第316話 帝国への旅路3
フォルトたちは、アルバハードの国境から帝都クリムゾンへ向かっている。その間に帝国軍師テンガイと打ち合わせをしていた。帝都での行動やターラ王国へ向かう手順などを決めるためだ。
「ローゼンクロイツ家の姉妹は居ないのですね」
「まあな。そちらに気を遣ってやった」
「当時とは皇帝陛下が変わっていると言ったはずですが?」
「俺たちにもやる事がある。全員で来るわけがないだろう?」
「それはそうでしょうが。スタンピードの対処には必要かと」
「それは、おまえが決める事ではないな」
「たしかにそうですね。失礼しました」
やはりマリアンデールとルリシオンの力を期待していたらしい。それと姉妹も言っていたが、情報収集も兼ねたかったはずだ。シュンたちへ力を隠したフォルトとしては、そうはさせじと考える。
(おっさん親衛隊の力も隠したいが、有名なティオは力を知られているか? まあ、悪魔になった事で随分と変わっているがな)
「〈剣聖〉殿は、フォルト殿に仕官したとか?」
「そうだ。こいつは私を気持ち……」
「ちょおおっと、ティオ!」
「なんだ?」
こっち方面も変わっていた。フォルトから調教される前なら、こんな話などしないだろう。他人の前だと爆弾発言をしそうで怖い。
「よ、余計な詮索をするな」
「いやはや。嫌われたものですね」
「俺は身内以外の人間が嫌いだ。だから、引き籠っているのだが」
「それで双竜山の森へですか?」
「うむ。グリムの爺さんに借りてな」
「フォ、フォルト様!」
「旦那様!」
「え? あ……」
これは誘導尋問だ。エウィ王国での拠点を知られてしまった。
「はははっ。いや、失礼。フォルト殿の居場所は見当がついておりました」
「そ、そうなのか?」
「ある王国貴族と懇意にしていると申しましたが……」
「そいつからか」
「はい。確認にはなりましたがね」
「まあいい。知られたところで、双竜山の森へ来たら殺す」
「それは怖いですね」
ソル帝国はどこまで知っているのだろうと思ってしまう。グリムの客将となり双竜山の森へ引き籠っている事は、エウィ王国の貴族ならば知っている。そうなると、帝国が懇意にしている貴族の知っている全てが漏れている可能性が高い。
「面倒だな。どこまで知っている?」
「はて、何の事ですか?」
「俺たちの事だ。誠実に話してみろ」
「きさま! 軍師殿に無礼が過ぎるぞ!」
テンガイの隣に座っている帝国騎士が怒声をあげる。すでにフォルトたちはソル帝国の領内へ入っているのだ。その国の礼儀に習うのが普通である。
「構いませんよ。ローゼンクロイツ家は帝国の客人です」
「し、しかし!」
「魔族の貴族に礼儀を
「しかし、同じ人間ではないですか!」
「それでもです。それに、残念ながら私では勝てませんよ」
「わ、分かりました。フォルト様、失礼しました」
怒声をあげた帝国騎士が深々と頭を下げた。どうやらテンガイは魔族を理解しているようだ。しかし、勝敗は別としてもテンガイは魔法使いだろう。それなりに強いと思われる。
「まあいい。それよりもだ」
「どこまで知っているかですね?」
「う、うむ」
「言った事以外は、
「俺は人間の
「もちろんです。ですが、全てを話す貴族は居ない事も事実」
「ふーん。吹っ掛けられているのか」
「そういう事です。小出し小出しで困ってしまいます」
「分かった。信用はしていないがな」
「これは手厳しいですね」
「フォルト様。やりすぎですよ」
「旦那様」
ソフィアとセレスに
「そうだな。少々抑えるとしよう」
「助かります。ですが、理解はしました」
「そうか。しかし、軍師殿は頭がいいな」
「これは、いきなりのお褒めの言葉。恐縮です」
「それでな。もう一つだけ聞きたい事があるのだが」
「はて、なんでしょうか?」
「オカマの魔族が居ると聞いた」
「っ!」
ここで空気が変わる。重苦しいような雰囲気になり、テンガイと帝国騎士がフォルトを
「どうした? 殺気が飛んでいるぞ」
「い、いえ。なんでもありません」
「気をつける事だ。こいつを害するようなら、私が斬る」
「………………」
「ティオ。やめておけ」
「きさまがそう言うなら止めておこう。その代わりな」
「わ、分かった。話が終わったらな」
これがベルナティオの特技か。何かにつけて対価を要求してくる。その対価は決まっているが、これには頬が緩みそうになった。
「おっと。それで、そのオカマの魔族なんだが」
「ヒスミール卿ですね。彼が何か?」
「俺に会わせないでくれ」
「は?」
「怖いモノ見たさで見るだけならいいが、近づきたくないのだ」
「そうですか。その気持ちは、痛いほどよく分かります」
「そ、そうなのか?」
テンガイが急に
「ヒ、ヒスミール卿は忙しいですからね。帝都にも居ません」
「それはよかった」
「そう言えば、双竜山の森へ行った時の報告が上がっていましたね」
「俺の
「んんっ! フォルト様」
「ま、まあ、追い返したがな」
フォルトに
ケットシーのニャンシーを使役するだけで、レベル六十は必要だ。デモンズリッチのルーチェなど使役しようものなら、必要なレベルは百を優にこえる。
(いやあ。口が滑る滑る。ソフィアやセレスが居て正解だな)
「帝国が魔族を囲っているのは秘密なのですよ」
「なるほど。だが、グリムの爺さんは知ってると言ってたぞ」
「あのクソじ……。失礼。情報の小出しと同じです」
「故意に情報を流したと?」
ここでソフィアが口を挟む。勇魔戦争後に取り決めた人間の国同士の協定が破られている。魔族を見つけたら殺すという魔族狩りの協定だ。フォルトには関係のない事だが、グリムの孫娘である彼女には関係があった。
