第345話 争いの余波4

 いずこかにあるレジスタンスの本拠地。

 そこには連日連夜、急報が飛び込んでいた。ソル帝国の第三軍が、レジスタンスの支部を片っ端から襲っているのだ。


「ファナシア、状況を報告しろ!」


 レジスタンスの支部は、各町に数カ所存在する。他にも魔物の領域近くにある山や森などにあった。それらが同時に攻められたのだ。

 それを可能にしたのが、帝国軍師テンガイの再編成案である。小隊をさらに分割することで、冒険者チームのように少数でまとめた。

 それらが人の目を盗みつつ支部を包囲をする。以降は合流しつつ、小隊・中隊・大隊と規模を大きくして攻め込んだ。


「ほぼすべての支部は防戦中です!」

「リーダー! いきなりすぎです!」

「対応なんてできないよ!」

「本隊を出すか! だが、どこから手をつけりゃいいんだ?」


 同時襲撃。

 これはレジスタンスがよく使う作戦だった。しかしながら、今回は帝国軍にやられてしまった。それと被害が甚大である。支部には少数の人間しか配置していない。そのため、大隊規模まで膨らんだ帝国軍の部隊を倒せるはずもなかった。

 逃げるにしても包囲されている。本拠地のように地下へ逃げられれば良いのだが、それがやれない支部がほとんどだ。


「関係のない国民も捕まってるようです」

「なにっ! 帝国め、本腰を入れたのか?」

「ですが、本拠地には来ていません。帝国の勇み足では?」

「おいおい。そんなことを言ってる場合か?」

「とにかく助けに行かないと拙いだろ」

「そうだぜ。俺の隊が出るぞ!」

「ま、待て!」


 レジスタンスのリーダーであるギーファスが、場を収めようと大声を出す。

 本拠地は灯台下暗しの場所に存在する。なんの準備もせずに出ていけば、すぐに見つかってしまうだろう。

 それに……。


「今から向かっても間に合わん! 逃げ切るのを信じるのだ」

「でもよお」

「本拠地が見つかるわけにはいかんのだ!」


 首都ベイノックから近い村。

 その地下には大昔に放棄された多数の坑道が伸びている。それは、近くの山や川の河原へも続いていた。もちろん、出入り口は隠してある。

 この場所を本拠地として選んだのは、首都決戦を考えてのことだ。いざ事が起これば帝国軍やターラ王国軍を誘いだして、一気に王族を確保するためである。


「な、なら。もう首都へ攻め込もうぜ!」

「そうよ! 今なら帝国軍が支部を攻めてるわ!」

「ファナシア、首都の状況は?」

「先ほど伝令が来ましたが、首都にも帝国軍が残っているそうです」

「どの程度だ?」

「半数は……」

「一万か。本拠地には五百人しか居ない。無理だな」


 帝国軍の第三軍は二万人で、一万人が支部の攻撃へ向かった。

 レジスタンスは総勢で三千人だ。そのうち拠点には五百人しか居ない。他の二千五百人は支部へ分散していたり、一般の国民にふんして各地で活動中だ。

 レジスタンスは奇襲攻撃でしか勝つ術がない。だからこそのゲリラ活動であり、参加人数を増やしている最中だった。


「ファナシア、瓢箪ひょうたんの森へ行ってくれるか?」

「え?」

「拠点へ逃げてくる者も居よう。見つかるのは時間の問題かもしれん」

「そっ、そうですが」

「ダークエルフ族へ助力を頼み、逃げ道は用意しておくのだ」

「受け入れてくれるでしょうか?」

「偽装の攻撃は成功している。ソル帝国の敵になっているはずだ」

「敵の敵は味方ですか?」

「そうだ。一緒に戦えとは言わぬ。身柄の安全だけでもな」

「分かりました」

「こっちは逃げてきた者たちを迎え入れる! 本拠地を知られるな!」

「「はいっ!」」


 本拠地は幹部と本隊の兵しか知らないが、逃げてくる支部の幹部も居るだろう。

 それらを迎え入れるときにも、ソル帝国へ知られないようにする必要がある。それは、ギーファスと本拠地へ残る幹部の仕事だった。

 そしてファナシアは、数名の者を連れて本拠地から出発した。向かう先は瓢箪の森である。ダークエルフ族が話を聞いてくれるかすら分からないが、一縷いちるの望みを持って走り出すのだった。



