第329話 瓢箪の森と大婆の試練1
帝都へ入って一週間後。フォルトたちは予定通りターラ王国へ出発した。しかし、馬車の件については迷惑をかけてしまった。
御者がスケルトンなので、移動の途中でやめてくれと言われたのだ。帝都へ近づく前に護衛の騎士が御者を務めてくれた。
「すまんな」
「い、いえ。お帰りの際も手近な者に声をかけていただければ」
出発する時も同じで国境までは任せ、通過する手前で馬車を停めスケルトンを召喚しておく。すると、テンガイが近づいてきた。
「では、こちらを御受け取りください」
テンガイは懐から手紙を取り出してフォルトへ渡す。その手紙にはソル帝国の紋章が入っており、重要そうな手紙に見えた。
「これは?」
「ランス皇子への紹介状でございます」
「ランス皇子? 俺たちは
「念のためでございます」
「念のためか……」
「不測の事態が起きた場合、ランス皇子と会われるとよいかと」
「そんなものは起きないが、保険と言えば保険だな」
「そういう事です。使わないなら、それはそれで」
「テンガイ君は慎重な男だな」
「お褒めの言葉、ありがとうございます」
シュンに君付けで呼んだら止めろと言われたが、テンガイは気にしていないようである。そのあたりに器の大きさを感じるが、それにしても配慮が凄まじい。
目上を気遣うのは当たり前。フォルトが困っても問題がないようにしている。しかも、自国の皇子すら使う念の入れよう。頼れと言わず会えばよいとだけ言うところも気遣いを感じる。これには背中がムズムズしてしまった。
(こういうのは慣れてない。グリムの爺さん以外は高圧的だったしなあ。取り込もうとしてるのは分かるが、エウィ王国も最初からこうなら……)
エウィ王国の異世界人に対する扱いはひどい。グリムやソフィアは改善を進言していたらしいが貴族が取り合わない。エインリッヒ九世にしても同じであった。聞くだけは聞いているが、貴族と同じで右から左である。高圧的に出て言う事を聞かせるという風習は変えられなかったようだ。
「テンガイ君」
「はい。どうかされましたか?」
「一つだけ聞きたいのだが」
「はて。改まっていかがされましたか?」
「君なら異世界人の扱いはどうするかね?」
「は?」
「人より劣った者が召喚されたらどうするかね?」
ソル帝国ならどうするか。いや、頭のいいテンガイならどうするか。単純に興味を持っただけだった。そして、この質問に意味はない。勇者召喚をやれるのがエウィ王国だけであり、帝国でやるのは机上の空論だからだ。
「それは、失礼ながらフォルト殿の事ですかな?」
「分かるか?」
「はい。そのような事は同じ境遇でなければ言い出さないかと」
「ははっ。本当に頭がいいことだ」
「いえ。この程度であれば」
「で、答えは?」
「それを私に聞くのは、いささか不都合では?」
「その通りだな」
「気に入る答えは返せますが、信用しないでしょう」
「それも、その通りだ」
「ですので、もうしわけないですが」
テンガイの言う事はもっともだ。この件については聞いたフォルトが悪い。それにしても、この若さでたいしたものだ。これだけの才覚が自分にあればと
「では、俺たちは行くとしよう」
「御武運を。お帰りの際は、国境にて私を呼び出してください」
「面倒だが仕方ないな。そうしよう」
「ありがとうございます」
その後はテンガイと別れ、馬車へ乗り込んでターラ王国へ入っていった。カードの提示などは免除されている。知りたい事が分かると思うが、やはりテンガイが手を回していた。免除をされなくても提示は断るつもりだったが、目の前の人参には食いつかないのも思慮が深いと思わせた。
「ふぅ。ようやく俺たちだけだな」
「はい! 御主人様は気苦労が絶えませんねえ」
馬車へ乗ったフォルトはカーミラの肩を引き寄せる。その彼女は笑顔を浮かべながら体を預けてきた。この柔らかさは至高の感触だ。
