第356話 スタンピード攻略作戦2
ターラ王国の王族が住まう王宮のサロン。
そこは社交界の貴族が集まって、知的な会話を楽しむ空間として使われる。しかしながら現在は、場所に不釣り合いな長テーブルが置かれている。壁沿いには椅子が並べられ、休憩したい者が勝手に座る。
そして、軽い食事も用意されていた。
「あらあらあら。ソフィアちゃん、大きくなってえ」
ここで行われるのは、スタンピードを収束させるための作戦会議である。そのために、ソル帝国のランス皇子の命令で解放されていた。
集まっているのは冒険者チームのリーダーたちと、彼らを統括する冒険者ギルドマスターが同席している。
そして、元勇者チームのシルキーも出席していた。
「お久しぶりです。シル……。お姉さん」
そのシルキーが、ソフィアを見つけた瞬間に駆け寄ってきた。
子供の頃から一緒に旅をした仲間である。当時からは成長して面体も変わっているが、どうやら一目で分かったようだ。
年齢は三十代後半か。とんがり帽子をかぶり、紫色のローブを着た女性であった。古めかしい
いかにも魔法使いといった格好だった。
「お姉さん?」
「あなたが、フォルト・ローゼンクロイツさん?」
「あ、ああ」
「私より年上のようだけど、召喚されたのはいつかしら?」
「………………」
フォルトがソフィアの言葉に疑問を挟むと、シルキーが話しかけてきた。
なんとも優しそうな女性で、人当たりの良さが
「聞きたい話が山ほどあるわ」
「答えたくない話が山ほどあるな」
「ふふっ。ご冗談がお好きのようね」
「これが冗談ではないのだ」
「ふふっ」
「ははっ」
優しそうといっても、目が笑っていない。
フォルトの認識として、カナダ人は穏やかな国民性だと思っていた。ところが、その視線は怖い。もしかしたら、ソフィアを垂らし込んだと思われたかもしれない。
それにシルキーはベルナティオと同じく、多くの修羅場をくぐり抜けた人物。大婆から受けたような威圧感を感じてしまった。
「見たところ、アジア人かしら?」
「日本人だ。こっちのアーシャもな」
「ど、どうも」
「日本には、ギャルという文化がありましたね」
「まさしくそれだ!」
シルキーは手始めに、異世界人としての話を始めてきた。しかしながらアーシャに興味はないようで、すぐにフォルトへ向き直った。
「本題に入っても、よろしいかしら?」
「本題など無い。親しくするつもりもないぞ」
「そう言わずにね。警戒するのは分かるけど、同じ異世界人よ」
「フォルト様、お姉さん」
もともと敵対する気はないが、シルキーの威圧感はそう言っていない。あちらにやる気がある以上、フォルトとしても気が抜けない。
それが分かったソフィアは、両者の間へ入った。どちらにも
「ふぅ。ソフィアの仲間だった者だしな」
「ありがとうございます」
「今でも仲間よ」
「お姉さん……」
両雄火花散るではないが、なかなか気の抜けない相手である。
それにしても、恋人を取り合う三角関係のようだ。これにソフィアを狙っているらしいシュンが加われば、もうメチャクチャになるだろう。
そんな馬鹿なことを考えたフォルトは、苦笑いを浮かべたくなった。
「ふふっ。やっぱり、関係を知りたいわね」
「ソフィアに直接聞け。旧友との再会だ。積もる話もあるだろ?」
「そうさせていただくわ。でも、一つだけいいかしら?」
「一つか……。言ってみろ」
「ジュノバ・ローゼンクロイツはお元気かしら?」
魔王軍六魔将筆頭のジュノバ・ローゼンクロイツ。
本来のローゼンクロイツ家当主だ。マリアンデールとルリシオンの父親でもある。元勇者チームのシルキーであれば、因縁が浅からぬ人物だろう。
「会ったことがないので、なんとも言えんな」
「死んだのかしら?」
「知らん。だが、娘さんに気に入られてな。婿養子になった」
「〈狂乱の女王〉かしら? 〈爆炎の
「二人ともだ」
「ご冗談がお好きなようね」
「これが冗談ではないのだ」
「ふふっ」
「ははっ」
フォルトは婿養子という建前を使って
この情報は、三国会議の
当然のように、シルキーの目は笑っていない。
「その家名を、人間が名乗れるのかしら?」
「質問は一つだ。先の二つは、サービスにしておく」
「そう……。じゃあ、ソフィアちゃんを借りるわね」
「フォルト様?」
「ソフィアに任せる」
「よろしいのですか?」
「構わん。信用しているからな」
「わ、分かりました」
「ふふっ。根掘り葉掘り聞かせてね」
ソフィアがシルキーに連れられて、別のテーブルへ向かった。どうやら、二人だけで話すようだ。身内は信用すると決めている。後は野となれ山となれだ。
