第325話 帝国軍師の思惑3

「フォルト・ローゼンクロイツ」


 帝国軍師テンガイは、自分の執務室で報告書を読みながらつぶやいた。その表情は険しく、何枚もの書類を繰り返し読み返している。



 1.周りは女性ばかりだが、誰でもいいわけではない。



「ありきたりですが、メイドを使った情報収集はできず」


(メイドに体を使わせたが乗ってこないようだ。周りに女性が多い事から興味はあるだろう。ならば、趣味が特殊? もしくは……)


 四日目以降、フォルトの周りではメイドたちがスキンシップを兼ねたラッキースケベを連発していた。しかし、どのメイドにも興味を示していない。部屋へ誘った者も居たが無視されていた。


「周りの女性への思い入れが強い。では、誰に対してか?」


 テンガイは一緒に居る時間が長い順に書類を並べ、それを興味深く見ている。それから天井を見上げて考え込んだ。


「元聖女ソフィアは分かる。だが、赤髪の女か」


 一番長く一緒にいるのがカーミラと呼ばれる女性だ。次にソフィアで、後は似たような時間だった。見ていない時間もあるので完璧ではないが、それでもダントツに多いようだった。


(趣味としては、この小娘を起点として……。後は異世界人特有のものか? そうなると情報がないな。諜報員をエウィ王国へ……)


 テンガイはフォルト・ローゼンクロイツという人物の分析に入っている。さまざまな角度から分析をして、帝国へ引き入れたいという思惑があった。



 2.料理、食器、風呂、寝室に興味を持つ。調度品や絵画は興味なし。



 執事を使った情報収集だ。これも遠まわしに調べた結果である。フォルトの興味があるものを提示できれば、交渉事は有利に運べるのだ。

 これは見聞きしたもの全てを上げさせている。くだらない事ばかりだが、それを全て精査した上で結論を出す事が寛容だ。


(あの屋敷を渡して帝国へ住みつけば万々歳なのだが、そんな単純な者ではない。何をほっしているかだが)


 金、女、名誉。このあたりは定番だが、どれも効果が薄そうだ。そこで、書類を並べ直し逆転の発想をしてみる。


「くだらない物にしか興味がないと考えると」


(興味を示したものは、全てエウィ王国より進んでいる。と、なると……。技術? あの者は異世界人だから、それを加味するとどうなる?)


 テンガイは白紙の用紙に文字を書き出す。しかし、これで結論を出すわけではない。あくまでも考えついた事の整理だ。


「この線で当たってみるとしよう。もしうまくいけば……」


 理想としてはフォルトをソル帝国へ住まわせて、その力を帝国のために使わせる事だ。バグバットが後見人であるため仕官は無理だが、建前はなんとでもなる。


「最終的には元聖女ソフィアが絡むが、あれの結果次第か」


(クソ爺の孫娘。双竜山から攻め込むとグリム領が最初にある。普通に戦争を起こすと、あの者も敵に回ると考えていい)


 これが一番の悩みどころだった。グリムは百年以上もの間、王家に仕えている人物だ。これを調略するのは難しい。その孫娘のソフィアがフォルトの女だ。今のままでは敵になる。しかし、この件に関してはある策謀が動いていた。


(あの作戦がうまくいけば問題はないが、それから考えても遅い。今のうちに引き込む算段はつけておくべきだ)


「まあ、次だ」



 3.屋敷から出たのは一度。それ以外は屋敷から出ず、常に女性と一緒。



「周りの女どもと遊んでいるだけのようだな」


 こちらもメイドを使い観察させていた。屋敷から外へ出た時は諜報員を使い監視させている。報告書は日に二度届けさせているが、内容に変わり映えはない。


(誰と連絡を取っているわけではないか。ダークエルフとは会えたようだが、それ以降の来客はない。召喚で何かを使役していたわけでもないか)


「周りの女性たちも屋敷から出ずと。本当にスタンピードのためだけか?」


 アルバハードやエウィ王国と連絡を取っている様子はない。何かを言い含められていると思っていたが、今のところ何の兆候もない。ターラ王国へ入ってしまえば、ソル帝国で情報収集はやれなくなるにもかかわらずだ。


「屋敷内では怠惰たいだに過ごしている。あの貴族の情報と合致はするが」


 フォルトが怠け者との情報は入っている。森へ引きこもって誰とも会わず過ごしているだけだ。情報を小出しにされているので、今はこの程度の情報しかない。


「もしかして、エウィ王国は御しきれていない?」


(勇者召喚で現れた異世界人。これはエウィ王国の切り札だ。その割に使いこなしていない。高位の魔法使いなら、使い道はいかようにもあるが……)


