第317話 (幕間)ターラ王国の冒険者

 ターラ王国首都ベイノック近郊。フレネードの洞窟からあふれ出した魔物は、ターラ王国の半分をみ込んで、すぐそこまで来ていた。

 途中にある町や村は襲われて、そこに居た住人は魔物の餌食となった。それでも多数の人間は逃げ出せたが、首都で避難生活を送っているのだった。


「やれやれだぜ」


 ターラ王国のAランク冒険者チーム「聖獣の翼」は、フレネードの洞窟で魔物の間引きをしていた。しかし、冒険者の数が足りず、結局スタンピードが起きてしまったのだ。そこで、首都ベイノックまで退却してきた。

 それから兵士と冒険者で作られた部隊へ入り、魔物の討伐にあたっている。現在は首都の近郊まで出動をしていた。


「「ギィ!」」

「ハルベルト!」

「来やがった! ボイル、押し返すぞ!」

「ギチギチギチ」

「ちっ。でけえな。俺は右を抑える! ハルベルトは左を頼む!」

「おう!」


 ボイルとハルベルトは、前方から向かってくる蜘蛛と相対する。ボイルが大きいと言ったように、成人男性の二倍をこえている。それは、ジャイアントスパイダーと呼ばれる大蜘蛛であった。


「そらっ! 『鉄壁てっぺき』だ!」

「こっちも、『鉄壁てっぺき』!」


 二人は大蜘蛛が十分に近づいたところで、スキルを使い防御力をあげる。そして、右から振り下ろされた足をボイルが剣で受け止めた。


「ぐぅ!」


 蜘蛛は八本足だ。右を受け止められた大蜘蛛は、すぐさま左足でボイルを攻撃した。しかし、それはハルベルトがやりで受け止める。


「やらせるかよ! ササラ!」

「いくよお!」



【ファイアボルト/火弾】



 ササラが大蜘蛛の口へ初級の火属性魔法を放つ。蜘蛛には火属性が有効なのだ。現在の場所は洞窟ではなく平野であるため、火を使っても平気である。

 その火弾は大蜘蛛の口へ当たった。しかし、ダメージがないように見える。火弾が当たり違和感を感じたのか、口を開きガチガチと音を立てた。


「腹を狙え、腹を!」

「わ、分かってるわよ!」


 大蜘蛛の足や顔は固い。しかし、腹部は柔らかい。今は戦士の二人を倒そうと頭胸部を浮かせている。腹部がササラからは丸見えだ。


「分かってんなら撃て!」

「ギィ!」

「なっ!」


 ササラの一撃は大蜘蛛を怒らせたようだ。知能はないに等しいが、攻撃を受け止めているボイルへ向かい、口を開いて牙で攻撃をしてきた。

 毒を注入する牙であるため、まともに当たると神経が麻痺まひしてしまう。足の一本を受け止めているため、その攻撃は避けられない。


「どらああ!」


 そこへフレイルをぶん回したハンクスがやってきた。それから大蜘蛛の顔へ、フレイルの尖端せんたんに付いている鉄球を勢いよくぶつける。


「ギィ!」


 ハンクスの一撃を受けた大蜘蛛は、攻撃をしていない六本の足を使って一気に後ろへ間合いを取った。


「た、助かったぜ」

「なんの。だが、腹を隠したな」

「ああ。蜘蛛らしく、うつぶせになってやがる」

「ちと、下がるぞ!」


 ボイルとハルベルトとハンクスが、その場からジリジリと後退する。それに合わせてササラも下がる。その後ろには新人のミゲルが居た。


「ちょっと! あんたも下がりなさいよ!」

「ま、待ってください。今がチャンスじゃないんですか?」

「いいから!」

「おら! どけよ、小僧ども!」

「きゃ!」


 ササラがミゲルを下げようとすると、その後ろから、ターラ王国の紋章の入った鎧を着ている数人の兵士が飛び出してきた。


「ちょ、ちょっと!」

「何ボケっとしてんだ! さっさと倒せ!」


 ササラの横を通り抜けた兵士たちは、ボイルたち三人も追い越して大蜘蛛へ向かっていった。その人数は五人だ。


「ば、馬鹿! 行くな!」

「どっちが馬鹿だ! あの蜘蛛ヤロー、逃げようとしてんぞ!」


 兵士たちが飛び出してきたので、大蜘蛛は腹部を見せて逃げようとしていた。蜘蛛は頭胸部と腹部に分かれており、後ろを見せると腹部が丸見えだ。その弱点ともいえる腹部へ剣を突き立てようと、兵士たちが走り込んでいった。


――――ブワッ!