お姉さんと呼んでいた件は、会議が終わった後で聞いた。どうやら親しい年下に、そう呼ばせるらしい。
よって、年上のフォルトは言わなくて良い。
「御主人様、いいんですかあ?」
「魔人だと知られなければ、なんとでもなる」
「そうですね!」
「知られたら、今度は調教して……。でへ」
「あまり効果がないと思いまーす!」
「じょ、冗談だ。たまには嫌がるソフィアをだな」
「えへへ。カルマ値の影響ですかねえ」
「ああ、善悪はあるのか。だが……」
罪は存在しないが、善悪は存在する。
実のところ、自然神から見れば存在していない。このカルマ値は、天界の神々が関係している。人間が決めた罪と同じように、神々が決めた善悪が作用するのだ。
「フォルトさん、それって大丈夫なの?」
「多分だが違うと思うぞ」
「嫌がるソフィアさんは?」
「AVの……。んんっ!」
「エロオヤジ」
単純にフォルトは、それを再現したいだけだった。
話を聞いたアーシャには、白い目を向けられてしまった。ベルナティオとレイナスは、期待するような笑みを浮かべている。カーミラとセレスは気にしていない。
性癖は人それぞれである。
「それにしてもティオ、こんなに参加するのか」
「これでも少ないのではないか?」
「ふーん」
参加者は二十人程度か。
今回はリーダーが参加している。チームメンバーが五名と仮定すると、冒険者の数は百人だ。さすがにそれだけでは、スタンピードの対処などできない。
冒険者ギルドマスターが参加しているため、来ていない冒険者チームのほうが圧倒的に多い。現在はターラ王国兵と一緒に、町の防衛に専念している。
「しかし冒険者か。懐かしいな」
「ティオもやってたのか?」
「昔な」
ベルナティオは若い頃に、冒険者をやっていた時期もあった。
路銀を稼ぐためだったが、すぐに辞めてしまった。闘技場で優勝したときに、賞金を手に入れたからだ。
もちろん、すでに残っていない。
「じゃあ、参加するのは強い冒険者か」
「この場に呼ばれたのなら、それなりのランクだろう」
「ランクか。AランクやBランク?」
「知っているではないか」
「まあ異世界人ということで。なあ、アーシャ」
「でもぉ、あたしもぉ……。襲われてもいいよ!」
「へ?」
「ちゅ」
「でへ」
どうやら先ほどの話から、空想の世界へ飛び立っていたようだ。
もともとアーシャは、フォルトに捨てられたくないと思っていた。魔人としての実力を間近で見たことで、絶対に離れないと決めている。
よって、それを望まれれば
もしかしたら単純に、刺激が欲しいだけかもしれないが……。
「セレス」
「どうしましたか? 旦那様」
「会議は任せるぞ」
「はい。ソフィアさんと一緒に頑張りますね」
(俺たちが楽にフレネードの洞窟へ向かうには、頭脳担当の彼女たちに任せたほうがいいからな。俺は久々に、空気になろう)
フォルトは空気のように気配を絶った。これは三国会議の晩餐会で会得した特技だが、そもそもが勘違いである。
その証拠に気配を絶っても、ベルナティオに不満の声を向けられた。
「きさま、プロシネンが居ないぞ」
「あれ?」
ソフィアが会話しているのは、確かにシルキーだけだった。
周囲を見渡しても、それらしき強そうな戦士は存在しない。
「作戦会議ですからね。彼女に任せたのでは?」
「さすがはセレス。そんなところだろう」
「元勇者チームの魔法使いか」
「ティオなら、あいつから推察できるか?」
「最低限として見たほうがいいだろうな」
「うむ」
「人間状態でも平気かもしれないが……」
「何か気になるのか?」
「いや、魔王軍の六魔将と戦ったのだろ?」
「そうだっけ?」
ベルナティオはソフィアから、プロシネンの話を聞いているようだ。
残念ながらフォルトは、細かい話は聞いていない。いや、もしかしたら聞いたかもしれないが忘れている。
つまり、あまり興味がないということだ。
「師匠、聖剣を持っていると言っていましたわ」
「聖剣か。性能によっては負けるな」
「なにっ! なら、戦うな!」
無敗の剣聖という言葉が好きなフォルトは、相手に負けそうなら戦わせるつもりはなかった。
実に
「安心しろ。見極めるさ」
「そ、そうか。そうなると武器だな」
フォルトは考える。
レイナスの強さは、聖剣ロゼの性能によるところが大きい。成長型知能は、反則級の強さである。
そしてベルナティオは、鉄で作った普通の刀だ。装備は強さの一部と言っても、差があり過ぎるだろう。
「ちなみにだが、六魔将とやらには勝てるのか?」
「相性があるから分からんが、全員がギフトを持っていると聞いたぞ」
「マリとルリが言ってたなあ」
「ハッキリ言って無理だろう」
「うぇ。ティオでも駄目なんだ」
