第342話 争いの余波1

 エルフの集落は規模が小さい。百名程度のエルフしかおらず、瓢箪ひょうたんの森には三つの集落が点在しているだけだ。

 ダークエルフの里には三百名ほどが住み、エルフの集落と同じ規模で二つの集落があった。つまり、森に住むダークエルフは五百人程度でエルフは三百人程度という事だ。人間と比べると圧倒的な少なさであった。


「まあまあ。セレスが御世話になっていますわ」


 フォルトはセレスの両親が住むエルフの集落へ戻った。そして、彼女の両親と会っている最中だった。隣にセレスを座らせて、テーブルを挟んで両親が座っている。


「それにしても、セレスが人間を選ぶとはな。なあ、イリア」


 父親のベルガーと母親のイリアがセレスの両親である。両親と言っても二人とも見た目は若い。どう見てもセレスと同年代だ。エルフ族やダークエルフ族は魔族と同じように、ある年代を境に見た目の成長が止まってしまう。

 それは個人差によるもので、若い姿の者も居れば老人の姿の者まで居る。若いからと言っても何百歳か分からない。人間を基準で考えると理解ができないだろう。


「ははっ。挨拶あいさつが遅れましたが、一緒になった報告を」

「それは構わないのだが、フォルト殿は人間でいうところの……」

「はい?」

「失礼だが、中年であろう? ハイエルフとは寿命が違いすぎるだろ」

「魔法で寿命は延びていますので」

「ほう! 延体の法か? 高位の魔法使いと聞いていたが」

「何か問題が?」

「いや。どなたの寿命を使ったのかな?」


 魔人とは言えないために適当な答えを言った。しかし、いきなり試練がやってきてしまった。ベルガーを見ると禁忌に触れるとでも言いたげな表情で、フォルトは答えに詰まってしまう。


(ヤバい。適当な事を言ったら自爆した。大婆も魔人と知られてないから、俺が魔人とは言えないし言うつもりもない。くそ、人間の寿命か……)


 延体の法は他者の寿命を使う儀式魔法だ。グリムやパロパロも他者の寿命を使っている。そうなると、フォルトも使った事になるのだ。


「あなた。そういう事を聞いてはいけません」

「だが、イリアよ」

「誰でも人に言えない秘密があるものです」

「そうよ、お父さん!」

「そ、そうだな。すまんな、フォルト殿。忘れてくれ」

「いえ」


 女性陣の援護が頼もしい。ベルガーとしては、フォルトが怪しい人物でないか確かめたかったのだろう。その気持ちはよく分かる。


「ローゼンクロイツ家の名に懸けて、やましい事はありませんよ」

「魔族の名家であったな」

「成り行きですが当主です」

「では、安心できるというものだ」


 やましい事だらけだが、またもや家の名に助けられたようだ。こんな辺境の森に住むエルフですら知っているとは恐れ入る。改めてすごい家だなと思った。


「それで、スタンピードの対処を手伝ってくれるという話だが」

「バグバットから依頼されてな。ダークエルフの大婆へも伝えてある」

「だが、対処と言っても森からは出ないのだ」

「そうらしいな。森の手前で迎撃と聞いた」

「人間どもの尻ぬぐいはせんよ」


 スタンピードはフレネードの洞窟の間引きを怠った人間のせいである。ベルガーを含めたエルフ族は、それを対処するのは人間だと思っていた。もちろんダークエルフ族も同じ考えだ。だからこそ、瓢箪ひょうたんの森を守る事しか考えていなかった。


「それだと、人間が対処できなかったらどうするんだ?」

「人間が滅びるだけではないのか?」

「エルフは?」

「うーん。この森は安全だぞ。今までも平気だったしな」

「そうよね。最悪は大婆様もいらっしゃるし」

「………………」


 フォルトからすると危機管理がなっていないと思ってしまう。しかし、エルフ族からすれば気にもしていないようだ。

 何百年、何千年前から森に住んでいるか分からないが、今まで危機らしい体験していないらしい。それに長寿ゆえの無関心さもあった。森の外がどうなろうと関心がないのだろう。自分たちは安全と楽観視をしている。


