第353話 魔人と皇子2

 ランス皇子から命令を受けた帝国騎士の二名に連れられて、ベルナティオは建物の通路を歩いていた。

 帝国騎士の一人は前方を歩いて、もう一人は後ろを歩いている。縄で縛られたファナシアを引っ張っていた。猿轡さるぐつわもされているので、うめき声しかあげられない。

 ちょうど挟まれた格好だ。


「もうすぐだ」


 前方を歩く帝国騎士が、ベルナティオへ声をかけてくる。

 歩いている通路には、何の変哲もない扉が並んでいる。どう見ても、牢屋ろうやではないようだ。今はまだ警戒する必要があった。

 まずは周囲を観察しながら、いつでも刀を抜けるようにしておく。


「安心しろ。〈剣聖〉殿には手を出さんさ」

「手を出したところで、先に斬って捨てるがな」

「そ、そうか。それにしても……。肌を見せ過ぎではないのか?」


 ベルナティオは、エロ女侍セットを着ている。

 フォルトが大好きなチラリズムを追求した装備だ。その姿を見て生唾を飲んだ帝国騎士が、自慢の足へ目を向けてきた。


「気をつけろ。私の足に触れられるのは一人だけだ」

「そいつは羨まし……。いや、〈剣聖〉殿に憧れてる女騎士が多くてな」

「私に憧れても、成長などしないぞ。己の剣を極めろと言っておけ」

「さすがは〈剣聖〉殿だ。良いことを言う」

「到着か?」

「ああ、この部屋に居る。開けるぞ?」

「うむ」


 くだらない会話をしているうちに、フェブニスが捕らわれている部屋の前へ到着したようだ。話し相手をしていた帝国騎士が、扉を開ける。

 手前へ引く扉のようで、中を見るように言った。


「確認してくれ」

「………………」


 ベルナティオは押されないように、帝国騎士より後ろへ下がった。

 そして、部屋の中を見る。広さは六畳ぐらいか。奥にはベッドが設置されていた。中央には、テーブルと椅子が置かれている。

 そこには、フェブニスが座っていた。手も足も縛られていない。


「フェブニス殿」

「もぐもぐ。ん?」

「何をしているのだ?」

「あ、フォルト殿の……」


 ベルナティオを見たフェブニスは、キョトンとした表情を浮かべていた。

 片手には果物を持っており、食べる寸前だったようだ。その光景に捕まっているといった緊張感はない。

 それを不思議に思ったので、帝国騎士の一人に問いただした。


「はぁ……。おい、どういう事だ?」

「見てのとおりだ」

「捕まえたのではないのか?」

「犯罪者には違いないのだ。監禁しているが、丁重に扱っている」

「なんだと?」

「ランス皇子の命令だ。ダークエルフ族と、敵対する気はないそうだ」

「………………」


 村へ火を放った犯罪者であるため、タダでは瓢箪ひょうたんの森へ帰せない。

 ダークエルフ族に、何らかの行動が見られるまでは監禁する必要があった。それでも監視付きなら部屋から出られ、風呂やトイレを使わせてもらえたようだ。


「そういったわけだ」

「なるほどな」

「確認したなら、こいつは連れていく。おまえはこっちだ!」

「んーっ!」


 ファナシアは牢屋へ連れていかれるようだ。

 帝国騎士の一人が乱暴に引っ張っていった。フォルトからは何も言われていないため、ベルナティオは手を出さない。


「食事中のようだし、一緒に食べていったらどうだ?」

「いや、私は皆と食べるからな。フェブニス!」

「はっ、はいっ!」

「行くぞ」

「す、すみません! 今すぐに!」


 大婆の家に居たときのフェブニスと違って、とてもリラックスしている。

 このあたりは、レティシアと血を分けた兄妹ということか。普段は緊張感の漂ったイケメンなのだが、今はマヌケさが際立った。


「ほら、武器だ」

「す、すまない。馳走ちそうになった」

「我らが友好的だと、族長に伝えてくれよ?」

「伝えてはみるが、大婆様次第だ」

「早く来い!」

「はいっ!」

「やれやれ」


 帝国騎士から弓と矢筒を受け取ったフェブニスは、歩き出していたベルナティオの後ろを追いかける。帝国騎士は速足で追い抜き、二人の案内に立つ。

 そして、レイナスとアーシャが待つ部屋へ戻っていった。


「では会談が終わまで、ゆるりとされよ」

「分かった。ほら、フェブニス!」

