第314話 帝国への旅路1

 以前面会した時に、バグバットを信用すると決め友誼を結んだ。そして、今回は条件付きであるが主人にもなった。しかし、どういうわけかソル帝国軍師のテンガイを紹介してくる。これに対して、あからさまに嫌な顔をしたところだ。


「バグバット。これはどういう事だ?」

「そうであるな。まずは食前の酒を飲みながら話すのである」


 フォルトたちは食前の酒は飲み終わっているが、再度ワインを注がれる。本来ならバグバットが来てから食事になる予定だった。暴食がうずき出していたが話を聞く必要がある。とりあえず礼儀として、カーミラとセレスを紹介した。


「こっちが愛しのカーミラ。こっちが愛しのセレス」

「きゃー! 御主人様! ちゅ」

「あら、旦那様。そんな、愛しいだなんて。ちゅ」

「でへ」


 帝国の軍師だろうが知った事ではない。テンガイはローゼンクロイツ家と知っている。ならば、マリアンデールとルリシオンを怒らせない対応が必要だ。


「これはまた。お二人も美女をはべらすとは」

「やらんぞ」

「私にはもったいない女性方ですね」

「まあいい。俺がフォルト・ローゼンクロイツだ」

「帝国軍師のテンガイです」


 さすがと言うべきか。エウィ王国王城の門衛とはわけが違う。ふざけているように見えたはずだが、丁寧に対応をされてしまった。


「紹介と言われたが、会う気などなかったぞ?」

「で、あるな。しかし、形式上は会わせる必要があったのである」

「そうなのか?」

「今回のスタンピードは、ソル帝国がエウィ王国へ依頼した案件である」

「それは、バグバットが仲介に入っただろ?」

「その通りである。その回答がフォルト殿を送るである」

「そうだな」

「国が国へ送る人材である。あまり好き勝手には動けないのである」

「そ、そういう事か。理解した」


 フォルトもそうだが、ローゼンクロイツ家はエウィ王国がソル帝国へ送る戦力としての人材だ。王国が帝国を警戒するように、帝国も王国を警戒をしている。

 当然、その身柄は警戒の対象になるという事だ。バグバットが後見人になっていても、その条件は緩い。その緩さが帝国を警戒させるという話だった。


(仕官しない、させないの条件。それ以外にも被害を出さないなどの条件もあるだろうな。それが俺に対してはない。さすがに目ざといな)


 元勇者チームの三人にあった条件が、フォルトにない事で警戒をしているのだ。そう考えると、個人より国の方が深く考えている。それは当たり前の事だが、自分は深く考えた事がなかった。


「でも……」

「どうしたのであるか?」


(早くね? 俺がバグバットの屋敷に来たのって、リゼット姫から手紙が届いてからすぐだぞ。帝国から軍師が来てるとか、どう考えてもおかしい)