「「な、なに!」」


 蜘蛛などは、普通の節足動物としてどこにでもいる。その生態などは知りすぎるほど知っているはずだ。しかし、相次ぐ戦いの連続で頭に血が上っているのか、その事を忘れているようだ。大蜘蛛は逃げ出したのではない。腹部の尖端せんたんから白い粘着性の糸を放出したのだ。


「「うおっ!」」


 普通の蜘蛛は、糸で巣を作ったりわなとして設置するために使われていると思われているだろう。しかし、それは正解の半分だ。

 基本的に巣を作る蜘蛛は少なく、徘徊はいかいしている種類が多い。そのような蜘蛛は、罠を張らずとも糸で獲物を捕らえる。もちろん、体ごと飛び掛かったりもする。


「そ、そうだ! 忘れてたぜ!」

「馬鹿が!」

「お、おまえたち! た、助けろ!」

「言わんこっちゃねえ!」


 兵士は五人とも大蜘蛛の糸に絡まってしまった。その彼らの重みを感じたのか、その場で大蜘蛛が止まった。


「「「早くしろ!」」

「動くな! 動くと獲物が取れたと思われるぞ!」


 兵士たちはボイルへ助けを求めている。それと同時に、もがきながら脱出を試みていた。しかし、それは悪手だ。蜘蛛が獲物を捕らえたと感じる時は、その獲物が動いた時である。蜘蛛は八つ目の複眼だが、実のところ視力が悪い。糸から感じ取った振動を感知して襲いかかってくるのだ。


「ギィ!」

「なっ! もう一体だと!」

「テ、テメエら! こいつを放置したのか!」

「うるせえ! 早く助けろって言ってんだ!」

「ギィ!」


 戦い方を知らないのか。兵士たちは自分たちが戦っていた大蜘蛛を放置して、ボイルたちが戦っていた大蜘蛛へ来たらしい。その放置された大蜘蛛がボイルたちへ襲いかかってきた。


「ササラ! ミゲル! こっちへ来い!」

「「は、はい!」」


 兵士たちの後を追ってきたので、一番近いのはササラとミゲルだ。彼らでは大蜘蛛の攻撃を受け止められない。ボイルたち三人の所へ向かって走ってきた。


「俺らから離れるなよ? さっきの大蜘蛛にも狙われるぞ!」

「来たぜ! ボイル、こいつは俺とハンクスが受け止める!」

「任せた!」


 ハルベルトは持っているやりを両手で持ち、攻撃してくる大蜘蛛の片足をガッシリと受け止めた。そして、その隣にハンクスが立つ。先ほどの戦いと同じように、この大蜘蛛も反対側の足で攻撃をしてきた。


「ぬん!」


 その攻撃をハンクスが受け止める。所詮しょせんは知能がないような蜘蛛だ。攻撃方法など簡単に読めた。


「ササラとミゲルは腹部を狙って攻撃しろ! 俺はやつらを……」


 ボイルは兵士たちを助けるべく、先ほどの大蜘蛛の方を向いた。しかし、その大蜘蛛は兵士たちを糸でグルグル巻きにしているところだった。


「助けてくれえ!」

「う、動けねえ!」

「ちっ!」


 手遅れである。大蜘蛛は兵士たちを頭胸部と腹部の間へ乗せて糸で固定した。そして、そのまま一目散に逃げ出したのだった。


「ま、待て!」

「無理だ! 人間じゃ追いつけねえよ!」

「くっ! クソ! おら! テメエは逃がさねえからな!」


 ボイルは追いかけようとしたが、ハルベルトの一言で立ち止まった。それから剣を握り直して、目の前で仲間と戦っている大蜘蛛をにらむ。そして、怒声を上げながら戦いを挑むのであった。



