第336話 向けられる目1

 ターラ王国首都ベイノックに建つ王宮で、一人の若い男性が歩いている。眉目秀麗にしてイケメンであり、その透き通るような長い白銀の髪は、少しの風でもなびくほどサラサラとしている。立派な黄金の鎧を着て紋章の入ったマントを付けていた。


「ランス皇子。先ほど〈凶刃〉殿の手の者から連絡が」


 その周囲にはインペリアルナイトと呼ばれる皇帝直属の帝国騎士たちが五名ほど追従している。ランスの護衛として付けられている者たちだ。


「〈凶刃〉か。レジスタンスの拠点をつかめたか?」

「まだだそうです」

「うーむ。潜入はうまくいっているのだろ?」

「やはり、スタンピードが問題だそうで」

「そちらが片付かないと、思った通りに動いてくれないか」

「そのようです。毎日のように魔物退治とか」

「四鬼将でも無理なものは無理という事だな」

「仕方がありますまい。ですが、いずれ接触するかと思われます」

「くそっ! レジスタンスめ」


 ターラ王国が属国になった時に組まれたレジスタンスが活発に動いている。スタンピードを無視して帝国軍を脅かしているのだ。ゲリラ活動により小隊が襲われたりして軍備に支障をきたすようになってきた。そろそろ手を打ちたいのだが、いまだに拠点が分からなかった。


「それと、軍師殿から手紙がきております」

「見せろ」

「はっ!」


 騎士の一人から手紙を受け取ったランスは、その場に立ち止まり内容をマジマジと読む。すると、さすがは軍師だと表情が明るくなった。


「まずは軍団の再編成案が添付されていた。これなら……」

「さっそく再編成をおこないますか?」

「これ以上のものはあるまい。将軍たちへ伝えておけ」

「はっ!」

「謁見が終わってからでよい。もう一つの話も後でしよう」


 ランスは添付されていた書類を騎士へ渡して歩き出した。向かう先は謁見の間だ。ターラ王と話をするために来たのだ。立場が上なのでランスが呼び寄せてもいいのだが、建前はターラ王国の治安維持活動である。大国になるほど大義名分が必要だ。


「ソル帝国ランス皇子が参られた」

「はっ!」


 帝国騎士の一人が、謁見の間の前にいる騎士へ声をかける。すると扉を開けて中へ通された。謁見の間の奥には二つの椅子があり、ターラ王と王妃が座っている。八十代の老人と四十代の女性だ。


