第357話 スタンピード攻略作戦3
会議は進む。
フォルトは暇を持て余していた。ずっと立っているのも馬鹿らしいので、壁際に並べてあった椅子へ座っている。
やっていることと言えば、この場へ提供されている料理をつまむ。ソフィアとセレスを眺めながら、他の身内とイチャイチャする。
つまり、いつもと同じだった。
「であるからして、魔物を討伐しつつ……」
「軍務尚書さんよ。正面から向かったら、被害しか出ねえよ」
「俺のチームには魔法使いが居ねえ。その魔物は無理だぜ」
「補給路が切れてるわよ。飢え死にさせたいのかしら?」
こんな感じである。
ランス皇子に駄目出しされて作戦を練り直したのだろうが、今度は冒険者たちに駄目出しされている。改悪というやつだ。
それでも軍務尚書は、偉そうに話を続けている。
「なあ、ティオ」
「なんだ?」
「あいつ、大丈夫か?」
「聞いているかぎり、私なら部屋を出ていくな」
「そうだよなあ。時間の無駄ってやつか?」
「御主人様、時間は無限にありますよお」
「いや。同じ無駄なら、アーシャのように惰眠へ入りたい」
「すぴーすぴー」
アーシャを見ると、椅子へ座りながら寝ていた。
つまらない話なのだろう。その寝顔が、とても可愛い。唇へ指を置くと、ペロっと
そして、足が微妙に開いている。会議の参加者は男性が多い。そのためレイナスを前へ立たせて、パンツを見られないよう配慮した。
「よろしいでしょうか?」
とうとうセレスが動いた。
タイミングは、ソフィアと決めていたようだ。一度はすべてを聞いてから、意見を述べていく
だが軍務尚書の作戦を、最後まで聞く必要はないと見切りを付ける。
「エルフか……。どうぞ」
「まずは元勇者チームが奪還した町に、戦力を集中しましょう」
「無理だな。二カ所も町を捨てることになるではないか」
「そもそも町を捨てないことが、間違いかと思われます」
「ふん! 亜人風情が。首都が襲われたらどうするのだ」
「三カ所の町を守るより、奪還した町が一つと首都で十分です」
「そんな事はあるまい。では、次の者」
セレスが取り合ってもらえない。話を最後まで聞かずに打ち切られてしまった。
そこで、次の矢としてソフィアが手を挙げる。
「よろしいでしょうか?」
「おまえは?」
「ローゼンクロイツ家のソフィアです」
「どうぞ」
「帝国軍も、防衛箇所が減ったほうが良いと考えるでしょう」
ソフィアはセレスの続きを話し出した。
今まで町を奪還してから先へ進めないのは、単純に人数が足りないからだ。それは三カ所の町を奪還してしまったがために起きた問題である。首都を含めて四カ所も防衛しているので、人数が分散されているのだ。
冒険者たちがフレネードの洞窟へ向かうと、帝国軍は奪還した町へ入る予定になっている。防衛箇所が減れば、必然的に人数が余るのだ。
「野蛮な魔族の貴族家らしい提案だ。戦略を見誤っているな」
「はい?」
「首都を防衛するのが目的だ。そのついでに、洞窟まで行くのだぞ」
「フレネードの洞窟を目指すことが目的ですよね?」
「何を言っている。首都を守ららねば、目指せないだろう」
話が
スタンピードを収束させるためには、フレネードの洞窟を攻略する必要がある。だからこそ洞窟の前へ拠点を築き、攻略の足掛かりにするのだ。それに戦術として、首都の防衛も入っている。
軍務尚書の戦略は、首都の防衛を主眼に置いている。戦術としては三カ所の町を防波堤にすることだ。
そして会議へ参加した者たちで、洞窟を攻略するという作戦だった。
「えっと、人数を増やすための戦術ですよ?」
「首都の防衛はどうするのだ? 町を捨てたら丸裸だぞ」
「首都の防衛もやりますよ?」
「帝国軍が余るではないか。その程度の計算もできんのか」
「ですから、帝国軍を余らせてですね」
「ただでさえ人数が足りないのだ。余らせている場合ではない!」
「………………」
残念ながら、ソフィアとセレスは取り合えってもらえない。
軍務尚書は頭が凝り固まっており、さらに魔族や亜人種は見下している。その者たちが何を言おうと聞く耳を持っていない。
そして当然のように、自分の間違いも認めない。
(ソフィアとセレスは人数を余らせて、道中の肉盾にするつもりだったはず。そうなればサタンを出さなくても、俺たちは悠々と進めるよな?)
