第326話 姉妹のサプライズ1
「マリ、ルリ。よく来たな」
ドワーフの集落へ到着したマリアンデールとルリシオンとシェラの魔族組。それとリリエラはドワーフ王ガルドの屋敷へ訪れていた。放浪癖のある王だが、今回は居たようだ。
「居てくれてよかったわ」
「ガハハハッ! つい先日、帰ってきたところだ」
ガルドの屋敷に謁見の間など無駄な部屋はない。あまり王としての自覚がない人物なので、要人との会談も全て応接室でおこなっている。
その代わり、最近になって広い宴会場が完成した。ガルド王の作った武具や装飾品が拝め、最大級のもてなしを受けられるらしい。
「一カ月ほどだけど、泊めてくれるかしら?」
「好きなだけ泊まっていけ。それよりも、そちらの魔族は初だな」
「お初にお目にかかります。シェラです」
「ほう。あの男の女か?」
「は、はい。以後、よろしくお願いいたします」
「ガハハハッ! 堅苦しいのは抜きにせい」
「分かりましたわ」
形式ばった事が嫌いなガルドは、各種族の
「夕食は宴会場を使うぞ」
「いいけど、そんなに食べないわよ?」
「ガハハハッ! ワシが飲みたいだけじゃわい! 付き合え」
「いいわよお。シェラとリリエラも、それでいいかしらあ?」
「はい」
「ま、任せるっす!」
新しく作られた宴会場を自慢したいのだろう。表情や態度を見るとよく分かる。腹芸をやらず、細かい事を気にしないところがガルドらしい。
「嬢ちゃんも久しぶりだな。今回もコルチナか?」
「はいっす! セレス様と私の服を作るっす」
「あの男はスース―とする服が好きなようじゃのう」
「まったくっす。勘弁してほしいっす」
「売れると思うか?」
「分からないっす。マスターの趣味は特殊っす」
「うーむ」
服が売れるようなら、放浪しながら商売をする気だったのだろう。最近も討伐隊の出発が近かったので、獣人族の集落へ武具の納品に行ったようだ。王自らが行くとは相変わらずであった。
「それよりも、一カ月とは長いな。何かをやるのか?」
「なにもやらないわよ。森へ帰っても暇だしね」
「なんだ。あの男は居ないのか?」
「フォルトね。ローゼンクロイツ家の当主よ。名前ぐらい覚えなさい」
「そうだったな。フォルト、フォルト、フォルト、覚えたぞ」
「今はターラ王国へスタンピードの対処へ向かってるわ」
「なに? スタンピードじゃと!」
「詳しい話は聞いてないわあ。でも、起きたのは確かよお」
「そうか。情報は入っていなかったが、ターラ王国か」
ルリシオンの言葉でガルドは何かを考え込んだ。ドワーフの王として他国であってもスタンピードは見逃せないのだろう。拡大すればフェリアスとて危険に
「何か懸念でもありますか?」
「いや。武具が売れるかと思っただけじゃ」
「え?」
「魔物の討伐は、すぐに武具が痛むからのう。売りつければ
「シェラ。ガルドに期待しちゃ駄目よ」
「は、はぁ……」
「こうしてはおれんな」
ガルドはソファーから立ち上がった。その行動に嫌な予感が走ったマリアンデールとルリシオンも同じく立ち上がる。
「ちょっと! 帝国へ売り込みに行く気じゃないでしょうね?」
「そのつもりだぞ。何か問題でもあるのか?」
「ないけどお。ガルドが行くのかって事よお」
「ガハハハッ! 行きたいが、おまえたちを置いて行かんわい!」
「ならいいわよ」
「でも、絶対に行くつもりだったでしょお?」
「そ、そんな事はないぞ」
「
「ガハハハッ! だが、指示だけはさせてくれ」
「いいわよお。じゃあ、待ってるわねえ」
姉妹の言葉は王へ向けるものではないが、やはり気にしていないガルドは足早に応接室から出ていった。それを確認した姉妹はソファーへ座り直す。
「あいつはうまくやってるかしら?」
「帝都へ到着した頃よねえ」
「そうですわね。ダークエルフの案内人と会っているのではないかと」
「
「え? アーシャ様のデザインがないっすよ」
マリアンデールは突然何を言っているのだろう。そんな表情がありありと
「あはっ! フォルトの好きそうな服なんて分かるわあ」
「ルリちゃんの言う通りね。もちろん、
「わ、分かんないっすよ!」
「作るだけ作っておけばいいのよお」
「そうよ。要らなきゃ捨てればいいわ」
「そ、そうっすか? でも、どんな服を……」
「あはっ! それはリリエラが考えなさあい」
「ええっ!」
意地悪だ。しかし、これはいつもの事だった。フォルトの身内になった事が許せないという話ではない。アーシャから聞いた話によれば、これは愛情表現の裏返しらしい。彼女も同じような事をさせられたと言っていた。
「分かったっす! 頑張ってみるっす!」
「それでいいのよお。手伝いが必要なら言ってねえ」
「ふふ。あいつを驚かせてやるのよ。楽しみだわ」
「ま、魔人様の驚いた顔ですか? いいですわね」
アーシャの言っていた通りだ。服を作らされる事に変わりはないが、ルリシオンは手伝うと言っている。その表情に
