第355話 スタンピード攻略作戦1

 ターラ王国Aランク冒険者チーム「聖獣の翼」のリーダーを務めるボイルは、新人のミゲルを連れて、首都ベイノックを目指していた。

 残りのメンバーであるハルベルト、ハンクス、ササラの三人は、奪還した町で魔物の討伐を続けてもらっている。


「オダルよお。俺も行かなきゃいけねえのか?」

「行かないと、またボヤくことになるぞ」


 残念ながら、馬車は調達できなかった。

 馬も全員分を用意できず、ボイルの後ろにミゲルが乗っている。童顔なレンジャー見習いで、あまり戦力になっていない。

 連れてきたのは、細かい雑用をやらせるためだった。パシリのようなものだが、ボイルは大雑把な性格なのだ。居てもらえると、何かと重宝する。

 そして、冒険者ギルドマスターを務めるオダルと元勇者チームのシルキーが同行している。こちらは、それぞれで馬へ乗っていた。


「まあなあ。誰が決めたか分からねえ作戦には乗りたくねえしな」

「そうですよ。ボイルさん、会議へ出て楽をしましょうよ」

「スタンピードに楽もないだろ」

「そうなんですけどね。元勇者チームと一緒ならいいなあ」

「ああ、確かにな。あいつらは化け物だろ」

「場数が違いますよね」

「それもあるがな」


 元勇者チームの三人が居るだけで、魔物から奪還した町の防衛は楽だった。

 迫ってくる魔物の群れへ、先制攻撃の上級魔法を撃ちこむシルキー。

 減らした魔物を、圧倒的な動きで殲滅せんめつするプロシネン。

 多彩なレンジャースキルで、被害を減らすギル。

 この三人が居れば、冒険者たちは安心して戦うことができた。


「私たちが、どうかしたのかしら?」


 シルキーが声をかけてきた。

 馬術の心得があるようで、勇魔戦争時はソフィアを後ろへ乗せていたらしい。


「いやな。オメエらは強いなって話だよ」

「あら、ボイルさんたちと変わりませんよ」

「どこが……」

「レベルよりは魔法やスキルですから。肉体としては人間の域ですよ」

「そうなんだがな。身に付けられねえんだよ」


 レベルが上がることで、肉体が超人になるわけではない。

 魔法やスキルを覚えることが、レベルを上げるうえで重要な要素だった。これらを修得することにより自身を強化して、強敵を倒せるようになる。

 他にも様々な要素が加味された結果が、レベルアップにつながるのだ。


「私たちも、最初はそうでしたよ」

「どうやって身につけたんだ?」

「私はグリム様に師事して、それからは独学です」

「ほう。他の二人は?」

「アルフレッドもですが、単独で魔物を討伐していましたよ」

「たっ……。単独かよ」

「最終的には、勇魔戦争で開花しましたね」


 勇者チームを結成するまでは、それぞれのやり方で強さを磨いていた。

 アルフレッド、プロシネン、ギルの三人は、レイナスのように単独で魔物を討伐している。非常に危険な行為だが成し遂げることで、強さを身につけていったのだ。

 チームを組んだ後は、迷宮や遺跡の攻略もやっている。そういったこと続けているときに、勇魔戦争が勃発した。

 以降は戦いに次ぐ戦いを経験して、勇者級まで駆け上がった。


「異世界人ってのは、死にたがりなのか?」

「まさか。ただ言われるがままにやっても、強くならないかなと」

「それでもなあ」


(異世界人ってのは普通じゃねえな。冒険者だって、単独で戦うことはしねえよ。俺も試して……。いやいや、奴らは異世界人だ)


 兵士であろうが冒険者であろうが、身の安全を重視する。

 それに異世界人は、成長のスピードが早い。同じことをやっても、同じように強くなるとは限らない。成長をサポートするスキルを持っていないと、どう考えても無理だと思われた。

 レイナスの『素質そしつ』やシェラの『俊才しゅんさい』などである。


「強くなることを望まれていたので、仕方がないのですよ」

「よく生き残ったなと感心するぜ」

「ありがとうございます」

「でも、こっちの世界にも強い奴はいるぜ」

「そうですね。ですが……」


 こちらの世界の人間でも、勇者級へ届いている者たちは存在する。しかしながら、その数は圧倒的に少ない。

 エウィ王国では、王国〈ナイトマスター〉のアーロン。

 ソル帝国では、四鬼将筆頭の〈鬼神〉ルインザード。

 在野では、〈剣聖〉ベルナティオが有名だった。

 国へ所属する人物は中枢に入ることが多いので、使い捨てでも構わない異世界人へ白羽の矢が立つ。


「使い捨てねえ」

「強くなれば重要視されますけどね。それまでは……」

「なんか、関係ない俺まで申しわけなくなるな」

「ふふっ、お優しいですね」

「い、いや、なんとなくだよ。なんとなく」


(やべ、見惚みとれちまったぜ。〈聖魔の使い〉か。旦那とか居るのかな? まさかプロシネン……。そんなわけねえな。ギルも違げえ。もし独り身なら……)