「人間が嫌いと言っていたが、それだけではないか」


 フォルトは必要があれば話す事はできている。しかし、エウィ王国からの命令を受けた事はなさそうだ。大きな仕事をやったという形跡がない。国が彼を御しているならば、森へ引きこもって悠々としているわけがない。


「ならば、取り込める余地はあるという事」


(やはり続行だな。元勇者チームのシルキーのように、帝国内へ住みついてくれれば話は簡単だ。仕官させずとも十分に仕事をさせられるさ)


 元勇者チームのシルキーは、エウィ王国との国境近くにある村に住みついていた。社会に適合しない人間を排除して閉じ込めてある村だ。彼女は彼らを助けたいという一心で村へ住みついた。改善をする約束のもと、さまざまな依頼を受けさせている。

 ソル帝国に存在する魔物の討伐など彼女なら簡単にやれる。そのおかげで兵士を使わずに済んでいた。その村も王国が帝国へ攻め込むと戦禍に巻き込まれる位置にあり簡易的な防波堤になっていた。当然、村人が逃げ出さないように警備は厳重である。


――――コン、コン


 そこまで考えた時に部屋の扉がノックされる。許可を出すと配下の一人が入ってきて、用件をテンガイへ伝えた。


「テンガイ様。皇帝陛下が、お呼びでございます」

「分かった。すぐに向かう」


 テンガイは今まで見ていた報告書を手に取り、配下とともに部屋を出る。それから足早に皇帝ソルの執務室へ向かうのだった。



◇◇◇◇◇



「中はどうだ?」


 元勇者チームの三人はターラ王国の兵士や冒険者とともに、首都から一番近い町を奪還にきていた。今は町の外を掃除して、門から中へ入ったところだ。

 町の外での戦いは、そこまで苦労をしていない。戦闘経験の薄い兵士を支援に回して、経験が豊富な冒険者を前面に出したのだ。襲ってくる大蜘蛛の数は百に満たず、倒せずに抑えている大蜘蛛をプロシネンたちが倒すだけでよかった。


