第320話 ダークエルフの御嬢様2

 エレーヌを食人植物から救出したシュンたちは、彼女を気遣いながら周りを警戒している。シュンのマントを使って露出した部分を隠しているが、残念ながら全身を隠せていなかった。


「おう、ホスト。あれ、どうするよ?」

「あれって?」

「あれよ」


 ソッポを向いているギッシュだから気づいたのか、木の上を見ながら自慢のトサカリーゼントを整えている。ノックスはエレーヌを凝視しているが、それ以外の者は急いで木の上を見た。


「も、燃えてるじゃねえか!」

「だからどうするってよ」

「消すしかねえだろ! ノックス!」

「………………」

「ノックス!」

「え? な、なに、シュン?」


 エレーヌを見てほうけていたノックスは、シュンに怒鳴られて木の上を見た。すると、その目が見開かれた。


「ちょっと! 火事になってるよ!」

「オメエの魔法のせいだ! なんとかしろ!」


 木の上では、エレーヌを助けた時に使った火属性魔法のせいで燃え始めていた。パチパチと音を出して、他の木へ燃え移りそうになっている。


「そ、そうだ。待ってて」



【ウォーターボール/水球】



 ノックスが水属性魔法を使い、炎の中へ水球を数発ほど撃ち込んだ。その水球は炎の上で弾け、頭上の食人植物を消火した。そうなると、次の問題が発生する。


「きゃあ!」

「つ、つめたいっ!」


 当然の結果だろう。木の上から大量の水が落ちてきたのだ。これにより、全員が水を浴びてしまった。しかし、これは仕方がないのだ。


「やるなら言ってからやれ!」

「い、急がないと燃え移っちゃうからさ。勘弁してよ」

「でも、これでエレーヌのドロドロも」

「む、無理でした。うぇぇ、粘着性が高いよ」

「あらら」


 このドロドロは食人植物の消化液だが、その作用はラキシスが浄化してある。それでも粘り気が強く、少々水をかぶったぐらいでは落ちないようだ。これにはエレーヌも気持ち悪そうな顔をする。


「仕方がねえ。いったん戻るぞ」

「そうね。水浴びをしないとね!」

「しょうがねえな。これだから女はメンドクセエ」

「ちょっと、ギッシュ! デリカシーがなさすぎ」

「うるせえよ、空手家。せっかくエンジンがかかってきたとこなんだぜ」

「はいはい。じゃあ、エンジンを止めて戻るわよ!」

「ちっ。分かったよ」


 ギッシュも状況は分かっているので、渋々ながら了承をする。彼とて女性が嫌いなわけではない。面倒なのが嫌いなのだ。それと、自分の邪魔をされる事である。今はどちらもあるので、本当に嫌そうな表情をしていた。


「エレーヌ」

「な、なに? シュン」

「エロいな」

「っ!」

「アルディス。エレーヌに付き添ってやれ」

「もちろんよ」


 シュンがニヤけながらエレーヌをからかう。しかし、アルディスへ知られないように、耳元でささやいただけである。これには彼女もビクっとした。それからギッシュとともに先頭に出る。戻る時も魔物の襲撃は警戒する必要があった。


「ノックス、行くぞ」

「……………。ピンク色」

「ノックス!」

「ご、ごめん。今、行くよ!」

「まったく」


 シュンたちが駐屯地へ戻ろうとしたが、ノックスが遅れていた。どうやら彼は女性経験がないようだ。これにはシュンも苦笑いを浮かべる。


(大学生になってもヤッてねえとはなあ。そこまで顔が悪いわけじゃねえが、高望みか? それとも、草食系男子ってやつか? まあ、どっちでもいいけどな)


 ノックスの分析を始めても仕方がないが、女性とも普通に話せる人物なのでチームとしては問題ない。それに、女性の取り合いにならず助かっている。


「ホストよお。上には注意しねえと駄目だな」

「ま、まったくだ。しかし、いろんな魔物が居やがるな」

「俺は楽しいぜ。技量が上がるってもんよ」

「経験が積めるのはいいんだが……」

「どうした? また小難しい事でも考えてんのか」

「い、いや。よし、さっさと戻ろう」


 シュンは思う。この討伐隊へ参加していると女性を抱けない。駐屯地には獣人族がいて離れれば魔物がいる。休む場所には仲間がいる。

 これには欲求がたまるというものだった。シュンはそんな胸の内を隠しながら、急いで歩き出したのだった。



◇◇◇◇◇



 フォルトたちは執事に連れられて、屋敷の二階にあるプライベートフロアへ来た。そこは屋敷の主人たちが使う場所だ。日当たりがよく、主人の部屋の近くには夫人が使うような部屋もあった。屋敷の広さから考えると、相当な上位貴族が使っているような屋敷だ。