(やはり武器だな。プロシネンって奴は、六魔将に勝っている。しかも、ただ強いだけの武器じゃない。魔剣か聖剣。もしくは、それに類似するものか)
魔剣は魔人の魂が変化したものだ。ポロを身に宿して分かる。フォルトの場合は魔法を使わせる能力にしたが、それでも十分に強い。
そしてリドの持っていた漆黒の大剣が、魔剣シュトルムと仮定する。その剣で斬られると、『
ならば、それが性能なのだろう。
「手に入れるなら……。リドか?」
「そいつが持つ魔剣は大剣だろう? 私では使えんな」
「あ……。そうだったな」
「御主人様、とりあえず魔法の武器でも奪いますかあ?」
「いや、刀だからなあ。ティオの刀はドワーフ製だ」
「さすがにいい仕事をする」
「製法も違うはずなのにな」
剣と刀は、使用する目的から製法まで違う。
こちらの世界で出回っている剣は、ロングソードのような西洋剣である。そうなると、魔法の武器も西洋剣が多いだろう。
「そう言えば御主人様、みんなの武器に付与してないですよねえ?」
「武器については、繊細な部分があるのだ」
「どういった部分ですかあ?」
「簡単に言うと使い勝手」
下手に武器へ付与するのは考えものだ。
まずはゲームのように何本も持ち歩けないので、使い慣れた武器を弄るのは良くない。軽量化などすると、それに慣れる必要がある。武器には重量も必要なので、力の加減が狂ってしまう。敵を倒しきれないと思わぬ不覚を取る。
それに、属性付与も危険だ。効かない敵が出てきたときは、戦力にならなくなる。切れ味を増す付与だけでも良いが、現状でもスパスパ斬っている。
また一時的に付与できる身内が居るので、そちらへ任せたほうが良い。
「武器について考えるのは……」
「待たせたな!」
ここまで雑談したところで、男性の大声が聞こえた。
サロンへ集まった者たちは会話を止め、一斉にそちらを見る。それと同様に、フォルトたちも目を向けた。
すると中年男性が、偉そうにサロンへ入ってきた。ターラ王国の騎士を、十名ほど引き連れている。どう見てもランス皇子ではなかった。
ソル帝国の人間は、一人も居ないようだ。
「私はターラ王国の……」
「フォルト様」
男性の自己紹介が始まったが、同時にソフィアが戻ってきたので聞いていない。
シルキーは、冒険者の集団の中へ戻っていった。
「ソフィア、もういいのか?」
「はい、十分に話せましたよ。また時間があれば話しますが……」
「そっか。会議が始まるみたいだな」
「では、あちらのテーブルへ移動しましょう」
「うむ」
フォルトたちの使っているテーブルは、男性からは離れた場所だ。
遠くから怒鳴っても仕方ないので、近くのテーブルへ移動した。すると、全員が一斉に目を向けてきた。
それにはドキッとしたが、心当たりは大いにある。
「「おおっ」」
エロ女侍セットを着た〈剣聖〉ベルナティオ。ヘソ出しルックのミニスカートで決めているアーシャ。亜人種のエルフ族セレス。この三人が目立っている。
まともなのは、魔法学園の制服を着たレイナス。それと、ローブを着ているカーミラとソフィアだ。
ローブの二人は脱げば最強だが、さすがに見せられない。
「な、なんだ? さっさと始めろ!」
参加者は男性が多かった。
愛すべき身内を、イヤらしい目で見るなと言いたい。そんなことを思ったフォルトは、周囲を威圧するように
どちらも中年男性だが、今は棚へ上げておく。
「ぐ、軍務尚書殿。ランス皇子は参加しないのか?」
「オダル君、参加するわけないだろう」
偉そうな中年男性は、ターラ王国の軍務尚書という人物らしい。フォルトは男性の名前に興味がないので、そう覚えておけば良いだろう。
カーミラが……。
「えへへ。軍務尚書ですね」
「さすがはカーミラ。ツーと言えばカーだ」
カーミラの腰へ手を回したフォルトは、テーブルの上に置いてあったワインを手に取って飲み始める。
難しい話は、ソフィアとセレスに任せてあるのだ。
「ランス皇子が来ない理由って分かるのか?」
「ソル帝国へ反感を持っている人が多いですよ」
「なるほど。さすがはソフィア」
「ですが、壁の裏側にいらっしゃいますね」
「あ……。隠し部屋か。さすがはセレス」
ランス皇子が姿を現さない理由と居場所が分かった。
これにはデルヴィ侯爵の屋敷を思い出してしまい、フォルトは苦笑いを浮かべてしまう。成金趣味の応接室には、隠し部屋があった。
(まあ狙いは……)
これは当然、フォルトたちが目的だろう。
そんなことは分かりきっているので、隠し部屋へ向かって手を振るのだった。
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