第331話 瓢箪の森と大婆の試練3

 信じられない光景が広がっている。目の前には巨大な氷塊があり、その周りは白銀の世界とでもいうのか。地面には大量の白い霜が張っており、氷塊の冷たさが分かろうというものだ。

 その氷塊の中心点にはダークエルフの老婆が居た。その場所の温度は絶対零度。つまり、マイナス二百七十三度である。


「フォルト様! なんという事を!」

「ソフィアには、あれが見えないか?」


 ダークエルフの族長を殺してしまった。それを非難するようにソフィアが詰め寄ってきた。しかし、フォルトは氷塊を指さして彼女をなだめる。


「え?」


 指さしたものが信じられない光景である。それは大婆がまとっているオーラらしきものが広がっている事だ。その広がりに合わせて氷塊にヒビが入る。そして、バリンと音を立てて真っ二つに割れた。


「「大婆様!」」


 この場には大婆の孫娘であるレティシアと、その兄であるフェブニスが居る。彼女の従者キャロルも居るが、それを遠巻きに見ている大勢のダークエルフが居た。騒ぎを聞きつけた者たちが集まったのだろう。


「大婆様! 敵ですか?」

「われら、ダークエルフ族へ手をあげるなど許すまじ!」

「すぐに殺してやる!」


 遠巻きに見ているダークエルフたちには、フォルトたちが敵に映っている。族長である大婆が攻撃を受けたのだ。当然の事であった。


「騒ぐんじゃないよ!」


 目の前の氷塊を割った張本人から怒号が飛んだ。それを聞いたダークエルフたちは一瞬にして体を硬直させてしまう。彼らにとって大婆の存在が何なのかが分かろうというものだった。


「解散しな! ワシは、この者と話があるからね」

「「で、ですが!」」

「聞こえなかったのかい? どれ、ワシが直々に……」

「「ひぃ! わ、分かりました!」」


 大婆を見ると、体にまとっているオーラらしきものが波を打っている。背景に文字を入れるなら「ゴゴゴゴゴッ!」といったところだ。その威圧を受けたダークエルフたちは一目散に離れていってしまった。


「よく死ななかったな」

「最近は暑かったからのう。涼ませてもらったよ」

「絶対零度のはずなんだがな」

「はんっ! ワシでなければ死んでたよ」

「死んだら死んだまでだが、これは報復だ」

「うーむ」

「続けるか?」

「お互いさまで終わろうかの」

「いいだろう。だが、二度は言わん」

「何がじゃ?」

「俺と、俺の身内に手を出したら殺す」

「ふむ。肝に命じておこうかの」


 フォルトと大婆。この二人の話に誰も入れない。大婆のオーラらしきものは波を打っており、フォルトの表情も、やっと怒りを収めた感じだったからだ。


「きさまの行為は嬉しいが、心を落ちつかせる修行が必要だな」

「でもでも。御主人様はかっこよかったですよお」

「それは否定しないぞ」


 カーミラは『隠蔽いんぺい』で人間の姿になり、ベルナティオも人間の姿に戻った。それを見て他の身内は安堵あんど溜息ためいきをついて近くへ寄ってくる。


「はぁ……。フォルトさん、怖かったよ?」

「こんな旦那様は初めてですね。ぽっ!」

「もぅ。やり過ぎです!」


 身内の声に困ったような照れるような複雑な気持ちになるが、フォルトが怒ったのはこれで二度目か。一度目は魔の森の家に来たジェシカやエジムだ。あの時もそうだが、憤怒ふんぬは発散させると落ちつくようだ。


「うふふふふ。黒き一族のおさよ。これが、わたしの婿むこよ!」

「駄嬢様! こんな時に何を言ってるんですか!」

「はぁ……。愚妹の病気が始まったか」

「駄嬢様でも病気でもなあい! 大婆様の命令を果たしたのよ!」

「馬鹿な事を言ってんじゃないよ! じゃが……。婿むこねえ」


 フォルトたちの周りに身内が集まったように、大婆の周りにもレティシアたちが集まっていた。会話の内容は聞こえないが、それは後で知る事になるだろう。


「とにかく家へ入りな!」

「分かった」


 いつまでも外で話していても始まらない。大婆にうながされてフォルトたちは大きな家の中へ入っていく。ついでに割れた氷塊を消しておいたのだった。



◇◇◇◇◇



 フォルトたちは大婆の家へ入り、木で作られたテーブルを挟んで向かい合う。フォルトの隣にはカーミラとセレスの二人が座った。他の四人は別のテーブルでくつろいでいる。向かいの席には大婆だけだ。レティシアとキャロルは自室へ戻り、フェブニスには大婆の後ろで立っていた。