「こちらの部屋を御使いください」


 そして、主人が使うであろう部屋へと案内された。その時、フォルトは何かを思いついて執事へ声をかける。


「執事さん。厨房ちゅうぼうへ案内してやって」

厨房ちゅうぼうですか? お食事なら料理人がおりますが」

「いや。こっちにも料理が得意な者が居てな」

「毒などを警戒されておいでで?」

「いや。慣れたオヤツなんかをな」

「慣れた、ですか?」

「うむ。まあ、飯は任せるけどな」

「畏まりました」

「レイナスは、アーシャとセレスを連れて厨房ちゅうぼうへ」

「分かりましたわ」


 ルリシオンの料理はうまいが、一緒に作っているレイナスも上達している。彼女たちの料理が大好きなので、この屋敷でも作ってもらうのだ。

 本来であればレイナスだけに任せたいが、嫌でもテンガイの顔を立ててオヤツに留めるつもりだ。他の二人は手伝いで向かってもらう。セレスも料理は得意で、アーシャはいつもレイナスの手伝いをしていた。


「では、私も」

「「やめて!」」

「グスン」


 ソフィアも向かおうとするが、三人から一斉に止められた。残念ながら、料理の腕は上がっていないようだ。それも仕方がないだろう。厨房ちゅうぼうへ入れてすらもらえないので、上達のしようがなかった。


「まあまあ。じゃあ、部屋で待ってる」


 レイナスたちは執事の後に続き歩いていった。フォルトはソフィアを慰めるように抱き寄せ、部屋の扉を開けて中へ入っていく。


「さすがに広いな」

「えへへ。全員が入っても平気ですねえ」

「そうだな。ベッドも大きいし、これから十分に……。でへ」

「きさまは盛りのついた猿か!」

「その通り。どれ、まずはベッドの柔らかさを」


 フォルトはベルナティオの言葉を軽く流して、部屋の奥にあるベッドへ歩きだした。そして、そのフカフカであろうベッドへダイブした。


「とう!」

「「ムギュ!」」

「むぎゅ?」


 ベッドへのダイブが決まった瞬間に、フロッグマンがつぶれたような声がした。しかもハモっている。それに疑問を感じたフォルトは、ベッドの上を眺めた。


「御主人様、誰かが寝てますよお」

「誰だ! きさまはベッドから出ろ! 真っ二つにしてやる!」

「ティ、ティオ様。いきなり斬るのは、ちょっと」

「そうだぞ、ティオ。とりあえず、誰が居るかだ」


 フォルトはベッドから立ち上がりシーツを取ってみた。すると、そこには黒い肌で耳の長い女性が二人でつぶれていた。


「「きゅう」」

「ダ、ダークエルフ?」

「ダークエルフですねえ。御主人様がつぶしちゃいました!」

「そうだが……。おい、起きろ!」

「「きゅう」」


 現在は小太りのおっさん姿なので仕方がないが、フォルトの体重が重かったようである。二人は起き上がろうとしない。それにしても、なぜ女性の一人が破廉恥な格好をしているのかが気になった。

 それは薄い橙色だいだいいろの髪をした女性の方である。なんと、ブラジャーとパンツしか着ていない。それには飛びつきたくなるが、身内ではないので控えた。


「なんだ、この痴女は?」

「「きゅう」」

「そろそろ起きろ! 起きないと襲っちゃうぞ?」

「そ、それは駄目よ!」

「ひぃ! 御嬢様のせいですよ!」


 フォルトが語気を強めると、二人のダークエルフは同時に飛び起きた。そして、その場で正座をする。よく見ると、薄い橙色だいだいいろをした髪の女性は十七歳ぐらい。もう一人のピンク色の髪をした女性は十五歳ぐらいに見えた。


