第343話 争いの余波2
ソル帝国への対応を決めたフォルトは、夜に帰ってきたレティシアを連れてダークエルフの里を出る。新しく建てた小屋には、おっさん親衛隊が居るのだ。さすがに狭いので、散歩がてら連れ出したという寸法だった。
「うふふふふ。これから魔王の
「は?」
レティシアは左目を左手で覆い、いつもの病気を発症する。しかし、聞き捨てならない文言を聞いた。彼女のネーミングセンスは御察しなのだが、たしかに魔王と言った。しかも
「魔王じゃない! 勘弁してくれ」
「えー。魔を統べる魔術師じゃ長くてねっ!」
「それで、なんで魔王なのだ?」
「語呂?」
「………………」
「ほら。魔王スカーレットが居ないから空席よ! 狙うなら、今!」
「狙わないので却下」
「なんでよお!」
「魔王って魔族の王だろ。勝手に名乗ると魔族に襲われそうだ」
「魔人なんだから蹴散らしちゃえばいいのよ!」
「ちょ! 大婆からか?」
「うん。一緒になるなら知っておけってね」
「そ、そうか」
どのみち話す事になるので手間が省けた。それにしても魔人の事がよく分からなくなった。今まで聞いた話が
大婆のソシエリーゼは普通……。ではないが、全ての種族の敵とは思えない。リドにしても普通……。ではないが、裏組織「黒い
(まあ、リドについては不確定だがな。大婆は普通にダークエルフの族長をやっている。魔王スカーレットだって魔王をやっていた。どうなってんだ?)
「ちゅ」
「っ!」
フォルトが思考の旅へ出たところで、いきなりレティシアが唇を重ねてきた。これにはビックリしてしまい、その場で硬直をしてしまった。
「うふふふふ。悪魔の口づけで、あなたはわたしの
「そ、そうきたか。だが、角も尻尾もないな」
「っ! ム、ムードを壊さないでっ!」
「ムード……」
厨二病のムードと言われても困ってしまう。しかし、これはこれで悪くはない。そこでフォルトもポロを使い黒いオーラを出した。
「ふははははっ! 俺の
「きゃー! カッコイイ! 燃えてきたあ!」
「ははっ」
「ふふっ」
お互いの病気が発症したところで、ポロを受け入れた石像がある広場へ到着した。この場所は大婆が守り人をしている場所なので、命令がないと誰も近寄らない場所だった。
「ここかあ」
「来た事はあるんだろ?」
「あるわよ。大婆様が魔人って聞いた時からね」
「へえ。じゃあ、守り人の手伝いをしてるのか」
「うんっ! それも終わりのようだけどね!」
「そうだな。俺が連れていってしまうからな」
「平気よ。フェブニス兄さまがやってくれるわ」
月の光に照らされたレティシアがかわいい。ダークエルフという事も相まって、幻想的な光景に見えてしまう。そして、彼女の手を取り抱き寄せた。
「ねえ」
「うん?」
「キャロルには手を出さないでほしいんだあ」
「急にどうした?」
「彼女はね。フェブニス兄さまの事が……」
「なるほど。それがレティシアの望みなら」
「従者として連れていくけどね!」
「そうか」
(だが、身内としては扱えんな。レティシアの身内と言う事で、準身内といったところか。大婆が言うには里の者は……)
フォルトは変なところで
「家族か」
家族と言う言葉にも興味が出てきた。フォルトにとって家族とは日本に残してきた家族の事だが、大婆やセレスの話を聞いて考えが変わってきていた。ダークエルフ族やエルフ族は一族が家族と同義なのだ。それと同じような考えが持てないかについて興味が出たのだった。
「どうしたの?」
「いや。俺のものになってもらうぞ。レティシア!」
「うふふふふ。ついに交わりの時が来たのね。これで世界が変わるわ!」
「変わらないと思う」
「変わるの! ちゅ」
ここまで来たら病気を発症しようがやる事は一つだ。七つの石像の前で、フォルトとレティシアの影が一つになる。そして、あたりには永遠とも思えるほど長く
