第328話 姉妹のサプライズ3

「それでえ?」


 ルリシオンは人馬族の男女と距離を取りながら話の続きをうながす。少しでも妙な動きをすれば、即座に動きを封じるつもりだ。さすがにガルド王の御膝元で殺すのは躊躇ためらわれる。フォルトのためにもドワーフとの友好は深めたいのだ。


「まず確認したいのだが、今は誰かにかくまわれているか?」

「そんなにも弱く見えるのかしらあ?」

「い、いや。ただの確認だ」

「ふーん」


 勇魔戦争以降、人間の国は魔族を根絶やしにするために魔族狩りを推奨した。しかし、亜人の国フェリアスは同調しなかった。この国は中立の立場を取り、人間との関係を維持するために魔族へ援助をしない決定をした。それでも個人が勝手に魔族を援助する事は見逃している。


(フェリアスは魔族をかくまう者が居たわねえ。当時の私たちは断ったけど、その流れかしらあ? でも、私はルリシオン・ローゼンクロイツよお)


 姉妹は二人ともプライドが高い。ローゼンクロイツ家の令嬢が他人のあわれみを受けるいわれはないのだ。だからこそ当時は断った。フォルトのところへ来たのは興味本位からであり、庇護してもらったは魔族より強い魔人だったからだ。


「私はかくまわれる必要がないわあ」

「なぜだ?」

「決まっているじゃなあい。私が強いからよお」

「プライドが高いわね」

「黙りなさあい。死にたいのかしらあ?」

「っ!」


 ルリシオンは冷めた目を人馬族の女性へ向け、魔力を高めて威圧する。その威圧を受けた女性は気落とされてしまった。


「用事はそれだけかしらあ? なら、もう行くわねえ」

「ま、待て!」

「まだあるのかしらあ?」

「魔族なら伝えたい事があってな」

「魔族なら? いいわよお。話しなさあい」

「魔族だけの集落がある。そこへ行けば安全だ」

「へえ」

「数千人の魔族が集まっているからな」

「それは興味深いわねえ」

「フェリアスでかくまわれていた魔族は、ほぼ集まってるはずだ」

「場所はどこかしらあ?」

「フェリアスの北だ」


 ルリシオンは考える。フェリアスの北といえば魔道国家ゼノリスの跡地がある場所で、誰も住んでいない廃虚となっていたはずだ。たしかに隠れ住むならうってつけではある。魔族狩りの人間も来ないだろう。しかし……。


「誰がまとめてるのかしらあ?」

「そ、それは言えない」

「あなた、しゃべってもいいから答えなさあい」

「だ、駄目よ。大族長から隠すように言われているのよ」

「大族長からねえ。人馬族は魔族の傘下に入ったのかしらあ?」

「うっ!」

「い、言えないって言ってるでしょ!」


 二人の慌てぶりを見て、ルリシオンは思いついた事を聞く。


「あはっ! まさか、六魔将の一人じゃないでしょうねえ」

「知らん! と、とにかく伝えたぞ」

「そうねえ。気が向いたら行ってみるわあ」

「なんなら連れていってやるぞ。ちょうど物資を買って帰るところだ」

「そ、そうよ。それなら疑問も解けるでしょ」

「今はいい……。いえ、お願いしようかしらあ」


 行く気はなかったが考えを改めた。この人馬族は魔族を見かけたら同じように話しかけているのだろう。話の経緯から魔族の集落とやらへ向かうと思われる。ならば、一緒に行った方がいい。


「分かった。今すぐに行けるのか?」

「いいわよお。どうせ着の身着のままだからねえ」

「それは難儀だったな。では、ついてこい」


 リリエラから離れる事になるが、ルリシオンは人馬族の男女と一緒にドワーフの集落から出る。すると、予想通り馬車の荷台があった。二台あるので、この男女がそれぞれを引っ張っていくのだろう。さすがは人馬族である。


「荷台へ乗ればいいかしらあ?」

「ああ。まずは東へ向かって平原へ出る」

「そこからは飛ばすけど、数日はかかるからね」

「分かったわあ」


 たしかにドワーフの集落から魔道国家ゼノリスの跡地は遠い。しかし、人馬族なら平原へ出れば本領を発揮できる。普通の馬より速く走れるので、多少は日数を短縮できるだろう。


「出発していいわよお」

「揺れるから気をつけろよ」


 馬車へ乗ったルリシオンはドワーフの集落から出発した。積み荷を見ると、食料や酒、それに武具が積まれていた。もう一台の馬車も同じだと思われる。


(そろそろいいかしらねえ)


「ちょっと、停めてもらっていいかしらねえ」


 馬車に揺られて数時間後。東の平原へ出たところで、ルリシオンは馬車を停めさせた。それから馬車を降りて人馬族の男女の近くへ行く。


「どうした?」

「忘れ物でもしたかしら」

「あはっ! ごめんねえ。『炎獄陣えんごくじん』!」

「なっ!」

「きゃあ!」


 ルリシオンは問いに答えず、いきなりスキルを使った。炎の翼を生やした彼女を中心に、紅蓮ぐれんの炎が噴き出して人馬族の男女を燃やす。

 すると、あっという間に燃え上がって跡形もなくなってしまった。骨すら残さず消し炭にしたようだ。まさに圧倒的な熱量であった。


「これがマクスウェルの力ねえ。少しだけ熱くしてみたわあ」


 人馬族の男女だけではなく、馬車も積み荷とともに燃やし尽くしてしまった。武具も溶けている。それに笑みを浮かべたルリシオンは、何事もなかったように原生林の入り口を見た。


「どうせ口止めしても無駄だしねえ」


 人馬族の男女が魔族のまとめ役へルリシオンの事を伝えた場合、姿格好から〈爆炎の薔薇姫〉と認識する可能性が高い。そうなると引き込もうとするだろう。

 口止めをしても無駄だ。そのまとめ役から口止めをされているとすると、そちらを優先するに決まっている。初めて会った彼女の頼み事など無意味だろう。


(六魔将だとすると……。もしかして、パパ? 生きてたのなら確かめたいけど、私たちは今まで通り好きにやるわあ。パパ、ごめんねえ)


 現在は魔人であるフォルトのシモベとして幸せを享受している。魔族をまとめているのが父親のジュノバだとしても、いまさら徒党を組んで何かをやりたいとは思わない。同じシモベで姉のマリアンデールも同じ気持ちだろう。もちろんシェラもだ。


「早くリリエラのところへ戻らないとねえ」


 東の平原まで数時間かかったが、ルリシオンの身体能力ならもっと速いだろう。人馬族の男女は運が悪かったと諦めてもらうしかない。そんな自分勝手な事を考えながら走り出す。しかし、その彼女を上空から眺める一人の老婆がいるのだった。



◇◇◇◇◇



 フェリアス南東部に生息する魔物の間引きをしていた討伐隊と合流して数日後。マリアンデールとシェラは次に狩りをする場所へ向かおうとしていた。

 すると、見た記憶のある集団が原生林から戻ってくるのを確認する。その中の女性が、恐る恐る彼女へ話しかけてきた。


「マ、マリアンデールさん?」

「あら。こんな所で何をしてるのかしら?」

「アルディス、下がれ」


 マリアンデールは目を細めながらアルディスを見た。背の低い彼女が上から目線になっている。腕を組んで上体と首を反らしているのだ。しかも口角を上げて薄笑いを浮かべている。危険を感じたシュンは、彼女の前へ出て警戒をした。


「ふふ。そう警戒をしなくてもいいわよ」

「ちっ」

「テメエ! 何しに来やがった!」


 ギッシュも前へ出る。初めて出会った時の焼き肉騒動で一方的に負けたのだ。それ以来、マリアンデールを殺す事を考えながら強くなろうとしていた。その彼女が目の前に居るのだ。仕掛けてくるなら相手をしたいだろう。


「誰だったかしら?」

「なんだと!」

「その頭には見覚えはあるんだけどね」

「テメエ。喧嘩けんかを売ってんのか!」


 マリアンデールの挑発とも受け取れる言葉に、ギッシュは今にも襲い掛かりそうだ。しかし、それをシュンが止める。


「やめろ! ここは討伐隊の駐屯地だぞ!」

「ちっ」

「まあいいわ。質問に答えない気かしら?」

「俺たちは討伐隊に参加してレベルを上げてるところだ」

「ふーん。たいして強くなっていないようだけど?」

「まだ始めたばかりだ。これでも二つぐらいは上がってる」


 シュンたちは全体的にレベルが上がっていた。その中でラキシスの成長が著しく、レベル二十になった。他の者たちはレベルが二つずつだ。


「ゴミ虫ね。シェラ、行きましょう」

「はい。マリ様」

「待てよ」

「何かしら? 用はないと思うけど」


 この勇者候補チームはフォルトが気にかけている者たちだ。しかし、マリアンデールからすれば殺してもいいと思っている。

 全員が憎むべき人間であり、まるで相手にもならないゴミ虫である。数秒もあればほふれるだろう。それに、そろそろ彼の肩の荷を降ろしてあげたいとも思っていた。


「その女も、おっさんの女か?」

「ふふ。言葉には気を付けなさい。魔族の聖母よ」

「聖母?」

「マ、マリ様。それは……」


 勇魔戦争時は暗黒神デュールに仕える司祭で、その信仰心と献身の大きさから聖母と呼ばれていた人物がシェラだ。

 彼女に救われた魔族はかなりの数にのぼる。傷ついた魔族が居れば、どこに居てもその場へ向かい無償で治癒をおこなっていた。勇魔戦争後は散りぢりになった魔族を探しながら各地を移動していたのだ。


「恥ずかしがる必要はないのよ。それだけの事をやっていたのだからね」

「ですが、もうやっていませんわ」

「十分よ。後は自分たちの力でどうにかするのが魔族だわ」

「そうかもしれませんね」

「なあ。話してるところ、悪いんだが」

「悪いと思ってるなら黙っていなさい。これだから人間は」

「ちっ。で、名前は?」

「………………」


 シェラは極端に人間を嫌っている。マリアンデールが居なければ逃げ出しているだろう。フォルトの屋敷でも常に隠れており、顔すら出した事がない。シュンが知らないのも無理はなかった。


鬱陶うっとうしいわね。やっぱり殺しちゃおうかしら? あいつなら、終わった後の事は気にしないと思うわ。死んだら死んだで……)


「マリ様」


 マリアンデールの考えてる事が分かったシェラは、彼女の肩へソッと手を置く。まるで駄目ですと言いたげだ。それを受けた彼女はムスッとした。


「シェラです。お初にお目にかかりますわ」

「お、おう。俺はシュンだ」

「私たちは出るところでしたので、この辺で……」

「わ、分かった。またな」


 マリアンデールの横柄な態度とは違いシェラは礼儀正しい。そのギャップに驚いたシュンは何も言い返せないようだ。


「おい! ローゼンクロイツ家はまだ出ていないか?」


 その時、駐屯地の別の場所で大声が聞こえた。家の名前が出たので、マリアンデールは声のした方向を見た。すると、熊人族のヴァルターが彼女たちを見つけた。


「おおっ! まだ居てくれたか」

「そんなに慌ててどうしたのかしら?」

「ちょっと問題が起きてな」

「貴方たちで対処できない事かしら」

「なあ。俺たちも居るんだけどよ」


 魔族はフェリアスの住人と仲がいい。それを知らないシュンは、対応の違いに苦虫をみつぶしたような表情になっていた。


「ああ、すまんすまん。だが、居たならちょうどいい」

「居たならって……。まあいい。何があったんだ?」

「ラフレシアを見つけた」

「ラフレシア?」

「シュンは知らないか? 魔物を活性化させる巨大な花だ」


 ラフレシア。この世界では食人植物の大ボスといった感じだ。巨大な花びらと中央に大きな口がある。無数の触手を持ち、獲物を捕まえては食べるのだ。

 そんなラフレシアが大ボスと言われる所以ゆえんは、その大きな口から放出する花粉だ。この花粉は周囲の魔物を活性化させる効果がある。凶暴になるだけではなく、交尾を頻繁におこなうようになったりする。しかも放置しておくと魔物の自然発生も引き起こす。スタンピードの元凶と言われる花であった。


「とにかく、ローゼンクロイツ家の助けがほしい」

「ふーん。シェラ、どうする?」

「いいと思いますわ。まじ……。旦那様も褒めてくれるかと」

「それはいいわね。じゃあ、詳しい話を聞こうかしら」

「助かる。悪いがシュンたちにも出てもらうぞ」

「お、おう!」


 マリアンデールとシェラは狩りへ出るのを止め、ヴァルターたちと打ち合わせへ入る事になった。ラフレシアを倒せれば、この近辺の間引きは当分やらなくて済むだろう。彼女たちからすればどちらでもいいのだが、どうせ一カ月後には戻るのだ。それによい経験も積めるので効率よくレベルを上げられる。そんな都合のいい事を考えながら駐屯地へ戻ったのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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