第332話 (幕間)魔族と骸、王女と書物
※第ゼロ話の①キャラ別立ち絵で、カーミラが追加されています。
https://kakuyomu.jp/works/16816452220999346801/episodes/16816927862577193579
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ソル帝国南部アリマー伯爵領。その南端に位置する砦には、帝国軍第九軍が駐屯している。その将軍へ
「ぶひひ。ヒスミール卿、久しぶりだな」
「うふふ。オークションは楽しめたかしらん?」
「いろいろとあったがな。結果がよければ全てよしだ」
「それはよかったわねん。戦神の指輪を神殿へ戻したと聞いたわん」
「ぶひひ。大きな出費だったがな」
ヒスミールは祈るように両手を組んで左右へ動かしている。時折ウインクを混ぜて見えないハートマークを飛ばしていた。対するグラーツはブヒブヒと言いながら、そのふくよかすぎる体を揺らしている。
「それで、そちらのカッコイイお兄さんは誰かしらん?」
もう一人の訪問者は、六つ目の頭蓋骨を
「ぶひひ。こいつは
「クラウケスだ。ランキングSSSの傭兵団を率いている」
「
「傭兵団の用と言えば仕事しかあるまい」
「仕事ねえ。グラーツちゃん?」
「ぶひひ。ヒスミール卿の特戦隊だけでは大変だと思ってな」
「そういう事ねん。石化対策はあるのかしらん?」
「十数名分だな。小隊として使ってもらおう」
「それは助かるわねん」
「ぶひひ。期間は一年で契約した。後は好きに使え」
「分かったわん。ビューティちゃん、グラーツちゃんを送ってあげて」
「はっ!」
ヒスミールの後ろで控えていたビューティが敬礼をして扉へ向かおうとした。しかし、グラーツが手招きをして呼び寄せる。
彼は一人で立ち上がるのも大変な人物である。立てない事もないが、補助をしてもらい椅子から立ち上がった。と、その時……。
「よい尻だな」
グラーツは立ち上がった瞬間にビューティの尻を触る。しかし、スリット付きのスカートとはいえミスリルの腰当だ。お尻の部分までミスリルが伸びているので、よい尻もなにもないだろう。
「アリマー伯爵様。御戯れもほどほどに」
「ぶひひ。そなたはよい女だな」
「お褒めに
「息子の
「グラーツちゃん。ビューティちゃんを怒らすと怖いわよん」
「ぶひひ。冗談だ。ではな」
ビューティを先頭にグラーツがゆっくりと部屋から出ていった。遊びで来たわけではないので、そのまま馬車へ乗りさっさと帰っていくだろう。
部屋へ残ったヒスミールはクネクネと動き、クラウケスは微動だにしない。緊張感を漂わせつつも、お互いが相手の品定めをしているようだ。
「十数名と言ってたわねん。クラウケスちゃんも入ってるのかしらん?」
「入っている。一年のうち、全てではないがな」
「大所帯は大変よねん。他にも居るようだけどん?」
「百名で来ている。雑用でこき使って構わん」
「グラーツちゃんと懇意になってどうするのかしらん?」
「依頼主は金持ちの方がいいに決まっている」
「それだけかしらん?」
「それだけだ」
エウィ王国内の傭兵団。それもトップの傭兵団だ。戦争になれば王国に雇われて敵になるはずである。デルヴィ侯爵とも懇意だろう。それが敵対国になりそうなソル帝国の仕事を請け負う。
今はまだ国交があるのだからと言うのは簡単だ。しかし、王家や貴族、とりわけデルヴィ侯爵は怒っているだろう。それを承知しているはずであり、何か裏があると思わない方がおかしい。
「帝国への寝返りかしらん?」
「聞き捨てならんな。仕事があれば、どこへでも行くのが傭兵だ」
「そう? 今、偶発的にエウィ王国と衝突したらどうするのかしらん?」
「どうもせん。依頼通り仕事を完遂するだけだ」
「デルヴィ侯爵は怒っているでしょうね」
「かもしれんな。だが、傭兵団の事は分かっているはずだ」
傭兵団はアルバハードにある傭兵団協会という組織に所属している。各国へ対して中立のアルバハードに本部を置く事で、傭兵団は中立だと知らせるためだ。
