第321話 ダークエルフの御嬢様3

 ダークエルフの案内人レティシアは、サキュバスのコスプレをしてしまう厨二病少女だった。それには頭を抱えたくなるが、嫌いではなく好きな方だ。彼女ほどひどくはないが、フォルトも似たようなものである。

 その事に忖度そんたくをしたのか、カーミラが堕落の種を食べさせてしまった。彼女のやる事は大好きで面白いので、それを黙認をしたのだった。


「なにこれ? めなかったわ。飲み込んじゃった」

「ちょ、ちょっと。御嬢様に何を食べさせたんですか!」


 キャロルがカーミラへ怒り出す。それはそうだろう。従者と聞いていたので、レティシアが主人だ。その主人が害されたのなら怒って当たり前だった。


「気にするな。体に害のないものだ」

「気にしますよ!」

「俺はバグバットから派遣されたローゼンクロイツ家の当主だぞ」

「うっ」


 ダークエルフはバグバットへ協力する種族である。そして、ローゼンクロイツ家は魔族の名家。体に害がないと言えば、害はないのだ。


「本当に大丈夫なのでしょうね?」

「ああ。俺の同行者も食べてるからな」

「何かあったら、大婆様に言いつけます」

「そうだ。その大婆がレティシアを殺すとか言ってたな」

「うふふふふ」


 またもやレティシアが低い笑い声を出す。しかし、それを突っ込むと話が進まないので聞く事にした。まったくもって面倒な病気である。


「わたしの生命の源が絶たれるのよ!」

「生命の源?」

「フォルト様、お菓子です」

「は?」

「ダークエルフ族には、特殊な菓子の製法がありまして」

「ふむふむ」


 レティシアの生命の源とは菓子。タダで案内を受けると、その菓子が禁止されるらしい。本当にたいした事ではない。しかし、彼女を見ると目に涙を浮かべてウルウルしている。


「な、何を受ければいいのだ?」

「そうねえ。わたしの、お婿むこさんのフリをして!」

「は?」

「大婆様に、早く婿むこを連れてこいと言われていてね」

「なぜ俺だ? ダークエルフじゃないと駄目なんじゃないのか?」

「だってぇ。ダークエルフの男は、わたしを見ると逃げ出すんだもん」

「え?」

「大婆様のドギツイ試練があるのよ。だから、誰も受けないの!」

「フォルト様、それだけではないですよ」


 キャロルが耳打ちをしてくる。大婆の試練が強烈なのは合っているが、やはりレティシアに問題があるようだ。それは、なんとなく分かる。


(だが、これって……。試練をクリアすれば、晴れてダークエルフが俺のものという事だな。婿むこのフリと言っているが、カーミラも頑張れと言ってたし)


 フォルトはレティシアの体をイヤらしい目で見る。やはり好みだ。厨二病が問題らしいが、それについては受け入れられる。


「ふははははっ! その依頼、受けようではないか!」

「うふふふふ。さすがは暗黒の王。禁断の果実を御所望のようね!」

「ふははははっ!」

「うふふふふ」

「はぁ……。駄嬢様、楽しそうですね」

「さすがは御主人様です! 面白過ぎます!」


 二人の笑い声が木霊する。それを見てキャロルは溜息ためいきをつくが、カーミラは腕へ絡みついて満面の笑顔を浮かべていた。

 そうなると、ソファーへ座っているベルナティオとソフィアも近づいてくる。話の内容は聞いていたらしいが、何が言いたいかは分かる。


「きさま……。また増やすのか!」

「フリだそうだぞ」

「フォルト様が、フリで終わるわけがありません」

「俺がダークエルフを手に入れたいと知っているだろ?」

「それは、そうですが」

「ははっ。嫉妬しっとか?」

「意地悪ですね。ですから、ほどほどにです」

「そうだな。約束通り責任を取ってもらってるからな」


 ソフィアの言葉は構わないという意味だ。ベルナティオも同じである。フォルトの愛の形は日本ならば受け入れられないが、この世界では受け入れられる。キチンと平等に愛すればいいのだ。それを再確認したかっただけだろう。


