第346話 (幕間)伝わった真実

 レティシアに引きずられながら大婆の家へ入ったフォルトは、いつものように頭脳派メンバーと一緒に席へ座る。話を聞きながら来たが、かなり慌てていたようだ。

 一つの事実を除いて、何を言っていたか分からなかった。


「フェブニスが捕まったって聞いたけど?」

「そうなのよ! フェブニス兄さまを助けに行かないと!」

「レティシア、落ちつくのじゃ。お主は部屋へ戻っておれ」

「ええっ! それは駄目よ、駄目なのよ!」

「いいから戻っておれ」

「やだっ! わたしも聞くの!」

「………………」


 話が進まないので、大婆はレティシアを部屋へ戻そうとした。

 それでも、なかなか離れようとしない。気持ちはよく分かる。しかしながら業を煮やしたのか、大婆はパールをまとった。


「ひっ! 分かりましたあ! キャロル!」

「お、御嬢様! 早くお部屋へ!」


 大婆から無言の圧力を受けたレティシアは、物凄い勢いで自分の部屋へ逃げていった。キャロルと二人して、目に涙を浮かべながらだ。

 それを見たフォルトは、改めて大婆の怖さを再認識した。


(怖えぇ。大婆って、皇帝ソルより威圧感があるな。でも、何をやったらここまで怖がられるんだ? 他のダークエルフたちもそうだし……)


「さて」

「う、うむ」

「人間の村へ火を放つまでは良かったのじゃがな」

「帝国軍でも居たのか?」

「そうじゃ。動きが速かったようでの。包囲されたらしいのじゃ」

「ふぅ。それについては、伝えなかった俺の責任でもあるな」

「何の話じゃ?」


 フォルトはソフィアとセレスが、嫌な予感と言っていた内容を話した。

 それが、今回の件と合致してるのだ。言われたときに伝えていれば、未然に防げたかもしれない。


「なるほどのう。じゃが、決定は変わらんの」

「だが……」

「それにフェブニス隊は優秀じゃ。人間ごときに遅れを取らんの」

「取ったようだけど?」

「部下を逃がすために、一人で残ったようじゃ」

「そうか。悪いことを言った」


 フェブニス隊は十人で構成されており、里へ逃げ戻った隊員からの報告である。

 最初に遭遇した帝国兵は、小隊にもならない人数だった。せいぜい五人程度で、まるで冒険者チームや見回りの警備だ。それだけであれば、ダークエルフ族なら対処可能だった。それでも、火を放つだけで済ませる命令だ。

 よって逃げ出すことを選んだが、逃走経路に兵士が増えていった。


「ふむふむ」


 五人から始まり、五十人の小隊へ。

 それらが集まって、二百人の中隊までふくれ上がった。最後は五百人の大隊規模まで増えたらしい。それらに包囲されれば、ダークエルフ族と言えども逃げ出せない。

 本来なら降参しても良いところだ。しかしながらフェブニスが暴れて、包囲へ穴を作った。そのおかげで逃げ出せたという話だった。


「フェブニスって強いな!」

「そうじゃな。ワシが自ら鍛えておるからのう」

「うげっ! レベルは?」

「お主のところの……。ほれ、金髪の娘っ子ぐらいじゃ」

「レイナスか。レベルは三十九だな」


 いちいちレベルなど確認していないようだ。大婆ともなれば、相手の強さが測れるのだろう。レイナスと同等ということは、英雄級の一歩手前である。

 もともとダークエルフ族やエルフ族は、人間より強い。その中でもフェブニスは、飛び抜けた存在だと思われる。


「ふむふむ。それで?」

「助けに行かねばなるまい」

「レティシアの兄だしな。面倒だが行くかあ」

「ほう! お主をどうやって動かそうかと考えておったのじゃが……」

「大婆と同じで、俺も身内は大切にする。レティシアのためだ」


 フェブニスの救出は決定だ。

 フォルトは身内から、多大な愛情と精神的な安らぎをもらっている。その返礼をするのは、当然のことだった。

 であればレティシアの身内も、グリム家と同様に考える必要がある。


「ですが、フォルト様」

「ソフィア、どうした?」

「きっと、何かを要求されると思われます」

「要求? 攻め込もうと考えていたんだがな」


 フォルトはレティシアと高笑いしながら、魔法で召喚した魔物の軍団で攻め込もうと思っていた。単純に面白がりそうかなと考えてのことだ。もちろん、カーミラも賛成すると見込んでの考えである。