「ベルガーさん、居るかい?」


 そんな事を話していると来客が来たようだ。その対応にイリアが立ち上がり家の扉を開ける。すると、エルフ族の男性とダークエルフ族の男性が立っていた。


「大婆様から使いが来たよ」

「あら。もしかして、フォルト様にですか?」

「そうだ。至急、戻ってほしいとの事だ」

「フォルト様!」

「聞こえてた。しょうがないな。戻るか」

「はい。旦那様」


 この家は狭いので全部聞こえていた。あの大婆がすぐに戻れと言うからには、何かの異変でもあったのかもしれない。話を聞いていたフォルトは面倒臭そうに立ち上がり、奥でくつろいでいるおっさん親衛隊のところへ向かうのだった。



◇◇◇◇◇



 フォルトとカーミラはダークエルフの里へ戻った。おっさん親衛隊をエルフの集落へ残して魔物の討伐をさせてもよかったが、対処が難しくなれば伝令を飛ばしてくれるそうだ。それから移動しても間に合うという話だった。


「戻ったかの」


 里へ戻って大婆と会ったが、特に慌てている様子はなかった。何事かと思ったが、茶をすすりながら休んでいる。

 それを見たフォルトは不機嫌になった。怠惰たいだなのに行ったり来たりの移動をしたからだ。椅子へ座った瞬間、ぶっきらぼうに問いかけた。


「至急って聞いたぞ。何もないではないか」

「お主たちの意見が聞きたくてのう」

「意見?」

「うむ。帝国から書状がきての」

「うーん。なら、ソフィア! セレス!」


 意見を聞きたいなら、フォルトの頭脳であるソフィアとセレスの出番だ。自分に聞かれても困る。きっと適当な事しか言えないのだ。


「フォルト様。何かありましたか?」

「呼びましたか? 旦那様」

「座ってくれ」


 二人を隣に座らせてから柔らかい太ももを触る。そして、カーミラには後頭部を刺激してもらう。それから機嫌を直すように茶を飲んだ。

 大婆を見るとパールをまとわせている。額からは青筋のようなものが出ていた。これは怒っているのかもしれない。


「お主……」

「い、いつもの事だ。ところで、レティシアは?」

「キャロルと用事で出ておる。夜には戻るじゃろう」

「そうか。それは残念だな」

「まだやれん。もう少し待ってもらおうかの」

「早くほしいのだが」

「内容は言えんが、ダークエルフ族のしきたりと思っておくのじゃ」

「そ、そうか」


 まだもらえないらしい。何をやっているかは教えてもらえない。それでも会う事はできるので我慢をするしかない。


「それで、書状とは?」

「これじゃ。われらと関係を修復したいそうじゃ」

「どういう事?」


 ターラ王国との戦争終結時に、ソル帝国が瓢箪ひょうたんの森へ攻め込む素振そぶりをした。実際には被害がなく、ダークエルフ族側の使者を追い返して退いたらしい。

 そのせいで関係が崩れていたのだ。書状には崩れた関係を修復するための話し合いを持ちたいと書かれてあった。


「セレス。どう思う?」

「順当に考えれば、スタンピードの対処に手を貸してほしいのでしょう」

「ふーん」

「大婆様のさじ加減ではないでしょうか」

「森だけを守れればいいんだよな?」

「そうじゃな。守るだけなら戦士隊で十分じゃわい」

「でも、スタンピードって事は魔物がドンドンと来るのだろ?」

「交代で対処がやれとるしのう」


 やはり大婆も同じだ。人間の尻ぬぐいをする気がなく、森だけを守れればいいと考えている。魔人である大婆が居れば、大型の魔獣が襲ってきても対処が可能だろう。それは自分に自信を持っている証拠だった。


「ソフィアはどう思う?」

「受けるのは良い事と思われますよ」

「なぜ?」

「スタンピードが収まるなら、収まった方がいいですしね」

「そうだな」

「他にも、ターラ王国は属国として帝国の支配が続きます」

「友好を結べるなら結んでおけと?」

「エウィ王国からすれば複雑ですが……」


 グリム家は彼女の実家でありエウィ王国の名家だ。ソル帝国の得になる事を言うのははばかられるだろう。しかし、フォルトにしても大婆にしても人間の争いには興味がない。そのため、ダークエルフ族のメリットだけを考えての発言だ。


