第322話 ダークエルフの御嬢様4

「では、詳しく説明してもらおう」


 レティシアとキャロルが宿舎のベッドで寝ていた。しかも、フォルトたちが使う部屋を分かっていたかのようにだ。レティシアのせいで有耶無耶うやむやにしていたが、そろそろ説明を求める事にしたのだった。


「何を?」

「御嬢様。この部屋で寝ていた理由ですよ」

「うふふふふ。暗黒の王は細かい事を気にするのねえ」

「細かいというか、俺たちが来た事を知ってたのか?」

「よくぞ聞いてくれたわ! わたしの魔眼は未来を映し出すのよ!」


 フォルトの問いにわが意を得たりと、レティシアは椅子から立ち上がった。そして、左手で左目を隠し不敵な笑みを浮かべる。すると、頭に付けた角が落ちた。


「ああっ! キャロル、付けて!」

「駄嬢様! フォルト様に失礼ですよ!」

「駄嬢様じゃなあい! いいから早く!」

「分かりましたよ」


(話が進まん。厨二病を突っ込んでも進まず、普通に対応しようとしても進まない。面白いのだが、いつもこんな感じなのか?)


 キャロルが床へ落ちた角を拾ってレティシアの頭に付けた。それを見ているフォルトは真面目な顔をしている。しかし、内心では大爆笑をしたいところだ。


「で?」

「うふふふふ。一族の友から眷属が送られてきたのよ」

「友? 眷属? 未来を予知したのではないのか」

「あら。そんな事を言ったかしら?」

「………………」


 辻褄つじつまが合わない事も強引になかったことにする。やはり面白いが、それを表に出す事はしない。こちらもローゼンクロイツ家当主として演技中だ。


「フォルト様。バグバット様から大蝙蝠が到着したんです」

「なるほど。宿舎の場所を聞いていたという事か」

「はい。それと、宿代がなくなってきましたので」

「この屋敷へ忍び込んだと?」

「そうです。夜中に透明化の魔法と合わせて」


 何の事はない。バグバットは帝国内での行動予定を聞いており、二人に伝えただけであった。それについては当然だと思われる。

 建前として、エウィ王国から派遣されたフォルトは要人としての扱いなのだ。問題はレティシアとキャロルが先に忍び込んでいた事だった。


「分かった。だが、俺たちとは別の者だったらどうする気なのだ?」

「バグバット様から礼儀は不要と伝えられています」

「ははっ。バグバットもよく分かってる」


 フォルトは堅苦しいのは苦手だ。それをよく理解しているバグバットに感謝である。それとともに、ダークエルフ族との協力関係が強固だと感じさせた。

 強固でなければ鵜呑うのみにせず、礼儀正しく宿舎へ来たことだろう。レティシアに、それが可能かどうかは分からないが。


「と、言うわけよ!」

「うむ。全部、キャロルが話してくれたが」

「うふふふふ。キャロルは優秀なシモベなのよ!」

「いや。キャロルを褒めたわけじゃなくてな」

「みなまで言わずともいいわ。とにかく、そう言う事よ!」


 皮肉も通じない。さすがはレティシアだ。


「それより、服を着ないのか?」

「え? こ、これは魔界の服よ! そこの小悪魔もそうでしょ?」

「は?」


 レティシアは突然カーミラを指さす。体を覆うローブを脱いでいるので、いつもの露出がすごい服だ。しかし、小悪魔のリリスではなく人間の姿であった。


「えへへ。でも、レティシアのは下着だと思いまーす!」

「そ、そうとも言うわ。でも、面倒だからいいのよ!」

「一応、俺は男なんだが?」

「えっち」

「………………」


(なにその厨二病からの恥じらい少女! まさかダークエルフを拝めた日から、こんなえ要素まで見せられるとは……。グッド)


 フォルトはレティシアの恥じらった顔に胸をドキンとさせつつ、その内心が知られないように冷静さを装う。まだ身内ではないのだ。

 礼儀は不要と言っても、ローゼンクロイツ家の当主として相応ふさわしい演技の練習もやる必要があった。シモベのつながりで近くに感じるマリアンデールとルリシオンから嫌われないために。


