第337話 向けられる目2
ターラ王国首都ベイノックに近い打ち捨てられた村。そこはソル帝国が攻めてきた時に廃虚と化していた。家々は崩れており、誰も隠れる場所はないように見える。しかし、一つだけ崩れかけの教会があった。それでも所々に大きな穴が空いていたり屋根も崩れていたりと、人が居るようには見えない。
「この村はどうだ?」
「何度も来てるがよ。誰も住んじゃいねえぜ」
「そうだよな。まあ、とにかく散開して確認しろ」
その村に帝国軍の鎧を着た巡視隊がやってきた。五名一組の隊でレジスタンスを探している。何度も来て調べているが、それでも必ず調べろと言われていた。
その事に面倒臭さが出た隊長格の騎士が、他の四名を使い村の中を調べさせる。それから隊長自身は教会の方へ向かった。
「隠れられそうなのは教会だけなんだがな」
そんな事を
「おい! 動くな!」
隊長は急に教会の中を
「動くなよ。見えているからな!」
隊長はゆっくりと奥へ歩いていき、傷ついた石像の前で止まる。この石像は自然と
しかしながら、フェリアスで信仰されている自然神とは違う。天界に住む神々の一柱である。女神アルミナは開拓村などに住む村人が信仰するような神である。毎年の豊作と収穫を願うためだ。
「隊長。何をやってるんですか?」
女神アルミナ像の手前で止まった隊長へ向かい、部下の一人が声をかけてきた。その声に振り返った隊長は、剣を腰へ戻して薄笑いを浮かべた。
「演技だよ。誰かが居たら、そいつがビビってボロを出すだろ?」
「それ。見当違いの方へ歩いていたら、バレバレなのでは?」
「いいんだよ。ちょっとでも動いて音でも出せば
「で、音は聞こえましたか?」
「残念ながら聞こえないな」
「当たり前です。とにかく、異常はありませんでした!」
「分かった。なら、次の場所へ移動しよう」
隊長はおどけながら教会を出て、他の部下とも合流する。それから報告を聞いて村から出ていった。また三日後には村へ来なければならない。
巡視隊が居なくなり静寂が村を包むが、なんと教会の中から物音が聞こえた。そして、女神アルミナ像の後ろから二人の男女が立ち上がる。
「ファナシアさん。危なかったですね」
「あの騎士。野生の勘でも働くのかしら? 飛び出しそうになったわ」
皮鎧を着た男性に声をかけられたファナシアは、緊張を解いて長い茶色い髪をかき上げる。残念ながら男性と同じ皮鎧なので胸元は見えない。しかし、膨らんでいる大きさから肩が凝りそうに見えた。
「とりあえず、さっさと地下へ行きましょう」
「そうね」
この女神アルミナ像には仕掛けがあり、石像が乗っている台座の裏側が開くようになっている。そこには
ファナシアと男性は地下へ降りていった。
「リーダーは戻ってるかしら?」
「戻ってると思いますよ。首都では帝国軍が騒いでましたから」
「ふふ。なら、物資は奪えたようね」
「今日はうまい飯にありつけそうです」
中へ入ると長いテーブルが四つほど置かれており、椅子には数十人の男女が座っていた。正面にはファナシアと同じ茶色い髪を短く切った壮年の男性が座っている。この男性はターラ王国の鎧を着ている。しかし、紋章の部分が削られてあった。
「リーダー。ファナシア、戻りました」
「御苦労だったな。こちらも問題なく終わらせた」
ファナシアはリーダーと呼んだ男性の隣へ座る。一緒に戻ってきた男性は扉の近くにある椅子へ座った。
「皆も御苦労だった。特に首都での
「へへ。楽勝ですよ」
「なんか張り合いがなかったけどね」
「そうだな。襲った小隊は、すぐに逃げ出しやがった」
「だが、その後に包囲されそうになった時はビビったぜ」
「
首都へ向かった者たちから笑い声があがる。帝国軍の小隊を数回ほど襲う仕事だ。倒す必要もないので、目的を達成した後はさっさと首都から脱出をした。
「でもよ。協力者が減ってきたねえ」
「仕方があるまい。軍務尚書の締め付けがキツイのだろう」
「ちっ。なんでも締めりゃいいってもんじゃねえだろ」
「だが、確実に協力者は減っている。無能も時には使いようだな」
「後の反発を考えないならですけどね」
「今は元から居る協力者を頼るしかあるまい」
国民はターラ王がソル帝国へ国を売ったと思っている。そのためにレジスタンスへの協力者が多い。レジスタンスの大義名分は国民を王家から解放する事だ。
裏切り者であるターラ王家はもちろんの事、ソル帝国も国から追い出す事が目的である。その後はラドーニ共和国のような民主制国家を目指そうとしていた。
「リーダーの方はどうでしたか?」
「帝国からの補給部隊を強襲して、全てを奪ってある」
「さすがですね」
「
「ですが、いつまで野盗のような事を……」
「ファナシア。国民を解放するまでだ」
ファナシアは元ターラ王国の女騎士だ。それが今では野盗のような生活を余儀なくされている。しかし、それは彼女に限った事ではない。
この部屋に居る者もそうだが、騎士だった者も居れば衛兵だった者も居る。冒険者だった者も居る。戦う術を持たない商人すら居る。さまざまな者たちが大義名分の旗のもとにレジスタンスへ参加をしていた。
「それで、ファナシアちゃんの方はどうだったんだい?」
「情報を仕入れてきたんだろ? お父様に報告しなくちゃ!」
「ちょ、ちょっと! 子供扱いをしないでちょうだい!」
