第339話 スタンピードの魔物たち1

 亜人の国フェリアスの南東部にある討伐隊の駐屯地。そこにある天幕の一つでは、ラフレシアを討伐するための打ち合わせが行われていた。

 しかし、ヴァルターからラフレシアの場所を聞いたマリアンデールは、この場には用がなくなったとばかりに立ち上がる。それに続いてシェラも立ち上がった。


「ま、待て! どこへ行く?」

「もう場所を聞いたからいいわ。私たちにはやる事があるの」

「手伝ってくれるんじゃないのか!」

「気が向いたらね。私たちが居なくても戦うのでしょ?」

「そ、それはそうだが」

「せっかく魔物が増えているのよ? おいしくいただくわ」

「うーむ」


 マリアンデールはシェラのレベルを上げに来たのだ。ラフレシアによる魔物の発生と活性化。いい経験が積めるだろう。フォルトが言うところのボーナスステージである。討伐隊がラフレシアと戦うまでは存分に利用させてもらう。


「どうせ、ラフレシアの近くで狩るわ」

「分かった。なら、戦闘が始まったら参加してくれ」

「だから、気が向いたらね。シェラ、行くわよ」

「は、はい。申しわけありません」


 マリアンデールは天幕から出ていく。それに続いて、シェラがヴァルターへ丁寧に謝ってから追いかけてきた。


「謝る必要はないのよ」

「ですが、期待していた様子でしたし」

「そういうところは司祭のままね」

「すみません」

「ふふ。責めてないわ。それより、さっさと行きましょう」

「はいっ」


 二人は足早に原生林の中へ入っていった。駐屯地付近は度重なる移動と戦闘のために、背の高い草などは刈られていたり踏みつぶされている。そうなって居ない場所はシェラが風の精霊魔法で刈ったり、マリアンデールが手刀から気を飛ばしていた。


「マリ様。フェリアスで魔族を見ませんね」

「そう言えば見ないわね。ガルドのところにも居なかったわ」

「フェリアスなら、そこまで警戒しないと思いますわ」

「魔族狩りがないからね」

「無事なら、それでいいのですが」

「ふふ。いつまで司祭を続けるのかしら?」

「あ、あら。失礼をしましたわ」

貴女あなたも悪魔になるからね。暗黒神デュールには見放されるわよ」

「自由をつかさどる神様ですよ。自由なのです」

「いつも言ってた事とは違うわ……」


 暗黒神デュールは秩序の中で自由を享受せよと説いている。天界に住まう神々の一柱だからだ。他にも闇をつかさどるが、こちらは相対の部分が強い。光があれば闇もあるといった具合だ。

 勝手な解釈をしている者の間違いを正すのも暗黒神デュールへ仕える司祭としての務めであった。しかし、とっくにやめていた。


「魔人様の身内ですからね。こちらの自由が彼の生き方ですわ」

「そうね。シェラも染まったようでなりよりだわ」

「マリ様とルリ様は、悪魔になっても変わりませんね」

「あら。元から悪魔みたいだったって言いたいのかしら?」

「否定はしませんわ。人間相手なら悪魔でしょうね」

「ふふ。その通りよ。だから遊びたいのだけれど」

「いずれ魔人様に敵対する人間が出てきますわ。その時までお待ちを」

「そうね。楽しみだわ」


 マリアンデールは不敵な笑みを浮かべる。弱いくせに魔族へ牙をく人間を蹂躙じゅうりんしたくて仕方がない。数が多いだけで大陸の大半に根を張っているだけの存在と思っている。次から次へと湧いてくる人間を殺すのが楽しいのだ。


「シェラ。獲物が御登場のようよ」

「はいっ! 私も確認できました」


 マリアンデールとシェラの魔力探知に魔物が引っかかった。最近はシェラの探知範囲が広くなってきている。こういった事も成長の証である。


「またマタンゴかしら?」

「「ウキィ!」」

「この声は……」


 魔力探知に引っかかった数は十体のようだ。それらが近づいたと思ったら、木の上から躊躇ちゅうちょなく襲いかかってきた。本能の赴くままといった感じだ。



【マス・タイムストップ/集団・時止め】



 数が多かったので、マリアンデールが支援をする。それから空中で止まっている魔物を見た。ニードルブラッドモンキーと呼ばれる針血猿のようだ。

 全身は長い体毛で覆われており、戦闘時にはハリネズミように刺す事が可能だ。そして、血が滴り落ちる肉が大好物の魔物である。普段はずる賢く慎重な行動をとる魔物なのだが、今回はラフレシアのせいで凶暴になっていた。


