第312話 真祖との友誼2

 屋敷の二階にある窓が開き、女性が手紙を読んでいた。窓縁まどべりには白い鳥が首をかしげながら彼女を見ている。爽やかな風が心地よく、森の匂いが安らぎを与えてくれ清々しい気分にさせてくれた。


「フォルト様」


 手紙を読み終えたソフィアは、ベッドで横になっているフォルトの手前に座る。すると、窓縁まどべりのハーモニーバードが送還されて消えた。


「こっちへ」

「はい!」


 フォルトはソフィアの腰へ腕を回して引き寄せる。すると、彼女が覆いかぶさってきた。ソフィアの匂いと柔らかさに、どうにも頬が緩んでしまう。


「でへ」

「返事がきたようですよ」

「うむ。結構早かったな」


 リゼットの御茶会から二週間が過ぎていた。アルバハードの領主であるバグバットと交渉をしているなら、これぐらいの時間がかかって当然か。その間はいつもの自堕落生活でダラけにダラケまくっていた。


「フォルト様の後見人になるようですね」

「俺から一度頼もうとした時に、受けるつもりのようだったしな」

「ですが、今回はエウィ王国から正式な依頼という事ですね」

「まあ、俺は国民じゃないがな。でも、これで気にせずか」

「はい。その上で条件があるそうです」

「条件?」

「フォルト様には幽鬼の森へ移動をと」

「後見人だから目の届く範囲へか。もともと拠点だけどな」

「ふふ。正式な外交依頼ですからね」

「他には?」


 後見人になるという事は、フォルトの行動に対し責任を持つという事である。目の届く場所へ置く事は必須だが、二人の間柄では建前上の事だった。


「えっと、それだけです」

「は? 仕官しない、させないとかは?」

「いえ。何もないですね」

「どういう事だ?」


(これだけだと、俺のやる事は全てバグバットが責任を取らされるぞ。いったい、何を考えて受けたんだ? 仮に俺が……)


 仮にフォルトが帝国へ仕官すると、その責任はバグバットが持つことになる。異世界人を他国へ流出させない事を是とするエウィ王国は、その責任を追及するだろう。きっと処分をさせようとするはずだ。


(それに……)


 それを断ってエウィ王国と戦う事になると、バグバットに大義名分がない。アンデッドの大軍で国を滅ぼした事があっても、それでは中立と言えなくなってしまう。あれだけ中立にこだわっているのだ。大義名分にもこだわっているはずだ。


「これって事実上、エウィ王国が得をした感じ?」

「そうですね。フォルト様への対処として、バグバット様を使えると」

「よく受けたな」

「真意はあるはずですが、直接聞くしかありませんね」

「ソフィアにも分からないかあ」

「これだけですとなんとも。フォルト様にとって悪い話ではないですが」

「分かった。じゃあ、聞きに行くか」

「出発されますか?」

「ああ。こうなると、早く会いたくなってきた」

「お優しいですね。ちゅ」

「でへ」


 バグバットとは友誼を結んでいる。その彼がフォルトのせいで不利益を被るなら、気になるのは当然だ。真意があるなら早く確かめたい。

 その後はテラスへ出て身内を集める。そして、幽鬼の森へ移動する事を伝えた。もちろん移動は空を飛んでいく。


「すぐに幽鬼の森へ移動するが、問題はあるか?」

「いつでもいいわよお」

「ルリちゃんの言う通りね」

「あちらはブラウニーが管理していますわね。問題はありませんわ」


 レイナスの言う通り、幽鬼の森にある屋敷はそのままだ。畑や養鶏場などは廃止したが、屋敷内の管理はブラウニーがやっている。コストが低いのでフォルトの魔力は減っていない。


「主よ。わらわたちはどうすればよいのじゃ?」

「バグバットの真意次第だが、今は残ってくれ」

「では、留守中も解析をやっておきます」

「うむ。とりあえず、クウも残っておいてくれ」

「畏まりました」


 全ての眷属を残すが、バグバットとの会談次第では配置を考える必要がある。ドライアドは残るので、双竜山の森の管理だけなら問題はない。ダマス荒野の監視も続けてやってもらう。