「さて、婿むこ殿の試練じゃが」

「はい?」


 いきなり話すのがそれかと思ったフォルトは呆気あっけに取られた。セレスも同じだが、カーミラだけは笑っている。


「えっと」

「ワシの孫娘がほしいのじゃろ?」

「それはそうなんだが、俺たちはスタンピードの対処に来たのだぞ」

「そんなものは後回しで構わないのじゃ」

「後回しって……」

「森はエルフ族と協力して対処しておるからの」

「まだ魔物が少ないのか?」

「後回しじゃ」


 スタンピードの話をする気はないらしい。大婆は常にオーラらしきものを出しており、有無を言わさない感じだ。


婿むこ殿と言ったが、お主には問題が多すぎるのじゃ」

「そうかもしれんな」

「まず第一に、お主はローゼンクロイツ家へ入っておる」

「そうだな」

「第二に、お主はダークエルフではない!」

「それも、そうだな」

「第三に、お主は婿むこのフリをさせられておる!」

「え?」

「レティシアの考えそうな事じゃ。このワシを欺けると思ってか!」

「うっ!」


 大婆の指摘は、全てがその通りであった。しかし、ダークエルフを手に入れる事は諦めたくない。そこでもっともらしい話で応戦してみる。


「だが、婿むこを森の外で見つけるなら種族は気にしていないだろう?」

「そうじゃな。では、二番は消してやるのじゃ」

「は?」

「それで、次は?」

「え?」


 大婆を見るとニヤリと笑っている。これは納得をさせろと言っているのだろう。しかし、種族を気にしていないという事は子供を作らなくていいのかと思う。そこで、その疑問を呈してみる。


「子供は?」

「里の男が寄り付かないなら無理じゃな。ワシのせいでもあるのじゃが」

「自覚はあるんだ」

「微々たるものじゃ。レティシアの性格では無理じゃな」

「大半だと思うが……」


 大婆の存在はさておき、やはり厨二病はダークエルフに受け入れられないようだ。この点については何も言えない。これは感性の違いだ。彼らはレティシアの言動についていけないのだろう。


「で?」

「俺はローゼンクロイツ家の当主だ。だから、もらうつもりだ」

「ふむ。嫁と言う事かのう」

「俺は結婚をしない。だが、他の者は身内として家族以上の存在だ」

「家族以上か。じゃが、本当にレティシアでいいのかのう」

「どういう意味だ?」

「ローゼンクロイツ家の名に泥を塗るのではないかの?」

「そんな事はないぞ。俺好みの女だ」

「なら、一番を消してやるのじゃ」


 婿むことして族長の家へ入る必要はないらしい。おそらくフェブニスが居るからだ。大婆は族長として、他のダークエルフを納得させる必要がある。そのための問題提起のようだ。


「三番か。本人の気持ちと言う事だな」

「そうじゃな。フリではなく、本当に好き合うかじゃ」

「それはまだ話していない」

「では、駄目じゃのう」


「え? いいわよ」


 大婆が駄目出しをした瞬間、レティシアが登場した。そして、あっけらかんとした表情で大婆の後ろへ立つ。


「なんと言ったのじゃ?」

「あたしが彼を好きかって事よね?」

「そうじゃ」

「うふふふふ。あたしを暗黒の王が御所望よ! 燃えてきたあ!」

「レティシア。真面目な話をしているから病気は抑えろ」


 厨二病全開のレティシアをフェブニスがいさめる。


「病気じゃなあい! あたしの話についてこれるのは彼だけよ!」

「そ、そうなのか?」

「これは運命ね! それに強いし」

「たしかにな。大婆様を本気にさせていた」

「聞き捨てならないね。本気だと思ったのかい?」

「い、いえ。そういうわけでは」

「ふん! なら、三番も消してやるのじゃ」

「やった!」

「………………」


 フォルトは置いてけぼりだが、どうやらレティシアもフォルトを気になっていたようだ。しかし、恋愛感情とは違いそうな気がする。話が合う友達といった感覚なのだろう。それでも大婆は認めたようだ。