「ははっ。遊びだ、遊び。それぐらい分かってるだろ?」
「そうですけど、面白いとは思わなかったですよお」
「そうでもないな。テンガイは面白いやつだ」
おそらくソル帝国ではテンガイ以上の頭脳を持った者は居ないはずだ。ならば、彼を知る事で帝国の思惑を
ソフィアやセレスの思考へ組み込めれば完璧だ。フォルトに頭脳対決は無理があるので、接し方から性格や人間性を把握できればいいだろう。
「と、言うわけだ」
「なるほどお。面白いですね!」
「うふふふふ。暗黒の王は悪魔的思考を持っているようね」
「暗黒の王はやめろと言っただろ」
「なら……。なら……。キャロル! 飲み物をちょうだい!」
「御嬢様。道案内をしませんと」
「そんなの飲みながらやってあげるわ!」
「はい、はい」
馬車には一般的なエルフの服を着たレティシアとキャロルも乗っていた。さすがに下着姿で外は出歩かないようだ。そして、もう一人はセレスである。カーミラは抜きにしても、エルフとダークエルフはフォルトにとって正義の種族である。これには頬が緩んでしまう。
「旦那様はテンガイ様を信用してるのですか?」
「まさか。一切信用していないし、気を許すつもりもない」
「私から見ても信用できませんね」
「ははっ。まあ、エウィ王国の貴族よりはマシだ」
「そうかもしれませんね」
「エルフも人間は信用してないのだろ?」
「はい。あっ! もちろんソフィアさんたちは信用していますよ」
「そうだな。その差はなんだと思う?」
「え?」
「俺の身内だからか? それとも話をしたら気に入ったとかか?」
「なにか、怒らせましたか?」
これは意地悪な質問だろう。その証拠にセレスが困った表情をしている。しかし、彼女を困らせるつもりはない。
「いや、単純な興味だ」
「そうですね。どちらともです」
「そうか。どちらかが欠けたら?」
「旦那様の身内でなければ、気を許す事はなかったかと」
「なるほど。いい答えだ」
「きゃ!」
フォルトはセレスの肩も引き寄せた。彼女も隣に座っていたので、カーミラと同じく体を預けてくる。これも気持ちがいい。
「旦那様。ちゅ」
「でへ」
「
「すまん。
どうしてもレティシアはフォルトを王にしたいらしい。ボキャブラリーが足りないのだろう。そのあたりはアーシャと話すと増えるような気がする。増えたら増えたで何を言われるか分からないが……。
「それよりも国境から離れたよ。ベイノックには向かわないのよね?」
「うむ。すぐに北西へ向かって
「それは無理よ!」
「ふはははははっ! 無理なものか。俺の力の一端を見せてやろう!」
「えっ! なになに?」
「
「「きゃあ!」」
フォルトは厨二病が発症したかのようにサタンを呼ぶ。すると、目の前には濃い紫のウェーブのかかったロングヘアーをなびかせ、漆黒のレオタードと漆黒のマントを装備したサタンが現れた。レティシアとキャロルは目を閉じて悲鳴を上げている。いつもの厨二病発言をする余裕がないようだ。
「ふん! 余に何用だ?」
「座って魔物を寄せ付けなければいい」
「ふん! その程度でいいのか?」
「他に何をさせろと?」
「ふん!」
特にないようだ。相変わらずふんふん言いながら命令を聞いてくれる。魔物避けのスキルでも持っているのか、彼女が居ると魔物が寄ってこない。魔物の領域を通る時には便利な悪魔である。
「ふん! そこへ座るぞ」
「「ひっ!」」
フォルトの座っている長椅子は満員だ。よって、対面のレティシアとキャロルの長椅子へ座るしかない。サタンは二人の間へふんふん言いながら無理やり座った。
「ちょ、ちょっと! この
「ふはははははっ! 俺のスキルで呼べるのだ!」
「そ、そうなんだ。でも、角と翼と尻尾まであるわよ。悪魔のようね」
「似たようなものだ。レティシアはこういうのが好きだろ?」
「す、好きとかじゃないわ! 仲間なのよ!」
「そうか。まあ、害はないから安心しろ」
「ふん!」
「「ひっ!」」