 しかし、その夢ははかなく散った。


「私たちは、エウィ王国から派遣された援軍ですよ」

「そっ、そうだったな。だが、俺の身内の兄を捕縛したのなら……」

「早計というものです。わざわざ敵を作る気ですか?」

「いえ。敵なんて要りません」

「ですよね。なら、最初は穏便にです」

「はい。すみません」


 ソフィアに諭されてしまった。

 それを見たカーミラとセレスは、クスクスと笑っている。ローゼンクロイツ家の当主も形無しだった。これにはマリアンデールとルリシオンの顔が頭を過るが、きっと一緒に笑うだろうと思った。


「それと大婆様。フェブニス様は生きているのですか?」

「分からぬが、殺せば敵対は確定じゃ」

「旦那様。やはり私たちが行くのが良いと思われます」

「行くことは行くが、面倒事に巻き込まれたものだな」

「人間同士の戦いの余波と言いますか、そんな感じですね」

「レジスタンスだっけ? 余計なことを……」

「そう言えば、捕虜にしていましたね」


 フォルトはソフィアの一言で、レジスタンスから使者が来ていたのを思い出す。

 気にも留めていなかったが、大婆は捕虜にすると言っていた。ならば現在は、ダークエルフ族の里へ連れてきているはずだ。


「使者はなんて?」

「助力を頼みに来たのじゃ」

「ふーん」

「帝国から攻撃を受けておる最中と言っておったの」

「助力ってことは、森から出て救援してほしいと?」

「馬鹿馬鹿しい話じゃのう。先に攻撃してきたのは人間じゃ」


 大婆が認めるはずはない。

 人間を種族として見ているのだ。レジスタンスは人間の組織なので、助ける義理はない。むしろ、敵対へ変わっていると言って良い。


「ソフィア」

「はい?」

「森を攻撃したのは……」

「帝国軍へ偽装してという話ですか?」

「そうそう」

「別に聞いておらぬのう。我らは人間へ報復するだけじゃ」

「ふむふむ」


 フォルトは考える。

 保険として、レジスタンスの使者を捕虜とした。しかしながら今度は、ソル帝国にフェブニスが捕まってしまった。

 で、あるならば……。


「捕虜の交換とか?」

「普通は同じ勢力へ渡すものですよ」

「まあそうだな。ちなみに渡すとどうなる?」

「何かしらの刑は受けるでしょうね」


 レジスタンスとソル帝国は敵対している。捕虜を帝国へ渡せば喜ぶだろう。フェブニスと交換してくれる可能性は高い。


「カードにはなるな」

「フォルト様、人道的にはどうかと思われます」

「人道か。俺は魔人道」

「冗談を言っている場合ではありません!」

「はい」


 またもやソフィアに諭されてしまった。

 捕虜を敵対している勢力へ渡すのが、人道に反する行為なのだ。もしソル帝国へ渡せば、確実に拷問を受けるだろう。

 死刑まであり得ると分かっている。


(人道ねえ……)


 人道とは、人として守るべき道のこと。

 要は倫理観である。これも、人間が考えたものだった。罪は存在しないと結論付けた者には、無意味な話であった。


「まずは捕虜と会ってみるか」

「会ってどうするのじゃ?」

「とりあえずは答え合わせだな」

「森を襲った勢力の確認ですね?」

「うむ。ソフィアが納得する方法を考えるつもりだ」

「ほう。お主が身内を大切にしてのがよく分かるのう」

「どっこいしょっと。まあ俺には、それぐらいしか無いからな」


 いつものように、自虐を言いながら立ち上がる。

 それから大婆に連れられて、捕虜を閉じ込めてある倉庫へ向かった。牢屋ろうやなどは無いのだ。一緒に向かうのはフォルト、カーミラ、ソフィア、セレスの四人である。

 倉庫の前には、ダークエルフ族の男性が二名で警備していた。それらに声をかけてから、倉庫の中へ入っていくのだった。



◇◇◇◇◇



「うん? 多いな」


 フォルトたちが倉庫へ入ると、おりらしきものがあった。

 森の獣を閉じ込める造りになっており、その中にはレジスタンスの男女が入っていた。男性が三名で、女性が二名だ。


「話を聞いてくれ!」

「早くしないとレジスタンスが!」

「俺たちは使者として来たのよ!」

「捕まえるとはどういうことだ!」

「「そうだそうだ!」」

「族長に会わせろ!」


 レジスタンスの男女は、フォルトたちが来たことで騒ぎ出す。そのおかげで、小屋の中が騒々しくなってしまった。これにはレイナスを拉致したときを思い出す。

 耳へ指を入れてやり過ごしたものだ。


「黙らっしゃい! ワシが族長のソシエリーゼじゃ」

「話を!」

「黙れと言っておる!」

「「ひっ!」」


 大婆がパールを纏う。

 それが波を打つように動いているので、レジスタンスの男女が、化け物でも見るような目をして縮こまった。

 大婆の後ろに、「ゴゴゴゴゴッ!」という文字が見えているかもしれない。


「一人だけ口を開くのを許してやるのじゃ」

「「………………」」

「で、では、私が……」

「名前は?」

「ファナシアです」


(ファナシア? レティシアに似てるな。シアだけだが……)