「シェラ。こっちへ」

「マリ様。助かりましたわ」

「ふふ。シェラは接近戦が苦手だからね」

「申しわけありません」

「こういう時のために、何かを考えておきなさい」

「はいっ!」


 もともとシェラは非戦闘員だったので戦い自体が苦手である。最近では護身術をマリアンデールから習っていた。しかし、覚えたての精霊魔法を練習する方が優先されたために接近戦は弱いままだ。


「そろそろ効果時間が切れるわ」


 ここから先はマリアンデールの支援がない。後の始末はシェラがやる事になる。そこで、さっそく精霊魔法を使った。


「土の精霊ノームよ!」



【アース・ホール/大地の穴】



 土の下級精霊ノームがシェラの胸の谷間たにまから現れた瞬間に、大地へ大きな穴が造られた。深さもそれなりにある。

 ノームは手のひらサイズの小人のような精霊である。よく見るとフォルトのような小太りの小人だ。シェラのお気に入りである。


「あら」

「魔人様を見習って、楽をする事にしましたわ」

「いいわね。でも、穴へ落ちても登ってくるわよ」

「そうですわね」

「「ウキィ!」」


 話している間に時止めの効果時間が切れたようだ。動き出した針血猿は、先ほどまでシェラの居た場所へ飛び込んでいった。そこには大穴があり、全ての針血猿は落ちていく。それを確認したシェラが、次の精霊魔法を発現させた。



【ロック・ブロック/石塊】



 レイナスが得意とする氷塊の石バージョンだ。穴の上空に作られた石塊が大穴をふさぐ。これにより針血猿は外へ出れなくなったのだった。


「ふーん。でも、穴を掘って出てくるかもね」

「なら、空気の流れを止めてしまいますわ。風の精霊シルフよ!」


 シェラは岩塊と穴の隙間へ空気が入らないようにした。穴を掘ろうと動くと余計に酸素がなくなる。放っておけば窒息死をするだろう。


「シェラも残酷ねえ」

「そ、そうでしょうか?」

「そうよ。あれは苦しみながら死んでいくわ」

「そうですね」

「ふふ。シェラが浮かべている表情を教えてあげましょうか?」

「え?」


 シェラは笑っている。猿は人間に近い生き物だ。今の彼女は人間が酸欠で苦しんでいる姿を想像している。これは堕落の種が芽吹き始めている証拠であった。


「ゾクゾクしちゃうわね」

「し、失礼をしましたわ」

「いいのよ。今のシェラが好きだわ」

「魔人様も喜んでくれるでしょうか?」

「当り前よ。じゃあ、その調子で奥へ向かうわよ」

「はいっ!」


 シェラも順調に育っているようだ。このままレベルを上げていけば、姉妹が考えたように成長が遅れる事はないだろう。二人はラフレシアが居る場所へ向かって、同じように戦いながら進むのであった。



◇◇◇◇◇



 フェリアスでレベルを上げているシュンたち勇者候補チームは、会議から三日後にラフレシアを討伐するため駐屯地から出撃した。スタンピードの元凶とされる植物系の魔物だ。おそらく、今まで経験した事がない苦しい戦いになると思われる。


「さて、俺たちの任務はっと……」


 シュンたちの任務は、先行しているスタインの部隊を援護する事だ。彼らがラフレシアまでの道に存在する魔物を討伐しながら進むので、そこで討ち漏らした魔物を討伐したり傷ついた者の治癒にあたるのだ。


「なあ、ホスト。俺だけ前で暴れちゃ駄目か?」

「駄目だろ。連携も取れていないギッシュじゃ邪魔になるだけだ」

「そ、そうですよ。みんなで固まってた方がいいです」

「なんだあ? 賢者はビビったのかよ」

「そ、そうですよ。だから、一緒に居ましょうね」

「けっ! 御守おもりも大変だぜ」


 エレーヌは魔物との戦闘が怖くなっていた。アルディスとラキシスに悩みを相談したが、それだけでは不安を拭えない。そんな彼女の気持ちなど知らないギッシュは悪態をつくがシュンに注意をされる。