「だ、そうだ。参考になったか?」

「そうじゃな。われらは不干渉を望んでおる」

「放っておけという事だな?」

「うむ。ゆえに断れば良いじゃろうな」

「手伝ったうえで、確約を取る事も必要だと思われますよ?」

「確約じゃと? 人間は信用がならん!」

「その通り! よく分かっている」

「フォルト様!」


 大婆と意見が一致したがソフィアにたしなめられる。闇ソフィアなら同意を得られたかもしれない。それでも本来のソフィアも好きなので、いつものようになだめる。


「まあまあ」

「フォルト様の考えは分かっています。ですが……」

「他に何かあるのか?」

「帝国とて体面を気にします。なにもなければ、確約を守ると思います」

「なるほど。大義名分がなければ約定を守ると?」

「はい。それを破るほどの魅力がある森とも思えませんので」

「だ、そうだ。なんか、この森に魅力がある?」

「そうズケズケと言われるとのう」

「ははっ。でも、言葉を飾ったところでなあ」

「たしかにそうじゃな。人間の興味を引くものはないはずじゃ」

「森の資源は?」

「他にも森はあるからのう。わざわざ戦ってまでしいと思うかの?」

「うーん。人間は欲深いからな」


 エウィ王国にも森は多い。それでも魔の森へ資源を求めて攻め込んできた。それを考えると、確約を取っても安心はできないと思われる。


「魔の森には魔物しか居なかったからですね」

「俺たちは?」

「数人の人間という認識です。退去させればよいという判断です」

「ちっ。なら、状況が違うか」

「はい。瓢箪ひょうたんの森は、フェリアスとの外交問題にもなりますしね」

「奥が深いなあ」


 ソル帝国はダークエルフ族ではなく、フェリアスとの関係を考えて瓢箪ひょうたんの森から退いたのだ。エルフ族同士で関係があるため、攻め込むと敵対へ変わる可能性があった。それでも人間は亜人種を見下しているため、威圧だけはしたのだった。


「そう言う事らしいぞ」

「お主の意見がないのう」

「俺か? どっちでもいいと思う。ふぁぁあ」

「さすがは御主人様です!」


 カーミラが二つの柔らかいモノで後頭部を刺激する。眠くなってきたところへの魅力的な刺激だ。難しい話で眠くなりそうでも、この刺激さえあれば起きていられる。


「でへ。よし、目が覚めた」

「えへへ。ウリウリ」

「そう言えば、フレネードの洞窟へ行きたかったな」


 瓢箪ひょうたんの森を襲ってくる魔物ではレベルの上昇が遅い。そのためフレネードの洞窟へ向かってレベルを上げたいと考えていた。

 その洞窟へ向かうには、肉の盾や餌となる人間が必要だ。そう考えると、ソル帝国の話は使えそうだった。協議をしてもらい、一緒に洞窟へ向かえばいい。


「そういうわけで、受けた方がいいよ」

「て、適当すぎるのう。われらも駆り出されるのじゃぞ」

「大婆様。戦士隊が一つでいいと思われます」

「そうなのか?」

「森を守る事が第一ですし、帝国の様子見も必要でしょう」


 さすがはソフィアとセレスである。ソフィアは人間との付き合いを考えて意見を言い、セレスは戦力差から言っている。そして、二人の意見は一致していた。


「だ、そうだ」

「うーむ。じゃが、その程度であれば出せそうじゃな」

「細かい事は分からないから、後は任せるよ」

「そうじゃな。お主たちの意見を踏まえて考えてみるわい」

「じゃあ、もういいか?」


 難しい話は終わりにしたい。それにフォルトたちは当事者ではないので、これ以上の話をされても困る。


「お主たちは里には残るのじゃ。セレスの嬢ちゃんを借りたいからの」

「セレスをか?」

「受けるなら交渉になるからのう」

「どうなんだ? セレス」

「代表としてはフェブニス様。私はサポートがいいと思われます」

「うむ。フェブニスだけでは言いくるめられそうじゃ」

「分かった。そのあたりはセレスがカバーしてやれ」

「はいっ!」

「護衛には……。それに……。でへ」


 人間との交渉事ならソフィアがいいかもしれないが、この話は瓢箪ひょうたんの森に住む種族とソル帝国との交渉だ。それならエルフ族であるセレスの方がいいだろう。護衛にベルナティオとレイナスを付けておけば安心だ。

 そして、里へ残れと言う事はレティシアを抱くチャンスでもある。彼女の乱れた姿を想像したフォルトは、頬を緩ませながら天井を見上げるのであった。



――――――――――

Copyright(C)2021-特攻君

感想、フォロー、☆☆☆、応援を付けてくださっている方々、

本当にありがとうございます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る