◇◇◇◇◇
「と、言う感じにまとまりました」
レティシアと交わって数日後、ソル帝国とダークエルフ族の間で話し合いが持たれた。場所は
さすがに皇子であるランスが出てくる事はなかったが、それでも高官級の外交官が派遣されていた。ダークエルフ族からは代表としてフェブニスと、補佐としてセレスが会談へ臨んでいた。護衛としてベルナティオとレイナスも同行させてあった。
「
「フェブニス、よくやったのう。して、帝国の要望はなんじゃ?」
「セレス殿が申した通り、スタンピードの対処で協力をしろと」
「やはりそれかの」
「はい。これも戦士隊の一隊を出す事で合意をした」
「数は十数人に満たないがのう」
「今の時点で数は関係がありませんね」
「どういう事じゃ?」
セレスの話は、協力関係を結んだ事実が重要と言う事らしい。ソル帝国は、今回の会談をプロパガンダに使うだろう。ダークエルフ族やエルフ族は帝国の味方だと。そんな事実はないのだが、これは言った者が勝ちである。どう受け取るかは聞いた者次第だからだ。
「なるほどのう。セレスの嬢ちゃんに頼んで正解じゃの」
ダークエルフ族に人間との外交は難しい。ソル帝国の高官級ともなれば外交はお手の物だ。それをセレスはうまくまとめている。
ソル帝国へはプロパガンダに使える果実を与え、こちらは不干渉にさせて人間を瓢箪の森から遠ざける。その確約さえもらえれば十分だ。
「して、フェブニス。細かい内容は?」
「フレネードの洞窟へ向かい、スタンピードを収めることになった」
「妥当じゃな」
「まずは、ターラ王国が奪還した町を拠点に進む
「なるほどのう。で?」
「帝国が出すのは、ターラ王国の冒険者と兵士です」
「われらが戦士隊を出すのに、帝国は軍を出さんのかの?」
「帝国軍は奪還した町を守るそうです」
「うーむ。それは不公平ではないかのう」
この内容だと属国のターラ王国だけに戦わせて、帝国軍はフレネードの洞窟へ向かわない。しかし、ダークエルフの戦士隊は向かう。もし戦士隊が死傷でもしたら、被害が出るのはダークエルフ族とターラ王国の人間だけだ。これではソル帝国と約定を結んでも損をするだけである。
「どうなんだ? セレス」
「そうとも言い切れませんね。奪還した町へも魔物が来ますので」
「拠点を守るのも重要な仕事というわけか」
「はい。拠点があれば補給も補充もできます」
「そこを戦士隊と冒険者に守らせれば?」
「フレネードの洞窟へは軍より冒険者の方が……」
軍隊と冒険者。どちらが魔物に強いかと言えば冒険者だ。魔物の退治を仕事として請け負っているので、日々の戦いとして慣れている。それにフレネードの洞窟へは大人数で入れない。そうなると余計に冒険者へ白羽の矢が刺さる。
「俺たちが行く事は?」
「伝えました。ですが、ダークエルフ側と言うよりは……」
「まあ、エウィ王国からの援軍と言う名目だしな」
「はい。作戦については一週間後という話です」
「そりゃ、すぐに決められないよな」
「作戦が決まった後に、奪還した町へ移動という
「作戦は帝国に任せていいのか?」
「魔物相手に謀略は意味をなさないので、正攻法になると思われますよ」
「ははっ。そうだな」
正攻法と言っても正面突破ではない。進軍ルートを設定して、フレネードの洞窟へ向かい陣地を築く。その後は洞窟の攻略になるだろう。
「フォルト様。作戦会議には参加したいですね」
「うん?」
ここでソフィアが割り込んできた。彼女が言うには、魔王城へ侵入する時に使った作戦を取り入れたいらしい。まったく同じ状況ではないが、勇者チームの使った作戦は大いに役立つ。実際に立案した彼女なら、良い作戦になるだろう。
「ルートの設定だけではなく、必要があれば軍も出したいですね」