「で、着ないのか?」

「キャロル、お茶のおかわり!」

「はぁ……。はい、はい」


 結局、服は着ないらしい。それはそれで目の保養になるので構わない。


「暗黒の王よ。出発はしないのかしら?」

「暗黒の王はやめろ。出発は一週間後だそうだ」

「ふーん。なら、お願いがあるんだけど?」

「お願い? 初対面の俺にか」

「うふふふふ。暗黒の王を止めてほしくば、言う事を聞くのよ!」


 片腕を伸ばし手のひらを見せポーズを決めているレティシア。その顔は邪悪っぽく見えそうな笑顔を浮かべている。何はともあれ瓢箪ひょうたんの森への案内人と合流したフォルトたちは、お願いの内容を聞くのだった。



◇◇◇◇◇



 レティシアのお願いとやらを聞いたフォルトは、帝都の市場へ来ていた。同行する者はレティシア本人とアーシャだ。キャロルは他の身内へ情報を話している。


「ニコニコ」


 お願いとは帝都を散策する事であった。もちろん渋りに渋りまくったが、聞いている途中で戻ったアーシャが乗り気になってしまった。もともとアウトドア派で、町で遊ぶのが好きだった彼女だ。森の中で満足していると装っていても、やはり帝都の散策という魅力には勝てなかったようである。


(まあ、これは俺が悪い。アーシャもそうだが、みんなも俺に合わせてくれている。それに報いるには、俺も合わせないと駄目だろうな)


