


「そこの若いの。爺は居るかい?」

「あ、コルチナさん。久しぶりです!」


 コルチナは鍛冶工房へ入ると、近くで剣の調整をしているドワーフの男性へ話しかけた。彼はドライゼンの弟子であり、他にも数人が作業している。


「親方なら……。あそこですね」

「なんだい。寝てるじゃないかい」

「最近は、まともに鉄を打っていないのです」

「そうなのかい? まったく……。ありがとうね」


 弟子が工房の奥を指さした。

 ドライゼンは、椅子へ座りながら寝ている。テーブルへ肘を付いて考え込んでいるように見えるが、鼻からはちょうちんが出ていた。

 残念ながらリリエラには、どのドワーフも同じに見える。親しいガルド王とコルチナの区別がつく程度だ。弟子も若いかどうか分からない。

 そして二人は、工房の奥へ向かった。


「爺、起きな。客を連れてきたよ」

「ぐぅぐぅ」

「起きろって言ってるのさ!」

「ぶぼっ!」


 いきなりのことで、リリエラはビックリした。

 コルチナは手を使わずに、なぜか頭突きでドライゼンを起こしたのだ。なかなか良い音が響いたので、物凄く痛いだろう。

 一撃で起きたようだ。


「なっ、何をするんじゃい!」

「目が覚めたかい? まったく、仕事をしなよ」

「コルチナじゃないか。勝負ならやる気はないわい!」

「どうせ爺じゃ勝てないからね」

「うるさい! たまたま勝っただけのクセに、調子に乗りおって!」

「物忘れが酷いようだねえ。一度も負けてないよ」

「コ、コルチナさん、勝負ってなんすか?」

「それはねえ」


 両者の勝負。

 それは、酒の飲み比べである。どちらもドワーフの中では、最強の部類に入る酒豪だった。しかしながらドライゼンは、コルチナに勝った試しがない。


「す、凄いっすね」

「凄くはないわい! って……。なんじゃ、その人間は?」

「客を連れてきたのさ」

「客じゃと? なら、弟子に言えばいいだろ」

「うるさいねえ。爺には貸しがあるじゃないか」

「貸し……。覚えておらぬのう」

「無かったことにする気かい? 酒に泥を入れるんだね」

「ちっ。分かった分かった」


 酒に泥を入れるとはドワーフの言葉で、自分の顔に泥を塗るという意味だ。

 酒の飲み比べに対して不義理を働くと、すべてのドワーフに嫌われる。


「じゃが、今のワシは鉄を打てん」

「はぁ? じゃあ、ミスリルを打てばいいね」

「ば、馬鹿もん! 同じことじゃ!」

「なんだい、面倒臭いねえ。肩パットを二個だよ」

「肩パッドじゃと? そんなものなら弟子に言え!」


 ドライゼンは何かを悩んでいるようだった。しかしながら鉄を打てないと言われても、コルチナにはサッパリ理解できない。

 そこで、さらに追い込みをかけだした。


「爺に打てって言ってんのさ! ならプラチナでいいかい?」

「だから、そういう話ではないんじゃい!」

「打たなきゃ始まらないよ! よし、アダマンタイトならどうだい?」

「ア、アダ! はぁ……。ミスリルでいいか?」


 口を出しても良いことはなさそうなので、リリエラは黙っておく。

 ミスリルやプラチナ、アダマンタイトなどは鉱石の名称だ。それらで製作した武具は、硬度や重量が変わってくる。

 鉱石は鉱山で採掘されるが、強い武具ほど使われる鉱石は希少である。アダマンタイトは、ほとんど採れないと言って良い。


「プラチナにしな。アダマンタイトは勘弁してやるよ」

「くそっ。プラチナじゃとて、希少な鉱石なのじゃぞ!」

「でも、あるじゃないか。そこにインゴットがね」


 コルチナはニヤリと笑みを浮かべ、ドライゼンの後ろにある棚を指した。インゴットとは、金属を精製して一塊としたものだ。

 話を聞いていたリリエラは、感嘆の声が出そうになった。勢いよく話していても、インゴットの在庫を目で確認していたようだ。


「ちっ。目ざといな。分かった分かった」

「ちゃんと金を払うから安心しな。鉄の料金でね」

「だああああっ! くそっ、次は絶対に勝ってやる!」

「いつでも相手になってやるよ。じゃあ、頼んだよ」

「待たんかい! どんな作りにするんじゃ?」

「リリエラちゃんに聞いておくれ」

「わ、私っすか?」