「フォルト様。リゼット姫が例の物を渡したいと」

「後にしたいが、ついでだな。カーミラ」

「はあい!」

「もらっといて」

「分かりましたあ!」


 カーミラはリゼットと御茶会で面識がある。よって、城塞都市ミリエへ寄ってもらう。どうせバグバットとの会談は時間がかかる。それに『人形マリオネット』や魅了が使えるので、門衛などと問答にならず受け取れるだろう。


「では、俺はソフィアと行く」

「あ……。旦那様」

「どうした? セレス」

「私でいいでしょうか?」

「いいけど。何かあったっけ?」

「ターラ王国にある森の件ですね」

「ああ。バグバットなら知ってそうだな」

「はい。ダークエルフから情報が入っている可能性があるかと」

「協力者として使ってるんだっけ。それにフェリアスか?」

「はい」


 バグバットは情報通だ。ターラ王国で起こっているスタンピードの件。それにフェリアスの現状が聞けるだろう。どちらもセレスに関係がある。


「なら、ソフィア」

「分かりました。私は幽鬼の森で待っていますね」

「私たちは飛んで行くわ」

「運んであげるわねえ」

「平気か?」

「貴方よりは遅いわよ。でも、慣れておかないとね」

「ティオもやっておきなさあい」

「ちっ。どうせ、きさまに運んでもらえんのだ。それでいい」


 マリアンデールとルリシオンが悪魔になった事で、団体での移動が楽になった。姉妹とベルナティオ、それからカーミラとマモンで五人を運べる。

 彼女たちがレイナス、アーシャ、シェラ、ソフィア、リリエラを運べば一回で済んでしまう。これでセレスをフォルトが運べばいいだけだ。フォルトよりは飛行速度が遅いので、到着には時間がかかる。しかし、別に急いではいない。


「よし、行くとしようか。『大罪顕現たいざいけんげん強欲ごうよく』」


 そして、強欲ごうよくの悪魔マモンを召喚する。相変わらずのナイスバディだ。


「よお。私の力が必要かい?」

「うむ。一人、運んでやれ。それと……」

「御主人様。到着したら、マモンと食料の搬入をやりまーす!」

「あいよ。なら、アレも召喚しといてくれよ」

「分かった」



【サモン・アンドロマリウス/召喚・手癖の悪い盗賊悪魔】



 あれとはアンドロマリウスと呼ばれる盗賊悪魔だ。魔界に居る悪魔なので、フォルトが召喚をしてマモンへ指揮権を渡しておけばいい。十体も居れば十分だ。


「指揮権はマモンだ」

「「ギャ!」」

「んじゃ、先に行く。セレス」

「はい、旦那様。えい!」


 セレスがピョンと飛び跳ねてフォルトの腕に収まった。それに苦笑いを浮かべながら、『変化へんげ』で翼を生やして一気に空へ飛び立つ。下を見ると、すでに身内は見えなくなっていた。それからグングンと高度をあげて、アルバハードへ急降下をしていくのであった。



◇◇◇◇◇



「よく来たのである」


 アルバハードへ到着したフォルトとセレスは、バグバットの歓待を受けていた。闘技場の落成式典以来だ。そこまで時間はたっていないが、やる事が多かったので久々な気がしたのだった。


「バグバット様。お久しぶりです」

「闘技場以来であるな。セレス殿も御元気そうでなによりである」


 歓待は食堂でおこなわれている。長く伸びたテーブルの奥にバグバットが座り、その右側へフォルトとセレスが座っている。


「なんか、面倒な事に巻き込んじゃったようで」

「はははっ。気にしなくてよいのである。あれでいいのである」

「いいのか? エウィ王国の得では?」


 さっそく疑問を投げかける。ソフィアと話したように、バグバットが一方的に損をする条件だ。フォルトのように、最終的には力で解決するとは考えていないはず。彼は紳士なのだ。


