第341話 スタンピードの魔物たち3
視界が悪い。まるで深い霧の中に居るようだ。周囲からは無数の大声や音が聞こえる。人の大声もあれば魔物の奇声も聞こえる。そこかしこで鉄と何かがぶつかる音もしていた。そう。今、まさに乱戦の中に居た。
「シュン! 右から一体、左から二体!」
「聖神イシュリルよ。悪を通さぬ聖なる加護を! 『
ノックスの大声に反応したシュンは、新たに覚えたスキルを発動する。そのスキルにより透き通るような壁が、頭上を頂点として立体的な三角
「「ギャ!」」
襲いかかってきたのは猿のような魔物だ。ニードルブラッドモンキーと呼ばれる針血猿である。その魔物がシュンを囲んでいる壁へぶつかって跳ね返った。そこへすかさず、ノックスが魔法を放つ。
【ロック・ジャベリン/岩の槍】
「ギャッ!」
岩の
そして、またもやシュンへ襲いかかった。しかし、当然のように透き通った壁へぶつかり先へ進めない。そのまま見えない壁へ向かってガリガリと爪を立てている。
「おらあ!」
「ギャア!」
シュンの気合を込めた声とともに、剣が壁を通り抜けて針血猿の額へ突き刺さる。その剣は針血猿の眉間を割って脳みそを
この『
「次!」
「シュン! こっちも!」
右から襲いかかってきた一体をシュンが倒したところで、左から向かってきていた二体がエレーヌとラキシスの居る後方へ向かった。このまま追いかけても間に合わないが、それでも背中を斬るべく走り出した。
「アルディス!」
「分かってるわよ!」
「ギッ!」
「キシャア!」
その後方に居る二人の前へ出たのがアルディスだ。それを見た針血猿の一体が跳びあがり、もう一体は腰を落としながら迫っていった。
「ボクを
「ギャ!」
アルディスは跳びあがった針血猿へ後ろ回し蹴りを放つ。針血猿は上から腕を振り下ろすように爪を立てようとしたが、彼女の蹴りの方が圧倒的に速かった。爪が体へ当たるより前に、針血猿はシュンの走ってくる方向へ体ごと吹き飛んでいく。
「キシャア!」
跳びあがった針血猿を吹き飛ばしたが、もう一体が腰を落としながら迫ってきている。
「マードック流、二連脚!」
「ギャ!」
アルディスは飛び込まれる寸前に、さらに回転して軸足を跳ね上げる。その足は針血猿の顎を
【ストレングス/筋力増加】
そして、エレーヌから身体強化魔法の支援を受ける。筋力が上がったアルディスは倒れた針血猿へ
「やあっ!」
「ギャ!」
これで向かってきた二体のうち一体を倒す。もう一体はシュンが走ってくる方向へ吹き飛ばしたが、背中から胸に剣を突き立てられて絶命していた。それを確認した仲間はシュンの近くへ集まる。
「シュン!」
「ナイスだったぜ。倒しといた」
「当然よ! 他に魔物は?」
「ノックス。魔力探知はどうだ?」
「居るけど、討伐隊が戦ってるね」
「うーん。手伝うか迷うな」
「この視界だと、ヘタに近づくと同士打ちだよ」
「そうだな」
ある程度の近さなら分別できるが、遠くに見える影が味方か魔物かも分からない。そのため魔力探知を使い、向かってくる影だけに集中していた。これはヴァルターからの指示である。やはり同士打ちを懸念しての事だ。危険な場合は声を出して近くの者が対応する
「この霧は胞子だよな?」
「そうだよ。吸い込むとヤバいからね」
「風の衣の効果時間は?」
「あと三十分ぐらい。一回、退いたほうがいいかもね」
「そうするか。って、ギッシュは?」
集まった仲間のうちギッシュだけが居ない。キョロキョロと見渡すが、視界が悪くどこに居るか分からない。
「シュンの近くに居たんじゃないの?」
「居たぜ。だが、猿の相手をした時に見失ったかも」
「でも、猿が抜けてきたって事は……」
「い、いや。まさか」
ギッシュは優秀なタンクだ。今まで魔物を後方へ漏らした事は
最近では挑発系のスキルも覚えていた。しかし、よく考えるとギッシュへの負担は相当なものだ。いくら彼でも多数の魔物に群がられれば命を落としかねない。
「ギッシュ! どこだ!」
「………………」
「ど、どうしますか?」
「探しに行きてえが……」
「この場に居た方がいいと思うよ。ここへ戻るはずだしね」
「そうだな。そんなに離れていねえはずだ」
「「ギッシュ!」」
「………………」
動かず周りの声に注意しつつ、全員でギッシュの名前を連呼する。それでも返事はなかった。それでも
「ねえ。あれ……」
その影が近づいてくると、徐々にトサカリーゼントが確認できた。それには
「ああん? うるせえなあ」
「ギッシュ! やられたかと思ったぜ」
「俺がやられるわけねえだろ!」
「じゃあ、どこへ行ってたんだよ?」
「けっ! 救援の声が聞こえてな。手伝ってたんだよ」
「行くなら行くって言えよ! 心配したんだぞ!」
「そんな暇はねえ! すぐに行かなきゃ死んじまってたぞ!」
ギッシュが救援へ向かった先では、部隊とはぐれた獣人族の一人がブラックヴァイパーと呼ばれる黒蛇と
それにしても危なかったに尽きる。この黒蛇は推奨討伐レベルが高く、ギッシュだけでは勝てない。しかし、はぐれた獣人族を探しに来た部隊が合流したのだ。それでなんとか倒していたのだった。
「ちっ。事情は分かった」
「なんだあ? なんか文句があんのか」
「ギ、ギッシュ! まだ戦闘中よ」