 ボイルはシルキーを見て、余計なことを考えてしまった。

 冒険者稼業を引退するまでには、嫁が欲しいと思っていたのだ。年齢が近く、好みにも合致している。

 身近な女性といえば、チームにササラが居る。しかしながら結婚となると、候補にならない。チーム内での恋愛は御法度のうえ、年齢が離れすぎている。ついでにオジンと揶揄やゆされていた。他には、同じ冒険者ギルドへ所属する女冒険者だ。これも、候補にならない。

 そんな考えを悟らせないように、オダルへ話しかけた。


「オダルよお。俺らはどうしようもねえな」

「何か言ったか?」

「いやな。こっちの世界の人間は無力って話よ」

「またボヤきか? それでもオメエは、Aランク冒険者だぞ」

「そうだけどな。俺の老後のために、Sランクへ上げてくれよ」

「はははっ、無理無理。Sランクってのはな……」

「あっ、ボイルさん! 首都が見えてきましたよ!」


 ミゲルに促されたボイルは、ボケっとしながら前方を見る。

 すると、町を囲む壁が見えてきた。最近までは、この場所で防衛をやっていた。外壁の周囲には、魔物の残した傷跡が数多くある。さっさとまともな作戦を決めて、スタンピードを収束させたいところだ。

 そして、いつもどおりの気楽な冒険者稼業へ戻りたい。それから、シルキーと大人の恋愛をしたい。あわよくば、結婚したい。

 そう心の中でボヤいたボイルは、首都へ馬を走らせたのだった。



◇◇◇◇◇



 ランス皇子からの食事の誘いを有耶無耶うやむやにしたフォルトたちは、首都ベイノックへ向かうための準備を始めている。

 帝国軍の駐屯地では、ファナシアが牢屋ろうやから逃げ出して騒ぎになっていた。フェブニスは大罪の悪魔マモンを使って、瓢箪ひょうたんの森へ帰した。

 空を飛ぶのは初めての経験だったらしく、上空で騒いでいたようだ。


「なんか、悪いことをしたなあ」

「えへへ。逃げられた人間が悪いでーす!」


 悪いとは微塵みじんも思っていないフォルトが、カーミラを抱き寄せて話しかけた。

 ドッペルゲンガーのクウを使った悪戯いたずらだった。それを知らないランスは、ファナシアの監視を担当していた兵士を処分して、捜索隊を送り出していた。

 こちらへ戻っていないかと帝国騎士ザイザルが確認に来たが、すでにクウは双竜山の森へ戻している。

 そして、本物が逃げ出しても戻ることはないだろう。


「御主人様、本物はどうするんですかあ?」

「決めていないが、カードになるようだな」

「皇子が知っている女でしたからねえ」

「レジスタンスのリーダーの娘か。ソフィア!」

「どうかしましたか?」


 簡易テラスで茶を楽しんでいたフォルトは、大声を出してソフィアを呼ぶ。

 そして、ファナシアの使い道について意見を聞いた。


「解放しないのですか?」

勿体もったいないかなと」

「………………」

「い、いや。俺たちが楽をするためにはなあ」

「ふふっ、そういった話でしたら、何かありそうですね」

「さすがはソフィア」

「今は思い浮かびませんよ?」

「そうなんだ」

「それと……」

「身内にはしないぞ。シルビアと同じで好みじゃない」

「そっ、そのことでは!」


 ソフィアがほほを赤らめる。

 抱いた回数は数えられないほどだが、いつまでも初々しいところが良い。久々に、パンツをプレゼントしたくなった。

 もちろん、エッッッッグいやつだ。


「そういえば、クウが何か言ってたな」

「御主人様、実験用のモルモットって言ってましたよお」

「ああ、そうだったな」

「フォルト様、それは何の話でしょう?」

「ルーチェがな。魔法の実験台が欲しいとかなんとか」

「まさか、人間ですか?」

「調達は勝手にやるそうだ」

「………………」

「だっ、大丈夫だ。まだ許可していない」


 この件は、ソフィアが反対すると分かっている。

 そのため、回答を保留していた。しかしながら、転移魔法についての話だ。必要なら、すぐにでも調達したいと思っている。

 これを納得させるには、犯罪者か死刑囚なら平気かもしれない。


「それならいいか?」

「良くはありませんが、私のことを考えてくれていますので」

「もちろんだ。だが、犯罪者か」

「解放しないほうが良かったですねえ」

「ああ、元死刑囚が居たな」

「すぐに必要なのですか?」

「できればな。実験台が必要なところまで進んだなら……」


(この短期間で大したものだ。それでも、何回かの実験は必要だろう。そうなると、モルモットは何体も必要か? うっ!)