そして、各国には支部があり傭兵団を管理している。その支部へ上がった各種の報告書が本部へあがる事でランキングが決定するのだ。
ちなみにアルバハードの領主であるバグバットは関知しておらず、人間同士で勝手にやれという状態だった。
「中立ねえ」
「戦争へ参加しろと依頼があれば受けるがな」
「その場合、請け負ってる依頼は?」
「もちろん完遂する。傘下の傭兵団が存在するから、そちらを出す」
「ふーん。人間はよく分からないわん」
「魔族から見れば、そうだろうな」
「ちょっと聞きたいのだけど、傘下のない傭兵団は?」
「傭兵団の方針次第だな。仕事を放棄する場合もあるだろう」
「最後に。どちらからも戦争参加の依頼が来たら?」
グラーツは傭兵団の実情を知っているのだろうが、ヒスミールにはよく分からないのだ。そんな組織は魔族になかったからである。似たような組織として自警団などは存在したが、傭兵団とは毛色が違うようだった。
「依頼料次第だが、両方とも請け負う。それが
「味方同士で殺し合うのかしらん?」
「そうなるな。傭兵団の名前通り、
「なるほどねん。ランキング一位の意味が分かったわん」
この部分は共感できるものがある。力こそ絶対である魔族にとっては味方同士で戦う事例は無数にあった。
「じゃあ、その仮面を取ってもらえるかしらん?」
「断る。それを強要するなら仕事を降りる」
「うふふ。分かったわん。グラーツちゃんの顔を立てようかしらん」
「ヒスミール卿。戻りました」
その後は戻ってきたビューティを交えて仕事の配分を決めていく。魔族で構成された特戦隊は数が少ない。そして、ダマス荒野の魔物は多い。
そのため、傭兵団の参加は願ってもない事である。ヒスミールは予定を前倒しにするために、傭兵団をこき使おうと考えるのであった。
◇◇◇◇◇
リゼットは自室で書物を読む。いつもの光景だ。メイドは隣の部屋に居て、呼び出せば即座にこれる。しかし、呼び出す事はしない。これもいつものように、飲み物がなくなったら呼べばいいだろう。
「はぁはぁ。本の使い方を習いましたが、さすがに激し過ぎますわね」
書物を閉じたリゼットは、顔を赤く高揚させ目をトロンとさせている。指で文字をなぞるだけで絶頂を迎えていたのだ。すでに下着がすごい事になっている。
(頭の中が真っ白になって、さまざまな情報が流れ込んで気持ちがいいですわ。内容も私が望むものばかり。本当に感謝しかありません)
「また来てくれるそうですが、当分は戻ってこれないでしょうね」
リゼットは、ある女性から書物の使い方を習った。その女性は遠くへ行っている。戻ってくる時期は小太りの男性次第だろう。
それから彼女は目を閉じて考え込む。流れ込んできた情報から、ある男性を思い浮かべ不気味な笑みを浮かべる。しかし、まだ果実は実っていない。
(孤児院は改修されて、子供たちの飢えはなくなりました。レイバン男爵も、さぞ嬉しがっているでしょうね)
人が幸せの絶頂から不幸へたたき落される。その落差が大きければ大きいほどにリゼットは絶頂をするのだ。子供だった頃に見た光景が脳裏に焼き付いている。
満面の笑顔を浮かべていた者たちが、絶望にまみれながら
「さて、お父さまに呼ばれていましたわね」
リゼットは椅子から立ち上がり、テーブルへ置いてあるベルを手に取る。それを軽く鳴らすと、隣の部屋からメイドが入ってきた。
「お呼びでしょうか?」
「はい。お父さまのところへ行きます」
「では、御召替を」
「いえ。上に羽織るものを用意してください」
「ですが」
「ふふ。この服で十分でしょ?」
「は、はい」
すでにリゼットはドレスを着ていた。質素ではあるが、王族として王宮を歩いても問題のないドレスだ。それに着替えをして下着を見られたくない。
「陛下はどちらに?」
「食堂へ呼ばれています。一緒についてきてください」
「畏まりました」