「はて? 得になるのであるか?」

「俺がやらかした事の責任を追及されるだろ?」

「で、あるな」

「俺を殺すように言われると思うぞ」

「で、あるな」

「戦うのかい?」

「なぜ、主人と戦わねばならぬのであるか?」

「は?」

「以前、お話したであるが」

「賭けの事か? あれなら引き分けだぞ」


 戦神の指輪を持っていたのは、コレクターではない偽名の誰かだ。フォルトはコレクターへ賭け、バグバットは「黒い棺桶かんおけ」へ賭けた。結果はどちらもハズレである。


「引き分けであるか?」

「ああ。偽名の誰かが売りに出していた」

「なら、吾輩の負けであるな」

「え?」

「フォルト殿は、「売られていたら」と言ったのである」

「あれ? そうだっけ」

「賭けの時点では、裏のオークションなど互いに知らなかったのである」

「そ、そうだな」

「吾輩は「黒い棺桶かんおけ」が持っていると言ったのである」

「で、俺が「売られていたら」と言ったのか」

ゆえに裏のオークションで「売られていた」なら、吾輩の負けである」


 何の事はない。フォルトの勘違いだ。コレクションとして誰かが持っているだろうとは言ったが、賭けはただ「売られていたら」であった。誰が売ったとは言っていない。そして、記憶力では負ける自信がある。


「ま、参ったな」

「では、主人よ。なぜ、吾輩が主人を殺さねばならないのであるか?」

「あ、主人はやめてくれ。でも、そういう事か」

「裏のオークションの出来事は、情報として聞いているのである」

「さ、さすがだな。だから、簡単に受けたのか」

「で、あるな。吾輩はフォルト殿の配下である」

「後見人として責任を追及されても、俺が命令すれば白紙になると」

「で、あるな。それが主従関係というものである」

「ふふ。旦那様、一本取られましたね」


 フォルトは思い出してきた。たしかに言った。しかし、バグバットは「中立から出ない範囲で」とも言った。彼とは友誼を結んだのだ。それを無視する事は、自分が許せなくなる。


「中立から出ない範囲か」

「思い出してもらえたようであるな」

「俺には、その中立ってのがイマイチなんだが」

「どの国にも肩入れをしない事であるな」

「俺の後見人の話は?」

「順を追って説明するのである」


 バグバットの説明。まずソル帝国からエウィ王国へ、兵や冒険者を派遣しろという依頼だ。当然のように拒否すると思われたので、バグバットへ仲介を依頼してきた。この場合のバグバットは、アルバハードの領主として受けている。

 エウィ王国は、その回答としてローゼンクロイツ家を出すと言ってきた。しかし、異世界人への縛りがある。それに本来ならば、敵視行動をしているソル帝国へは出したくない。そこで、後見人を依頼してきたという経緯があった。


「つまり、それぞれから依頼を受けたと?」

「で、あるな。双方の依頼には応えたのである」

「俺が受けた時点で、中立として成立したのか」

ゆえにアルバハードは、どの国にも肩入れをしていないのである」

「すごいな。頭がよすぎるのでは?」

「ソフィア殿には敵わないのである。ただ、領主を務めて長いだけである」

「いやあ。尊敬するよ」

「中立かどうか分からない場合は、吾輩に聞くとよいのである」

「そうしよう」


 バグバットへ命令するという事は、聞く事と同意である。駄目なら駄目と言うだろう。中立でない場合は、命令を聞かないというわけである。それを主従関係と言ってもいいのかと思うが、彼には誠実でありたかった。


「でも、数は足りるのか? 兵と比べれば、俺たちの数は少ないぞ?」

「様子見であるな。フォルト殿の実力を探りたいのである」

「やれやれ。兵や冒険者は出せないって聞いたぞ」

「そのあたりは駆け引きであるが、すぐに出せないは事実であるな」

「そうなのか?」

「エウィ王国は大国に挟まれた形である。編成には時間がかかるのである」

「なるほど。ベクトリア公国だっけ」

「で、あるな。それにスタンピードの対応は急務である」


 リゼットにめられたわけではないようだ。バグバットは情勢を細かく知っている。今は兵を出せなくても、早急に誰かを送る必要はあったらしい。


「それで俺にか」

「で、あるな。戦力を減らさずに送れる人材である」

「国民じゃないって言ってるのにな。まあ、受けちゃったからいいや」

「では、食事をしながら友誼を深めるのである」

「なら、セレスの話は飯を食いながらで」

「はい。旦那様」


――――――パン、パン


 バグバットが両手をたたくと、扉の先から執事が入ってくる。彼とも久々であったが、部屋まで案内された時に軽く世間話をしておいた。

 その執事は食事の旨を聞き部屋から出ていく。それからすぐに、メイドと食事をともなって戻ってきた。フォルトは運ばれてきた飯に食らいつきながら、セレスの話を始めるのであった。



――――――――――

Copyright(C)2021-特攻君

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