第二十四章 争いの余波

第333話 魔人フォルトと魔人ポロ1

 フォルトたちは大婆と話した後、お約束のブラウニーを召喚して簡単な小屋を建築させた。ダークエルフ族の集落に宿屋などはなく、大婆の家も全員が泊まれるほどの広さがなかったからだ。


「はぁ……。憂鬱ゆううつだなあ」


 レティシアは軽い口調であったが、フォルトと一緒になってもいいと言った。そして、あの厨二病を受け入れられるのは自分だけだろうとも思っている。ならば、やる事は一つだけであった。


「レティシアは面白いですからねえ」

「ダークエルフ族には受け入れられないが、俺ならむしろ望むところ」

「でも、何をやらされるんですかね?」


 彼女を正式にもらうには大婆の試練を突破する必要がある。その内容は後で話すの一点張りで、いまだに聞いていない。


「さあなあ。すきをなくせと言われたが、サッパリ分からん」

「御主人様はすきだらけなんですよ。ほらほら」

「うほっ! こ、これならすきだらけで構わん!」


 カーミラがフォルトのすきをついてくる。彼女には弱点を見抜かれているので、なすがままにされてしまった。とても気持ちがいい。

 現在は二人で過ごしている。この小屋は双竜山の森で作ったような小さな小屋だ。十人程度が寝そべって平気なぐらいか。住み着くわけではないので、屋敷などを建てる必要はない。しかし、大婆の家の隣に建てさせられた。フォルトたちが帰った後に使うそうだ。チャッカリしている。


「御主人様は、みんなと一緒に行けないんですよねえ」

「大婆がな……」


 おっさん親衛隊はエルフの集落へ向かった。その目的はセレスが両親と再会する事と、大婆からの親書をエルフ族の族長へ届ける事である。フォルトも一緒に向かいたかったが、やはり大婆に止められたのだった。


「まあ、エルフの集落までは安全だそうだ」

「スタンピードの魔物は森に居ないって言ってましたよね?」

「エルフ族と協力して、森の外で食い止めてるって言ってたな」

「おっさん親衛隊の出番がないと思いまーす!」

「今はな。さて、面倒だが行くか」

「はあい!」


 二人は寝っ転がっていた床から起き上がり小屋の扉を開ける。それから隣にある大婆の家へ向かい扉をたたこうとした瞬間に、後ろから声をかけられた。


「こっちじゃ」

「あれ?」

「警戒心がなさすぎじゃのう」

「ははっ。でも、こんな時間からやるのか?」

「そうじゃ。夜でなければ意味がないからのう」


 現在は夜中だ。森の中であるため薄暗いが、月明りがあるので周囲は見える。ダークエルフたちは寝静まっておらず、里の中をウロウロとしていた。


「まだ起きてるんだな」

「スタンピードで厳戒態勢じゃ。交代で休んでおる」

「へえ。全員が戦うの?」

「武器を持てない子供以外じゃな」

「ほぼ全員なのか」

「そうじゃな。それよりも、ついてくるのじゃ」

「何をやるか聞いてないのだが?」

「向こうに着いたら説明するのじゃ」

「はぁ……。分かった」


 大婆は里の南へ歩いていく。その後をフォルトとカーミラは追いかけていった。どうやら里からは出るようだ。

 ダークエルフ族の里には人間の町のような壁はない。里の線引きとして簡単な柵はあるが、突進してくるようなボアなどを抑える程度の役割でしかなかった。


「どこまで行くんだ?」

「もうすぐじゃ。この先に広場があってのう」

「広場? 訓練所とかか」

「行けば分かるが、そういう類のものではないの」

「ふーん」


 大婆は例のオーラのようなものを出していない。普通のダークエルフの婆様だ。切り替えができるのかと驚いたものだが、なんとなく格闘系の漫画を思い出してしまった。それでも威圧感はある。


「着いたぞ」

「ほう。これはこれは」


 里から随分と離れたが、大婆の言った通りに広い敷地が広がっている。そして、中央には七体の魔物のような石像があった。


「なんだあれ?」

「あれは「魂の器」じゃ」

「なんだそれは? まさか、俺の魂でも入れるのか!」

「いいから来るのじゃ」

「わ、分かった」


 魂の器と聞いて気後れしてしまうが、大婆の有無を言わさぬ迫力に負けてついていく。オーラらしきものがなくても怖い婆様だ。

 石像へ近づくと、その形がよく分かる。どの石像も禍々しい姿をしており、まるで強大な悪魔のような姿だ。しかし、その形は見た事があった。


「サタン? ルシフェル? マモンもあるな」


 この石像の姿は大罪の悪魔を模している感じだ。フォルトが使う大罪の悪魔は女性の姿をしているが、この石像のような姿が本来の姿である。サタンを最初に呼び出した時の記憶がよみがえってしまった。