「ここの紅茶はおいしいね!」

「あ、ああ。そうだな」


 フォルトはアーシャを見ながら茶を飲む。ここは市場にある喫茶店だ。天気もよくテラスへ座れたので、ゆっくりとしていたところだった。


「どうしたの? またエッチな考え事でもしてたんでしょ」

「ははっ。その通りと言いたいところだが、つけられてる」

「ふーん」


 魔力探知に高い魔力を持った者が引っかかっていた。数人が路地裏からフォルトたちをうかがっているようだ。


「テンガイの手の者だろうな」

「誰それ?」

「帝国軍師だな。そう言えば、レティシアは知らないか」

「知らないし興味ないわ。あっ! これも頼んでいい?」

「いいけど。金なんて持ってないぞ」

「え?」


 レティシアの目が潤んできた。このままでは無銭飲食だ。


「冗談だ。後でカーミラが持ってくる」

「な、なあんだ。じゃあ、安心ね!」


 表情のよく変わる娘である。金があると分かると満面の笑顔に変わっていた。それにしても、外へ出ると厨二病発言がない。


「「うふふふふ」はないのか?」

「人間どもに、上級悪魔が居るって知られるでしょ!」

「そうか? きっと平気だと思うが」

「そ、それに恥ずかしいの! 店員さん! これちょうだい!」


 どうやら演技だと自覚をしているようだ。微笑ましい限りだが、瓢箪ひょうたんの森では普段からやっているようである。

 ダークエルフの男性から、婿むこに立候補する事を敬遠される一因だ。フォルトとしては楽しいのだが、ダークエルフの風習に馴染なじんでいないらしい。


「帝都って広いね! 服もエウィ王国とは違うようだしぃ」

「そうか? 俺にはあまり変わらない気が」

「露出はないけどね。デザインとかはってるよ」

「さすがに見る目が違うな。それでもアーシャは目立つが」

「この服じゃねえ」


 アーシャはいつも通りヘソ出しミニスカルック。おなかの部分もそうだが、足を露出している女性は居ない。


「その服、いいわよね」

「レティシアは興味があるのか?」


 そして、レティシアの服はセレスが着ているような服だ。露出部分はアームウォーマーなどで隠しており、スカートは膝下まである。一般的なエルフの服だ。


「アーシャちゃんより、カーミラちゃんの方がいいけど!」

「見ようによっては、悪魔のように見えるか」

「そう、それよ! リリスに見えるわね。見た事はないけど」

「ギクゥ! え、えっと、リリスって?」

「サキュバスに並ぶ上級悪魔よ」

「へ、へえ。で、レティシアがサキュバスと」

「そうよ! わたしの豊満な体を見たでしょ!」

「ちょ、ちょっと!」


 レティシアの力の入った言葉が、周りの人間に聞こえたようだ。おっさんの姿をしているフォルトに対して、危ない人を見るような目で見ている。


「あぁ、ゴホン。リリスの方がいいんじゃないか?」

「デリカシーがないわね」

「ははっ。よく言われる」

「あたしがなんとかしてあげようか?」

「え?」


 マリアンデールのように襲いかかってはこないが、レティシアも気にしているようだ。彼女はジト目でフォルトを見ている。

 そこへアーシャが提案を持ちかけた。フォルトへ聞こえないように、彼女の耳元で何かをささやいている。それには、とても気になってしまう。


「ゴニョゴニョ。どう?」

「い、いいわね! やってみたいわ!」

「へへっ。じゃあ、後でね」

「アーシャ。何を……」

「内緒! でも、楽しみに待っててね」


 身内は隠し事をしないが、楽しませてくれるような隠し事はする。好奇心が刺激されるが、それは後の楽しみに取っておいた方がよさそうだ。

 そんな事を考えていると、レティシアが頼んだ物がテーブルへ並ぶ。それは、庶民が食べるようなパンだ。残念ながら、スイーツと呼ばれる物はない。


「日本の喫茶店とは、だいぶ違うな」

「そうね。お茶を飲んで休むだけね」

「御主人様! お待たせでーす!」


 アーシャと話しているとカーミラが現れる。到着して早々、フォルトへ金を渡し隣へ座ってくる。人目のある外なので、膝の上には座ってこなかった。


「ご苦労さん」

「えへへ。カーミラちゃんに、お任せです!」

「うふふふふ。悪魔王の従者たるリリスよ。よくぞ戻った!」


 レティシアは恥ずかしいと言っていたはずだが、カーミラを見たら抑えられなかったようだ。今はローブを着ているので、いつもの服は見えない。しかし、彼女の中では、露出した服を着たリリスとして決定しているようだった。


「あれれ。御主人様、バレちゃったんですかあ?」

「い、いや」

「バレちゃったって?」

「いや……。ふははははっ! よくぞ見破った!」

「うふふふふ。わたしの魔眼は、全てを見通せるのよ!」

「ふははははっ!」

「うふふふふ」


 三文芝居で誤魔化ごまかそうとしたが、レティシアも続けて乗ってくれた。知られたのではないのだ。彼女の厨二病が火を噴いただけである。その芝居を見たカーミラは納得して笑顔を見せた。


「「ザワザワ」」

「御主人様。分かりましたけど、周りが……」

「え?」

「あ……」


 フォルトとレティシアの演技は、周りの人間から注目を集めてしまったようだ。まるで大道芸人でも見るような眼差まなざしで二人を見ている。それに気づいた彼女は、肩を小さくして縮こまった。当然、フォルトもだ。


「二人とも面白いわねえ」

「くっ! 俺は目立ちたくないのに」

「そ、そうよ。目立ちたくないのよ!」

「御主人様。相性がバッチリじゃないですかあ?」

「そ、そうか? まあ、そうかもしれんな」

「相性って?」

「えへへ。お婿むこさんの相性ですよお」

「え? そ、そ、そんな事はないわよ!」


 レティシアがうつむいてしまった。それから手に持ったパンを少しずつ食べている。肌はアーシャと似たような小麦色なので、赤くなっているかはよく分からない。ダークエルフと言っても、ガングロではないのだ。


「その話は、大婆の試練が終わったらだな」

「そ、そうよ! フリだからね!」

「分かっている。それより、ターラ王国の現状を教えろ」

「え?」

瓢箪ひょうたんの森の周りだけでいいぞ。今のうちに聞いておきたい」

「へ、へえ。さすがはバグバット様から派遣された男ね」

「とりあえず、カーミラの分の茶を頼んでからな」


 屋敷で聞けばいいのだが、レティシアと話すと脱線が多い。そのため、ちょくちょく情報を仕入れる必要があった。もちろん屋敷では、ソフィアとセレスがキャロルから聞いてくれているだろう。

 しかし、一応はレティシアからも聞いておきたかった。フォルトは店員にカーミラの分の茶を頼み、ターラ王国の現状を聞くのであった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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