第330話 瓢箪の森と大婆の試練2
フォルトたちは予定通りターラ王国へ入り、首都ベイノックへ入らずに西へ向かった。滞在期間も到着してから一カ月へ変更して、その旨をニャンシーを使いマリアンデールとルリシオンへ伝えてあった。
「はははははっ! 私の方が魔物が寄ってこなかっただろ?」
ソル帝国との国境からは六日ほど経過していたのでサタンが消えた。そこで同じように魔物を寄せ付けないルシフェルを呼び出してあった。
「いや。寄ってこないから、分からないのだが」
「はははははっ! サタンではな! これからは私を呼べ!」
「聞いちゃいねえ」
ルシフェルは左右の目の色が違うオッドアイの持ち主で、漆黒と鮮血を表す黒と赤の天使の翼を六枚持っている。髪は黒と白のメッシュが入っているロングヘアーで、服装はボンテージだ。当然のようにレティシアが喜んでいる。
「きゃっ! きゃっ!」
「子供か!」
「いいじゃないのよ! 燃えてきたあ!」
「何度も同じ事を言うな!」
「あっ! ルシフェルさんも御茶を飲む? キャロル!」
「はい、はい」
何かあれば茶を飲んでいるので、レティシアはトイレが近かったりする。女性のトイレ事情は内緒だ。
「ところで、あの森だろ?」
首都ベイノックから西にある最後の村からは道のない道を進んだ。すると前方には森らしきものを確認した。正面から見ると
「そうよ。やっと案内が終わったわ」
「まだ森の中があるだろ!」
「うふふふふ。あの森こそ魔界への入り口よ。歓迎するわ!」
「そ、そうか。ところで馬車はどこへ停めればいい?」
「んとねえ。適当な木につなげといて!」
「適当でいいのか」
「いいわよ。どうせ森の中では走れないし」
「盗まれる心配をしているのだが?」
「うふふふふ。黒き一族が安住の地へいざなってくれるわ!」
(つまり、ダークエルフが放牧地みたいなところへ運んでくれると。相変わらず面白いやつだ。それなら安心しておくか)
「では、馬車から降りるぞ」
「これが
「そうだよ。ちょっと待っててね!」
「何かするのか?」
「うふふふふ。黒き一族よ! わたしの声に応えなさい!」
レティシアは森の方へ向いて指笛を吹いた。しかし、シューシューという音だけが聞こえる。それを聞いたアーシャが近寄ってきて、フォルトの腕へ抱きついた。
「ぷっ! なにレティシア。吹けないの?」
「シュー、シュー」
「御嬢様。私がやりますよ」
「そう? じゃあ、キャロルに任せるね!」
「ピィィ! ピィィ!」
アーシャの
「あの指笛は何だ?」
「森の戦士隊を呼んだのよ。返事がくれば、すぐに来てくれるわ」
「キャロルの指笛は、そんなに遠くまで聞こえるのか」
「ダークエルフは耳がいいからね。それに外周を見回ってるし」
「ほう。それでは来るまで待てばいいか」
エルフ族もそうだが、ダークエルフ族も耳はいい方だ。森で生き森を守る種族らしく、かなり遠くの音まで拾えるらしい。
「ピィィ!」
キャロルの指笛から数分ほど待っていると、今度は森の中から指笛らしき音が聞こえてきた。どうやら戦士隊とやらは、こちらへ向かっているようだ。
「フォルト様。そろそろ到着するようですよ」
「うむ。カーミラ、みんなの準備はできているか?」
「大丈夫でーす!」
「なら……」
「あっ、フォルトさん! アラクネはやめてね」
「え? あ、当たり前だ!」
森での移動はアラクネがいいのだが、アーシャに先手を取られてしまった。そうなるとスケルトン
「きさま。私たちは歩くぞ」
「へ?」
「これも修行だ。
「そうか。ソフィアも?」
「はい。体も鍛えないといけませんので」
「あたしはフォルトさんと一緒!」
「アーシャ。わがままを言っては駄目ですわ」
「ちぇ。レイナス先輩に言われたらしょうがないなあ」
「ふふ。私はエルフですので」
おっさん親衛隊は全員が徒歩のようだ。ならば、アラクネでいいだろう。スケルトン
そんな事を考えていると戦士隊が到着したようだ。森の奥から数人のダークエルフが現れる。男性と女性の混合部隊のようだ。