「は、はい」


 ベルナティオは思った。

 普段なら敬称を付けるところだが、もう付けなくても良いだろう。フォルトやソフィアたちが色々と考えていたのに、この体たらく。

 大婆へ伝えて、フェブニスを鍛え直してもらったほうが良さそうだ。


「まったく。居心地は良かったのか?」

「ああ。捕まったときはボコボコされたけどな」

「他の戦士たちを逃がしたのは、大したものだが……」

「そっ、その先は言わなくても分かっている!」

「そうか。ならば、何も言わん」

「はぁ……。大婆様の試練かなぁ」


 フェブニスは情けなくつぶやいて、他の者にも礼をする。それから捕まっていたときの話を始めると、アーシャが大声で笑い出したのだった。



◇◇◇◇◇



 フォルトはランス皇子と向き合っている。

 ついでに魔力探知を使って、捕虜の交換が完了したことを知った。少し範囲を広げ過ぎたが、何事もなく済んだようだ。

 これには、気持ちが楽になった。


「では帰るか」

「冗談を言うな。暫くはここへ残ってもらうぞ」

「え?」

「スタンピードの対処に来たのだろう? 作戦は決まっている」

「もう決まっているのか」


(やっぱり決まっていたか。ちゃぶ台返しをして遊ぶチャンスだ。まあ俺は分からないから、ソフィアとセレスにやってもらおう)


 フォルトは、この遊びをするのが楽しみだった。

 それでも引き籠りのおっさんには、作戦内容など理解できない。ここは、頭脳派のソフィアとセレスの出番だ。


「そんなに難しい作戦ではない。おい……」

「はっ!」


 ランスが帝国騎士へ声をかけると、数枚の書類をテーブルの上へ置いた。

 それを受け取ったフォルトは、一読もせずにソフィアへ渡す。


「どうした。読まないのか?」

「ははっ。俺は頭が悪くてな。ソフィアのことは知っているか?」

「………………。勇者チームの頭脳だった女だな」

「今は俺の頭脳だがな」

「フォ、フォルト様」

「それにセレスは、フェリアスの討伐隊で総司令官をやっていた」

「ほう」

「旦那様。あれは、たまたまだと」

「いいではないか。本当の話だ」

「ははははっ! フォルト殿は面白い御仁だな」

「え?」


 何が可笑しかったか分からないが、急にランスが笑い出した。まるでシュンのホストスマイルのような爽やかな笑顔だ。

 それにはフォルトの背中が、ムズムズとかゆくなってくる。


「ソル帝国の皇子を前に、随分と御気楽だなと思ってな」

「ローゼンクロイツ家の当主だからな」

「そういった話ではないのだが……。まあいい。それで?」

「ソフィア」

「作戦には、大きな不備があります」

「セレス」

「正攻法すぎますね。これは、どなたが考えたのですか?」

「カーミラ」

「気持ちがいいですよ?」


 ソフィアとセレスは遠慮もなくズケズケとものを言う。

 フォルトはカーミラの太ももを触っているので御察しだ。それを聞いたランスは、目を細めて髪をかきあげた。

 そんなに長い髪なら、短く切れば良いと思う。


「無礼者!」


 カーミラを触っていたのは拙かったかもしれない。

 帝国騎士の一人が怒鳴り出した。しかしながら、それをランスが制止する。


「よい。その程度のことで、目くじらを立てるな」

「し、しかし!」

「英雄は色を好むと言うではないか。英雄なのだろ?」


 ランスに何かを勘違いされたようだ。

 それは、さすがに訂正したい。カーミラの太ももを諦めたフォルトは、ブンブンと手を振りながら否定する。


「ち、違う!」

「ははははっ! 冗談だ」

「そ、そうか。冗談か」

「そう警戒しないでもらいたい。捕虜の交換で水に流れている」


 これも勘違いだろう。別にフォルトは警戒していない。

 どうやら、場に不相応な行動を深読みされたようだ。


「話を戻そう。作戦なのだが……」

「いや。試して悪かった」

「は?」

「作戦の立案は、ターラ王国の軍務尚書だ」

「ほう」

「受け入れるかどうかを試したのだ」

「ちっ、そういうことか」


(クソ。俺が遊ぶつもりだったのに、皇子に遊ばれてしまったのか。作戦をボロクソに評価して悔しがらせたかったのにな。まあ、過程を楽しめだ)