「うるせえぞ、空手家。だが、そうだな。レベルが上げ放題だぜえ」
ギッシュはシュンに突っかかりそうになるが、現状に満足をしている。そこらじゅうに魔物が居るのだ。それでも彼が言うほどレベルは上がらない。しかし、確実に強くなっている実感をしていた。
「ちょっと、そこの人間!」
「誰だ!」
そんな言い合いをしていると、木の上から一人の少女が声をかけてきた。視界が悪いため影しか見えないが、その頭には長い二本の耳がある。この討伐隊で人間と言えばシュンたちだけなので、反応して声を返した。
「フィロだっけ?」
「ボサッとしてないで、撤退しろってさ」
「は?」
「なんだと! まだ戦えるぜ!」
「ヴァルター総司令官からの命令よ」
「ヴァルターからか! なら、戻ろうぜ。ホスト」
「ギッシュ?」
「ほら、テメエらも。さっさと戻るぞ!」
「そうですかぁ」
ギッシュはヴァルターと模擬戦をした時から気に入っていた。本人はマブダチのように感じているようだ。シュンには突っかかるが、彼の言う事なら聞いている。それには乾いた笑みを浮かべるしかない。
「フィロちゃんだ」
「ノックス?」
「な、なんでもないよ。じゃあ、戻ろうか」
「まったく。戻るまでに効果が切れねえように更新しとけ!」
「う、うん」
シュンはフィロに好意を抱いているノックスの腰を
勇者候補一行はフィロと一緒に生林の中を走って戻る。
「戻ったか。フィロ、御苦労だった」
「いいよ。人間に死なれちゃ面倒なんでしょ?」
「今はな。シュンたちも無事か?」
エウィ王国のデルヴィ侯爵へ仕えているシュンはもちろん、その仲間に死人が出ると外交問題へ発展する可能性があった。そのため、支援に回して最前線へ出さないように配慮していた。
「なんとかな。だが、あの視界の悪さはどうにかならねえのか?」
「ラフレシアが近い。それにマタンゴも居やがるからな」
「キノコの魔物だっけ? 胞子ばっかりだな」
「吸い込むと体が
「それは魔法で平気だが、撤退なのか?」
「いや、部隊の再編だ。ラフレシアを守る魔物を減らしたからな」
「なるほどね」
「やっぱり撤退じゃねえと思ったぜ! さすがはヴァルターだな」
ここでギッシュが口を挟んでくる。そして、片手を曲げて突き出すとヴァルターも同じようにしてガツンと当てていた。
「ここまで来て撤退はない! フィロが言ったのか?」
「撤退と言った方が確実よ。血の気が多い奴らばかりだしね」
「はははっ! 違いない。他の部隊へは?」
「平気だと思うよ。エルフ族だしね」
現在、エルフ族から物資を持った戦士隊が来ている。相手がラフレシアなので増援を頼んでいたのだ。その彼らは到着したばかりだが、伝令を買って出てくれた。フィロと同じように木の上から呼びかけている頃だろう。
「おう、ヴァルター。俺がラフレシアを倒すぜ」
「ギッシュがか? 危険だぞ」
「俺の力は知ってんだろ?」
「知っているが、おまえたちには支援をしてもらいたいのだ」
「支援なんてやってられっか!」
「俺たちが出るからな。残った魔物を遠ざけてもらいたい」
「ならよ。俺もヴァルターの部隊へ入れろや」
「ギッシュ!」
ここで聞き捨てならない事を聞いた。ギッシュがヴァルターの精鋭部隊へ入るとチームが分かれてしまう。シュンでもタンクはやれるが、ギッシュほど専門ではない。後方へ漏らす事も多くなるだろう。そうなると被害が出てしまう。
「ああん? オメエらも入ればいいじゃねえか」
「オメエらもって……。俺たちはチームだぞ!」
シュンはギッシュの言い方にカチンときた。今まで一緒にやってきた仲間である。先に相談をしてくるのが仲間というものだ。それを勝手に一人で抜けてしまおうとしている。そして、自分たちで決めろと言っている。唯我独尊なのは分かっていた事だが、さすがに頭へ血が上ってしまった。
「なにを怒ってやがる。ヴァルターの部隊へ入った方がいいだろ?」
「その事を言ってんじゃねえ!」
「メンドクセエやつだな。俺らは仲良しこよしじゃねえんだ!」
「そんな事は分かってんだ! だがよ」
「そこまでだ!」
アルディスたちは口を挟まなかったが、ここでヴァルターが止めに入った。彼から見れば子供の
「まったく。戦う相手を間違えるな!」
「そ、それは分かってる。だがっ!」
「落ち着け。おまえたちの関係は知らんが、不和を持ち込むな!」
「………………」
「血の気の多い奴らだ。フィロの言った通りだな」
「ちょっと、ヴァルターさん! それは、みんなの事で……」
「はははっ! まあいい。ギッシュはこっちで預かる」
「な、なにっ!」
「まず頭を冷やせ!」
「い、いや。駄目だ。ギッシュが居ねえと、こっちが困る」
「頭を冷やせと言っている。死にたいのか?」
ヴァルターはシュンの言い分を理解している。しかし、互いに信用をして背中を預けないと命を落とす危険がある。それに今の状態ではチームの本領を発揮できないだろう。そう思った処置であった。
「何を騒いでいるのかしら?」
その時、天幕の中へ二人の女性が入ってきた。今までどこで何をしていたか分からないが、この魔族たちは涼しい顔をしている。そのうちの一人を見て、シュンは苦々しい表情へ変わるのだった。
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