 どうやら交渉は終わったようだ。

 コルチナはリリエラの肩をたたいて、鍛冶工房の出口へ向かった。それにしても、圧倒的な交渉力だ。おかげで、にらんでくるドライゼンが怖い。

 それでも勇気を振り絞って、肩パッドについて説明するのだった。



◇◇◇◇◇



 マリアンデールとシェラは、ヴァルターと会うために天幕へ入った。魔物の討伐を切り上げて、精鋭部隊と合流するためだ。

 そこでは、勇者候補チームが言い争っている最中だった。


「何を騒いでいるのかしら?」

「おっ! ローゼンクロイツ家の嬢ちゃんか」

「嬢ちゃん……」

「マリ様」

「まあいいわ。貴方よりは長く生きているけどね」

「そうだったな」

「質問に答えない気かしら?」


 ローゼンクロイツ家の〈狂乱の女王〉が質問したのだ。

 すぐに答えるのが礼儀だろう。二度も言わせるものではない。


「ちょっと、トラブルがあってな」

「こいつらかしら? 好きにさせればいいじゃない」

「そうはいかん。不和を持ち込まれると迷惑なのだ」

「そう。なら、その原因を排除してあげるわ」

「「っ!」」


 マリアンデールがシュンとギッシュへ体を向けて、腕を組みながら、上から目線で威圧した。体の内からあふれるほど魔力を上げて、力量の差を肌で分からせる。

 戦っても勝てないと理解させたのだ。


「誰から死にたいかしら? 貴方? それとも貴方?」

「「ぐっ」」


 目だけを動かして、シュンとギッシュを交互に見た。

 どちらもマリアンデールからすれば、ゴミムシ同然の人間である。一人を戦闘不能にして、もう一人をいたぶっても良さそうだ。アルディスのように……。

 しかしそう思ったところで、ヴァルターが止めに入った。


「ま、待ってくれ!」

「あら。迷惑なら排除したほうが楽よ?」

「それも困るのだ」

「ふふっ。でも、ラフレシアを討伐に行くのでしょう?」

「そうだ。もうすぐ出発する」

「なら、余計な不和とやらは捨てなさい」

「「なんだと!」」


 マリアンデールの言葉に、シュンとギッシュが反応した。

 おまえに言われる筋合いはないとでも言いたげだ。


「ハッキリ言って邪魔なのよ」

「「………………」」

「フェリアスは魔族の隣人。被害を出すなら死んでもらうわ」

「わ、分かった。迷惑はかけん」

「分かればいいのよ。じゃあ、外へ出て準備でもしてなさい」

「ちっ!」


 渋々ではあったが、勇者候補チームの面々は天幕から出ていった。

 そしてこれ以上ゴミムシと構っていられないマリアンデールは、ヴァルターと向き合った。こちらも時間が迫っている。

 あんな人間のために、大切な時間を浪費したくない。


「ギッシュを預かろうとしたのだがな」

「気を回す必要はないわ。人間よ?」

「まあ、うまく付き合うのはフェリアスの方針だからな」

「そう」

「それで、二人が来てくれたということは……」

「言ったでしょ? 手伝うって」

「気が向いたのか」

「そうね。でも、初めからそのつもりよ」


 マリアンデールは、フォルトがフェリアスと仲良くしたいことを知っている。

 ラフレシアの討伐など手伝っても構わないのだ。その証拠に近くで戦っており、討伐隊では苦労する魔物を倒していた。


「マリ様は天邪鬼なのですわ」

「ちょっとシェラ!」

「いいじゃありませんか。それでヴァルター殿」

「どうした?」

「どのような作戦で臨むのですか?」

「そうだな。連携を取ってくれるなら話しておかないとな」


 シェラはスキル『俊才しゅんさい』のおかげで、レベルの上昇が速い。

 マリアンデールのサポートもあり、すでにシュンたちを追い越していた。


「大丈夫よ。そっちに合わせてあげるわ」

「本当か!」

「まあね。私たちには時間がないのよ」

「幽鬼の森へ帰りますからね」

「そうなのか? なら、急がないとな」

「それで?」

「先の作戦で、道中の魔物は減らしてある。次の作戦が……」


 まずは、スタインが率いているような通常の部隊を戻す。それから精鋭部隊を中央へ置いて、通常の部隊で囲む。

 後は駆け引き抜きでラフレシアまで迫るのだ。


「それから?」