「レティシア。おまえはそれでいいのか?」

「いいよ。その代わり」

「その代わり?」

「うふふふふ。大婆様の試練を忘れたわけではないでしょ?」

「うっ!」


 そうである。今までは里のダークエルフを納得させるための問題提起だ。口に出して言われていないが、問答からするとそうだろう。それについて大婆は口を挟んでこなかった。ならば、試練をやる事が確定したと言う事だ。


「し、試練か」

「安心せい。簡単な事じゃ」

「ほう」

「さっきすきだらけだと言ったじゃろ?」

「言ってたか?」

「言ってましたよお」


 いきなり目の前へ大婆が移動してきた時は、ビックリしたので話など聞いていない。しかし、カーミラは聞いていたようだ。


「そっか。で、それと試練となんの関係が?」

「それをなくしてもらうのじゃ」

「は?」

すきをなくせと言うておる」

「嫌だ! 面倒! ダルい! それに俺は高位の魔法使いだ!」

「だははははっ! 拒否権などないのじゃ!」


 大婆のオーラがふくれ上がった。これでは脅迫をしているようなものだ。実際、大婆の強さの底が分からない。『状態測定じょうたいそくてい』のスキルで見ても、阻害されているのかよく分からない。バーが伸びたり縮んだりしている。


「勘弁してほしい」

「駄目じゃ。レティシアを守れる程度にはなってもらうのじゃ」

「すでに守れるが?」

「駄目じゃな。魔法を封じられたらどうするのじゃ?」

「うっ! な、殴るだけでもなんとか」

「当たらなければ意味がないのう。あんな簡単に懐へ入られるのではな」

「な、なら、ティオに頼む!」

「駄目じゃ。あの者はお主にれておる」

「うぅぅ。カーミラ、セレス」


 れてるから手加減をされると思っているのだろう。これで全てにおいて駄目出しをされ万策が尽きてしまった。そこで身内の二人に助け舟を出してもらう。彼女たちならなんとかしてくれるだろう。


「御主人様、諦めましょう!」

「旦那様、頑張ってくださいね! 応援しています」

「駄目か……」


 フォルトは魔人なので体は丈夫だ。体力もあり余っている。大婆の試練を受ける事は可能だろう。ベルナティオにも戦闘訓練はやった方がいいと言われていた。一番の問題は怠惰たいだだけなのだ。


「年貢の納め時ってやつか」

「なんじゃ、それは?」

「いや、こっちの話だ。だが、俺は戦闘訓練などやった事がないぞ」

「戦闘訓練じゃと? そんな事を誰が言ったのじゃ」

「は?」

「まあよい。この話は終わりじゃ」


 大婆が終わりと言ったら終わりのようである。またもやオーラがふくれ上がった。脅迫をされている感が否めないが、口答えをしてもいい事はないだろう。しかし、戦闘訓練でなければなんなのだろうか。


「次はスタンピードの件じゃ」

「バグバットからの依頼だから、やる事はやるぞ」

「お主は試練じゃ」

「ぐっ! ま、まあ、おっさん親衛隊が戦う」

「あの女どもじゃな? その赤髪の悪魔も戦うのかの?」

「そうだった。悪魔の事は秘密にしろ」

「分かっておる。レティシアをやるのじゃ。お主の不都合は口外せんわ!」

「口外したら里を滅ぼす」

「信用がないのう。ダークエルフ族はバグバットの協力者じゃ」

「そうだったな。だが、呼び捨てとは……」

「ふん! 旧知の仲じゃ。その話はバグバットにでも聞けばよい」

「分かった。今は信用しよう」


 先ほどの事はフォルトも大婆も引いた。ノーサイドと言うやつだ。それを踏まえ、ダークエルフ族もフェリアスのエルフ族と同様に友好関係を結びたい。

 レティシアの実家である事とバグバットの協力者だ。だまされた時は本気で大婆と戦う事になるだろうが……。


「あの、大婆様。エルフ族に被害は?」


ここで一端話が途切れたので、セレスが話し出した。


「お主はエルフじゃったな。知り合いでもおるのかの?」

「はい。両親が居ます」

「被害はないのじゃ。後で会いに行けばいいじゃろう」

「よ、よかった」

「では、お主たちの戦力を加味した話をしようかの」

「そうしてくれ。こちらのやり方も話したい」


 レティシアの件はフォルトが試練を受ける事で話がついた。そのため魔物の討伐には参加できないが、おっさん親衛隊はスタンピードの対処である。その彼女たちが効率よくレベルを上げられるように、話し合いを始めるのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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