第344話 争いの余波3

 大婆たちと作戦を決めたフォルトとその一行は、瓢箪ひょうたんの森を出るためにバイコーンを使って森の中を進んでいた。今回はベルナティオの後ろへ乗せてもらい、彼女の弱点を触りまくっている。甘い声を出して身を震わせているが、バイコーンから落ちる事もなく進んでいた。


「んっ。しかし、瓢箪ひょうたんの森を出て平気なのか?」

「でへ。あ……。平気だと思うぞ。あれからも呼びに来なかっただろ」

「センチピード程度なら、私たちが居なくても平気だろうがな」


 ダークエルフの里で一週間はゆっくりと過ごしたが、その間に急変を知らせる伝令は来なかった。エルフ族の戦士隊だけで十分に対処ができているようだ。


「あ、そうだ。ちょっと触るのは中止」

「なぜだ! もうちょっと……」

「後でな。やっておく事があった」



【マジック・アキュリレイション/魔法蓄積】



 フォルトはベルナティオを触っていた手のひらを広げて魔法を発動させると、その上に魔法陣が浮かんだ。バイコーンから落ちないように腰へ腕を回しているので、彼女にも見えたようであった。


「なんだ、それは?」

「まあ、見てろ」



【マジック・アロー/魔法の矢】



 次に魔法の矢の魔法を使う。その魔法は発動をせずに、手のひらにある魔法陣の中へ無数の光とともに入っていった。他の者たちも興味津々に見ている。


「御主人様。それは何ですかあ?」

「これはな。こうして、おなかへ張り付ける」

「ふんふん」

「すると、ポロに魔法を渡した事になるのだ」

「なるほどお。それが封印魔法陣ですね!」

「こうしておけば、俺のすきを突こうとした敵に雨あられとぶつかる」

「雨あられなんですねえ」

「五十本ぐらい? だいぶ前だが、コカトリスをミンチ肉にしてた」

「多すぎます! それに強すぎます!」


 ソフィアが抗議の声を上げた。プクっと頬を膨らませているのがかわいい。彼女のバイコーンにも乗りたいが、残念ながら馬術ができずにアーシャの後ろだ。


「え?」

「そんなものを至近距離で当てたら、死んでしまいます!」

「だって、俺のすきを突いた攻撃だし……。敵だろ?」

「そ、そうですが。捕まえて情報を聞き出す事も重要かと」

「そうなのか? ティオはどう思う?」

「殺す事はいつでもできるからな。動けなくするだけでもいいだろう」

「ほう」


 そう言えばと、シュンに寸止めをされた事を思い出した。あの時の場合だと、ポロは魔法陣を解放するだろう。そうなるとシュンがミンチ肉になる。いまだにムカついているので、それはそれで構わないような気もした。これは思っても口に出さない事と同じで、実際にそうしようとは思っていない。


「うーむ。ポロで威力は抑えられる?」

「(可能だぞ。相手次第で変えてやる。主観になるがな)」

「それはありがたい。完全に敵ならやってもいいが」

「(くくっ。生かした状態で食った方がいいぞ)」

「食わんわ!」


 人間まで食べていたポロの、冗談とも本気ともとれる言葉に大声を上げてしまった。その反応にベルナティオがバイコーンを止める。


「どうした?」

「止まれ! なんだ、これは?」

「ポロと話していただけだが」

「それではない! 前を見ろ!」

「前? なっ!」


 前方を見ると、煙が立ちのぼっているのが見えた。そして、木が焼き焦げる匂いもしてくる。どうやら森が燃えているようだ。


「火事か?」

「いや。声が聞こえるな」

「「ワー! ワー!」」


 何を言っているのかは聞き取れないが、その煙が立ちのぼっている先から騒ぎ声が聞こえた。それに対してセレスが答える。


「ダークエルフ族の戦士隊では?」

「なるほど。どうするか……」

「行った方がいいと思われますよ。旦那様なら消火できるでしょうし」

「わ、分かった。面倒だが、ティオ!」

「行くぞ! 戦闘準備だけはしておけ!」

「「はいっ!」」


 そして、ベルナティオのバイコーンを先頭に走り出す。森の中なので走ると危なそうだが、森の出口に近く、それほど障害物があるわけでもなかった。バイコーンも器用に木を避けて小川を飛びえていた。


(火をどうするか)