メイドを先頭にリゼットは自室から出ていった。その後はどこへも寄らず、真っすぐに食堂へ向かう。食堂ではエインリッヒ九世と第一王子のハイドが座っていた。
「お待たせしましたわ」
「いや、時間通りだ。座れ」
リゼットはエインリッヒの隣へ向かい、メイドが引いた椅子へ座る。そのメイドは退室を命じられて食堂から出ていった。
「まだ夕食には早いと思われますが?」
「うむ。試食を兼ねてな」
「試食……。ですか?」
「王家へ仕えている農家の者が不都合を起こしてな」
「王家の食材を平民へ流したらしいぜ」
「あら。それはいけませんわね」
「だろう? 俺は死刑でいいと思うんだがなあ」
「馬鹿者。事情は察して余りある。そこまでする必要はない」
王家の食材を平民が食べる。それは王家に対して不遜な事だ。ハイドは国民を奴隷か何かだと考えているので、エインリッヒが言い渡した処分には不満なのだ。
「お兄さま。そんな事で処刑したら、国民が居なくなってしまいますわ」
「親父にも言われたよ。だが、見せしめは必要だろ?」
「もういい。処分は決定したのだ。その事は忘れろ」
「分かったよ」
「試食とは、別の農家の作物ですか?」
「うむ。ブレーダ伯爵を知っておるだろ」
「はい。魔の森の開発責任者でしたわね」
「そうだ。そこで採れた食材を試す」
「なるほど。王家の御用達にするのですね」
「それを決める試食だ。料理長が言うには、よい食材だそうだ」
「それは楽しみですね」
さすがに死刑は行き過ぎだが、王家御用達からは外さざるを得ない。新たな御用達を見つける必要があるが、その中にブレーダ伯爵があがったのだ。
「ですが、なぜブレーダ伯爵が?」
「聞いた話によれば、品種改良に成功したと言っておった」
「品種改良ですか?」
「俺の私兵にも毒味をさせたがよ。うまかったらしいぜ」
「なんという扱いをするのですか」
「いいんだよ。まあ、調理前の検査の一環だ」
「専門の者がおりますのに……」
(まったく、お兄さまときたら。そういう人間の使い捨てはよくないですよ。もっと幸せを
「どうした?」
「いえ。なんでもありませんわ」
リゼットの狂気は誰も知らない。彼女の思考に人間性はないと言っていいだろう。この考え方は悪魔のようであった。
そして、三人が会話をしていると料理が運ばれてきた。料理と言っても量は少なく、一口で食べられる物が数個ほどだ。
「お待たせいたしました」
「うむ。料理長、大義である」
「はっ!」
「では、いただくとしようか」
この料理は毒味が終わっている。同じ食材で複数の料理を作っているのだ。王族が食す料理をいただく事になるが、その栄誉を賜る人物は王家に仕えて長い人物だ。その人物を何名かの騎士で取り囲んで食べさせる念の入れようだった。
「むっ! これは旨いな!」
「確かに美味しいですわね」
「はい。甘みがあり、今までの食材とは比べ物になりません」
「へえ。こりゃいいな。親父、もう決めちまおうぜ」
「そうだな。これ以上の食材はあるまい。料理長、どう思う?」
「他の産地の食材では、お出しするのが申しわけなく」
「はははっ! なら、決まりだ。今日の夕食から使え」
「畏まりました」
エインリッヒとハイドは笑みを浮かべながら食べているが、リゼットには一抹の不安があった。そんな事は調べてあるだろうと思ったが、念のために聞いてみる。
「お父様。この技術はどこから?」
「ブレーダ伯爵へ仕える農業責任者だそうだ。裏は取ってある」
「そうですか。なら、平気ですわね」
「酪農とかもやってんだろ? 肉の方も期待できんのか?」
「うむ。そちらもやっているそうだ。まだ育っていないようだが」
「そうか。なら、楽しみにしておこう」
「ははっ。そうだな」
「………………」
そこまで聞いたところでリゼットが
しかし、その考えは心の中に留めておく。また書物を読めば答えが分かるかもしれない。彼女は絶頂を期待しながら、残りの料理を食べるのだった。
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