「もしかして、おまえらが瓢箪ひょうたんの森へ案内するダークエルフか?」

「うふふふふ。よくぞ見破ったわね。暗黒をまとった禍々しい男よ!」

「は?」

「はぁ……」


 破廉恥な格好をしたダークエルフが、フォルトを指さしてドヤ顔を決めている。もう一人のダークエルフは、顔へ手を当てて溜息ためいきをついた。

 どちらも正座をしたままだ。それにしても、破廉恥な格好をしたダークエルフにシンパシーを感じてしまった。


「あの。こちらがレティシア御嬢様で、私がキャロルです」

「あ、ああ。俺がフォルト・ローゼンクロイツだ」

「わたしがあなたを、死の舞踏会へ案内してあげるわ!」

「は?」

「お、御嬢様。私が話しますから」

「そう? じゃあ、頼んだわ。お茶でも飲んで待ってるわね」

「へ?」


 なんだかよく分からないが、レティシアはベッドから出て近くのテーブルへトコトコと歩いていった。それからポットを持ち上げて、カップへ茶を注ぎ椅子へ座る。

 そして、チビチビと飲み始めた。


(な、なんだあいつは? 厨二病のようだが、切り替えが早いな! カーミラは笑っているし、ソフィアとティオもあきれているぞ)


 侵入者というよりは珍入者。なぜ部屋に居たのかが気にならなくなるぐらい、変な二人組だった。とにかく詳しい話を聞く必要がある。

 とりあえず座りたいので、フォルトはキャロルを連れて同じテーブルへ座った。他の者も同じく近くのソファーへ座る。


「詳しく聞かせろ。なぜこいつは、ブラとパンツだけなのだ?」

「そ、そこですか?」

「うむ。俺としては、そこが非常に気になる」

「それはですね。なまぐさな駄嬢様だからです」

「は?」

「ちょっと! 駄嬢様って誰の事よ!」

「レティシア御嬢様の事ですよ!」

「あ、キャロル。そこのお菓子を取って」

「はい、はい」


 話がまったく進まない。何のコントを見てるのか分からないが、菓子を取ったキャロルが、それをレティシアの口へ放り込んでいる。まるで緊張感がない。


「まあいい。とにかく、瓢箪ひょうたんの森へ案内してくれるんだな?」

「タダじゃ嫌」

「ちょ、ちょっと駄嬢様!」

「駄嬢様じゃなあい! タダで連れていったら、大婆様に殺されるわ!」

「そうかもしれないですね」

「殺される?」


 フォルトはダークエルフの事をまったく知らない。殺されるとは、どういう事だろうかと疑問に思う。ダークエルフはバグバットから手に入れてもいいと言われているので、ここで見捨てるのはもったいない。


「たいした事ではないですよ」

「殺されるとは、たいした事があるだろう?」

「いえ……。本当にたいした事はないんです」

「うーむ。説明しろ」

「うふふふふ」


 説明を求めた瞬間に、レティシアがうつむいて低い笑い声を出した。きっとまた、とんでもない厨二病発言をするに違いないと思った。


「悪魔王へ仕えるあたしに、説明を求めるかしら?」

「そういうのはいいから」

「暗黒の王よ。みなまで言わなくていいわ」

「暗黒の王……」

「この魔界の悪魔サキュバスが疑問に答えてあげるわ!」

「な、なんだってえ!」


 レティシアが急に立ち上がり、いつの間にか持っていたカバンから角を取り出して頭に付ける。それに気づかなかったが、彼女には作り物の尻尾があった。それを器用に片手で動かしている。残念ながらブラとパンツだけなので翼はない。


「サキュバス?」

「そうよ! この悩殺ボディで落ちない男は居ないわ!」

「悩殺ボディ?」


 悩殺ボディと聞いてレティシアを眺める。たしかに悩殺ボディだ。しかし、それはフォルトに対してだけだろう。後は趣味を一緒にする男性だ。

 つまりは華奢きゃしゃで貧乳である。眼福ではあるのでジックリと眺めていると、カーミラが物珍しいものを見るような目をしながら隣にきた。


「サキュバスが好きなんですねえ」

「好きとかじゃないわ! 本物なのよ!」

「えへへ。じゃあ、お菓子をあげるね! あーん!」

「あーん」

「ぽい」

「パクン!」


 カーミラがレティシアの口へ何かを放り込んだ。それに食いついた彼女は、モグモグと食べてしまったのだった。


「カ、カーミラ。それって……」

「そうでーす! 御主人様の好みですよね?」

「ま、まあな。だが、まだ手を出せないぞ」

「えへへ。そこは頑張りましょう!」

「そうするか。よしよし」

「えへへ」


 カーミラが食べさせたのは堕落の種だ。サキュバスと聞いて食べさせたので、サキュバス種かもしれない。そうなると楽しみが増えた。

 いつも彼女はフォルトを楽しませてくれる。それを嬉しく思いながら頭をでると、はにかんだような笑顔を見せるのであった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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