「あっ! そうだわ」
「お姉ちゃん、どうしたの?」
「シェラもレベルをあげないと駄目だと思ってね」
「そうねえ。レイナスちゃんたちだけが上がると」
「たしかに遅れてしまいますわ」
「………………」
フォルトはおっさん親衛隊のレベルを底上げして、一気にレベル四十にするつもりだと思われる。そうなると、またシェラだけが離される事になるのだ。
魔人のシモベになった姉妹には、彼の考えている事がなんとなく分かる。基本的に
「ゆっくりするつもりが、ちょっと忙しくなりそうね」
「でも、リリエラはどうするのお?」
「守ってあげる約束だけど」
「待たせたな」
姉妹が考え込んだところで、ガルドが戻ってきてソファーへ座る。部下へ指示を出すだけだったので早く済んだようだ。
「どうした。考え事か?」
「ガルド。討伐隊が魔物の間引きをやってるのよね?」
「急にどうした?」
「いいから答えなさい」
「やっておるな。今はたしか、南東にある魔物の領域へ行っているはずだ」
「ふふ。間引きの最中って事ね?」
「そうだな」
「報酬はもらうわよお」
「それはどういう事だ?」
「私たちが手伝ってあげるのよ? 当然でしょ」
「頼んでおらぬが」
今回の討伐隊の任務は、ブロキュスの迷宮のように難しくはない。討伐隊だけで十分なので、姉妹の手を借りるつもりはなかったようだ。それを頼まれてもいないのに、報酬から口に出すところがチャッカリしていた。
「ふふ。居たら居たで被害が減るでしょ」
「それはそうじゃがな」
「それで、何をくれるのかしらあ?」
「報酬をやるとも言っておらん!」
「細かい事を気にするのねえ。ガルドらしくないわよお」
「ガハハハッ! そうだな。だが、マリとルリのほしいものって何だ?」
「そうねえ」
「武器はいい
ガルドはマリアンデールとルリシオンの武器を見た。バグバットから贈られたミスリルの拳とフレイムスタッフである。これほどの武器を持っていれば、新しくほしいとは言わないだろう。
「コルチナってドワーフがほしいわあ」
「コルチナだと?」
「そうよお。ほしいと言っても、言葉通りの意味じゃないわよお」
「ふむ。優先的に貸し出せという事か」
「そういう事よお。フォルトが何か考えてそうだからねえ」
「仕事を優先しろと言う事は可能だがな」
「それでいいわあ。後は本人と話すからねえ」
「そんな事で討伐隊へ参加してくれるなら安いもんだな」
「参加はしないわよお。でも……」
姉妹は討伐隊の命令を聞く気はないが、報酬をもらうという事で邪魔をしないつもりだ。後は討伐隊で倒せない魔物なら退治するぐらいは構わない。
「譲歩はここまでよお」
「譲歩って……。まあいい。討伐隊への手紙を書こう」
「駐屯地だけは使わせてもらうわねえ」
「うむ。今回の総司令官は獣人族のヴァルターだ」
「あの熊男ねえ」
「知ってるなら話は早いな。では、手紙を書いてこよう」
「コルチナの分もねえ」
「うむ」
思い立ったら吉日ではないが、またもやガルドはソファーから立ち上がって応接室から出ていった。放浪癖があるだけに行動が早い。
他国の王様なら無理な相談だ。姉妹がガルドと付き合っているのは、こういうところが気に入っているからである。
「ルリちゃん。リリエラは連れていけないわよ?」
「お姉ちゃんがシェラと行ってくれるかしらあ」
「火はシェラの魔法で消せるけど?」
「シェラが使う精霊魔法は、魔物を倒す事に使いなさあい」
「はい!」
「目的はレベルを上げる事だったわね。なら、仕方がないわ」
「そういう事ねえ」
「ルリちゃんと離れるのは嫌だけどね!」
「御主人様のためってやつよお」
「ふふ。カーミラみたいだわ」
マリアンデールとルリシオンは、遠くへ伸びた見えない魔力の糸を意識する。これがシモベの絆だ。これがある限り、姉妹はフォルトを身近に感じられる。ガルドとの取引も、主人が望んでいると感じたからだ。
「マリ様、ルリ様。私はどうしたらいいっすか?」
「
「私がリリエラを守ってあげるわあ。だから、安心して作りなさいねえ」
「分かったっす!」
「では、マリ様。よろしくお願いします」
「この事はフォルトが望んでいるだけよお」
「ふふ。きっと驚くわね」
シェラの件はフォルトから頼まれたわけではない。姉妹が思いついて勝手にやる事だ。これはいいサプライズになるだろう。彼らが幽鬼の森へ戻る一カ月後には姉妹たちも戻る。その時に驚かせてやるのだ。その時の光景が思い浮かぶだけに楽しみで仕方がない。
その後はガルドから手紙を受け取り、与えられた部屋へ全員で移動する。それから時間がくるまで今後の話を詰めて、宴会場へ向かうのだった。
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Copyright(C)2021-特攻君
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