暇を持て余しているフォルトも、一応は会議を聞いている。
大罪の悪魔は使わないのだ。戦闘を極力減らして洞窟へ向かうには、肉盾となる人間が必要。それにスタンピードが発生中なのだ。
おっさん親衛隊だけでは、数で圧し潰されるのは目に見えている。同時に戦う冒険者たちは必須だ。もちろん、それらを送り届ける軍団も無いと困る。
にもかかわらず、この会議の流れでは無理であった。
「軍務尚書様、ソフィアちゃんの意見が正しいわよ?」
「おまえは?」
「元勇者チームのシルキーです」
「ふん。援軍は黙っていてもらおう。我が国の作戦を決めているのだ」
「………………」
シルキーもそうだが、会議へ参加している冒険者たちも分かっている。
しかし、相手は軍務尚書だ。ターラ王国軍を統括する人物であり、その国の冒険者たちは何も言えない。
下手に
「なんだあ? あいつ」
「聞こえたぞ! おまえこそなんだ!」
フォルトの
その言葉が
「くそ、空気になり損ねた」
「何を言っているか!」
「うるさい奴だ。さっさと進めろ」
「なにっ! 私を誰だと思っているのだ!」
「ちっ。面倒だな」
フォルトは面倒臭そうな表情をしながら立ち上がり、ソフィアとセレスの間へ入って腰へ手を回した。
そして、先ほど聞いた軍務尚書の言葉を思い出す。
「確か、野蛮な魔族の貴族家と言ったな?」
「私の質問に答えろ! 誰だと思っているのだ!」
「馬だったか? 鹿だったか?」
「なんだと!」
「ローゼンクロイツ家が馬鹿にされたということは……」
「何を言っている!」
(大切な身内を馬鹿にされたと同じこと)
フォルトはポロ、つまり黒いオーラを
それを見た軍務尚書は、言葉を失って後ろへと下がった。それに合わせて、ターラ王国の騎士たちが護衛へ入る。
まさに、一触即発の状態であった。
「あ、あいつは何者だ?」
「邪悪なオーラを纏っているわ!」
「なんか、ヤベエことになってねえか? シルキーさんもこっちへ」
「え、ええ。ソフィアちゃん!」
冒険者たちは、軍務尚書を守る気がないようだ。二人からジリジリと遠くへ離れていく。巻き添えは御免だと言わんばかりだ。
「私に手を出したら、タダでは済まんぞ!」
「ほう。どう済まないんだ?」
「捕まえて、一生
「面白い。魔族の流儀でやってやろう」
「と、捕らえ――――」
「インプロ――――」
「んっ、フォルトさあん。な、かぁ……。いっぱ……。出、てぇ」
「「………………」」
緊張感が最大まで増した瞬間、アーシャの甘い寝言が響き渡る。
その声を聞いたフォルトは、まるでマリアンデールの時空魔法を受けたかのように動きを止めた。
軍務尚書も、あんぐりと口を開けたままだ。
「は、はら……」
「カ、カーミラ! アーシャを起こせ!」
「はあい、ただいまあ! えいっ!」
「あいたっ!」
カーミラがアーシャの頭を、ポコッと軽く殴る。どうやら眠りが浅かったのか、すぐに目覚めたようだ。
そして眠そうな目で、キョロキョロと周囲を見ている。
「ちょっと! カーミラ、何すんのよっ!」
「えへへ。寝過ぎでーす!」
「寝過ぎって……。いいところだったのに!」
「後で続きをやってもらえばいいでーす!」
「そ、そうね。先にやらせてもらうわ!」
二人の馬鹿馬鹿しい会話が、サロンの中へ響き渡る。
その瞬間に、とある人物が現れた。
「そこまでだ! 軍務尚書、控えろ!」
「え?」
サロンへ現れたのは、隠し部屋から出てきたランス皇子だった。ザイザルを含む五人の帝国騎士が、護衛についている。
そして武装した帝国兵が、二十名ほどで周囲を固めた。
「ローゼンクロイツ家へ
「ラ、ランス皇子!」
「最初から見ていたが、無能ばかりを
「も、申しわけありません!」
「もういい、下がれ! おまえは会議へ出席する必要はない!」
「は、ははっ!」
軍務尚書は走って、サロンから出ていってしまった。残されたターラ王国の騎士たちは、どうして良いか分かっていない。
ランス皇子と出入口を交互に見ている。
「おまえたちは、私の護衛に付け」
「「はっ!」」
ランス皇子の一言で、護衛が増えた。
これでソル帝国へ反感を持っていても、手を出せなくなった。
「フォルト殿、気分を害されたか?」