「ほう。やはり、お主は魔人かの」

「なっ!」


 大婆はフォルトが魔人だと疑っていたようだ。いや、それよりも知っていたような口ぶりである。こうなると情報の出所は一つしかない。


「くそっ。バグバットか!」


 バグバットがフォルトとの約束を違えて大婆へ伝えたと思った。しかし、それを否定する言葉が返ってきたのだった。


「いんや。違うのう」

「ち、違うのか。バグバットを擁護してるだろ?」

「しとらんわい! まったく、信用がないのう」

「初めて会ったやつを信用するわけが……」

「ふん。まあよい。信用せずとも分かる事じゃ」

「どういう事だ?」

「この石像は魂の器と言ったじゃろ。器には魔人の魂が入っておる」

「な、なんだってぇ!」

「御主人様?」

「い、いや。なんでもなくはないぞ。魔人の魂だぞ?」


 いつもの大袈裟おおげさな驚き方をするが、今回は本当に驚いた。魔人の魂が入っているならば、この石像は魔人の墓とでもいうのだろうか。魂の存在については、この世界へ来てから認識を改めている。神が存在して魔法もある。悪魔も存在すればアンデッドすら徘徊はいかいしている。魂があっても不思議ではない。


「えへへ。世の中には分からない事が多いですねえ」

「まったくだ。だが、その前に大婆よ」

「なんじゃな?」

「俺が魔人でも怖がったり驚いたりしないんだな」


 魔人は全ての種族の敵対者。天災級の災厄をもたらす種族だ。知っていたのなら、こんなにも普通にしていられないだろう。孫娘のレティシアもくれると言っている。魔人という存在を、まったく恐れていないようだ。


「そっちから話そうかのう。ワシが魔人だからじゃ」

「なっ!」

「驚いてばかりじゃな。ワシは色欲しきよくの魔人ソシエリーゼじゃ」

「大婆が色欲しきよくだと!」


 大婆が魔人なのは驚いたが、色欲しきよくなのが一番驚いてしまった。どう見ても色欲しきよくにまみれた生活はしていないように見える。それにしても魔人は人間種の形を取っていると聞いていたが、ダークエルフとしても存在していたようだ。


「魔人には見えんな」

「お主もそうじゃろう?」

「ははっ。たしかにな。だが、色欲しきよくとはな」

「ふん。お主は暴食ぼうしょくの魔人ポロの力を受け取っておるじゃろ」

「それも知っているのか?」

「それが、もう一つの話じゃ」

「ほう」

「そこのはえのような石像じゃがな」


 はえのような石像。これは大罪の悪魔ベルべブブの形をしている。対応している大罪は暴食ぼうしょくだ。大婆、もといソシエリーゼが言うには、暴食ぼうしょくの魔人ポロの魂が入っているらしい。それにはカーミラが驚いた。


