第350話 大義を持つ者、持たざる者3

 フォルトたちはファナシアを連れて、瓢箪ひょうたんの森を出発した。

 その後は約束通り、レジスタンスの四名は解放されている。森の外で縄を解かれ、武器を返されて放り出されたのだ。


「どうするよ?」

「本拠地へ戻るしかないわね」

「まだ見つかってなきゃいいけどな」

「ファナシアちゃんを助けに行こうよ!」

「「無理に決まってんだろ!」」

「ええっ!」


 復讐者ふくしゅうしゃ、欲望の塊、元死刑囚が、ファナシア大好きおじさんを一蹴した。

 当然だ。ファナシアは四人より先に、森を出発している。魔族の名家ローゼンクロイツ家の当主と配下の者たちに連れていかれたのだ。

 その当主は支配の魔法を平気な顔で使う人物であり、禍々しい黒いオーラを出していた。人間のようだったが、どう見ても人間の皮を被った化け物のように見えた。

 そんな者たちから救出するなど不可能である。


「とにかくだ。本拠地の場所は、下っ端に知らされてねえ!」

「そうよ。幹部にしか分からないわ」

「支部を任されてる幹部は、俺たちと違って真面目な奴らだ」

「そ、そうだよね。そうだ! リーダーに伝えて救出隊を!」

「「そうするつもりだよ!」」

「ええっ!」


 レジスタンスのリーダーであるギーファスは、ファナシアの父親である。

 今回の件を伝えれば、何かしらの手段で救出するはずだ。そう思った四人は、とにかく急いで本拠地へ向かった。

 道中には魔物も出るが、戦わずに逃げの一手である。一番近い村へ向かったが、幸いにして強力な魔物と遭遇しなかった。

 以降は顔を隠せるローブを手に入れて、街道の端っこを通って本拠地を目指す。その間に元死刑囚の男性が、ヨロヨロと歩いている一団を発見した。


「おい。ありゃあ、レジスタンスの奴らじゃねえか?」

「傷だらけだね。支部から逃げられた人たちかしら」

「だが、今は構ってる暇はねえ!」

「そうだよ。一緒に捕まったら、ファナシアちゃんを助けられないよ!」

「「初めからそのつもりだよ!」」

「「ええっ!」」


 ファナシア大好きおじさんに言われなくても、他の三人はファナシアを助けるつもりだ。しかしながら四人で行くなど、狂気の沙汰である。

 おりの中で本音を言わされたように、三人は死にたくないのだ。だからこそ、急いでギーファスと合流する必要があった。


「あいつらはあいつらで、なんとかするだろ。行くぞ!」


 道中で見つけたレジスタンスの下っ端などと合流すれば、後から追いかけているであろう帝国軍の兵士に捕まってしまう。

 とにかく、自分の命が一番なのだ。今は顔を隠し、他人のフリをして見捨てる。それからも四人は同じことを続けながら、三日後には本拠地へ続く河原へ出た。

 この河原は、ベイノックから離れた場所に存在する。首都に近い村は近づけないので、離れた河原に偽装してある入口を目指したのだ。


「おまえたち! 無事だったのか」

「本拠地は平気だったようだな」

「見つかると拙い。早く入れ!」


 偽装した本拠地の入口には、レジスタンスの見張りが隠れていた。

 四人を出迎えた見張りから、まだ帝国軍が攻めてきていない旨を聞いた。それには安堵あんどしたが、今は急いで知らせることがあった。


「リーダーは?」

「会議部屋だ」


 ギーファスの居場所を聞いた四人は、急いで会議部屋へ向かった。

 通路の左右に、大きな扉と小さな扉がある場所だ。その小さな扉へリズム感のあるノックをすると、扉が開いて中へ招き入れられた。


「「リーダー!」」


 会議部屋は喧騒けんそうに包まれていた。

 帝国軍に襲われている支部の戦況は悪く、情報も錯交しているようだ。あちこちのテーブルから、怒声や罵倒が聞こえていた。


「おまえたち、戻ったか! ん? ファナシアはどうした?」

「そ、それが……」


 四人はギーファスへ報告した。

 瓢箪の森へ火を放った帝国軍は、レジスタンスの偽装だと知られている件。それに付随して、森へ向かったところで追い返される件。

 そして帝国軍に捕まったダークエルフを助けるため、捕虜の交換としてファナシアが連れていかれた件を伝えた。


「くそっ! やはり早計だったか」

「誰だよ? 偽装して襲おうと言った奴はよ!」

「おっ、俺じゃないぜ! だが、みんなは賛成しただろ!」

「責任のなすり合いをしてる場合じゃねえ!」

「そうだよ、助けに行かないと! ね、お父さん!」