「なあ。なぜ、こんなに早い?」


 バグバットの返事が、エウィ王国とソル帝国へ同時に届いたとしても早すぎるのだ。フォルトと違って高速で飛べないのだから。


「それには、私が答えましょう」

「うん?」

「バグバット殿。よろしいですかな?」

「よいのである。怒らせぬように話すのである」

「怒る?」

「いえ。そこまで大層なものではありませんよ」


 テーブルを挟んで反対側へ座っているテンガイが笑顔で話しかけてきた。本当ならば話したくないが、カーミラとセレスが黙って聞いているのを見てえりを正した。


「フォルト殿が選ばれた事を知っていたからです」

「は?」

「ここだけの話、ある貴族と懇意にしていまして」

「ある貴族というと、エウィ王国の?」

「はい。緊急会議の席で、フォルト殿が選ばれた事を聞き及んでいます」

「それ……。俺に言っていいのか?」

「俺は国民ではないと豪語していらっしゃいますね」

「そ、そうだ。国民ではない」

「それに知られたところで、その貴族が粛清されるだけです」

「うーむ」


 この話はエウィ王国の人間なら聞き捨てならない話だ。王国貴族がソル帝国へ情報を売っている。つまり、内通者になっているのだ。

 しかし、テンガイが言うとおりフォルトには関係がない。国同士で何をやっていようが知った事ではない。知らせたところで面倒事に巻き込まれるだけだ。


「バグバットが断ったかもしれないぞ?」

「お二人は仲がよろしいですね。確率は高いと思われました」

「それで軍師が来るものかね?」

「それは、そうなるように仕向けたつもりですので」

「え?」

「スタンピードでの仲介です」

「は?」

「テンガイ様。旦那様が煙を吹きそうですよ」

「これは失礼。策謀の一環ととらえてください」

「さ、策謀……。それも、俺に言っていいのか?」

「終わった話ですからね」

「ふ、ふーん」


 テンガイは包み隠さず話している。しかし、フォルトは信用をしない。伝えてもいい事だけを、伝えているだけに過ぎないと思っていた。


「まあ、あれだ。俺と会うために御苦労な事だな」

「エウィ王国が出しませんからな。こちらも仕方なく」

「それで、会ってどうするのだ?」

「ターラ王国までの案内ですね」

「案内か。要らん!」

「そうは参りません。道中で問題があっては困りますね」

「問題?」

「高位の魔法使いと聞き及んでいます」

「う、うむ」

「帝国へ被害を出されては困ります。その逆もしかり」

「俺が害されるとでも?」

「可能性はあります。よって、護衛と監視をさせていただきます」

「ふぅ。バグバット」


 テンガイの言っている事は分かる。しかし、道中はいつも通り身内とイチャイチャしながら向かいたい。護衛など邪魔であり、テンガイも邪魔だ。


「受けるしかないのであるな。吾輩は仲介に立っているのである」

「そ、そうだった。顔をつぶしては悪いな」

「痛み入るのである」


 最大限、バグバットの顔は立てる必要がある。彼とは友誼を結んだのだ。その関係を崩したくはない。


「しょうがない。だが、魔物の討伐は好きなようにやらせてもらう」

「それは……」

「フォルト殿には瓢箪ひょうたんの森を拠点にしてもらうのである」

「エルフやダークエルフとともに戦うと?」

「それが認められねば、吾輩は全てを白紙に戻すのである」

「わ、分かりました」


 テンガイが引いた。おそらく帝国軍、もしくは帝国の冒険者とともに戦わせるつもりだったのだろう。指揮系統へ入れたかったはずである。しかし、バグバットが認めない。フォルトとも会わせたくはなかったはずだ。その穴埋めだろう。


「悪いな。邪魔になるし、魔物と一緒に人間も殺すかもしれん」

「〈狂乱の女王〉と〈爆炎の薔薇姫〉ですか?」

「連れていくぞ。時間をかけたくないからな」

「それはもう。勇魔戦争の時とは違いますからね」

「マリとルリに勝てるとでも?」

「いえ。先代皇帝とは違うという事です」

「ふーん」

「その代わり、帝国へ被害を出さないでいただきたい」

「そちらが手を出さなければな」

「分かりました」


 このあたりが落としどころだろう。バグバットの顔を立てるので、これ以上は無理を言えない。それに専守防衛ではないが、手を出さなければ敵対する事もないのだ。これは伝えたので、破れば大義名分はフォルトにある。


「では、どのようにすればいい?」

「そうですね。帝国の国境から、お供をさせてもらいます」

「分かった。出発は一週間後でどうだ?」

「では、そのように準備しておきます」


 これで話は終わった。細かい話は、この場で話す事でもない。道中にソフィアかセレスを同席させて話せばいいだろう。とりあえず腹が減った。


「じゃあ、飯にしよう」

「フォルト殿はお疲れであるな。執事、食事を」

「畏まりました」


 テンガイに気を取られていたが、すでにメイドはおらず執事だけが残っていた。その執事が食堂から出ていき、その後は昼食が始まる。テンガイも同席しているが、食事の間はバグバットとだけ話をするのだった。



◇◇◇◇◇



「ふぅ。疲れたよ、カーミラ」


 フォルトは幽鬼の森へ戻った。テラスで自分専用の椅子へ座り、隣のカーミラを抱擁ほうようする。小さな柔らかい二つのものへ顔を押し当てグリグリと動かした。


「ウリウリ」

「でへ。疲れが取れた」


 現金なもので、カーミラの愛情表現で元気になった。それはそれとして、同じテーブルにはマリアンデールとルリシオンが居る。帝国へ向かうにあたり、彼女たちと話す必要があった。