 前方へ配置された部隊はラフレシアに近づいたところで、左右の部隊へ組み込まれる。その部隊は外側から襲ってくる魔物を阻み、討伐の邪魔をさせない。

 そして、精鋭部隊が直接ラフレシアと対峙たいじする。といった作戦だ。


「ラフレシアを直接守る魔物も居るわよね?」

「もちろん、精鋭部隊で倒す。問題があるとすれば……」

「風の衣の効果時間かしら?」

「そのとおりだ。あまり育ってないといいのだがな」


 ラフレシアは成長する。

 大型の魔獣に迫るほど成長する個体もあるが、そこまで育つのはまれだった。しかしながら成長次第では、討伐に時間が必要である。

 燃やすことはできない。森を焼いてしまうのもそうだが、胞子へ引火して討伐隊も焼いてしまう。そうなると、全滅は必至だ。

 そして森は、天災級の傷跡を残すことなる。


「なら私たちは、どうしようかしら?」

「マリ様。私は精鋭部隊へ入るのがいいかと思われますわ」

「シェラの魔法は精霊魔法だし、効果時間が長いわね」

「はい。エルフたちも精鋭部隊ですよね?」

「そうだな。後方から弓と精霊魔法を使ってもらう」


 エルフ族は、優れた弓術と類まれな精霊魔法が使える希少な種族。後方支援を任せれば、鬼に金棒と言ったところだ。

 そしてエルフ族以外で、精霊魔法を使える者は少ない。よってシェラも、精鋭部隊へ組み込まれたほうが戦力になる。


「なら、私もシェラと一緒ね」

「ああ、そのことなんだがな」

「どうしたのかしら?」

「シュンたちの面倒を任せられないか?」

「はあ?」


 シェラが精鋭部隊なら、マリアンデールも同様なのは当然。そう思っていたが、ヴァルターが突拍子もないことを言ってきた。

 先ほどのやり取りは見ていたはずだ。


「見たとおり、あのチームはギクシャクしている」

「そうね。それと私と、何の関係が?」

「いやな。大族長カザン様から使いが来てよ」


 獣人族の王と言うべき大族長のカザンから、討伐隊へ伝令が届いていた。

 その内容は、勇者候補チームを陰ながら守ることだった。デルヴィ侯爵とシュナイデン枢機卿すうききょうの連名で依頼が来たのだ。

 シュンはこの二人の要人に、かなり重用されている。エウィ王国との関係を崩したくないフェリアスは、この依頼を受けたのだ。

 見返りも大きく、ヴァルターでは口を挟めない。


「ふーん。私には関係ないけどね」

「そうなんだが、さっきのように無理やり抑えられるだろ?」

「でも、私は魔族よ。人間を殺したいのよ?」

「分かっている。だから、ラフレシアの討伐まででいい」

「マリ様。ちょっと……」


 この件はフェリアスの問題であって、マリアンデールにはまったく関係ない。それに守るどころか蹂躙じゅうりんして殺したいのだ。

 そう思い断ろうとしたところで、シェラに耳打ちされた。


「ゴニョゴニョ」

「それ、いいわね」

「はい。マリ様とルリ様にとっては……」


 シェラの話は、とても魅力的な内容だった。

 それならば受けても良いと思ったマリアンデールは、ヴァルターと交渉を始めた。成立すれば、きっとルリシオンも喜ぶだろう。


「報酬はもらえるのかしら?」

「もちろんだ。何がいい?」

兎人うさぎびと族をもらうわ」

「なに?」

「フィロだっけ? その子でいいわ」

「人身売買は禁止だっ!」

「違うわ。私たちの従者に欲しいのよ」

「従者だと? だが、あいつは討伐隊の斥候だぞ」

「ローゼンクロイツ家の従者になれるのよ。光栄に思いなさい!」


 兎人族のフィロは、ベルナティオの友人である。

 それを従者にして、〈剣聖〉をからかってやろうと思いついたのだ。実際のところはリリエラが身内になったので、小間使いのような者が欲しかった。フォルトが召喚した魔物でも良いのだが、やはり華は重要だ。

 もちろん、ヴァルターに選ぶ権利など与えない。すでに従者を手に入れた気になったマリアンデールは、不敵な笑みを浮かべるのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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