「キャロル。客人が来たようだな」
「はい。こちらがバグバット様に依頼されたフォルト様です」
「フォルト・ローゼンクロイツだ。今回は世話になる」
「人間か」
「問題が?」
「いや。バグバット様が信用された方だ。歓迎する」
「そうか」
「俺はフェブニス。そこの愚妹の兄だ」
「え?」
「ちょっと! 愚妹ってなによお!」
レティシアが両手を上げて抗議をしている。それにしても彼女に兄が居るとは聞いていなかった。家族構成など聞いていないので当たり前か。
フェブニスは長身のダークエルフで体の線が細い。濃い紫色の髪を長く伸ばしており、眼は鋭いが顔はイケメンだ。
「話は里へ着いてからだ」
「分かった。馬車を頼みたいのだが」
「こちらで移動しておく。おい!」
「「はっ!」」
「俺は彼らを里まで連れていく。馬車を移動したら里へ戻れ」
フェブニスはテキパキと指示を出している。その光景を見たフォルトは、さっそく移動用のアラクネを召喚した。
【サモン・アラクネ/召喚・蜘蛛女】
フォルトの前に召喚陣が形成されて、一体のアラクネが現れる。今度はそれを見たダークエルフたちが戦闘態勢へ入ってしまった。
「うおおお! 魔物が現れたぞ!」
「フェブニス様! レティシア様! 下がってください!」
「キャロルも下がれ!」
「あ……」
いつものように、いきなり召喚したのはまずかったか。フォルトの悪いところは言葉が足りないところだ。最近はマシになっているが、これも引き籠りの弊害である。
「すまん。召喚した魔物だ」
「召喚だと?」
「命令をしなければ襲わん。悪かったな」
「召喚か。これほどの魔物をなあ」
「え?」
「アラクネを召喚できるとすると……」
「と、とにかく里へ急ごう!」
「むっ! 分かった」
妹のレティシアと違い、兄のフェブニスは召喚魔法について知っていたようだ。説明するのは面倒なので、はぐらかすに限る。
とにかくヘタなツッコミを入れられないように、フォルトもさっさと準備をした。そして、アラクネの後ろで眠りながら森の中へ入っていくのだった。
◇◇◇◇◇
ダークエルフの里。
おっさん親衛隊は徒歩で移動したが、ソフィアとアーシャは身体強化魔法を使っていた。この二人だけは体力的に心許なかったからだ。
「到着か」
「すまんな。アラクネから降りてもらって」
「さすがに里の中までは入れないぞ。騒ぎになるからな」
「気遣い感謝する。では、大婆様のところへ行こう」
「全員でいいか?」
「ああ。全員を連れてくるように言われている」
「わたしは?」
「愚妹もだ! さっさと来い!」
「扱いが違うんですけど!」
フォルトへ対しては礼儀正しいが、妹のレティシアにはキツく当たっている。しかし、彼女の反応を見ると仲が悪いわけではないようだ。
「ここだ」
ダークエルフの里へ入ると中央に大きな家があった。丸太で組み立てたような家だ。エルフの里にある家とは違うが、あちらは遺跡を改修して使っている。
そして、里の中にはダークエルフがワンサカと居る。これにはエルフの里へ行った時と同じ衝撃を受けた。
「待てっ!」
フォルトたちが大きな家へ近づいたところで、ベルナティオが前へ出る。刀へ手をかけて、いつでも抜ける状態だ。レイナスも聖剣ロゼへ手を伸ばしている。他の者はよく分かっていない。
「どうした?」
「物凄い殺気だぞ! 気づかないのか?」
「俺には分からん」
「ちっ。そうだったな。だが、こいつは……」
「ま、待て! 大婆様だ!」
フェブニスがフォルトたちを止める。すると、家の扉が開いて一人のダークエルフが出てきたのだった。
「到着したのなら、すぐに来させろと言ったじゃろ」
「大婆様!」
「うおっ!」
どうやら扉から出てきたダークエルフが大婆のようだ。たしかに白髪で顔に
大婆を見ると、体全体から
「ほう。そこの剣士は、なかなか強そうじゃな」
「ちっ」
「その後ろの女は、まだまだじゃな」
「この方はいったい……」
「それに、そこの男!」
「な、なんだ?」
大婆がフォルトを指さした瞬間、体へ
――――ガギーン!
