第323話 帝国軍師の思惑1

 ターラ王国首都ベイノックでは、人間という餌を求めた魔物の襲撃により、連日連夜の戦いを強いられていた。防衛にあたっている兵士や冒険者たちは、その戦いで少しずつ人数を減らしている。

 それも首都からフレネードの洞窟へ至るまでの間にある町や村を、魔物が占拠してしまった事が原因の一つであった。そこへ巣を作られてしまい、首都近郊が魔物の餌場になってしまっている。しかも巣で新たな魔物が誕生してしまい、フレネードの洞窟から湧き出る魔物と合わせて、その数を増やしていた。


「まあ、魔物同士が食い合っているのは助かっているがな」


 魔物が連携をしていれば、ターラ王国には人間など存在しない地に変わっていただろう。しかしながら、同種の存在すら襲う魔物も居るぐらいだ。人間だけを襲う魔物は稀有けうなため、なんとか生存ができていた。


「それでよお、オダル。本当にやるのかよ?」

「現状を打破するにはな。それぐらい、ボイルにも分かっているだろ」


 首都にある冒険者ギルドでは、国から依頼された仕事についての議論が交わされている。Aランク冒険者チーム「聖獣の翼」のボイルも、当然のように会議へ参加していた。現在はギルドマスターのオダルの議題が進められている。


「巣を壊滅させて町を奪還するのは分かるぜ。でもなあ」

「首都には帝国軍が戻ってきている。やるなら今しかないだろう」


 ターラ王国からの依頼は、首都から一番近い町に巣を作っている魔物を駆除して奪還する事だ。その町まで前線を押し上げれば、首都は今よりも安全になる。帝国軍が首都を防衛する間に、ターラ王国の兵士や冒険者がやる仕事であった。


「帝国軍にやってもらおうぜ」

「はははっ! そりゃいいな。ボイルが依頼してきてくれ」

「うっせ! 冗談だよ」

「分かってんよ。だが、まったく手は借りられないのか?」

「ターラ王国が魔物に蹂躙じゅうりんされたら、次は帝国だしな」

「あのランス皇子が聞くか? 俺は無理な方に賭けるぜ」

「賭けにならねえよ。まったく、人類の脅威だってのにな」


 この会議には各冒険者チームのリーダーが集まっている。議論を重ねつつ冗談も飛び交っているが、おおむね依頼を受ける方向だ。

 しかし、ただ受けるのも面白くない。ソル帝国はターラ王国を属国とした国だ。甘い汁だけ吸わせるのも胸糞むなくそが悪い。帝国軍の一部でも参加してもらい、同じ苦労を分け与えてやるべきだった。


「それなんだがな。一応、援軍は出すという話だ」

「珍しいな。数は?」


 ボイルはオダルの言葉に興味が出た。援軍と言ってもすずめの涙だろうが、どの程度を出すかにより被害が減らせる。自分たちの命が懸っているのだ。気にならない方がおかしいだろう。


「三人だ」

「は? オダル。もう一回、言ってくれ」

「三人だ」

「はあ? 帝国軍が出す援軍が三人だと? なめてんのか」

「いや。なめてはいないだろう。なんせ、元勇者チームの三人だ」

「魔王を倒したやつらか?」

「そうだ。到着して城内に居るらしい」

「それってよ。帝国の援軍じゃねえだろ」

「まったくだ。エウィ王国の援軍じゃねえか!」

「いや。やつらはどの国にも所属していない」


 元勇者チームの三人は、魔王を討伐した功績により自由を許された。後見人が吸血鬼の真祖バグバットが引き受けた事で、どの国にも所属させてはならない存在であった。その三人がスタンピードを対処するため、ターラ王国へ来ている。


「ああ、そうだったな。んじゃ、個人的にか?」

「アルバハードだな。帝国が依頼して受けたそうだ」

「なるほどな」

「だから、帝国の客人だ。それを体よく帝国の援軍と言っているのさ」

「調子のいい事だねえ。だが、いくら強くても三人で平気なのか?」

「魔法使いのシルキーは上級魔法を使えるぜ」

「聞いた事があるな。たしか〈聖魔の使い〉だったか?」

「そうだ。攻撃魔法に加えて信仰系魔法も使えるって話だぜ」

「それで聖魔ねえ。要は賢者って事か」

「詳しい事は分からん。だが、援軍としては心強いだろ?」

「まあな。レベル五十以上の化け物が、魔物を退治してくれるって事だ」

「違えねえ」

「「はははっ!」」


 元勇者チームの援軍は、冒険者たちに安堵あんど感を与えた。一騎当千の存在であり、魔王を倒した英雄として吟遊詩人も歌っている。勇魔戦争を知っている者からすれば、生きる伝説と言っても過言ではない。