 森の出口に近づくと、やはり火事になっていた。まだそれほど燃え広がっていないが、範囲にしたらそれなりにある。放っておけば大火事となるだろう。


「戦闘をしてるようだ。このまま森を出るぞ!」

「う、うむ。任せる」


 フォルトたちが一気に森を抜けると、眼前には平原が広がって居た。森から離れた場所からは、鎧を着た兵士たちの集団が弓で火矢を射てきてたのだった。


「なっ! 敵だと?」

「撃ち返せ! 森へ一歩も入れるな!」

「「おおっ!」」


 燃え広がっていない木の上や平原へ一歩出ていたダークエルフ族の戦士たちが、敵の兵士と同じく弓で応戦をしていた。

 その人数は多くないが命中精度は高い。しかし、硬い盾を持った兵士が前面に出ており、それらに阻まれて致命傷を与えられていない。


「どうなっている!」

「フォルト殿か? 帝国軍だ。約定を破って攻めて来た!」

「なにっ!」

やつら、火矢を撃ってきやがって!」


 近くに居たダークエルフの答えには参ってしまう。約定によれば、瓢箪ひょうたんの森は不干渉になっている。つまり手を出してこないはずだ。しかし、舌の根も乾かぬうちに攻めて来たのだ。


「これだから人間は……。ソフィア! セレス!」

「フォルト様。見たところ、帝国軍は千人は居ます!」

「こっちは?」

「五十人でしょうか? すぐに援軍は来ると思いますが」

「ふん! 斬り込むか? レイナス!」

「はいっ、師匠!」

「ま、待ってください! 私たちだけでは無理です!」

「そ、そうよ。あんなに居るのよ? 無理っしょ!」


 ソフィアの言う通り、おっさん親衛隊だけでは無理かもしれない。多くの道連れを作れると思われるが、こちらもやられてしまう。おそらく生き残るのはベルナティオだけだろう。


「無理ではない! いや、止めておくか」

「ティオ?」

「私だけならあるいは……。だが、他の者が死ぬ」

「なら駄目だ。ちっ、俺がやるか」

「フォルト様! 火矢が!」

「くそっ!」


 どうしようかと悩んでいる間に、次の斉射が始まったようだ。火の付いた矢が放物線を描きながら何本も飛んできた。そこで、思いついた魔法を使った。



【トルネード/竜巻】



 上級の風属性魔法により、フォルトたちの前面に大地を巻き上げるほどの巨大な竜巻が出現した。この魔法により、火矢は竜巻の中心へ向かって吸い込まれていく。


「まったく。いきなりすぎて……」

「フォルト様! 帝国軍が退いていきます!」

「なにっ!」


 竜巻に恐れをなしたのかは分からないが、どうやら帝国軍が退却したようだ。引き際がいいような気がするが、目視できる範囲には居なくなった。


「ど、どうなってんだ?」

「フォルト殿! 助かりましたぞ!」

「あ、ああ。だが、退いたのか?」

「ちょっと、フォルトさん! 森火事! 森火事!」

「うおっ! そ、そうだった」


 帝国軍が退却した事でダークエルフから礼を言われたが、来るまでに燃えていた木が勢いよく燃えだしていた。この状況では帝国軍など後回しだ。

 アーシャは『奉納の舞ほうのうのまい』を踊り始め、ソフィアが水属性魔法で消火を開始した。ベルナティオとレイナスは燃え移りそうな木を斬り、セレスは傷を負っているダークエルフの治療へ向かった。


「御主人様。どうしますかあ?」

「うーん。じゃあ、これで」



【レインフォール/降雨】



 ソフィアの水属性魔法や、ダークエルフの精霊魔法では終わりが見えなさそうだ。そこで面倒臭くなったフォルトが上級の水属性魔法を使い、局地的に大量の雨を降らせて森の入り口を水浸しにしたのだった。



◇◇◇◇◇



「なんだと!」


 ターラ王国首都ベイノックにある帝国軍の駐屯地で、皇帝ソルの息子であるランス皇子が怒号を上げていた。ダークエルフ族との約定が成り、フォルトたちが来訪してくると聞いた矢先の出来事であった。


「ですから、瓢箪ひょうたんの森から火の手が上がっております!」

「その事ではない! 森を襲った軍の事だ!」

「伝令によれば、帝国軍の鎧を着ていた兵士が千人程度と」


 ランスはフォルトたちを歓待するために、その準備を命じていたところだった。そこへ飛び込んできた急報で、瓢箪ひょうたんの森が帝国軍の鎧を着た兵士たちに襲われて燃やされたという内容だ。