「私たちに暴れないようにって?」

「大丈夫よお。見境がないと思ってるのお?」

「うん。思ってる」

「ちょっと! こ、これでも理性的な方よ」

「そうだっけ?」

「今までも暴れてないでしょお」

「魔の森から駐屯地へ襲撃に行ってなかったっけ?」

「そ、それは……。ねえ、ルリちゃん」

「そうよお。フォルトのために行ったのよお」


 どうにも帝国軍を蹂躙じゅうりんしたという話が頭から離れない。レイバン男爵の時に新興の裏組織「蜂の巣」を蹂躙じゅうりんしたところを見たからだ。とても楽しそうに蹂躙じゅうりんしていた。そのイメージが頭にこびりついている。


「それよりも、ここへ残ってもいいわよお」

「なぜだ?」

「帝国へ行くと、ヒスミールに会いそうな予感がするわ」


 フォルトたちは、ヒスミールが帝国軍第九軍の将軍になった事は知らない。しかし、帝国に囲われている事は知っている。双竜山の森へも侵入していた。


「オ、オカマか。嫌っているのか?」

「そういうわけじゃないわ。面倒に巻き込まれそうって事よ」

「面倒?」

「一緒に魔族を守りなさいとかねえ」

「ああ。でも、守る気はないんだろ?」

「弱い魔族は要らないわ。でも、貴族の務めとしてはね」

「そういう事か」


(貴族の務めかあ。そう言えば、魔族のセーフティを聞いた事があったな。弱者救済で、頼ってきた魔族を助ける事がステータスになるとか)


 マリアンデールとルリシオンは、生粋の魔族らしく力の信奉者だ。いつも弱い魔族は要らない、負けた魔族が悪いと言っている。

 しかし、ローゼンクロイツ家は魔族の名家である。助けた魔族は一番多い。そうなると、ヒスミールが接触してきた時に断る事は難しいだろう。


「待って。それって、当主も俺もじゃない?」

「そうねえ。頑張って切り抜けてねえ」

「ちょっと!」

「冗談よ。でも、すっかり忘れていたわ」

「帝国は、私たちの力を見定めたいと思ってるわあ」

「なるほど。マリとルリも十年前とは違うしな」


 ソル帝国は、姉妹が大人しい間に情報収集をしたいだろう。スタンピードの対処をしている時に観察をするはずだ。ならば、情報を与えない事が寛容である。


「今は隠したいわあ」

「リリエラにも何かをやらせるのでしょ? 私たちが守ってあげるわ」

「それもあったな。離れたくはないんだが?」

「貴方の体は一つしかないわ。戻ったら相手をしなさい」

「私たちはフォルトのシモベよお。いつも一緒だわあ」

「でへ。そ、そうだな」


 カーミラとは離れていても近くに感じられる。それと同様に、マリアンデールとルリシオンも近くに感じられるのだ。抱く事はできないが、そのつながりは心地よさを感じさせてくれる。


「リリエラにはドワーフの集落へ行ってもらう予定だ」

「ガルドのところなら、なおさら私たちの方がいいわよお」

「それにシェラもね。彼女は帝国に追われた経験があるのよ?」

「そうだったな。それに……」


 身内の全員を連れていく予定だったが、よくよく話をしたら変わった。これは割り切るしかないだろう。今回は魔族組が残る。

 以前、幽鬼の森で班分けをした時に過保護を止めたのだ。それを思い出して納得をする。過保護は彼女たちのプライドを傷つける。


「ただ、時間が掛かりそうなんだよな」

「あまり掛かるようなら、いったん戻るのも手よ?」

「一カ月前後で終わらなかったら、一度帰還しようか」

「そうしなさあい。その頃に私たちも戻るわあ」

「転移の魔法が使えればなあ」

「そうねえ」


 いまだ解析中だが、こればかりはニャンシーとルーチェに任せるしかない。ないものねだりをしても仕方がないので、やれる事をやるだけだ。


「そうと決まれば、オカマの相手をどうするか」

「貴方だと押し切られそうね」

「とりあえず、会わせないように言っとけばあ?」

「そ、それだ! テンガイってやつに言っておこう」


(だ、だが……。そう簡単にいくか?)


 帝国軍師テンガイ。ソル帝国での地位は相当高いだろう。頭がよすぎる感じだが、強く言えば平気かもしれない。

 フォルトとてヒスミールとは遭遇したくない。それでも遭遇してしまった時はどうするか悩みながら、さらに打ち合わせを続けるのであった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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