◇◇◇◇◇



 大蜘蛛の襲撃を退けたボイルたちは、首都ベイノックの前に設営されている駐屯地へ戻っていた。そこには兵士や冒険者たちが地面へ座って休んでいる。

 それにしても、出撃した人数が減っていた。先ほどの兵士たちのように、餌として連れ去られた者が居たという事だろう。


「ターラ王国の兵士は、どうなってんだ?」


 そんな事をボヤいたボイルは、手に持ったパンをムシャムシャと食べる。駐屯地では配給があるので、戻ってきた時に受け取っていたのだ。当然、仲間たちも配給を受け取っていた。野ざらしではあるが、今は腹が空いている。


「新兵が多いようだな」

「マジか?」

「帝国との戦いで減ってるからな。補充されたんだろうよ」


 ターラ王国はソル帝国に敗北して属国となった。降伏の決断は早かったが、それでも無血開城ではない。その時に多くの兵士が死んでいたり、傷の療養に入っていた。他にもレジスタンスへ入った者が多く、ターラ王国自体の兵力は減っていた。


「その帝国様は、どこへ行ったんだよ?」

「町だか村の奪還じゃないか? 首都には居ねえようだしな」


 ハルベルトは周りを見ながらボイルの問いに答える。ソル帝国はターラ王国を属国にした後、治安維持の名目で兵士を駐屯させていた。しかし、現在は首都ベイノックの中にも居なかった。どこへ行ったかは不明である。


「それよりミゲルさあ。弓くらい射なさいよ!」

「攻撃しようとしましたよ? でも、下がれって」

「大蜘蛛に連れていかれた兵士を見たでしょ? あの場面は下がるの!」

「そうなんですね。勉強になります!」

「ふふん! 分からない事は、このササラちゃんに聞いてね!」


 ササラは先輩風を吹かせている。ミゲルは目をキラキラさせながら聞いていた。それをボイルは頭をきながら見ている。


「ササラ。腹を狙うんだぞ?」

「わ、分かってるって言ったでしょ!」

「はぁ……。おまえも新人なんだからな?」

「ふーんだ! ボイルも危なかったじゃない」

「まあな。ハンクスのおかげで助かったぜ」

「あの程度のサポートならな。まあ、腹を狙っていれば要らなかったが」

「うるさい! このオジンども!」

「「オ、オジン……」」


 会話に加わらなかったハルベルトも含めて、三人はオジンの認定をされている。間違いではないが、若い娘に言われると落ち込んでしまう。その彼らの落ち込みようを見て、ミゲルが話題を変えた。


「ボイルさん。スタンピードって、こういう事なんですね」

「そうだぜ、ミゲル。魔物があふれ出して各地へ散らばるんだ」

「首都より北西は、もう駄目ですよね?」

「ああ。こうしてる間にも、洞窟から魔物があふれてるからな」

「それって……。討伐のスピードより多いですよね?」

「今はそうだな。だが、援軍がくれば押し返せると思うぜ」


 現在はターラ王国の戦力だけで戦っている。押されてはいるが、なんとかしのいでいる状況だ。ならば、援軍がくれば魔物を駆除できるはずだ。


「帝国ですか?」

「それもあるが、エウィ王国にも頼んだって聞いたぞ」

「と、遠いですね。いつ、来るんですか?」

「知らね」

「それに、レジスタンスも居ないようですね」

「そういやそうだな」


 現在のところ、レジスタンスは魔物の討伐に加わっていない。こんな状況でも祖国奪還を旗印に、ソル帝国と戦っていた。ゲリラ活動が主なところだが、ハッキリ言ってスタンピードの対処をしてほしかった。


「まったく……」

「ボイルさんはレジスタンスへ入らないんですか?」

「入るつもりはねえな。見ての通り、魔物の討伐で忙しいからよ」

「でも、ベイノックへ来た時にレジスタンスの方と話してましたよね?」

「知り合いが入ってるからな。挨拶あいさつをしてただけだ」

「そうなんですね!」

「なんだ。ミゲルは興味があるのか?」

「いやあ。まずは魔物の討伐でしょ」

「オメエは分かってんな。とにかく一休みしたら、また出るぞ」

「分かりました」

「くそ。いずれ、あいつに文句を言ってやるぜ」

「………………」


 レジスタンスが参加してくれれば楽になるのだが、今それを言っても始まらない。それに参加しない理由も分かっている。ソル帝国に見つかれば捕まってしまうのだ。

 ボイルは事情を知っているだけに、大きな声で文句は言えない。それでも小声でブツブツと愚痴を言い始めるのだった。




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Copyright(C)2021-特攻君

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