「フォルト様! オヤツをお持ちしましたわ」

「ちょっと休ませてぇ」

「旦那様、戻りました」


 そして、厨房へ行っていたレイナスとアーシャとセレスが戻ってくる。今回のオヤツはフライドポテトだ。


「すんすん。なによ、このいい匂い!」

「フォルト様、この女は?」

「ちょっと、フォルトさん! あたしが居ない間に、いい度胸じゃない!」

「ダークエルフですね。いつの間にいらっしゃったんですか?」


 三者三様の反応をされたところで、レティシアとキャロルを紹介する。もともと案内人が居ると話していたので、三人ともすぐに納得をした。


「暗黒の王にささげられたにえの花たちね」

にえの花ではない! 俺の身内だ!」

「これは異な事を。暗黒の王は孤独から生まれし……。生まれ……」

「うん?」

「キャロル! お茶のおかわり!」

「御嬢様! みなさんに失礼ですよ!」

「あははははっ! なにこの人たち? 超、ウケるんですけど!」


 どうやらアーシャの琴線きんせんに触れたらしい。彼女から見れば、お笑いでも見ているような感じなのだろう。おなかを抱えて笑っている。


「レティシアの格好。フォルト様、調教ですか?」

「い、いや。なまぐさなだけだそうだ」

「そうですか。でしたら、今からでも。ピタ」


 レイナスがフライドポテトをテーブルへ置いて、フォルトの背中にピタッと寄り添ってきた。調教は調教でいいのだが、まだ手が出せないのだ。


「バグバットからくぎを刺されてるから、彼女の頼みを聞いてからだな」

「旦那様。まさか、大婆様の試練ですか?」

「知っているのか?」


 瓢箪ひょうたんの森にはセレスの両親であるエルフが住んでいる。ダークエルフと友好関係を結んでいるので、その試練の情報を知っているのだろう。


「いえ、内容までは。ですが、大変難しいものだと聞いています」

「ふーん。レティシアの言う事も、まんざらうそではないようだな」

「モグモグ。うそって何よお!」

「あっ! 俺のポテト!」

「これ、おいしいわ。ワインが飲みたくなったわね!」

「ちっ! 俺も食う!」

「うふふふふ。さながら、亡者の宴と言ったところね」

「ふははははっ! よし、セレス。ワインを持ってこさせろ」

「は、はい」

「ついでに、ダークエルフと合流したと」

「分かりました。執事からテンガイ様へ伝えさせます」

「よろしく。あー! そんなに食うな!」


 レティシアがフライドポテトをガバッと手前へ持っていったので、フォルトは残っているフライドポテトを自分の手前へ取った。それからバクバクと食べる。

 それを見たレイナスは足りなくなると思い、アーシャとセレスを連れて厨房へ戻っていく。とても騒がしい事になったが、それも面白いと感じるのであった。



◇◇◇◇◇



「よう、シュン。戻ったのか?」


 討伐隊の駐屯地へ戻ったシュンたちは、そこでスタインたちの部隊とすれ違った。これから彼らは出撃のようだ。


「仲間が食人植物にな」

「ははっ。お嬢ちゃん、災難だったな」

「うぅ」


 スタインから声をかけられたエレーヌが、恥ずかしいのか顔を赤くしてうつむいた。誰が食人植物に食べられそうになったのかが一目瞭然だからだ。


「上には気をつけとけよ? だからと言って、下もおろそかにするな」

「は、はい」

「その服じゃまともに戦えないか。補給部隊からもらっておけ」

「分かりました」

「それと、近くに小川があるからな。そこで体を洗えばいい」

「あ、ありがとうございます」


 エレーヌの状態を見て、スタインがテキパキと対応する。しかし、出撃する前だったので獣人族の戦士が話に割り込んできた。


「隊長。そろそろ行きませんと」

「そうだな。まあ、シュンたちは明日まで休んでおけ」

「いや。すぐに出るぜ」

「駄目だ。間引きは重要だが、余力を残しておけ」

「余力?」

「この駐屯地も襲われる時がある。休憩をしながら防衛に参加しろ」

「わ、分かった」

「ではな。行くぞ!」

「「おおっ!」」


 駐屯地は魔物の領域へ入っていないが、討伐隊が来た事で物資などが搬入されていた。それらを目当てに襲ってくる魔物や魔獣が居るのだ。拠点の防衛は必須事項の一つであった。