「ギッシュ!」

「へいへい。だがよ。俺らの目的は何だよ?」

「そりゃあ、レベルを上げる事だ」

「だろ? なんで支援なんて受けたんだよ」

「安全に、確実にだ」

「けっ! そんなんじゃ。今までにない戦いなんてやれねえぞ!」

「初めて戦う魔物だ。それだけでも、今までにない戦いだろ?」

「そういうのとは違うんじゃねえか?」

「だが、確実にレベルは上がってるだろ」

「そうだがよ。ああ、もう!」


 ギッシュがキレそうだ。やはりシュンとは合わないとでも言いたげに、チームの前面に出た。そして、グレートソードを振り回して草をぎ払っている。


「まったく。協調性がないわね」

「シッ! アルディス、聞こえるぞ」

「やっぱり闘技場での事を気にしてるのかな?」

「だろうな。時間が解決すると思ったが」


(まだ駄目そうだな。ファインも余計な事をしてくれたもんだ。ここまでこじらすとはな。これじゃあ、レベルが三十八になって戻ろうとしても残りそうだぜ)


 シュンはレベルが三十八に到達したら、商業都市ハンへ戻れとファインから言われていた。その時はチームで戻るのだが、ギッシュは野生を目覚めさせたのかフェリアスが気に入っている。一緒に戻るかは不透明だ。


「まだ先の話だし、残ったら国法に背く事になるが……」

「なんか言った?」

「いや。それよりも、ノックス」

「なに?」


 ギッシュの事は後回しにしてノックスへ話しかけた。彼は勇者候補チームの頭脳に成長している。作戦会議へも出席させて、意見を聞くようにしていた。


「この先の戦いなんだが」

「ラフレシア?」

「ああ」

「まずは凶暴になった魔物の討伐からだろうね」

「ラフレシアを守るんだっけ?」

「うん。口から出す胞子は、そういう効果があるって聞いたよ」

「俺らは吸い込まねえようにしねえとな」

「もちろんさ。風属性魔法でね。でも……」

「どうした?」

「問題は効果時間だね。効いてる間に倒さないと撤退さ」


 シェラの使った風の衣という精霊魔法は風属性魔法にもある。単純に風を使って空気の流れを作るだけなので初級に属している。

 しかし、本来の精霊魔法より効果時間が短い。これは精霊魔法の方が自然現象の本質だからだ。魔力を多めに使う事で延ばせるが、そうすると戦闘で使う魔力が足りなくなるだろう。このあたりの調整は難しいところだ。


「イヤらしい魔物だぜ」

「状態異常を使う魔物は、ゲームでも厄介だよ」

「まあ、ラキシスで治せるけどな」

「そうだね。でも、治療は魔物から離れないと駄目さ」

「うーん。鍵はノックスとエレーヌだな」

「無理そうなら言うから、その時は確実に撤退してよ?」

「それはヴァルターさんにも言われてる。大丈夫だ」


 風の衣の効果時間が切れた瞬間に胞子を吸い込んでしまうだろう。人間が吸っても凶暴になりラフレシアを守るようになる。そして、敵が居なくなったら食べられてしまうらしい。これにはゾッとしてしまう。


「それより、あの魔族どもはどうすんだ?」

「単独で行っちゃったからね。あっちも協調性はないよ」

「あれだけ大口をたたいたんだ。もう倒してたりしてな」

「それなら楽だけど、スタインさんたちが向かってるからまだだね」


 ここまで話したところでエレーヌが大声を出した。


「あっ! ギッシュさん、来ますよ!」

「あん? どっちからだ?」

「右前方から三体です!」

「討ち漏らしたかあ? なら、俺らの獲物だぜ!」

「「キシィ!」」

「しゃあ! エンジンをかけていくぜえ!」


 エレーヌの魔力探知に引っかかった魔物が右前方から走ってきた。何度も戦っているアルラウネだが、いつもと違い凶暴性が増している。口を大きく開けて木にぶつかりながら向かってきた。

 それには顔を引きつりそうになるが、ギッシュが進行方向へ立ちふさがる。そして、グレートソードを構えながらスキルを発動するのだった。



――――――――――

Copyright(C)2021-特攻君

感想、フォロー、☆☆☆、応援を付けてくださっている方々、

本当にありがとうございます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る