「そうだね。二十歳をこえれば立派な淑女さ」
「「はははっ!」」
場が暗くなりそうだったので、部屋に居る者たちが明るくしてくれた。レジスタンスになるまで、ゲリラとして活動していた仲間たちだ。気心が知れている。
その者たちから言われた通り、リーダーはファナシアの父親である。元ターラ王国騎士団長のギーファスだ。彼の信念は「騎士の剣は国民のために。騎士の盾も国民のために。騎士の命も国民のために」である。その信念により、国民を裏切った王家から離反した。
「ファナシア、報告をしろ」
「はい。王宮へ潜入している仲間の報告によれば……」
ターラ王はソル帝国のランス皇子から催促をされ、レジスタンスへの締め付けと捕縛に力を入れているらしい。その事もあり、スタンピードへの対応は消極的だ。兵を出しているが最低限である。
「国家存亡の危機なのに、われらを捕縛するだと?」
「ターラ王は国民を見捨てる気か!」
「まあ、期待しても駄目だろ。国を帝国へ売ったやつだぜ」
レジスタンスからすれば、目下の脅威はスタンピードと映っている。その対応をするのが王家の役目だ。それを投げ出すとは許すまじ。というのが、レジスタンス側の言い分である。
「リーダー。停戦協議をして、先にスタンピードの対処をしませんか?」
「ファナシアちゃん。それは無理ってもんだ」
「協議の場へ出ていけば即座に捕まるぜ」
「国民を裏切った王家など信用できないねえ。もちろん帝国もだ」
「ですが、それでは国民に対して不義理では?」
「だからこそ早く王家を打倒するのさ。それから対処すればいい」
「………………」
レジスタンスもスタンピードが脅威と捉えているのだが、それは大義を成してからと考えている。しかし、常識的に考えればファナシアの言う事が正解だろう。
魔物が大義を成すまで待つわけがない。こうしてる間にも
「リーダー。駄目でしょうか?」
「協議が長引けば同じ事だ。それにボイルたちが頑張っている」
「ボイル様たちだけでは……」
「冒険者ギルドは全面的にスタンピードの対処をしてるぜ」
「その頑張りに応えるためにも、王家を打倒して帝国を追い出すんだ!」
「そうそう。元勇者チームの三人も来てるって話だしな」
「ですが、必要なのは質より量では?」
「北にある三つの町を奪還したって聞いたぜ? 平気だろ」
レジスタンスにはターラ王とソル帝国が不倶戴天の敵に見えている。魔物よりも上位へ置いてしまっていた。これでは停戦協議などできようはずもない。それでもファナシアは懇願するようにギーファスを見る。
「駄目だ」
やはり駄目であったが、ギーファスは他の者へ分からないように目だけをファナシアへ向ける。その目を見た彼女は口をつぐんだ。
父親は状況を分かっている。本来であれば彼女の言う通りにしたいのだが、それはレジスタンスのリーダーとしてできない事だと言っている目であった。
「他にあるか?」
「はい。ランスが
「なに? ダークエルフ族へか」
ギーファスが目を鋭くした。これは今までにない行動だ。なんらかの思惑があるに違いないだろう。内容がどうあれ、それを阻止できればソル帝国への打撃となる。その思惑について皆に聞いてみた。
「関係の改善じゃないですか?」
「そうね。帝国は
「結局は攻めてないだろ」
「だが、もともと
「攻め込もうとしただけで関係は悪化すると思うわ」
「なら、スタンピードへの協力体制を作ろうって事か?」
「奴隷の間違いだろ。帝国は魔族すら使ってやがるぜ」
ギーファスとファナシアは集まった者たちの話を黙って聞いている。
「他にあるか?」
「ダークエルフ族が協力するとは思えねえ。だから、悪化させようぜ」
「なに?」
「そりゃいいな。そうすれば俺らと協力関係が築けるかもしれねえ」
「ダークエルフ族が味方になれば、国民の解放は近くなると思うわ」
「だろ? リーダーはどう思うよ」
「うーむ」
ギーファスは腕を組んで考える。スタンピードの対処だけを考えれば邪魔をしない方がいい。ダークエルフ族やエルフ族が森から出て戦ってくれるなら、スタンピードの収束も早まるだろう。しかし、ソル帝国と敵対してもらった方がレジスタンスには都合がいい。味方になってもらえれば万々歳だ。
「ファナシアはどう思う?」
「私の意見でしたら、放っておけばよいかと」
「いやいや。ここは邪魔をするべきだ!」
「そうよ。敵対してもらった方がいいわ」
「レジスタンスは数が多いわけじゃないからなあ」
「猫の手も借りたいってか?」
「ダークエルフだって不干渉のままがいいはずよ」
「それだと俺らに手を貸さねえじゃねえか」
「ほら。それは国民を解放した後って事で!」
「違えねえ」
少数派の意見は無視されるか
それを
「分かった。ならば、作戦を考えよう」
「リーダー!」
「大義を成すためだ。ファナシアもレジスタンスの一員だろう?」
「そ、そうですが……」
レジスタンスは大義名分の旗のもとに結集した組織だ。
そうさせないのがリーダーの務めである。その父親の苦悩が分かるファナシアは、黙ってうな垂れるのであった。
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Copyright(C)2021-特攻君
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