「ほう。だが、帝国軍は出ないのだろ?」
「作戦に意味があれば出すと思いますよ。そこまで消極的ではないと」
「なるほどな」
(作戦会議へ参加か。クソが百個ぐらい付きそうほどに面倒だが、参加しないといいように使われるって事だな。さすがはソフィア)
「御主人様。帝国の軍師から、何か預かってなかったでしたっけ?」
「うん? ああ、ランス皇子への紹介状だったか」
「使えるんじゃないですかあ?」
「よく覚えてたな。偉い偉い」
「えへへ。気持ちがいいですよお」
フォルトはカーミラの頭を
「不測の事態が起きたらと言っていたな」
「不測と言えば不測ですよねえ」
「そうだな。せっかくだし使うか」
「フォルト様が行かれますか?」
「行きたくないが、行ったほうがいいのは分かってる」
「ふふ。腰が軽くなりましたか?」
「いや、重い。なので、一週間後にしよう」
「それだと作戦が決まった後では?」
「やり直させる。ちょっとした
「それはいいですねえ。そういう
宿題をキチンとやってきた生徒に、駄目出しをしてやり直させる先生のような気分になった。実に陰湿だが、これにはカーミラが面白がっている。
「(なんだ、そのくだらん遊びは)」
「面白くないか? 俺は面白いが」
「(結果次第だな。俺には思いつかん遊びだ)」
ポロに表情はないが、きっと
「お主はポロと仲良くなったようじゃのう」
「なってない!」
「(なってない!)」
ポロの声は聞こえていないはずだが、周りから見ればフォルトは楽しそうに独り言を言っているように見えたのだろう。独り言という事は相手はポロなのだ。
「「おおっ!」」
「うん?」
「御主人様。黒いオーラが出てますよお」
「なにっ! 勝手に出すな!」
感情的になったポロが、勝手に黒いオーラを出したらしい。それが禍々しく動いている。威圧するような能力はないので、これではただの大道芸人だ。
「まったく。俺で遊ぶな!」
「(くくっ。楽しませてもらった)」
「まあいい。とにかく一週間後に行く。大婆もそれでいいよな?」
「構わんのじゃ。人間はお主らに任せた方がよさそうじゃて」
「俺は任されないが、ソフィアやセレスが居るしな」
「ふふ。フォルト様が居れば平気です」
「そうですよ。旦那様が居れば楽です」
「俺は何もしないぞ?」
「名前だけ貸してもらえればいいですよ」
「ローゼンクロイツ家の当主様!」
「な、なるほどな」
名前を有効に活用しろとはマリアンデールとルリシオンの言葉だが、この場合は後ろでふんぞり返っていればいいと言う事だ。なんとなく嫌みに近いかもしれないが、彼女たちが嫌みを言うはずがない。これは素直に受け取っておけばいいだろう。それであれば楽である。
「だははははっ! お主は周囲の者に恵まれておるのう」
「ま、まあな」
「それで、レティシアはよかったかの?」
「ぶっ!」
「冗談じゃ。お主がターラ王国から出る時には渡してやるのじゃ」
「そんなにかかるのか」
「会うなとは言わぬ。じゃからの」
「わ、分かった」
どうやらレティシアの用事は時間がかかると伝えたかったらしい。それにしても、彼女を抱いたと面前で言われると恥ずかしい。こういう場では遠慮してほしいものである。兄のフェブニスも居るのだ。
「俺の事は気にするな。レティシアを頼むぞ」
「それは任された。ローゼンクロイツ家の名に懸けてな」
複雑な心境なのだろうが、もともと誰も
それに言われなくても大事にするつもりである。もう身内になったのだ。おっさん親衛隊の身内にも話してある。今後の生活に一輪の花が増えたことを喜びながら、対応の続きを話し合うのであった。
――――――――――
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