 スタインは部隊を率いて原生林の中へ入っていった。シュンたちが討伐していた場所へ向かうようだ。その地帯はアルラウネが大量に発生している。まだまだ討伐する必要があるのだ。


「じゃあ、エレーヌ。スタインさんが言ったように」

「アルディス、付き合ってくれる?」

「いいわよ。ついでにボクも汗を流してくるよ」

「ああ。なら、交代で俺らも行くからラキシスも行ってこい」

「は、はい。そうします」


 エレーヌはアルディスとラキシスを連れて、補給部隊の居る場所へ向かった。そこで支給品の着替えや布などをもらい、近くの小川へ向かう。


「の、のぞきとかないかな?」

「いつものメンバーだけではないですが、平気だと思います」

「討伐隊の悪いところは、原始的すぎるところよね」


 三人は川辺に行き、辺りをキョロキョロとしながら服を脱ぐ。石鹸せっけんなどないので、川の水で布をらして体を拭くだけだ。エレーヌの場合はドロドロしているので、最初に水と手を使ってゴシゴシと落としていた。


「ふぅ」

「エレーヌ。背中、洗ってあげるよ」

「う、うん。お願い」

「ねえ、アルディス」

「どうしたの? ドロドロが残ってた?」

「ううん。そうじゃねくてね。私、チームを抜けるかも……」

「えっ! 急にどうしたの?」

「こんな戦いばかりだと死んじゃうよ!」

「な、なに? もしかして、さっきのを気にしてるの?」

「そうよ! 食べられる寸前だったのよ!」


 エレーヌは震えだした。今まで我慢をしていたようだ。それに気づいたラキシスが近づき、ソッと肩へ触れる。すると、うつむいて涙を流し始めた。


「エレーヌさん」

「声は出せないし体は動かないし、怖かったのよ!」

「そ、そうね。あんな丸呑まるのみにされれば」

「誰も気づかなかったら、今頃は死んでいたわ!」

「お、落ち着いて」

「私は死ぬのが怖い。生きていたいのよ!」

「そ、それは誰だってそうだよ。ボクだって死にそうな目にあったのよ」

「あ……。ご、ごめん」


 アルディスはマリアンデールからいたぶられた時を思い出して声を落とす。その場面に居合わせたラキシスは顔をうつむかせた。

 怖くて助ける事もできなかった自分を思い出したのだろう。しかし、マリアンデールを止めようとしたら同じ目に遭っていたはずだ。


「今だったら魔法も覚えてるし、町で生きていけるよね?」

「無理じゃないかな」

「どうして?」

「異世界人でレベルが高いからよ。きっと、兵士として使われるわ」

「あ……」

「限界突破までいける人間は、そう多くないのですよ」

「結局、同じだと思うよ。なら、気心が知れた者と一緒の方がいいと思う」

「そ、そうかもね」

「今度はちゃんと守ってあげるからさ!」

「う、うん。ありがとう」

「及ばずながら、私も……」

「ラキシスさんもありがとう」


 エレーヌは落ちついた。チームを抜けたとしても戦う事に変わりはない。エレーヌは限界突破を終わらせていないが、そろそろレベル三十も近い。一般兵の平均的なレベルをこえており、貴重な魔法使いでもある。

 そういった異世界人を、普通の国民へ落とすわけがない。兵士として使うだろうと思われる。そうなると、今よりも自由がなくなる。


「それ、シュンに話した?」

「ううん……。あっ! 二人とも、みんなには言わないでね」

「いいけど。悩みがあるなら、いつでも聞くわ」

「分かりました」

「ありがとう」


 エレーヌが言った事は、最近になって考えていた事だ。恋人のシュンにも話していない。言っても止められるだけだと知っていた。

 アルディスとラキシスに悩みを話したが、それでも考えてしまう。この世界で生き抜いていくためには、どうすればいいのか。どうするべきなのかを……。そして、水浴びが終わった三人は駐屯地へ戻っていくのであった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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