 どちらも人が悪いということだが、ランスのほうが何枚も上のようだ。

 フォルトはただの遊びだったが、皇子は試していた。作戦の不備を見つけ、指摘するかどうか。何も言わずに受け入れていたら、評価が下がっただろう。

 その場合はめられるので、ソフィアとセレスに感謝だ。


「参加する者たちの意見を入れていない時点でなあ」

「ふむ。参加者の力を知らずに立案しても失敗するだろうな」

「だからこそ、暫くは残ってもらうと言った」

「部屋は?」

「どこがいい? フォルト殿は人間が嫌いと聞いているぞ」

「選ばせてくれるのか?」

「駐屯地の外でも構わぬが、なるべく近くにな」

「分かった。ならば、お言葉に甘えよう」


 どちらにせよ、作戦を練り直させるつもりだった。

 よって、近くに泊まる手筈てはずになっていた。幸い木材になりそうな木があるので、ブラウニーたちに小屋を建ててもらえば良い。

 今回は風呂も必要だ。トイレは駐屯地で貸してもらえば問題ない。


「決まりだ。元勇者チームや冒険者の代表を呼び寄せてある」

「げっ! 元勇者チームだと!」

「面識があるのか?」

「いや、ない。だから嫌だと思っただけだ」

「ソフィア殿の仲間ではないか」

「はい、久しぶりです。お会いするのが楽しみですね」

「ソフィア」

「………………」


 ソフィアはフォルトの手を握ってきた。これは、嫉妬させないためだろう。

 その心遣いには感謝をするしかない。本当に良い身内である。だからこそ嫉妬してしまうのだが、今は抑えるしかない。


「フォルト殿、夜は食事を共にしようではないか」

「え?」

「歓待の準備はしてあるのだ」

「旦那様、お受けしたほうが……」

「そ、そうだな。ご相伴にあずかるとしよう」

「では、帝国騎士のザイザルを付ける」

「拝命しました! フォルト殿の御世話をさせていただきます!」

「い、いや……」

「フォルト様、ご厚意は受けるべきです」

「よ、よろしく頼む」

「はっ!」


 ここは、ソル帝国の軍事施設なのだ。

 エウィ王国からの援軍であるフォルトたちに、駐屯地を歩き回られても困るのだろう。見せられないものが多いはずだ。

 ザイザルは屈強そうな体つきをした帝国騎士である。見た目は三十代の前半か。いかにも生真面目な男性だ。おそらくはレイナスと同様に、『素質そしつ』のスキルを持った人間だろう。

 ランス皇子の護衛が務まるほどには強いはずだ。


「私は忙しい身でな。これで失礼をする」


 ソル帝国は、レジスタンスの支部を襲っている最中である。

 言葉通りに忙しい人物なのだ。ザイザルの紹介が終わった瞬間に、ランスが帝国騎士の一人を連れて部屋を出ていった。外には捕虜の交換が終わった二名の帝国騎士が待っていた。

 そのことに安堵あんどしたフォルトは、立ちあがって身内を見る。


「では、俺たちも行こうか」

「どちらへ行かれますかな?」

「そうだな。まずはティオたちの居る部屋へ」

「分かりました。御案内を致します」


 フォルトたちは、ランスとは違う扉から通路へ出る。

 それからザイザルの案内で、他の身内が待っている部屋へ向かった。彼は扉の外で待っていてくれるそうだ。

 これでは、完全な御目付け役であった。


「フォルト殿!」

「フェブニス、無事だったようだな」

「助けに来てもらって悪かった」

「レティシアの兄だからな。怪我はないのか?」

「治療は受けた」

「そうか」

「ねぇねぇ、フォルトさん! フェブニスってねぇ」

「あっ! アーシャさん!」


 口の軽いアーシャが、すべてを話す。それを聞いたフォルトはあきれ顔だ。捕虜になった後は、快適な環境に居たのだから。

 心配したこちらが損をした気分だ。


「ランス皇子か。慎重な人物なのかな?」

「ダークエルフ族と対立した場合の助言を受けていたのでしょう」


 ソフィアの予測だが、それは当たっている。

 帝国軍師テンガイは、ランス皇子へ助言していた。ターラ王国を属国化した段階からだ。それは、皇帝ソルからの命令で行っていた。

 フォルトたちが入国した後にも、手紙として送っている。想定したパターンの一つに当てはまっただけに過ぎない。

 この話はフォルトたちにすれば、予測でしかないわけだが……。


「テンガイ君か」

御爺様おじいさまも、同じようなことをやりますね」

「ははっ。グリムの爺さんならやるだろうなあ」

「ハイド王子は反発していました」

「ハイド王子?」

「エウィ王国の第一王子です。歳もランス皇子と変わらないかと」

「つまりは、二十代の前半か」

「はい。将来的に二人は対立しそうです」


 ハイドは二十三歳で、血気が盛んな第一王子らしい。ランスは二十二歳で、フォルトの評価通りであれば慎重派なようだ。

 それでもレジスタンスへ対しては、苛烈な行動を選択している。ファナシアの話では本拠地が分かっていないのに、支部を同時攻撃している最中だった。


「まあ、どうでもいいな。それよりもだ」


 ハッキリ言って、王子と皇子に興味はない。

 それよりは、駐屯地の外へ建てる小屋のほうが重要である。暫くは滞在するのだから、快適な小屋にしたかった。

 そして、フェブニスを瓢箪の森へ帰さないと駄目だろう。フォルトは椅子へ座り、身内たちと今後について話し合うのだった。



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