サタンの鼻息一つで怖がってしまった。それでもレティシアはマシのようだ。しかし、キャロルは混乱をしてしまったようだ。
「お、御嬢様! 降りましょう!」
「だから、害はないって」
「どう見ても悪魔ですって! 御嬢様に何かあれば大婆様に殺されます!」
「逆に頼もしいと思えばいいだろ」
「そ、そんな事を言っても!」
「俺は高位の魔法使いだ。これぐらいは何でもないぞ」
「そ、そうでしたね。ですが……」
「キャロルは怖がってるがな」
「当たり前です!」
「レティシアはそうでもないようだぞ」
「え?」
キャロルと違い、すでにレティシアは受け入れていた。サタンの角や翼を触りまくり、尻尾を膝の上に乗せたりしている。それをサタンは黙って見ている。
「駄嬢様!」
「駄嬢様じゃなあい! 本物に触れるのよ! 血がたぎるう!」
「どんな血ですか! も、もう! フォルト様を信用しますよ?」
「そうしろ。魔物を寄せ付けないから安全に行ける」
「分かりました。でも、何かあったら大婆様に言いつけます」
「大婆って、そこまでの人物か?」
「そうですね。たしかに大婆様に比べればマシですね」
「そ、そうか」
サタンと大婆を比べて大婆の方が怖いようだ。見た目だけならサタンはかわいい。しかし、その
(うーん。洗脳ではないだろうが、子供の頃から怖いと思ってそうだな。大婆っていったい……。まあ、到着すれば分かるか)
「でも、サタンが居ても駄目なのよ!」
「なぜだ?」
「馬車が壊れるよ」
「あ……」
街道から少々離れたぐらいなら平気だと思われる。しかし、魔物の領域まで入ってしまうと無理である。草が生い茂っている場所なら車輪に絡まるし、岩場であれば車軸から折れるだろう。今までは街道に近かったので問題がなかったのだ。
「奥が深いな」
「深くなあい! で、どうするの?」
「しょうがない。街道から少しだけ離れていくか」
「なら、首都のベイノックに入らず手前から西へ向かえばいいわ」
「案内人らしいな」
「案内人だもん」
「じゃあ、そのように」
「カタカタ」
フォルトはスケルトンへ命令をすると街道から離れていった。街道近くなら草丈は低く車輪で踏みつぶして走れる。他の身内の乗った後続の馬車もついてきた。
「そうなると何日ぐらいだ?」
「首都まで二日ね。そこからなら三日ってところだわ」
「それだと、あまり狩れないな」
「到着してから一カ月でいいんじゃないですかあ?」
「そうだな。そうしよう。後でニャンシーでも呼んで」
「ニャンシーって誰?」
「ふはははははっ! 俺のペットだ! 来い! ニャンシーよ!」
「へ?」
レティシアが居ると調子に乗ってしまう。理由は分かっているのだが、後ではなくすぐに呼んでしまった。しかし、双竜山の森からだと時間が掛かる。場が静まり返ってしまうので、待っている間はカーミラとセレスを
「ぁん。御主人様」
「旦那様。ちゅ」
「えっと、何も出ないんですけど?」
「まあ待て。そろそろ」
見えない魔力の糸で、なんとなく近づいているのは分かる。それでもまだかかりそうなので、来るまでは適当に時間をつぶした。
「主。すまんのう、遅れたのじゃ」
そして、ニャンシーがフォルトの影から現れた。それを見たレティシアとキャロルは目を
「きゃあ! かわいい!」
「お、御嬢様。はしたないですよ! で、でも、触ってもいいですか?」
「な、なんじゃ、お主たちは! こ、これ。触るで……。にゃあ」
さすがはニャンシーである。その愛くるしい姿で大人気だ。姉妹への伝言を後回しにして、レティシアとキャロルが気の済むまで抱かせてあげる事にする。その後は
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Copyright(C)2021-特攻君
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