「い、いや。それよりなんなのだ? あいつは……」
「無能な軍務尚書だよ。殺してくれても構わなかったぞ」
「は?」
「あいつの代わりなど、いくらでも居るからな」
「………………」
「さあ、会議の続きを始めよう。私も参加させてもらう」
「そ、そうか。さっさと終わらせたいものだな」
無能な軍務尚書を殺しても構わない。
おそらくだが、軍務尚書の性格を把握したうえでの監視だ。怒らせるとどうなるかまで見たかったのだろう。それでも無能な小物感は、とても演技に見えなかった。であれば、指示はしていないと思われる。
それにしても、アーシャの寝言がなければ殺していた。
(これは、テンガイ君の指示か? それともランス皇子の考えか? どちらにせよ、アーシャに助けられたな。夢の続きは……。でへ)
「作戦の立案と進行は、元聖女のソフィア殿に任せる」
「わ、私ですか?」
「当然だ。シルキー殿も良いと思うだろ?」
「え、ええ。ソフィアちゃんなら問題ないわ」
「決まりだ。おい、椅子を持ってこい! 二つな」
「「はっ!」」
ランス皇子は部下へ、テキパキと指示を出している。
そして二脚の椅子が並べらてれて、フォルトは並んで座ることになった。
「あれ?」
「さあ始めてくれ」
フォルトはどうしてこうなったと思いながら、進行役になったソフィアを見る。いきなりの事で戸惑っているが、とにかく始めることにしたようだ。
「そ、それでは戦略として、フレネードの洞窟を目指します」
「いいぜ」
「さっき言ってたように、人数が増えるんだろ?」
「はい。防衛を担う帝国軍もそうですが、進軍する冒険者も増えます」
「当たり前よね。やっぱり皇子様が言ったように無能よ」
「ははははっ! 違えねえ!」
場が明るくなった。
ソフィアとセレスの戦略から生み出されるものは、誰にでも分かる話なのだ。ランス皇子は、それが分からない軍務尚書を無能と罵倒した。
そして、冒険者たちも倣った。これは、人心掌握の一手である。軍務尚書を悪者することで、ソル帝国へ反感を持っている者たちの心を
完全に掌握するのは無理だが、これが最初の一手となるだろう。
「皇子、余らせた帝国兵ですが……」
「どうした?」
「進軍の協力を願えないかと思いまして」
「ふむ。だが、ターラ王国兵も余るだろう。そっちが先だな」
「ですが、練度が低いと思われます」
「確かにな。だが、自分たちの国は自分たちでな」
「ごもっともな話ですが……」
ソフィアの提案は一蹴される。
ランス皇子は帝国軍を、フレネードの洞窟へ向かわせるつもりはないようだ。奪還した町を拠点として防衛するほうが、圧倒的に安全である。だからこそ防衛だけは受けたのだ。それ以上やることはないだろう。
(ははっ、ソフィアを引き下がらせるには弱いなあ)
その程度の回答でソフィアが諦めないことを、フォルトは知っている。
魔の森で嫌になるほど体験しているのだ。
「でしたら、レジスタンスと停戦をお願いします」
「なに? レジスタンスと停戦だと!」
「はい。皇子は、自分たちの国は自分たちでと言いましたね」
「言ったな」
「彼の者たちは、ターラ王国の民。停戦すれば参加するでしょう」
「………………」
さすがはソフィアだ。
ここでレジスタンスが参加すれば、目論見の一つであった肉壁が確保できる。人数は帝国軍より少ないが、居ないよりはマシである。
その話にピンときたフォルトは、ランス皇子へ顔を向ける。
「どうだろう。ランス皇子、停戦できないものか?」
「フォルト殿まで」
「彼らなら魔物の餌。ごっほん! 俺たちの支援ができるだろう」
「しかし、レジスタンスが受けるとも思えないな」
「それは、私たちへお任せを……」
ソフィアが自信満々に答えた。
レジスタンスと交渉を持てるカードを、フォルトたちは確保している。この場で内容は明かせないが、それでもランス皇子へ頼むのであった。
――――――――――
Copyright(C)2021-特攻君
感想、フォロー、☆☆☆、応援を付けてくださっている方々、
本当にありがとうございます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます