第354話 魔人と皇子3

 フォルトたちがソル帝国の駐屯地へ来てから三日後。レジスタンスの対応に追われていたランスは、多めの休憩が取れるまでになっている。

 ほとんどの支部は壊滅させて、捕虜を何百人も捕らえた。それらは、ターラ王国の首都ベイノックへ移送中だ。

 逃がしたレジスタンスは、現在のところ捜索中である。これらは散りぢりに逃げているので、発見することは容易でない。


「報告します! 移送は問題なく進んでおります!」

「レジスタンスの本隊は助けに来ないか?」

「移送部隊が襲われたという報告は入っておりません!」

「御苦労だった。引き続き監視せよ」

「はっ!」


 仮の執務室で状況報告を受けたランスは、椅子の背もたれに寄りかかった。それから深い溜息ためいきを吐いて、帝国騎士の一人へ問いかける。


「ふぅ。多くのネズミを捕らえたが、未だ本拠地は分からずか」

「それでも、戦力は削いだと思われます」

「そうだな。だが……」


(今回の同時攻撃でゲリラ活動は減るだろうが、幹部連中に雲隠れされるか。それでも、ファナシアを捕らえたのは大きいな。あの者に感謝したいところだ)


 ファナシアは、レジスタンスのリーダーであるギーファスの娘。

 もちろん幹部として、ソル帝国が捕縛対象としている。他の幹部と比べても行動力は突出しており、若いながらも存在感があった。

 下級騎士相当の実力もある。


「ファナシアは?」

牢屋ろうやへ入れて、監視を付けております」

「何かしゃべったか?」

「一向に口を割りませんな」

「拷問が手ぬるいのではないか?」


 当然のようにファナシアは、拷問にかけられている。

 爪をぎ、指の骨は折っている。むち打ちで体を痛めつけてもいる。人間の常識や倫理観では忌避されている精神操作系の魔法も使った。

 それでも尋問を担当した魔法使いでは、残念ながら効果がなかった。


「ですが、死なれても困ります」

「そうだな。ギーファスや幹部連中を釣り上げる餌だ」

「はい。その点は抜かりありません」

「問題は、餌をどうやって使うかだな」

「公開処刑がよろしいかと」


 公開処刑。

 それは、一種の娯楽となっている。国としては見せしめとしているが、そう国民が受け取っているかは疑問であった。

 処刑のような理不尽な死は、人の心へ強い衝撃をもたらす。それは、人が持つ残虐性や狂気を刺激する。他にも憂さ晴らしとして、自身が持つ不満のけ口となる。それが、娯楽たるゆえんだ。闘技場なども、同じような理由で人気となっている。

 エウィ王国第一王女リゼットの狂気も、これにあたる。


「その時点で救出に来ないなら、完全に見捨てられたのでしょう」

「そうだな。問題は日程か」

「はい。すぐには無理だと思われます」

「ふん! スタンピードの処理が先だな」

「はい」

「元勇者チームは?」

「そろそろ到着かと思われます」


 元勇者チームの面々と冒険者ギルドの代表が、首都ベイノックへ向かっている。その者たちにローゼンクロイツ家を加えて、作戦の立案を行う予定になっていた。


「フォルト殿はどうしている?」

「駐屯地から離れた場所へ、小屋を建てたようです」

「早いなっ! どんな魔法を使ったのだ?」

「見せられないとの話でした。ですので……」


 帝国騎士ザイザルに、作業工程は見せられないと伝えられていた。

 その保険として、フォルトの周囲に居た女性たちにより、駐屯地から近づく者を監視されていた。

 それでも目の良い斥候を使って、駐屯地の中から観察した。


「ちっ、さすがに用心深いな」

「はい。周囲の女たちも侮れません」


 彼女たちは見た目と違って、レベル三十を越えているようだった。

 カードは見せてもらえなかったが、帝国騎士のようなレベルが高い者が見れば、ある程度の強さは分かる。

 別格の〈剣聖〉を抜いたとしても、一介の帝国兵では、同数で勝つのは難しいとの結論だった。もちろん数で押せば勝てるが、今は友好的に対応しているのだ。

 戦う意味がない。


「なにやら、魔物がうろついていたようです」

「魔物だと?」

「召喚魔法かと思われます」

「高位の魔法使いだったな」

「はい」

「陛下が目をかけるわけだ。軍師殿もな」

「できれば、帝国へ引き込みたいです」

「それは、軍師殿が担当と聞いている。俺は友好を保てばいい」


(扱いの難しい男だな。勇者召喚の優位性、それに聖神イシュリルの奇跡か……。欲しいな。なぜゆえ、エウィ王国なのか。ソル帝国でもいいではないか)


 エウィ王国の勇者召喚。

 これにより召喚された異世界人は、勇者アルフレッドを筆頭として、多くの功績を打ち立てていた。その優位性が、エウィ王国の礎となっている。

 他国が欲しがるのも無理はない。


「ソル帝国で勇者召喚を行うには……」

「皇子」

「聞かなかったことにしろ。陛下は大陸を統一するのだ」

「はい。考えるまでもなく、ソル帝国で行えるようになります」


 ちょっとした戯言でも、皇帝ソルの失敗を匂わせてしまった。

 これが知られれば叱責しっせきされるだろう。ソル帝国において父親は、尊敬や羨望を一身に受ける英雄であり、絶対的な支配者である。

 それでもランスにとっては、重苦しい父親であった。何度、その存在に圧し潰されそうになったか分からない。

 今もそうである。


「今日は、あの者たちと食事をする」

「分かりました。ザイザルへ伝えておきます」


 時間が取れるようになったので、フォルトと友好を重ねる努力をする。

 ソル帝国の皇子ともてはやされても、皆が考えているほど良いものではない。気苦労の絶えないランスは、椅子へ座りながら肩を回すのであった。



◇◇◇◇◇



「以上であります!」


 帝国騎士ザイザルが、小屋の外で監視をしているベルナティオへ伝達する。

 ランス皇子が、フォルトたちを夕食へ招待したのだ。


「伝えてはおこう。期待はするなと言っておけ」

「そ、それでは私が怒られてしまいます!」

「そう言われてもな。あいつが小屋から出たがらん」

「は?」

「察しろ」


 小屋に防音設備など無い。

 周囲には、女性の甘い声が聞こえている。嬌声きょうせいは駐屯地へ届かないが、それを聞いたザイザルは困った表情になった。

 確かに、小屋から出たがらないだろう。


「分かりました。また来るかと思いますが、今は戻らせてもらいます」

「そうしてくれ」


 ザイザルは小屋から離れていった。

 それを見送ったベルナティオは、周囲の警戒へ入る。ランス皇子の手の者が、こちらを監視しているからだ。

 そして時間が過ぎたところで、小屋からレイナスが出てきた。


「はぁはぁ。師匠、代わりますわ」

「ようやくか。おまえなら平気だろうが、警戒を怠るなよ?」

「分かっていますわ。のぞき見が居ますものね」

「あいつが人間を嫌っているのを理解できるな」

「邪魔をしないでもらいたいですわね」

「まったくだ」


 フォルトは無尽蔵の体力を良いことに、小屋が完成してから外へ出ていない。やっていることは御察しだ。食材の搬入も終わっている。出る道理がなかった。

 そして、ベルナティオが小屋へ入る。


「では、頼むぞ」

「はい、師匠」


 双竜山の森や幽鬼の森に建てた屋敷より大きくないが、瓢箪ひょうたんの森に建てた小屋よりは大きい。キッチンは無く、風呂は狭いが快適な造りであった。

 それでも突貫工事でブラウニーが建てたので、見栄えは最悪である。


「きさま、くつろいでる場合か?」

「ははっ、休憩だ。ほら、こっちへ来い」


 小屋の中には、フォルトとカーミラしかいない。

 他の身内は小屋の外で、周囲の警戒をしている。戦闘力の低いアーシャとソフィアは、小屋の近くを。レイナスとセレスは、小屋から離れて監視中だ。

 愛しの小悪魔を除いて、とっかえひっかえしているのだった。


「んっ、ザイザル殿が来たぞ」

「ランス皇子からか?」

「食事の誘いだ」

「ふーん。手が空いてきたのか」

「レジスタンスの処理も終わりに近づいているのだろう」

「断るのも悪いなあ」

うそを言え。どうする気だ?」

「それは、ティオを抱いてから考えよう」

「そうこなくてはな。ちゅ」

「でへ」


 小屋の中は広いのだが、ちゃぶ台が一つしかない。それも大きいやつだ。身内が全員で囲んでも問題ないように作らせた。

 そして、二部屋しかない。もう一部屋は狭い風呂だ。トイレは駐屯地にあるものを使っている。使う者は限られているが……。

 食事はアーシャの提案もあり、外でバーベキューである。


「も、もっと激しくしてもいいぞ」

「御主人様は手加減しすぎでーす!」

「迷宮を思い出すな。『変化へんげ』!」

「んぁっ!」


 宣言通りにフォルトはベルナティオと交わってから、床の上に寝転がる。賢者タイムというやつだ。

 魔人には必要ない行為だが、これは気分の問題である。


「はぁはぁ。こ、交代までは時間があるな」

「余韻も重要だぞ」

「そうだな。フワフワする感じだ」

「俺もだ」


 フォルトはベルナティオの頭を片腕に乗せて、頭をでている。反対側の腕でも、カーミラへ同じことをしていた。こういった時間の過ごし方は好きだ。

 それは、身内の全員が思っているだろう。


「そう言えば、食事だったな」

「行かないのだろ?」

「ははっ、行けないのだ」

「もうやるのか?」

「今のうちに終わらせないと、元勇者チームが来るしな」

「私も変わってしまったな。それが面白いと思える」

「いいことだ。一人で楽しんでもな」

「御主人様! じゃあ、みんなをテラスへ戻しますねえ」

「そうしてくれ」


 カーミラが服の乱れを直して小屋から出ていった。それからフォルトとベルナティオも外へ出ていく。小屋の前には、簡易的なテラスもあるのだ。

 近くに帝国軍の駐屯地があるとは思えないほど、優雅な環境であった。


「旦那様、全員を戻したということは……」

「ははっ、お察しのとおりだ」

「フォルト様、お茶を入れますわ」

「そうしてくれ。全員分な」

「じゃあ、あたしも手伝うね!」

「私は火を担当します」


 すでに、日も暮れてきていた。

 ソフィアが火属性魔法で火を起こして、レイナスの氷属性魔法から湯を沸かす。それからアーシャの用意したコップに茶を入れて、テーブルの上へ並べた。


「フォルト様、食事はどうしますか?」

「まあ、あれを見てからでもいいだろう」

「今日もバーベキュー! 花火でもあればいいんだけどなあ」


 まるでキャンプ場のようだが、アーシャがとても喜んでいる。

 バーベキューなら、ビッグホーンを最初に解体したときにやった。それでも腰を落ち着けて、まるでキャンプ場になっているのは新鮮だった。


「おまえたちとなら楽しいな」

「まあ、旦那様」

「幽鬼の森へ戻ったら、またやりましょうか」

「そうしよう。居ない身内にも楽しませたいしな」

「リリエラちゃんは大丈夫かなあ」

「そうだな。早くエロ装……。んんっ! 頼むぞ、リリエラ」

「ぷっ! リリエラちゃんの心配をしてあげなさいよっ!」

「そっちは全面的に、マリとルリへ任せている」

「そういうのとは違うんだけどね!」

「分かっているさ」


 親が子供の心配をするような話である。

 絶対的に大丈夫でも心配するものだ。当然のようにフォルトも心配している。しかしながら、それは心の中へ留めておく。

 単純な話だが恥ずかしいのだ。


「きさま、そろそろいいのではないか?」


 フォルトたちが雑談で花を咲かせていると、月明りが照らす夜になった。

 昼間ほど明るくないが、周囲が見えないほどではない。それでも駐屯地のほうは、薄っすらとしか形が分からない。


「フォルトさん、楽しみね!」

「テレビだと、終わった後しか映さないからな」

「もう。フォルト様はどうしてそういう……」

「ははっ、ソフィアも納得しただろ?」

「そうですけど! ちゅ」

「でへ。では、始めるぞ!」


 フォルトは簡易テラスで茶を楽しみながら、とあることをした。


「クウ、戻ってこい!」


 それは、眷属けんぞくのクウを呼び出すことだ。

 フォルトに呼ばれたクウは、魔界を通って目の前に現れた。その顔は、喜びに満ちている。仕事をやりきったのだ。


「主様、戻りました」

「ははっ、よく戻った。平気だったか?」

「問題ありません。少し皮がけただけです」

「さすがだな。その姿はストックしておけ」

「畏まりました。胸だけ小さくしておきます」

「いいね! さすがはクウだ。俺の趣味が分かってる」

「お褒めに与り光栄です」


 ドッペルゲンガーのクウは、ファナシアへ化けていた。ソフィアが納得したのは、このためだ。本物は瓢箪の森に残してきた。

 そして、これこそがフォルトの遊びだった。ドッペルファナシアが戻ってから、帝国軍の駐屯地に異変が起きている。


「御主人様! 兵士がいっぱい出てきますよお」

「おおっ! 騒ぎ始めたな!」

「(人間をおちょくる遊びとはな)」

「楽しかろう?」

「きさまは楽しそうだな」

「ああ、とても楽しい。おっ! 光りだしたな。光属性魔法か」

「奇麗……。とは言えませんわ」


 帝国軍の駐屯地は大騒ぎだ。

 そこかしこから帝国兵が飛び出して、周囲に大量の光を照らしている。フォルトたちの近くまで照射されていた。


「犯人に脱獄された刑務所ってイメージだな」

「ぷっ! でも、あんな感じに騒ぐのねえ」

「わ、私は何も見ていません!」

「ソフィアさん。旦那様は楽しそうですよ」

「ははははっ! ランス皇子は楽しんでくれたかなあ」

「さすがは御主人様です!」


 フォルトは大声で笑い出してカーミラを見る。

 ちょっとした悪戯いたずらだが、とても喜んでいるようだ。アーシャの言ったように、生の脱獄映像である。駐屯地では、人間の悪感情が渦を巻いているだろう。

 責任のなすりつけ合いが始まっているかもしれない。そんな光景を思い浮かべながら、フォルトたちはバーベキューの用意を始めるのであった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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