「聖女様はグリム殿の孫娘でしたね」
「元、聖女です。それで、情報を流したのは帝国自身だと?」
「その通りですね。魔族を囲っていました」
「協定が破られているのは知っていましたが、それは時間稼ぎですか?」
「察しがいいですね。さすがは勇者の従者だった御方だ」
「情報を流す事で、エウィ王国の行動を縛ったと?」
「大国が動くには情報が弱いです」
「そうでしょうか?」
「それを指摘されても、調査で時間をかけます」
テンガイは帝国軍師で重鎮のはずだが、ペラペラと情報を漏らしている。隣に座っている帝国騎士は何も言わない。難しい事が分からないフォルトは、とりあえず素直に質問してみた。
「それは、言ってもいい事なのか?」
「はははっ。もう隠していませんよ。帝国内で宣言もしました」
「手遅れってやつか」
「そうですね。手品の種を明かしただけですよ」
「まあ、俺には関係はないがな」
グリムからソフィアへ情報が入っていないのは、フォルトには関係がないからだろう。内容が内容だけに、情報統制が取られている可能性もある。そして、自ら言ったように知った事ではない。
「そう
「そ、そうですね。理解はしています」
「ところでフォルト殿」
「なんだ?」
「誠実に
「そうだな」
「では、対価をいただきたいものですね」
「対価だと?」
テンガイが調子のいい事を言ってきた。しかし、誠実に話せと言ったのはフォルトである。対価の内容にもよるが、むげにもできない。
「われらは手の内を明かしました」
「そうだな。言ってもいい内容らしいが」
「それは、それです。隠せるなら隠した方がいい内容ですね」
「うーん。だが、対価と言ってもな」
「貸しでいいですよ」
「貸しだと?」
「われらが困った時に、力を貸していただきたい」
またこれだ。何かにつけて頼み事をされる。そんなにも自分たちで解決ができないものがあるのかと、再び思ってしまう。そんな
「いや、失礼。こういうやり方は
「い、いや」
「忘れてください。フォルト殿には嫌われたくないですからね」
この反応には面を食らってしまう。今まで頼まれた事は、結局のところ押し切られてしまっている。当然のようにテンガイも押し切ってくると思っていた。しかし、駆け引きなのは分かっている。一瞬たりとも信用をしない。
「では、御言葉に甘えて忘れよう。俺は面倒な事は嫌いだからな」
「そうしてください。では、話はだいぶ逸れましたが……」
「ああ。帝都へ入ったらだったな」
「はい。帝都では宿舎を用意してあります」
「いや。俺たちは帝都へ入らない。壁の外で休む」
「は?」
「人間が嫌いだと言っただろ。何が悲しくて人間の多い帝都などに」
「それは困りますね。われらにも体面があります」
「うっ! だ、だが……」
テンガイの、もっと言えばソル帝国の体面など知った事ではない。しかし、それは今までだったらの話である。
「旦那様。バグバット様の面目もありますので」
「うっ! し、しかし……」
「フォルト様。ローゼンクロイツ家の当主が町の外というのも」
「うぅぅ……」
さすがにソフィアとセレスは分かっている。ここで断ると、それも問題なのだ。彼女たちが言った事は、フォルトが気にしている事なのだから。しかし、ここで最後の悪あがきをしてみる。
「そ、そうだ! ティオは?」
「そうだな。ベッドの上の方が……」
「ちょおおっと、黙っていようね!」
やはりベルナティオへ聞くのは間違っていた。それは置いておいても、ソフィアやセレスの言う事は分かる。そこで、仕方なく了承をするのだった。
「では、フォルト殿」
「う、うむ。とりあえず、全員が入れる広い部屋で頼む」
「分かりました」
ここが落としどころか。せめて広い部屋で、身内の全員と一緒に過ごしたい。宿舎へ入ってしまえば、ターラ王国へ出発するまで引き籠ればいいのだ。
それでも嫌なものは嫌なので、その感情がテンガイへ分かるように、とても嫌そうな顔をしたのだった。
◇◇◇◇◇
「御嬢様。バグバット様から派遣される人はまだですかね」
帝都クリムゾンにある安宿。その一室に、肌が黒く耳の長い二人の女性が居る。彼女たちはダークエルフだ。その内の一人は、ウェーブのかかったピンク色の髪を伸ばしている。背は成人としては低いが子供より高い。
「見えるわ。見えるのよ! この
「………………」
そして、もう一人の女性。薄い
「レティシア御嬢様、何が見えるのですか?」
「暗黒を
「………………」
「その男が言うのよ! 悪魔王のシモベよ。われこそは、われ、こそ……」
「われこそは?」
「キャロル! そこのワインを取って!」
「はい、はい」
キャロルと呼ばれた女性は、レティシアと呼ばれた女性にワイングラスを渡す。それを受け取った彼女はチビチビと飲んだ。
「で、なんと言ったのですか?」
「何が?」
「その暗黒を
「あっ! そこのお菓子も取って」
「はぁ……」
話が通じているのかいないのか。キャロルは
「あーん」
「………………」
「あーん」
「口に入れろと?」
「あーん!」
「はぁ……」
またもやキャロルは
「この……。駄嬢様!」
キャロルは両腕は下へ突き出してレティシアにへ怒鳴った。それでも彼女はどこへ吹く風と、再び笑顔で口を開けるのだった。
――――――――――
Copyright(C)2021-特攻君
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