「うん? 最後が聞き取れなかったが……」

「な、なんでもないです!」


 こんな状況でも、ファナシア大好きおじさんはブレない。

 それはさておき、現状はレジスタンスの支部が襲われている最中だ。とても救出へ向かえる状況ではない。

 それにギーファスからすれば、娘であってもレジスタンスの一員として扱っているのだ。現状で助けに向かえば、リーダーとしては失格である。


「駄目だ! 支部へ詰めていた同志の救出が先だ!」

「リーダー、そりゃないぜ!」

「娘さんだろ? それに幹部じゃないかい」

「娘だからこそだ! こうなったときはどうするか。それは教えてある!」

「「リーダー!」」


 ファナシア大好きおじさんだけではない。

 他の幹部たちも、ファナシアを救出をしたいと思っている。ゲリラの時から一緒にやってきた仲間だ。最近参加したような新参者より優先だった。


「報告します! 国境付近の支部が壊滅しました!」

「「今はそれどころじゃないよ!」」

「は?」

「………………」


 急報を持ってきた同志に対して、幹部たちは怒鳴りつけた。しかしながら、その支部を任せている者も幹部なのだ。

 戦力差があったならば逃げろと言ってある。よって、彼らの逃走を手助けしなければならない。本拠地から出撃して、帝国軍を足止めすることも必要だ。

 やはりファナシアを優先できないと、ギーファスは考えるのであった。



◇◇◇◇◇



「ベイノックへは、何用で来られた?」


 フォルトたちは瓢箪の森から二台の馬車で出発して、ターラ王国首都ベイノックへ到着した。そのうちの一台からレイナスが降りて、門衛と話している。

 このベイノックも高い壁で囲まれて、南北に通行する門があった。その南門へ来たのだが、どうも町の中が騒がしいようだった。


「エウィ王国から参りました。ローゼンクロイツ家ですわ」

「エウィ王国? ローゼンクロイツ家?」

「スタンピードの援軍で……。もしかして、聞いておりませんか?」

「い、いや」

「帝国軍師テンガイ様から、ランス皇子へ手紙を預かっておりますわ」

「な、なにっ!」


 門衛は、テンガイとランスの名前を聞いて驚いている。

 それについてはどうでも良いので、レイナスは手紙を取り出そうとする。しかしながら、その行為を止めてきた。


「ま、待ってくれ! ベイノックにランス皇子は居ない!」

「あら。王宮に居ないのですか?」

「タ、ターラ王国の首都ですよ。王宮には王族が住まうだけです」

「属国ですのに……。では、どちらへ向かえば?」

「南へ半日ほど向かった先に、帝国軍の駐屯地があります」


 てっきり王宮を占拠してると思ったが、首都に居ないなら居る所へ向かうしかないだろう。それでもタダでは終わらないのが、元貴族令嬢のレイナスだ。


「そちらにいらっしゃるのね。では、早馬をお願いしますわ」

「は、早馬ですか……」

「また問答をするのは面倒ですの。お願いできるかしら?」

「わ、分りました」


 レイナスが貴族の振る舞いで、門衛に有無を言わせず早馬を出させた。

 ターラ王国も、王や貴族が存在する。もちろん、エウィ王国と同様に格差社会である。また、ソル帝国のランス皇子への手紙を携えていた。

 帝国の属国になった国の門衛では断ることができない。


「それと一つ、お聞きしてよろしいかしら?」

「な、なんでしょうか?」

「なにやら町が騒がしい様子ですわね」

「帝国軍が、レジスタンスの支部を攻撃中です」

「あら。そんなことがありましたのね」

「首都はそれほどでもありませんが、他の町や村は……」

「そうですか」

「早馬は出しておきます。誰何されることは少なくなるはずです」

「ありがとうございます」


 レイナスは優雅に対応して、馬車の一台へ乗り込んだ。

 その一部始終を馬車の窓から見ていたフォルトは、片腕を伸ばして出迎えた。すると帯剣していた聖剣ロゼを、座席の裏へ放り投げた。

 そして、腕へしがみ付いてくる。


「フォルト様、早馬を出させましたわ」

「さすがはレイナス。気が利くな」

「あんっ! フォルト様のためですわ。ぁっ!」

「御主人様! 私も触ってほしいでーす」

「もちろんだ!」

「んくぅ」


 フォルトの悪い手は、いつでも元気いっぱいだ。

 しがみついたレイナスを触り始めると、色欲を刺激するような甘い声を出した。それに触発されたカーミラが、可愛らしくおねだりしてくる。

 そこで、もう一人の女性へ声を掛けた。