「んじゃ、今日は解散だ。次は英雄殿を交えて作戦会議だな」


 今後は、その英雄たちとくつわを並べて戦う事になるようだ。胸がおどる展開だが、英雄と言っても所詮しょせんは人間である。どう彼らを援護しつつ実力を発揮してもらうか。そんな事を考えだしたボイルは、仲間の待つ壁の外へ向かうのだった。



◇◇◇◇◇



「と、言う事らしいでーす!」


 フォルトたちは喫茶店でレティシアから聞いた事をまとめながら、屋敷にある食堂で打ち合わせを開始した。

 瓢箪ひょうたんの森はターラ王国の首都ベイノックを通過して西へ向かった場所だ。彼女は帝都へ来る途中で見聞きした事を話してくれたのだった。


「ほう。プロシネンが居るのか。戦ってみたかったところだ」

「いや、ティオ。敵は魔物だぞ?」

「一緒に倒せばいいだろう?」

「どこの戦闘狂だ! 勘弁してくれ」


 元勇者チームの面々と敵対する気は、これっぽっちもない。ヒスミールと同様に会いたいとも思わない。しかし、身内の中で一人だけ会いたいと言う者が居た。


「懐かしいですね。久々に御会いしたいのですが?」

「あ、ああ。ソフィアなら、そう言うだろうな」

「駄目ですか?」

「タイミングが合えばな」

「ふふ。ありがとうございます」

「だが、まずは森へ行く事が最優先だ」

「分かっています」


 ソフィアの友人が居ても町へ入る気はない。さっさと心が休まる森の中へ行きたいのだ。森の生物と化している感が否めないが、できれば大勢の人間が居る場所は避けたい。引き籠り体質が改善していても、避けられるなら避けたいのだ。避けられない場合は致し方ない。


(話によると、首都ベイノックから北へ向かって駆除を開始してるらしいしな。俺たちは南からターラ王国へ入って北西へ直進すればいいだろう)


「ターラ王国の国境からは、面倒だから魔物の領域を通る」

「サタンですか?」

「そうだ。魔物を寄せつけず、一気に森へ向かう」

「それではソフィアさんが可哀想かわいそうでは?」

「うっ! ま、まずは拠点の確保だ。それから考える」

「ふふ。旦那様は御優しいですからね」

「目的を間違えるな。おっさん親衛隊のレベル上げだぞ」


 そう言ってみたものの、こんな照れ隠しなどバレている。ソフィアとセレスは笑顔でフォルトを見ていた。しかし、レベル上げが目的なのも事実。一カ月は滞在する予定なので、その間に出会ったのならそれでいい。


「フォルトさんは戦わないのよね?」

「後ろで見ているから、危なくなったら助ける予定だ」

「へへ。なら、安心だね!」


 アーシャは陽気に答えている。フォルトが後ろで見ている事への安心感が、そうさせているのだろう。これなら魔物の大軍でも気後れしないと思われる。


「今回はサタンもルシフェルも使わん」

「なんで?」

「レベル上げとともに、連携を高めてほしいからな」

「へえ。連携ねえ」

「チーム力の強化だな。レイド戦でも」

「レイド?」

「んんっ! ゲーム用語だ。まあ、役割分担をキッチリとだな」

「頑張ってみるね!」


 今回はスタンピードの対応だが、いずれ強敵にチームで当たる事も考えていた。元勇者チームはビッグホーンを倒した事もある。

 元勇者チームにできる事は、おっさん親衛隊でもやれるようにしたいのだ。そうすれば、肉の確保を彼女たちに任せる事も可能である。大型の魔物は、ゲームで言うところの「やり込み」と考えている。そこまで昇華できれば万々歳だ。


「なんか……。燃えてきたな」

「ふふ。フォルト様の期待には応えますわ」

「今回の件で、レイナスが悪魔になれるだろう。楽しみだな」

「悪魔って何?」

「あ……」


 食堂にはレティシアとキャロルも居る。食事に夢中で話を聞いていなかったが、悪魔という言葉に反応してしまった。まだ本当のフォルトたちの姿は話していない。いくらレティシアを気に入っても、伝えるには早すぎる。


「ふははははっ! わがシモベになると言う事だ!」

「フォ、フォルト様?」

「うふふふふ。それは楽しみね。魔界は貴女あなたを歓迎するわ」

「え?」

「ふははははっ!」

「うふふふふ」


(レティシアが厨二病でよかった。話題を反らすのが簡単でいいな。ああ、そうだった。大婆の試練があるんだっけな)


 レティシアを手に入れるには大婆の試練がある。バグバットからも、無理やり手に入れる事は駄目だとくぎを刺されていた。実際は婿むこのフリなので彼女をその気にさせる必要もあるが、どちらにせよ避けられない試練だ。


「なあ、レティシア」

「なに?」

「大婆の試練は何をやるのだ?」

「知らなあい」

「知らないのか!」

「だって、参加した人が居ないんだもん」

「そうか」

「ドギツイのは確かよ。他の試練はドギツイし」

「それは何をやったのだ?」

「んとね。戦士隊の隊長になる試練で」

「ふむふむ」

「ターラ王国の西に、砂漠の国ハンバーってあるのね」

「うんうん」

「その砂漠へ放り出して、サンドウォームの素材を集めるとか」

「うぇ」


 フォルトは嫌そうな表情になり、右目のあたりがピクピクと動いた。ダークエルフは森の種族だ。それを砂漠へ放り出す大婆の気が知れない。このぶんだと、何を試練にされるか分かったものではない。

 しかし、ダークエルフはエルフと同様に是が非でもほしい。自分の怠惰たいだ強欲ごうよくが相談を始めているような顔つきだ。


「後は大陸の北にある断崖絶壁を」

「あ、ああ。もういい。言わなくても予想がついた」

「そう? あっ! キャロル、その果物を食べさせて!」

「はい、はい」


 レティシアは大婆の試練を忘れたように、口を大きく開けて果物が放り込まれるのを待っている。大婆はダークエルフとは思えないほどの体育会系だろう。きっと断崖絶壁でロッククライミングをさせてるに違いない。


「ヤバいな。腰が重くなってきた」

「ふむ。ならば、後で軽くさせてやろう」

「そうしてくれ。他に何かあるか?」


 ベルナティオの心遣いに感謝しつつ、次の話題へ移る。


「気になるところでは、テンガイ様の思惑ですね」

「そうだな。今までのやつらとは違う気がする」

「旦那様。内心では、他の方々と同じだと思いますよ」

「はぁ……。高位の魔法使いでも、囲い込みたくなるものかね?」

「上級魔法の使える人は限られていますから」


 エインリッヒ九世にしても、デルヴィ侯爵でもそうだろう。力のある強者を囲い込み手足として活用したい。グリムも最初はそうだったはずだ。ならば、テンガイも同様だと思われる。


「皇帝ソルも同じだろうな」


 ソル帝国は実力主義の国だ。人間の敵である魔族のヒスミールですら帝国軍第九軍の将軍へえている。フォルトを手に入れたら同様の事に活用したいと思われた。


(やっぱり力を持っていると、こうなるんだろうな。異世界物の小説でも同じだった。だからこそ隠したかったが、もう無理だしなあ)


 フォルトは自分の価値について考えた事もある。もちろん最初は考えた事もなかったが、今は考える必要があった。魔人という圧倒的な力を人間の思考の中で使えるという事実。人間を捨てて種族は魔人になったと理解していても、思考はフォルトという人間なのだ。だからこそ、永遠を楽しむために人間との共存を選んでいる。


(人間が俺を見る目はこっちかな?)


 それとは別に、高位の魔法使いであり魔族の強者であるマリアンデールとルリシオンが居る事。そして、人間の頂点というべきベルナティオを擁している。この事実が評価されてしまうのだ。


「まあいい。初心は変えん。もぐもぐもぐ」


 自分や身内に手を出したら殺す。自分の気に入っている者も同様だ。後は自堕落生活を続けながら、好きに生きると決めていた。それ以外は流れに身を任せ、メリットとデメリットを天秤てんびんにかければいい。そんな事を思いながら、食事を平らげていくのであった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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