「ランス皇子。よくぞ参られた」


 建前があっても立場は上。そのためランスは立ったまま謁見をする。ターラ王は苦々しく思っているだろうが、それを顔に出す事はなかった。


「ターラ王よ。レジスタンスはどうなっている?」

「そ、そちらは私から……」


 ランスの問いかけに、謁見の間で並んでいた一人の男性が答える。軍務尚書と呼ばれる国内の軍を統括する者だ。エウィ王国であればローイン公爵と同等か。

 彼は人数が少なくなったターラ王国軍の一部を使い、レジスタンスのあぶり出しをやっていた。しかし、状況は思わしくない。


「現在は拠点の一つをつぶし、捕らえた者へ尋問をおこなっています」

「ふん。そんな支部などつぶしても意味はないぞ」

「で、ですが、本拠地が分からぬのでは……」

「まあいい。それで、スタンピードの件はどうなっている?」

「そ、そちらも私が」

「早く答えろ!」

「ひっ!」


 軍務尚書の不甲斐ふがいなさに頭を抱えたくなるが、もともと務めていた者は見せしめに処刑してしまった。彼は戦争後に任命された者だ。

 今までの地位は高くなかったが、無能な者を据えるのも統治の一環であった。いつまでも属国として存続させるためである。


「げ、現在は首都の北にある三つの町を奪還しております」

「それで?」

「そ、それだけでございます」


 無能すぎるのも困りものだとでも言うように、ランスは溜息ためいきついてターラ王へ話しかける。しかし、その視線は鋭い。


「はぁ……。ターラ王よ。このままではターラ王国が魔物の巣になるぞ」

「そう言われましてもな。割ける人数が居ない以上、これは仕方ないのです」

「つまり、魔物どもに蹂躙じゅうりんされてもよいと?」

「そ、そうは言っておらぬ」

「元勇者チームの援軍もあるのだぞ」

「が、頑張っておるようですが……。ほしいのは人数なのです」

「帝国軍はレジスタンスの対応で忙しい。自分たちの国の事だろう?」

「それはそうですが……」


 ターラ王にしてみれば、そのレジスタンスを発生させた原因がソル帝国だ。攻めてこなければ、彼らも騎士や兵士のままだった。

 しかし、そんな事はランスの知った事ではない。反帝国を掲げていたのだ。攻められても文句は言えないだろうと思っている。


「もういい。進展があればまた来る」

「ほっ」

「いいか! レジスタンスとスタンピード。どちらも手を抜くな!」

「わ、分かりました」


 このためにターラ王へ謁見したのだ。属国といえども、手を抜いてソル帝国を困らす事ぐらいはやるだろう。くぎを刺すと言う事だ。従順になるまでは続けるしかない。面倒な話だが統治をするために必要な事だ。

 謁見を終わらせたランスは通路へ出て歩き出した。やる事は山積しているのだ。いつまでも無能たちと話しても仕方がない。


「ランス皇子。いかがなさいますか?」


 そのランスに向かって帝国騎士の一人が声をかけてきた。そこで、先ほどの再編成案とは別に書かれていた手紙の内容について話し出す。


「ダークエルフ族との関係を改善する」

「それが手紙に書かれていた内容で?」

「そうだ」

「そう言えば、瓢箪ひょうたんの森の手前まで進軍しましたな」

「結局は手を出さなかったが、使者を追い返してしまったからな」

「しかし、ダークエルフ族など」

「エウィ王国から、フォルト・ローゼンクロイツが来ている」

「たしか、宮廷魔術師長グリムの客将と聞いております」

「陛下が気にしておられる者だな。森へ行ったそうだ」

「引き込むので?」

「いや。訪ねてきたら丁重に扱うだけでいいらしい」

「それはまた……」

「そいつの事を抜きにしても、どのみち関係の改善は必須だ」


 フォルトについては、ランスから何かをする必要はない。しかし、今は猫の手も借りたい状況でもある。ダークエルフ族との関係改善は必須事項だ。

 友好関係といかないまでも、スタンピードに関しての協力だけは取り付けたい。それは都合がいいかなと思いつつも、足早に王宮から出ていくのであった。



◇◇◇◇◇



「シルキーさんよ。少々まずい事が起こったぜ」


 元勇者チームは町の防衛を担っていた。大蜘蛛の巣になっていた町だが、全てを倒して奪還に成功している。しかし、シルキーが上級魔法を使ったせいで町の中はひどいありさまになっていた。それでも町としての原型は残っているので、兵士や冒険者が瓦礫がれきを撤去したりなど拠点とするために整備を始めている。


「あら、ボイルさん。どうかされましたか?」


 町の北側にある壁の上で遠くを見ていたシルキーに向かって、Aランク冒険者チーム「聖獣の翼」のボイルが話しかけてきた。

 見張りをやっていたわけではないが、仲間と今後について考えたかったのだ。その仲間の内の一人であるプロシネンが鋭い目を向けた。


「まだ町を破壊した事に文句があるのか?」

「い、いや。それについては人的被害はなかったしな」


 町を奪還する時に、シルキーが上級の爆裂魔法を使ったのだ。それが町の中心部で炸裂さくれつしたのである。大量の大蜘蛛がいた場所であり、一気に数を減らすためだ。しかし、奪還が終わった後で文句を言われていた。それでも町の住人は避難しているか、すでに餌となっているのであまり強くは言われていない。


「なら、魔物の襲撃かしら? ここからでは見えないようですけど」

「魔物には違いないが、他の領域の魔物がなあ」

「アイヤー。まさか縄張り争いでも始まってるのかあ?」

「弾き出された魔物が、他の奪還した町へ雪崩れ込んだらしい」

「やれやれね。その町はどうなったのかしら?」

「なんとか防いだようだけどな。おそらく各地で起こる現象になるだろう」

「それで、俺たちにどうしろと?」

「いや。意見が聞きたくてな」


 この件については規模が大きすぎる。元勇者チームの三人だけでは対処をしようにも無理があるだろう。奪還したばかりのこの町も防衛する必要がある。


「まず人数を増やす事ね」

「そうだな。防衛を任せられれば、俺たちは先へ進める」

「フレネードの洞窟を封鎖しないと悪化する一方だぜ」


 元勇者チームが考えていた事は単純で明快である。スタンピードが起きたフレネードの洞窟へ向かうのだ。勇魔戦争では五名で魔王城へ潜入した。その時と同じように進もうというわけである。