「アイヤー! 大蜘蛛の糸だらけだぜ」

「さすがに多すぎるわね」

「ちっ。燃やすわけにはいかんか」

「町が燃えちゃうわ。消火活動なんてやってる暇もなさそうよ」

「そうだぜ。町の中が本命だ」


 町の中には蜘蛛の糸が大量に張られており、家が隠れるぐらいだ。それに白い繭のようなものがあった。その光景を見ていると遠くから呼ばれた。


「来てくれ!」

「うん? あいつはたしか……。「聖獣の翼」の」

「そんな事を言ってないで、来てくれって言ってるでしょ?」

「プロシネンはそういうところがあるよな」


 呼ばれても動かないのはプロシネンのくせのようだ。声の大きさから急用だと思われるが、彼はゆっくりと歩いていた。


「なんだ?」

「この繭を見てくれ」

「うん?」

「中身は何だと思う?」

「ふん!」


 プロシネンは答えを言わずに、持っている剣で繭を縦に斬った。この剣は聖剣であり切れ味が鋭い。簡単に切れ目が作られ、繭を開く事ができるようになった。

 それから呼んだ男性へ向かって顎をしゃくる。まるで「おまえが開け」と言わんばかりだ。その相手の男性は文句も言わずに繭を開くのだった。


「人間が入っているな」

「アイヤー。大蜘蛛の餌だぜ」

「ギル。人間の尊厳を踏みにじっては駄目よ」

「すまねえな。だが、そういう事だろ?」

「そうね」

「こ、これは、死んでいるのか?」

「死んでるな。毒を注入されているようだぜ」

「おい! おまえらも来てくれ!」


 プロシネンたちを呼んだ男性が自分の仲間を呼び寄せた。寄ってきたのは男性が三人と女性が一人である。そのうちの一人は少年のようだ。


「毒の種類はなんだ?」

「神経毒だぜ。死因は呼吸が困難になった事による酸素欠乏症だな」

「さ、さん? よく知ってますね」


 ギルの分析に対して、少年が真面目な顔で聞いてくる。


「坊主。興味があるのか?」

「ええ。僕もレンジャー志望ですし」

「アイヤー。君ならレンジャーじゃなくて」

「はい?」

「いや、なんでもねえ。それよりプロシネン」


 ギルは鋭い目を少年へ向けたが、すぐに立ち上がってプロシネンを見る。それから辺りを見回した。


「なんだ?」

「とりあえず、繭は無視した方がいいだろうぜ」

「そうか。望みはないようだな」

「時間的に町の住人は助からねえよ」

「だろうな。えっと……。もう何日も経過しているのだろ?」


 プロシネンは自分たちを呼び寄せた男性に向かって問いかける。すると、その男性は頭をきながら答えた。


「ボイルだ。名前ぐらい覚えとけ」

「どうでもいい。答えろ」

「ギルさんの言う通りだ。時間的に餓死してるだろう」

「ふん。ならば、繭は無視だ」

「だが、首都での戦いで連れ去られたやつらなら」

「見分けがつかん。諦めろ」

「諦められるか! オメエ、仮にも勇者の仲間だったんだろうが!」

「ちっ。ギル、生きてる可能性は?」

「ねえな。クロドクシボグモと同じ毒だ」

「ク、クロ? なんだそりゃ」

「この程度の大きさの蜘蛛で人間を殺すぜ」


 ギルは親指を人差し指を目一杯空けてボイルへ突き出す。クロドクシボグモは別名をバナナスパイダーという。ブラジルやアルゼンチンなど中南米に生息する世界一の毒蜘蛛だ。毒は非常に強い神経毒で、何の処置もしないと人間の場合は三十分以内に死に至ってしまう。


「その大きさでか」

「処置は三十分以内だぜ」

「そ、そうか。だが、注入される前なら」

「アイヤー! 蜘蛛は糸で繭を作る前に毒を注入するぜ」

「じゃあ、死んでから巻いてるって事か」

「分かったら無視しろ!」


 ギルとボイルの会話に苛立いらだったプロシネンが軽く怒鳴った。


「そ、そうしよう」

「それと、予定通りに町の端にいる大蜘蛛を倒せ」

「オメエらは?」

「俺たちは町の中心地へ向かう」

「中心地だあ?」

ほとんどの大蜘蛛が集まっている。だから、俺たちが倒しておく」

「できんのかよ?」

「ふん。誰にものを言っている? 行くぞ!」


 プロシネンはそれだけ言うと、シルキーとギルをともなって歩き出した。後の事はボイルへ任せておけば平気だろう。


「プロシネンは相変わらずねえ」

「甘い見立てで死にたくはないだろう?」

「アイヤー。口の利き方の事を言ってんだぜ」

「ふん。生まれつきだ」

「まったく。それだからアルフレッドとも喧嘩けんかになったのよ?」

「その通りだぜ。いつもソフィアちゃんが間に入ってな」

「知るか!」


 強い口調であるが、プロシネンの頬が赤くなった。照れ隠しなのだが、彼の見た目と口調で怒ってるように見えてしまう。しかし、それが分かっているシルキーとギルは笑っていた。


「プロシネンはどこかに定住しないの?」

「この聖剣を託せる人物。それを探さねばならないのだ」

「無視するわけには?」

「ジュノバを足止めした時の約束だからな」


 勇者アルフレッドと従者ソフィアが魔王スカーレットと対峙たいじするために、プロシネンは六魔将筆頭のジュノバを足止めした。普通に戦えば負けが見えていたが、聖剣が力を振るう事により撃退したのだ。

 その時の約束が、聖剣を使える人物へ引き渡す事だった。プロシネンは人間であるため定命の者だ。聖剣が振るえなくなる前に後継者へ譲渡する事を頼まれていた。


「律義ねえ」

「あいつらはどうなんだ?」

「シュンとギッシュの事か? 候補ではあるな」

「聖剣の御墨付きか」

「今は駄目だと言っていた。それに成長を待ってられん」

「だから探してるって事ね」

「他に渡せるやつが居れば、そいつに渡す」

「っと、話は終わりのようだぜ」

「よし! では、手筈てはず通りにな。行くぞ!」


 三人が町の中心地へ近づくにつれて、大量の大蜘蛛が確認できた。こちらに気づいて威嚇をする大蜘蛛も居る。

 プロシネンはシルキーとギルへ指示を飛ばして聖剣を構える。それを合図として、大蜘蛛が密集している場所へシルキーの上級魔法が轟音ごうおんとともに炸裂さくれつした。その後、〈蒼獅子〉と呼ばれる戦士は勇ましく走り出したのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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