まさに一瞬の出来事だった。大婆が居た場所は離れていたが、いきなり目の前へ現れたのだ。しかも腰を落として両腕を上げ、首をガードしている状態で踏ん張っていた。その両腕でベルナティオの刀とカーミラの鎌を受け止めている。
「こ、こいつ……」
「御主人様に手は出させませんよお!」
「え? なにが……」
「はっ!」
大婆が気合の入った声を出した瞬間に、刀と鎌が大きく弾かれた。その行為によりベルナティオとカーミラは体勢を崩している。
これはヤバいと思ったフォルトは後ろへ飛んだが、大婆はその場から動かずオーラを小さくした。それに対し非難の声を上げる。
「なにをするか!」
「
「は?」
「冗談じゃ。そこの二人は悪魔か?」
「何を言って……。なにっ!」
「「ええっ!」」
カーミラを見ると『
「大婆様! 何をしてるのですか!」
「ひぃ! キャ、キャロル! わ、わ、わたしたちは今から死ぬのね!」
「お、御嬢様! お、お、お、お供します!」
フェブニスは大婆を
「だははははっ! バグバットも妙な者たちを送り込んできたのう」
「ど、どういう事だ?」
「どうもこうもないわい。歓迎するぞ。よくぞ参られたのう」
「は?」
「力量を見たまでじゃ。それとも、ワシを非難するかの?」
「当然だ。おまえは俺と俺の身内に手を出した」
フォルトは大婆の行動を敵対行動と認識した。自分と自分の身内に手を出したら殺す。その信念は曲げないのだ。よって、この場で大婆を殺す事に決めた。
「ほう。女に守られている男が偉そうにのう」
「遺言はそれだけか?」
「そうじゃのう。そこの二人に弁護を頼もうかの」
「なんだと?」
大婆はカーミラとベルナティオを見る。よく分からないが、バグバットの手前もある。その弁護とやらを聞いてからでもいいかもしれない。
「聞くだけ聞いてやろう。カーミラ、ティオ。何かあるなら言え」
「そうですねえ。いきなり近づいたから攻撃しちゃいましたけど」
「私も同じだな。殺意はなかったようだ」
「うーむ」
どうやら手を出したのはこちらと言いたいようだ。あの一瞬の出来事でよく分かったものだ。しかし、フォルトはやり場のない
【アブソリュート・ゼロ/絶対零度】
大婆の弁護など知った事ではなかった。普通に歩いてきて話しかければいいのだ。あんな訳の分からない行動をとる必要はないはずだ。
フォルトから見て敵対行動と見えたら、それは敵対行動なのだ。事の良し悪しは自分が決める。そうカーミラに聞き、そこへ自分も行きついた。よって、決めた事を違えず大婆へ対して魔法を放った。ビッグホーンすら凍らせる上級の氷属性魔法だ。
「フォルト様!」
「ちょっと、フォルトさん!」
「旦那様!」
辺りには身内たちの声が響くが、時すでに遅しである。フォルトの眼前には巨大な氷塊があり、その中心には氷漬けになった大婆が眼を見開いていた。それを見たフォルトは笑みを浮かべるのであった。
――――――――――
Copyright(C)2021-特攻君
感想、フォロー、☆☆☆、応援を付けてくださっている方々、
本当にありがとうございます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます