第327話 姉妹のサプライズ2

 宴会場で大勢のドワーフたちと夕食を楽しんだマリアンデールとシェラは、討伐隊が拠点としている駐屯地へ向かっていた。フォルトが召喚したバイコーンは送還されているので、魔族の身体能力を活かして走っていた。


「シェラ、遅れないでね」

「はい! ついていけそうですわ」


 マリアンデールが先導して原生林の中を颯爽さっそうと走っていく。これでもシェラを置いていかないように力を抑えてある。時折大きな木の間を蹴りあがっては、上空から進む方向を確認していた。


「まあ、時間はあるわ。ゆっくり行きましょう」

「そうですね。途中にも魔物は出るでしょうし」

「ふふ。倒しながら向かうわよ。ほら、ちょうどいいのが来たわ」


 時には全力で走り、時にはゆっくりと歩きながら進んでいる。すると、マリアンデールの魔力探知に魔物が引っかかった。


「あれは、マタンゴね」


 マタンゴとはキノコ型の魔物だ。赤い色をして黄色い斑点模様があり、いかにも毒キノコのような見た目である。大きさは成人女性と同じぐらい。柄の部分が二つに分かれて足になっており、ゆっくりと歩いてくる。


「胞子を吸っては駄目よ」


 攻撃方法はカサから胞子をき散らすだけだ。しかし、その胞子を体へ入れたら大変な事になる。強力な麻痺まひ毒で動けなくなり、生きたまま養分を吸われる。

 その後が問題だ。養分を取り入れたマタンゴは人型の魔物へと変貌して、人里へ入り込もうとする。そこで新たなマタンゴを生み出して、被害を拡大させるのだ。放っておくと、人里はマタンゴの里になるほどである。


「はい。風の精霊シルフよ。衣を!」



【ウインドクロージング/風の衣】



 シェラが精霊魔法を使うと、薄い緑色をした羽のある妖精のような女性が現れる。これがシルフと呼ばれる風の下級精霊だ。それはマリアンデールとシェラの肩に乗って、息を吹きかけた。


「いいわね。涼しいわ」

「この風の衣がある限り、胞子を跳ねのけますわ」

「水は駄目よ。成長をさせてしまうわ。風を使いなさい」

「はい! 風の精霊シルフよ! 風の刃を!」



【ウインドカッター/風刃】



 風属性魔法にもある魔法だが、精霊魔法が本来の魔法である。基本的に属性魔法という魔法は、精霊が起こす現象を術式により模倣しているのだ。

 だからと言って精霊魔法が優れているわけではない。属性魔法の素晴らしいところは、術式を組み合わせて新たな現象を作る事が可能なのだ。


「へえ」


 シェラの風刃は近づいてきたマタンゴを真っ二つにする。すると、原生林の奥から何体も現れたので同じように切り刻んでいった。

 周囲には無数の胞子が飛んでいて視界が悪くなっている。しかし、二人の周りだけ空気の膜が張られている。おかげでなんの影響も受けていなかった。


「もういいわ」

「真っ白と言いますか……。うっすらとしか見えませんわね」

「ふふ。周りに敵は居ないわ。離れれば視界もよくなるわよ」

「はい!」

「先へ進むわよ。前方と足元だけ注意しなさい」


 マリアンデールとシェラは一目散に走り出した。マタンゴを倒しても胞子の効果は残っている。風の衣が解除された瞬間に麻痺まひをしたくない。この胞子は数十分もあれば効果を失うので、後は放っておけばいいだろう。


「危ない時や、数が多い時だけ手伝うからね」

「分かりましたわ」


 マタンゴとの戦いからも魔物に襲われながら進んでいたが、しばらくするとマリアンデールの魔力探知に魔物が引っかからなくなってきた。


「討伐隊の駐屯地が近そうね」

「三日目ほどでしたわ」

「もうちょっと襲われてもよかったわね」

「ですが、食料がそろそろ」

「そんなに持ってこなかったしね」


 二人が話しながら歩いていると、前方にテントが見えてきた。数が多いので、どうやら駐屯地へ到着したようだ。獣人族も居るようで、テントの外で話していたり、何かを移動させていたりしている。

 柵があるわけではないので、適当にうろついていた獣人族へ近づいていった。すると、何名かの獣人族が寄ってくるのだった。


「おい! おまえたちは何者だ?」


 マリアンデールとシェラは数名の獣人族に誰何すいかされた。こちらから話しかけるのは面倒だったので、ちょうどいい。


「その角は魔族か?」

「おまえたちはどこから来た?」

「援軍の話は聞いてないぞ」


 何名も話しかけられて面倒になったマリアンデールは、懐から手紙を取り出す。そして、目の前の獣人族へ渡そうとした。


「はい。これを読みなさい」

「何者かと聞いている!」

「いいから読みなさい。殺すわよ」

「わ、分かった」

「マリ様。もう少々……」

「いいのよ」


 マリアンデールに威圧された獣人族は手紙を受け取り、書かれている内容を確認する。すると、合図をして警戒を解いた。


「ドワーフのガルド王から援軍のようだ」

「援軍? 魔族だぞ」

「ああ。ローゼンクロイツ家が来てくれた」

「おおっ! ブロキュスの迷宮にも来てくれてたな」

「二人だけか? 他には……」

「二人って書いてある。それと、勝手に戦うから邪魔をするなとさ」

「なんだそれ?」

「休む場所と食料を提供するだけでいいらしい」

「そうなのか?」

「あと……。これだけは絶対に言うな」


 手紙を受け取った獣人族が内容を伝えてくれているので、二人は黙って聞いている。最後は集まった全員に手紙を回し読みさせていた。

 その内容は察しているが、マリアンデールの右目のあたりがピクピクと動いている。しかし、これはガルドの計らいなので余計な波風を立てないようにした。


「分かったかしら? 一応聞くけど、総司令官は居る?」

「居るぜ。こっちだ。おまえらは、さっきの内容を全員に知らせろ」

「「わ、分かった」」


 ほとんど話さずに全てを納得させたマリアンデールは、シェラをともなって獣人族の後を歩いていく。これが魔族の貴族としての行動だ。

 まだフォルトにはやれそうもないだろう。戻ったら再教育をする必要があると思いつつ、総司令官の居るテントへ入っていくのだった。



◇◇◇◇◇



「コルチナさん、久しぶりっす!」


 マリアンデールとシェラの出発に合わせて、ルリシオンとリリエラは服飾師のコルチナが居る工房へ来ていた。人の良さそうなドワーフの女性である。ドワーフは女性でもひげが生えているが、その濃さは男性よりは薄い。


「あら、リリエラちゃん。忘れられてると思ったじゃない」


 ルリシオンは後から工房へ入る手筈てはずになっていた。まだコルチナと面識がないので、先に用事を済ませてもらうからだ。


「ごめんなさいっす。でも、マスターからの伝言があるっす!」

「それはよかったわ。で、なんだって?」


 コルチナはフォルトと取引をしたかった。アーシャのデザインが気に入っており、それを大量生産したいらしい。しかし、フォルトの回答は待ってくれである。それでも基本的には大丈夫との話だった。


「何か、やりたい事があるのかい?」

「そう言ってたっす。だから、もうちょっと待ってほしいっす」

「いいよ。面白そうじゃないか」


 簡単ではあるが了承を取れた。この件に関しては、フォルトがターラ王国から戻ってきてからだ。次は服を作らなければならない。


「今回は、これを発注するっす」


 リリエラはアーシャのデザイン画を取り出してコルチナへ渡す。


「どれどれ……。これはまた簡単なのと難しいのがあるねえ」

「またチョンチョンを狩ってくればいいっすか?」

「材料はあるから平気だよ。この簡単なのはリリエラちゃんが作るかい?」

「そうさせてほしいっす。難しい方を頼みたいっす」

「任せときな。この前よりは時間に余裕があるんだろ?」

「一カ月っす」

「なら、余裕だねえ。代金は?」

「預かってるっす」


 正確には移動があるので三週間程度か。それでも十分に時間はある。今回は作製に専念できるので気楽だった。リリエラはフォルトから預かった金貨を取り出してコルチナへ見せる。すると納得をしてうなずいていた。


「なら、さっそく始めるかい?」

「ちょっと待っててほしいっす。ルリ様!」


 手筈てはず通りに話が終わったので、ルリシオンを作業場の中へ呼んだ。


「商談は成立したようねえ」

「おや、魔族かい? 珍しいね。リリエラちゃんの知り合いかい?」

「そうっす。ルリシオン様っす」

「ルリシオン様?」

「詳しい話は面倒だわあ。ガルドの客人と思ってればいいわよお」

「リリエラちゃん。本当かい?」

「本当っす。今回も泊まらせてもらってるっす」

「そうかい。まったく、あの王様ときたら」

「あはっ! それより、ガルドの手紙を渡すわねえ」

「あいよ。どれどれ?」


 ドワーフ王ガルドは全てのドワーフに慕われていると言ってもいい。前王から王位を譲られるまでは、一般の鍛冶職人であり酒職人でもあった。世界樹に存在する遺跡を改修した功績で王位を譲られたのだ。

 ドワーフの王位は世襲ではない。どれだけの功績を残したかで決まるのだ。そのため、国民との距離は近すぎるほど近い。この集落に居る者たちは、最低でも家族ぐるみの付き合いだ。


「私の優先権?」

「そうよお。今後、私たちの依頼は最優先でやってもらうわあ」

「別にいいわよ。そんなに仕事が多いわけじゃないしねえ」

「後はフォルトとの商談次第になるわあ」

「そうかい。仕事をくれるならもうかるねえ」

「じゃあ、リリエラの事は任せたわあ」

「ルリ様はどこかに行くっすか?」

「集落の散策でもしてるわあ。魔力探知の範囲だけどねえ」

「分かったっす」


 ルリシオンの場合はシルビアとドボと違い、常に近くへ居なくてもいい。リリエラへ近づく怪しい者を探知するぐらいはできるのだ。さすがに集落全体をカバーしきれないが、工房の周囲へ出るくらいは平気である。


「過保護よねえ。まあ、まだ弱いから仕方がないけどお」


 ドワーフの集落で、それもガルド王が居る集落だ。リリエラを害する者など居ないに等しい。ハッキリ言って何の価値もない人間の女性だ。

 元王女と言っても、この集落まで知り合いが来ているわけでもない。それに死んだ事になっているので、ただの一般人として認識されるだろう。それをフォルトは大事に扱っている。集落までの道中なら分かるが、集落の中では無意味だ。


「さてとお。どこへ行こうかしらねえ」


 ルリシオンはあてもなくブラブラと歩いている。ドワーフの集落は工房が多くあるので、料理で使えそうな調理道具を作っている工房の前では立ち止まった。その工房では売り物を店頭へ出しておらず、立ち入ると注意されるので遠くからながめている。すると、後ろから近づく者を感知した。


「誰かしらあ?」


 ルリシオンが振り向くと、そこには上半身が人間で下半身が馬の姿をした男女が立ち止まった。ケンタウロスと呼ばれる人馬族だ。

 この種族はフェリアスの東にある平原で狩猟をなりわいとする種族だ。特に興味はなかったが、フェリアスから脱退したと聞いていた。しかし、脱退と言っても敵対しているわけではない。普通に仕入れか行商をやりに来たのだろう。


「おまえは魔族か?」

「人馬族ねえ。見て分からないかしらあ?」

「あ、ああ、すまない。立派な角だから、そう思っただけだ」

「そう? それで、何か用でもあるのかしらあ?」

「ああ。まずは自己紹介を……」

「聞かれた事にだけ答えればいいのよお。死にたくはないでしょお?」


 人馬族は魔族の戦車チャリオット部隊へ所属していた者が多く、フェリアスをまとめる種族の中では友好的だった。それでも今は距離を取る必要がある。二人の名前などに興味はないルリシオンは、目を細めて男女を威圧する。


「ねえ。警戒してると思うわ」

「そうか。まずは、後ろからいきなり声をかけた事をわびよう」

「へぇ。礼儀は知っているようねえ」

「とりあえずでいい。話だけでもさせてくれ」

「どうしようかしらねえ。なら、三歩ほど離れなさあい」

「分かった」


 ガルド王の御膝元で戦闘になる事はないだろうが、魔族と知って声をかけてきた事が気になった。しかし、ルリシオンの名前を知らず〈爆炎の薔薇姫〉とも分かっていないようだ。ならばと思い、いつでも殺せる距離を保ちつつ話を聞くのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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