「えっ!」

「カーミラ……」

「い、今の御主人様はフォルト様だけですよ!」

「そ、そうか。カーミラにフォルト様と言われるとむずがゆいが……」

「えへへ。でも、ポロ様は私の目の前で消滅したんですよ?」

「体はそうじゃろうな。じゃが、魂はこの石像の中じゃ」

「ふーん」


 この世界は元の世界とは違う。魂の存在などと同様で気にしても仕方がない。存在しているなら存在しているのだろう。

 それにソシエリーゼの話を合わせると……。


「もしかして、話せるのか?」

「だははははっ! その通りじゃ!」

「なにっ!」

「月が出ている間だけじゃから、この時間に来たのじゃ」

「な、なるほど」

「(ソシエリーゼ。話は終わったか?)」

「な、なにっ!」


 二度も驚いてしまったが、これは仕方がない。なにやら頭の中へ直接語り掛けられているが、このような体験は初めてだ。


「ポ、ポロなのか?」

「(そうだ。魂だけだと腹が減らなくていいな)」

「そ、そうか」

「ポ、ポロ様! カーミラです。覚えていますか?」


 カーミラの前から消えた元主人が存在して話せているのだ。シモベだったカーミラには衝撃的だろう。フォルトとの会話に割り込んできた。


「(カーミラか。今の主人は、おまえを満足させているようだな)」

「は、はい! でも、いきなりの事で何から話せばいいのか……」

「(話す必要などない。そいつがカーミラの主人だ)」


 なんともポロは素っ気ない。シモベを道具のように扱っていた魔人らしい答えだ。それは魂になっても変わらないのだろう。


「しかし、普通に話せるのか」


 ポロは食べる事と寝る事しか興味がなかったはずだが、今は理性的に話ができている。その疑問は聞いておくべきだろう。


「(こっちが本来の俺だ)」

「本来だと? どういう意味だ」

「(おまえは魔人をどこまで知っている?)」

「ポロがくれたアカシックレコードにある内容だけだ」

「(くくっ。まだ何も知らないって事だな)」

「なんだと? アカシックレコードが全てではないのか!」

「(それを調べるのも暇つぶしになると思ってな。入れていない)」

「くそっ」


 ポロの全てがもらえていたと思っていたが違うようだ。それでも過分すぎる力だが、手のひらで踊らされている感じがした。


「(どうせ時間は無限にある。暇なら調べてみろ)」

「嫌だ! 面倒臭いだろ!」

「(怠惰たいだなやつめ。好きにしろ)」

「ポロに怠惰たいだと言われるとな。暴食ぼうしょく怠惰たいだを持っていたと聞いたぞ」

「(くくっ。その通りだな。まあ、そんな事はどうでもいい)」

「どうでもよくはないが……」

「(俺を連れていけ。俺の知らない楽しみを教えろ)」

「はい?」


 現在のポロは魂の状態なので、二つの大罪を持っていないそうだ。そこでフォルトに連れていってもらう事で、他の楽しみを知りたいらしい。その話を追従するようにソシエリーゼが口を開く。


「これが試練じゃ。ポロを連れていってやるのじゃ」

「大婆まで何を言ってるんだ?」

「ワシが体にまとっているものは何だと思うかの?」

「オーラみたいなのか? それは、気というやつじゃないのか」

「違うのう。色欲しきよくの魔人パールじゃ」

「はぁ……。なんだか頭がこんがらがってきた」

「お主のようにパールの力を受け継いだのがワシじゃ」

「そういう事か。だが、あのオーラがか?」


 現在のソシエリーゼはオーラらしきものを出していないが、これは出し入れが可能らしい。そうは聞いても理解するのが難しい。


「お主。魔剣は知っておるか?」

「魔人が作った。または魔人が材料になった。って、まさか!」

「そのまさかじゃな。パールは魔剣ではないがの」

「要は魔人の魂が変化したものか?」

「そうじゃな。魔剣になる魔人もおれば、このように……」


 ソシエリーゼはそれだけ言うと、オーラらしきものをまとう。これが色欲しきよくの魔人だったパールだ。現存している魔剣シュトルムや魔剣ゾルディックも同じである。


「なら、ポロを連れていくって事は……」

「好きな形を言えばよかろう。なあ? ポロや」

「(その通りだが、身に着けるものにしろ)」

「わ、分かった」


 これが大婆の試練。ポロを使いこなせという事だ。そうなると何に変えるかが問題になる。魔剣になってもらっても、フォルトは剣術など知らないのだ。


「大婆のようなオーラ?」

「(やめておけ。あれはソシエリーゼだからだ)」

「そ、そうか。変われるのは一回だけか?」

「(そうだ。形作ったら戻れん)」

「ふーん」


(魔法使いだからつえとかか? でも、かさばるしなあ。身に着けるものと言っていたから指輪とか腕輪? それでもいい気がするが、やはり)


「オーラにする」

「(それでいいなら構わんが、使いこなせるのか?)」

「知らん。黒いオーラでいい」

「(色などはなんでもいいがな。なぜか聞いていいか?)」

「カッコイイから」

「(………………)」

「い、いや。レティシアをもらうなら、そういう系がいいかなとな」

「だははははっ! たしかにワシのパールを喜んでおった時があったの」

「だろ? レティシアならきっと喜ぶ」

「(分かった。なら、受け入れろ!)」


 ポロが入っているはえの石像が、七個ある月の光の一つを吸い込んで点滅する。そして、その光がフォルトの中へ入った。これでポロを手に入れたのだろうか。そう考えながらカーミラへ振り向くのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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