◇◇◇◇◇



 フォルトたちは、ターラ王国首都ベイノックへ向かうことを諦めた。

 ソル帝国が瓢箪の森へ、火矢を放って攻撃してきたのだ。すでに帝国軍は撤退しているが、現在の状況で協力など無理である。

 そのため、ダークエルフの里へ戻っていた。


「呼ばれたから来たが、どうかしたか?」


 戻ってから数日間は何もしていない。エルフ族から援軍の要請があれば、おっさん親衛隊が救援に向かえる状態を維持していた。

 フォルトたちの相手は、スタンピードで沸きまくっている魔物が相手なのだ。現在は要請が来ておらず、特にやることも無い。

 よって、彼女たちを抱きまくっていた。


「お主のほうが色欲の魔人じゃな」

「否定はせん! だが、その名は要らない」

「まあよい。来てもらったのは他でもないわ」


 大婆がフォルトを呼び出したのは、ソル帝国への対応についてである。

 約定を違えて森へ火を放ったのだ。これを見過ごしては、調子に乗って帝国軍が大軍で攻めてくる可能性すらある。

 何かしらの行動をする必要があった。


「俺たちはスタンピードの対処に来たのだがな」

「それは分かっておるがのう。先に決めた話は無理じゃろ?」

「そうだなあ。首都へ行っても面倒事になるだけだろう」


 本来は首都ベイノックへ向かい、ランス皇子と面会をするつもりだった。その後は作戦を拒絶して、新たに練り直させる予定だった。

 しかし、ダークエルフ族との件に巻き込まれるだろう。森へ攻め込む協力を頼まれる。もしくは降伏させるための交渉人に使われる可能性がある。

 受けるつもりがなくとも、そう言われるのは分かっている。


「今、バグバットへ連絡を取ろうとしておるがの」

「バグバット?」

「お主の後見人じゃろ。ワシらの味方をしてもらおうとな」

「バグバットは中立だと知っているだろ。絶対に受けないはずだ」

「いや。お主を借りていいかを聞くだけじゃ」

「俺?」

「お主は中立ではあるまい?」

「うっ! ちゅ、中立……。に、なりたいなあ」

「瓢箪の森はレティシアの実家じゃ。助けたかろう?」

「ううっ。その聞き方は卑怯ひきょうだぞ!」


 フォルトは中立と言えないが、誰の味方かと言えば身内の味方だ。

 肩入れをする場合は、身内が絡んでこそである。グリム家がそうであるように。レティシアを持ち出されると味方せざるを得ない。


「大婆様。まさか、森から出撃する気ですか?」

「決めかねておる。セレスの嬢ちゃんは、どう思うかの?」

「黙ったままでは、帝国の風下へ立つことになりますね」

「じゃろ? ここは報復をするところじゃと思っておる」

「待ってください。何かおかしいと思われませんか?」

「ソフィア?」


 この場には頭脳派のソフィアとセレスも居る。

 相談事をされるときは、二人に同席してもらったほうが良い。フォルトだけだと、なし崩しに受けてしまう可能性が高い。

 いや、間違いなく受けてしまう。流されやすいのだ。


「帝国軍の動きが気になりまして」

「すぐに退いていったな」

「はい。森を攻めるにも、千人程度では無理でしょうし」

「後ろに本隊が居たのでは?」

「それなら退かずに攻めてきますよ」

「そうかもなあ。でも、俺の魔法を見たから退いたのかもしれん」

「確かに凄かったですが、撤退してから何の音沙汰もありませんし」

「なるほどなあ。さすがはソフィア」


 帝国軍の襲撃後も、ソフィアは考えていたようだ。

 そして同じく同席していたカーミラが、話の内容にピンときたらしい。両手を上げて答えを言ってきた。


「はいはい! 御主人様、レジスタンスの偽装だと思いまーす」

「レジスタンス?」


 カーミラは得意満面の笑みを浮かべていた。

 その笑顔に撃沈したフォルトは、無造作に手を伸ばして頭をでる。すると、はにかんだ笑顔に変わって膝の上へ座ってきた。


「でへ」

「もぅ、カーミラさん! 真面目な話をしているのですよ」

「えへへ、続けてくださーい! それとも変わりますかあ?」

「あ、後でお願いします」

「お、おう」


 ソフィアが抗議の声を上げるが、カーミラは適当にはぐらかす。

 この場合だと一人では済まないので、後で全員を膝の上へ乗せることが決定してしまった。これには戸惑う一方、当然のようにほほが緩んだ。


「んんっ! で、その目的は?」

「ダークエルフ族とソル帝国の反目が狙いかと思われます」