 名前が似てるだけで、面体はまったく別である。

 このファナシアが使者だろう。長い茶髪が印象的な奇麗な女性だ。他の四名は護衛のようで、そちらへ目配せして前へ進み出た。

 これで話をする準備が整ったので、フォルトが口を開く。


「ほう。若いな」

「あなたは……。人間?」

「そっ、そうだ!」

「なぜ人間が、ダークエルフの里に居るのよ!」


 ファナシアの質問は当然だろう。

 ダークエルフ族と人間は、お互いに不干渉である。族長の大婆と一緒に居るのは変なのだ。同じように捕まるか追い返されるのだから。


「俺はフォルト。エウィ王国からの援軍だ」

「援軍ですって?」

「アルバハードのバグバットに頼まれてな」

「ア、アルバハード?」

「何か問題があるか?」

「い、いえ」

「彼の好意で、瓢箪ひょうたんの森を拠点にしている。理解したか?」

「来ていたのは知っているわ。でも……」


 聞かれたから答えたが、フォルトはうそを言っていない。レジスタンスにも、援軍の話は届いているだろう。

 瓢箪の森に居るとは知らなかったようだが……。


「最初に言っておくことがある」

「何かしら?」

「人間でも魔族の貴族、ローゼンクロイツ家の当主だ」

「なっ!」

「そのつもりでな。人間の常識は通用しない」


 ローゼンクロイツ家の名は便利だ。

 魔族の思考は、強者の理論。フォルトの理解した自然の摂理に近い。どちらも人間では理解しても、絶対に納得しないものだ。

 最初にくぎを刺しておくことで、同情など引かれても断れる。


「そこでだ。一つ、答えてもらいたいのだが……」

「な、なに?」

「瓢箪の森を攻撃したのは誰だ? 知っているなら答えてもらいたい」

「情報では帝国軍と聞いたわ」

「ほう。後ろのお前は?」

「そっ、そうだ。帝国軍と聞いている」

「だから、俺たちと組んだほうがいい!」

「質問にだけ答えるのじゃ!」

「「ひっ!」」


 またもや大婆が威圧する。

 これも便利そうだった。いずれは使えるようになりたいと思うほどだ。そのおかげで、小屋の中は静かになった。

 この場はフォルトに任せるようで、身内の三人は黙っている。後でソフィアに何か言われそうだが、簡単に口を割らせる手段を持っているのだ。



【マス・ドミネーション/集団・支配】



「きゃあ!」

「「なにっ!」」


 この魔法は、対象者を支配する。

 効果中の記憶は残り、使用者には嘘を言えない。呪術系魔法の絶対服従の呪いと違って、こちらは効きやすい。しかしながら、効果時間がある。

 そして魔法を受けたレジスタンスの面々は、全員が虚ろな表情へ変わった。


「効いたかな? 瓢箪の森を攻撃したのは誰だ?」

「私たちです」

「後ろのお前は?」

「俺たちです」

「だ、そうだ。大婆よ」

「うーむ。自重することを勧めるのじゃ」

「え?」

「精神操作系の魔法は、忌避される魔法じゃからの」

「そっ、そうなのか? 便利なのにな」


 エウィ王国やソル帝国といった人間の国は、基本的に精神操作系の魔法は法律で禁じられている。しかも重罪だ。人間以外の亜人種は、暗黙の了解で禁じていた。

 この罪は、痴漢と同様に親告罪である。対象者に記憶が残るため、訴えられればほぼ負ける。しかしながら修得している魔法の系統は、カードで確認が可能だ。

 冤罪えんざいになりたくなければ、相手に魔法を使われたと思わせないか、精神操作系の魔法を覚えないことが一番であった。


(そう言えばシルビアとドボへ使ったときに、ソフィアから非難されたな。まあ使う相手次第か。王族や貴族だと面倒事になりそうだけどな。こいつらなら……)


 大婆の忠告は、一般的な話である。

 自身は魔人なので、気にしていないはずだ。この忠告は、ダークエルフの族長としての考えだと思われる。


「さて、この始末をどうするかだな」


 真実を聞き出したので、報復を考える必要があるだろう。その内容は大婆が納得して、ソフィアも納得するものでなければ駄目だ。

 フォルトはフェブニスの救出も考えつつ、腕を組んで悩み始めたのであった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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