 フォルトは、急な眩暈めまいに襲われた。

 座っているが、立ちくらみのような感じである。気持ち悪くなるほどではなかったので、額へ手を置いて頭を振ると治まった。

 それでもカーミラとソフィアが、何事かと声をかけてくる。


「御主人様、どうかしましたかあ?」

「フォルト様?」

「い、いや。これは……」

「(カルマ値が、悪へ傾いているな)」

「やはりか」

「(くくっ、それでいいのだ。魔人は神々の敵対者だからな)」

「………………」


 ポロが答えを伝えてきた。

 人間を実験用のモルモットにすることが原因だろう。フォルトが人間を雑に扱うことにより、カルマ値が悪へ傾いているのだ。

 まだ扱っていないが、考えて実行しようとしている。


「罪など存在しないから、善悪も無いと思っていたがな」

「フォルト様?」

「大丈夫だ。ソフィアが激しく乱れていたのを思い出してな」

「っ! そ、そういう話はしないでください!」

「ははっ、すまんすまん」


 フォルトの中で答えが出ていないため、今は話を逸らす。

 それでも身内にうそをつきたくないので、答えが出たら伝えるつもりだ。特にソフィアは、魔神を誕生させないために身内となった。

 心配させるのは、不本意なのだ。


「さて、準備ができたようだな」

「あ、あら、二人が戻ってきますね」


 帝国軍の駐屯地から、ベルナティオとレイナスが歩いてきた。

 馬車の用意ができたようだ。ランス皇子の馬車と一緒に、首都ベイノックへ向かう手筈てはずとなっていた。単独で向かっても、ターラ王国の王宮内に集まるのだ。

 どうせ、移動中は馬車から出ない。一緒のほうが、面倒がなくて良いだろう。


「ソフィア、アーシャとセレスを呼んできてくれ」

「はい。入浴中でしたね」

「うむ。あっ! 魔道具も取り外しといて」


 カルマ値の件を悟らせたくないので、ソフィアを席から移動させた。

 魔道具とは、クウがルーチェから預かってきた蛇口だ。これは高級品であり、小屋を空けるなら残しておけない。

 フォルトたちが居なくなれば、帝国軍に調べられるだろう。殺風景な小屋など見られても構わないのだが、魔道具は盗まれる可能性が高いので回収する。


「きさま、準備ができたようだぞ」

「フォルト様、小屋は放置してよろしいのかしら?」

「仮住まいで何も無いしな。それに……」


 見張りとして魔物を配置すると、フォルトの力の一端が知られてしまう。よって今回は、小屋を放置したほうが良いとの判断だった。


「ところで、元勇者チームも参加するという話だったな」

「うん? ティオは興味があるのか」

「プロシネンと戦ってみたいと言っただろ」

「面倒事になるので却下」

「ちっ。だが、技は見たいな。参考になりそうだ」

「技か。剣の道ってやつか?」

「そうだな」


 剣の道を極める。ベルナティオが常々、口に出していた言葉だ。本人いわく、その道に終わりはないそうだ。

 終わらないなら極められないと思うが、それでも剣の道を歩みたいらしい。なかなか酔狂な話だった。

 フォルトなら絶対に諦める。


「技を見るだけなら、魔物の討伐で見られるだろ」

「実際に手合わせしたほうが早いのだ」

「まあ、どんな人物か確認してからだな」


 ベルナティオの戦闘狂にも困ったものだが、戦うにしても相手を知ってからだ。負けるとは思わないが、無敗の〈剣聖〉のために情報収集は必須である。

 そんなことを話していると、三人の女性が小屋から出てきた。


「フォルトさん! お風呂は終わったよお」

「でへ、いい匂い」

「旦那様、私はどうでしょう? ちゅ」

「いつものセレスの匂い。よしよし、馬車の中で堪能させてくれ」

「では、フォルト様。向かいましょうか」

「そうしよう」


 フォルトたちは全員で、帝国軍の駐屯地へ向かう。馬車は二台とも外へ置かれており、スケルトンの御者が待っていた。

 もちろんさっさと乗り込んで、ランス皇子の出発を待つ。それまではアーシャとセレスを抱き寄せて、風呂上がりの匂いに包まれるのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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