 森の入り口が少々燃えた程度で済んだらしいが、帝国軍は出撃していない。このままではダークエルフ族が敵になってしまう。


「もういい。次の情報が入り次第教えろ!」

「はっ!」


 伝令の騎士へ怒鳴っても仕方がない事だ。とにかく早急に手を打つ必要がある。今の状態ではフォルトたちを歓迎などできようはずもない。

 それにダークエルフやエルフがどう動くか見当がつかない。森から出なさそうではあるが、関係をこじらせたままではまずいのだ。そんな事を考えていると、護衛をしている五人の帝国騎士の一人が話しかけてきた。


「皇子。まさか、レジスタンスどもでは?」

「レジスタンスだと?」

「つい先日、輸送部隊が襲われました。それ以前にもありましたが」

「武具は奪われていたな。ダークエルフ族との反目を狙ったか?」

「おそらくは」

「だが、どこで知った?」


 ダークエルフ族と関係の修復をする。これは帝国軍師テンガイからの手紙に書かれており、会議へもかけずにランスが実行した事である。レジスタンスが知る機会などなかったはずだ。その情報が漏洩している。


「使者が向かうところでも見ていたのでしょう」

「くそっ! チョロチョロと」

「まずは弁明の使者を飛ばしては?」

「いや、信用をしないだろう。それにソル帝国が弁明など……」

「ですが、今のままでは」

「分かっている!」


 ソル帝国が小国のように言い訳などできようはずがない。それは父親である皇帝ソルの顔へ泥を塗る行為に他ならない。


「弁明はレジスタンスにさせる!」

「ですが、拠点が分かっておりませんぞ」

「支部は分かっているな?」

「全てではありませんが、多くの支部は目を付けております」

「ならば、支部をたたく。攻撃の準備をしろ!」

「よ、よろしいのですか?」

「構わん! 幹部クラスは生け捕りだと将軍へ伝えろ」

「はっ!」


 ターラ王国には帝国軍第三軍の二万人が駐屯している。戦争に勝った後は第四軍と第五軍は本国へ戻していた。その第三軍へ攻撃の命令がくだされたのだ。護衛の帝国騎士の一人は、すぐさま将軍の居る場所へ走っていった。


(レジスタンスどもめ。もう容赦はならん! 拠点を見つけてからと考えていたが、一気に弱体化させてやる。それからしらみつぶしにすればよいわ!)


 さすがは皇帝ソルの血を引く皇子といったところか。この時ばかりは苛烈な考えに支配されていた。歩き出したランスの後をついていく護衛の帝国騎士四名は、その体から漏れる怒りに対しゴクリと唾を飲んだ。


「お、皇子」

「なんだ?」

「本国への連絡は?」

「いつもの定期連絡だけでいい」

「それはまずいのでは? さすがに軍を動かすとなると」

「レジスタンスの壊滅は作戦の一部だ。その前段階の軍事行動だぞ!」

「で、ですが!」

「軍師殿とて見越している。だからこそ、編成案が送られてきたのだ」

「そうでしょうか?」

「だが、私も頭に血が上っていたようだ。軍師殿には連絡しておけ」

「はっ!」


 ランスは落ち着きを取り戻した。帝国軍は皇帝ソルのものである。いくら皇子といえども借り受けているだけにすぎない。護衛の帝国騎士たちもだ。あまりにも勝手な行動をとると本国へ連絡をされる。そうなると叱責しっせきは免れない。

 皇子が一人だけとはいえ、ソルはまだ四十代後半だ。子供などまた作ればいいと考えているような人物である。今は忙しさと皇子が居る事で、女性を遠ざけているだけであった。皇子が居なくなるようなら励む事だろう。次は年齢的にもエウィ王国のエインリッヒ九世のように多産を望むはずだ。もしくは……。


(ソル帝国は自分の代で終わり。それすらも考えているだろうな。だが、俺さえ生きていれば帝位を譲るはずだ。だから今は、陛下に見捨てられないようにな)


 皇帝ソルのランスを見る目は寂しさすらはらんでいる。しかし、そんな事は知る由もない。とにかく攻撃の下知はしたのだ。今はソルの望む結果となるように、レジスタンスの壊滅へ向けて全力をかたむけるのであった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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