 ただし、スタンピードの発生源となっている魔物は討伐する必要がある。出入り口を崩して封鎖しても、魔物でいっぱいになれば崩れてあふれ出す可能性が高い。それが悩みの原因でもあった。迫ってくる魔物を排除しながら倒すのは至難の業だ。


「それ……。おまえたちだけで行くのか?」

「まさか。でも、このままだとジリ貧になるわよ」

「だがよ。さすがに無理だろ」

「そうなのよねえ。私たちも死にたくはないわ」

「そりゃ誰だってそうだ」

「やれない事はないのよね。神魔剣とアルフレッドが居ればだけど」

「アイヤー。ソフィアちゃんもだぜ」

「そうね。ソフィアちゃんが居れば余計な戦闘は避けられるわね」


 隠密行動に関しては、ギルとソフィアが居ればやれるだろうと思っている。ソフィアが作戦を決め進行ルートを設定する。それからギルのレンジャースキルで魔物を避けるのだ。これにより力を温存できる。

 問題はフレネードの洞窟へ辿たどり着いた後だ。洞窟内にも魔物は大量に居るので、それは排除しながら進む以外にない。しかし、それをやるには勇者アルフレッドのような戦力が必要だった。今は居ないので、冒険者を入れた少数精鋭で臨みたい。


「うーん。でも、人数ねえ」

「ターラ王国兵の増員は無理なのかしら?」

「無理だな。全ての兵は回せねえとよ」

「スタンピードは国の存亡に関わる重要な案件よ?」

「レジスタンスのあぶり出し。無事な町や村の防衛。その他諸々だ」

「帝国軍は?」

「レジスタンスの対処に忙しいとよ。建前は治安維持の名目で来てる」

「馬鹿馬鹿しい。国の思惑など後回しにしろ!」

「俺に言われてもな。オダルから聞いただけだ」


 ボイルは同じ事を冒険者ギルドマスターのオダルに言った。その回答がこれだ。プロシネンの言う通りなのだが、それを言っても始まらない。


「朗報もあるぜ」

「ほう。言ってみろ」

「エウィ王国から援軍が来てる」

「あら。王国軍が来たのかしら? よく帝国が通したわね」

「違うな。アルバハードの吸血鬼が後見人の人間らしい」

「バグバット様が?」

「アイヤー。俺たちと同じだぜ」

「なら、異世界人か。名前は?」

「フォルト……。フォルト……。なんとかってやつだ」

「フォルト? 聞いた事がないわね」

「高位の魔法使いって話だぜ。数名の者を連れて来てるってよ」

「あまり朗報でもないな」


 ボイルに詳しい情報は入っていない。ソル帝国からターラ王国へもたらされた情報がオダルへ伝えられただけだ。

 それに数名では元勇者チームと変わらない。どこまで高位の魔法が使えるかで変わるが、今のところ援軍らしい援軍とも思えなかった。


「そいつはどこに居るんだ?」

瓢箪ひょうたんの森へ向かったって聞いたぜ」

「ダークエルフ族かエルフ族ね」

「ちっ。こっちへの援軍ではないな」

「アイヤー。意味がねえぜ」

「でも、連携がとれるならとりたいわね」


 瓢箪ひょうたんの森の種族と連携がとれれば状況は変わる。ほぼ全員が弓の名手で戦士だ。精霊魔法を使える者も多い。フォルトという人物も戦力になるから来ているのだろう。軍を出し渋るソル帝国などよりは頼りになるはずだ。


「ターラ王国とダークエルフ族の関係は?」

「不干渉。だが、帝国が攻めて来た時に関係は悪化したな」

「森へ手を出したか?」

「いや。実際には手を出していない」

「交渉の余地はあるか……」

「オダルには言っとくぜ」

「そうしろ。しかし、フォルトか」

「覚えておいたほうがよさそうだぜ」

「そうね。もし強いのなら、一緒にフレネードの洞窟へ向かえるわ」


 交渉をするのにも元勇者チームでは意味がない。もちろんボイルでも同じだ。国が交渉をしないと駄目だろう。それもソル帝国がである。オダルを通したところで期待は持てなさそうだが、今後の進展に期待をするしかなかったのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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