「ソフィアも?」

「手は二つですよね」

「『変化へんげ』で」

「や・め・て・く・だ・さ・い!」

「はい」


 フォルトの馬車にはカーミラとレイナス、それとソフィアが同乗している。

 もう一台にはベルナティオと一緒に、セレスとアーシャが乗り込んでいた。捕虜として連れてきたファナシアも、ロープで縛られた状態で乗っていた。


「フォルト様、本当によろしいのですか?」

「もちろんだ。フェブニスはレティシアの兄だぞ」

「いえ、その件では……」

「ははっ。気にするな。なあ、カーミラ」

「はぁはぁ。そっ、そうでーす! もしかして、変わりたいですかあ?」

「あ、後でお願いします」


 ソフィアは相変わらず初々しい。

 これにはフォルトも感無量だが、悪い手は止まらない。カーミラはほほを赤くして喜んでおり、レイナスも骨抜き状態だ。

 そこで一端手を止めて、馬車を出発させた。


「レイナス。町が騒がしいようだったけど?」

「はぁはぁ。て、帝国軍がレジスタンスの支部を攻撃中とか」

「なら駐屯地にも、ランス皇子は居ないのか?」

「皇子自身は出撃していないと思いますわよ」

「そりゃそうか」

「それでも忙しいことに変わりはありませんわね」

「手紙があるし会えるだろ。問題は……。ソフィア」


 ランス皇子とは初対面となるが、帝国軍師テンガイから一報は行っていると思われる。フォルトがどういった人物で、何をやりに来たかは知っているはずだ。

 それとは別に、ダークエルフ族との関係も知らされているだろう。フェブニスを捕縛したということは、敵対する可能性がある。

 弁明の使者も来なかったので、話がどう転ぶか分からない。


「捕虜の交換から切り出すのがいいかもしれませんね」

「いきなりか?」

「先日も話しましたが、弁明がなかったのは大国としての体面です」

「ふーん。ダークエルフ族にはびないと?」

「はい。亜人種との確執もありますからね」

「そうだったな。差別の歴史か」

「ふふっ。フォルト様は歴史が好きですよね」

「うむ」


 フォルトの好きな歴史とは戦国時代だ。明治時代などには興味がない。

 そして、差別の歴史とは言葉だけである。差別自体にも興味はない。それは、差別をなくすなど不可能と考えているからだ。

 さまざまな差別が問題視されているが、比較という概念があるかぎり無理である。これは区別にも使われるが、人間は自身が持つ思想などをもって比較するのだ。その行為こそが差別にも変わる。

 区別と差別は違うが、分けることに関しては同じなのだ。


(差別はなくならない。だが、軽減することは可能だ。言わないだけでも、だいぶ違うだろう。ゼロかイチにこだわらず、ほどほどで満足すればいいのだ)


 結局のところ、ここに行きついてしまう。ほどほどで満足。

 差別をするなと言っても、人類の歴史でなくなった試しはない。ならば、差別はなくならないものと思っているのが正解だ。それを踏まえて考えるべきなのだ。

 人間は多くの醜い仮面を持っているではないか。それらを使って隠せば良い。思っていても言わず、相手に悟らせない。思われているだろうが、相手から言われないので良しとする。それで良いではないか。それ以上を望むから対立するのだ。

 求めるのは、人間としての権利と平等だけで十分だろう。


「フォルト様?」

「あ……。いや、くだらんことを考えた」

「そうですか? そろそろ帝国軍の駐屯地のようです」

「そんなに時間が経っていたか」

「はい。珍しく考え込んでいたので、声をかけづらかったです」

「御主人様は、目を開けて寝てるのかと思いましたよお」

「ですが、手だけは動いていましたわ。ちゅ」

「でへ」


 フォルトは魔人なのだ。もう人間ではない。そのうえ、罪など存在しないと結論付けている。難しく考える必要などないのだ。

 そう考えると、思わず笑みが出てしまう。その意味が分からない三人の女性は、同じく笑顔を返してくれるのであった。




※差別については、作者の『思想の自由』に基づく見解です。それを肯定しているものではありません。また強要するものでも、容認・推奨するものでもありません。



――――――――――

Copyright(C)2021-特攻君

感想、フォロー、☆☆☆、応援を付けてくださっている方々、

本当にありがとうございます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る