「ふーん。帝国から弁明もないぞ?」

「人間は亜人種を見下しています。特にソル帝国であれば……」

「だ、そうだぞ。大婆」


 カーミラとソフィアの話だと、森を襲ったのはレジスタンスである。もしそうであれば報復する相手が違う。

 それを聞いた大婆は顔をしかめた。


「人間同士の争いに巻き込まれたのかの?」

「おそらくは……」

「確定ではないの?」

「はい。ですが、確率は高いでしょう」

「ワシらには関係がないと言うのにのう」

「まったくだな」


 大婆の感想は、そのままフォルトの感想でもある。

 人間同士の争いに巻き込むなと言いたい。しかしながら、すでに巻き込まれているようだ。これには困ってしまう。


「大婆様!」


 ここまで話したところで、フェブニスが慌てて家へ入ってきた。

 どうしたのかと大婆が問いただしたところ、話題に出ていたレジスタンスから使者が来たらしい。うわさをすれば影である。

 森の外で戦士隊が取り囲んでいるが、扱いをどうするかと相談に来たのだった。


「そのレジスタンスの話が出ていたところじゃ」

「そうなのですか? 今は森の外で大人しくさせています」

「ふむ。先日の被害は、森の一部が焼けただけじゃったの?」

「はい。多少の火傷を負った者は居ますが……」

「そ奴らは捕まえるのじゃ」

「捕虜にしますか?」

「そうじゃ。捕縛後は火を放ってくるのじゃ!」

「報復ですか? たやすいことです」

「一番近い村で構わぬ」

「分かりました」


 結局は報復するらしい。

 まるで等価交換とでもいうように、火を放つだけのようだ。その命令を受けたフェブニスは、家を飛び出していった。

 それについて、フォルトは何も言わない。ダークエルフ族の族長としての決定なのだ。もちろんソフィアやセレスの話を無視したわけではない。


「それでいいのか?」

「良いのじゃ。ソル帝国もレジスタンスも、同じ人間じゃ」

「種族として見たわけだな?」

「そうじゃ。火を放たれたから、火を放ってやるのじゃ」

「いいと思うよ。なあ、ソフィア」

「仕方ないでしょう。ですが、レジスタンスを捕虜にするのは?」

「保険じゃ。フェブニス隊が無事に戻れば返すつもりじゃ」

「なるほどな。もし被害が出れば?」

「一人が死ねば、一人を殺すのじゃ。怪我けがも同様じゃ」

「目には目をか……」


(気持ちは分かるが、これには視点を変えた話があったな。必要以上の報復をしないという話だったか? さすがは大婆だな)


 目には目を歯には歯を。

 これは、やられたらやり返せといった意味を持つ。そして話の裏には、やられたこと以上の過剰な報復をしないという戒めが含まれる。

 この話を大婆は理解している。しかしながら、知っていても抑えるのは難しい。人は過剰に報復をしてしまうものだ。

 ダークエルフ族であれば、村を焼き払って村人を殺すことも容易だろう。


「しかし、面倒なことになったものだな」

「まったくじゃ! 人間同士の争いから、飛び火を受けたようなものじゃ」

「んじゃ、用事は終わったから戻る」

「うむ。貴重な意見をもらったの。助かったのじゃ」


 フォルトたちは大婆の家を出て、その隣に建てた自分たちの家へ戻った。

 どのみちダークエルフ族として決めたことである。今のところは関係ない。瓢箪の森が危険になれば助ければ良いだろう。


「ですが、何か嫌な予感がしますね」

「そうですね」

「二人ともどうした?」


 ソフィアとセレスが考え込んでいる。

 その内容を聞くと、そういったこともあり得そうな話だった。しかしながら、それを聞いたところで仕方ない。いまさら伝えたところで決定は変わらないだろう。何かあるまでは身内たちと遊ぶだけであった。

 そして、レジスタンスの捕虜が連れて来られてから数日後。レティシアがフォルトたちを呼びにきた。


「うふふふふ。じゃなあい! ちょっと、一緒に来て!」

「ど、どうした! レティシア」

「フェブニス兄さまが!」


 どうやら二人の話は、最悪の形で現実となった。

 どうしてこう厄介事が増えるのかと思ったフォルトは、レティシアに引きずられながら、大婆の家へ向かうのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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