第311話 真祖との友誼1

 リゼット姫の御茶会から戻ったフォルトは、さっそく緊急の身内会議を開催する。城塞都市ミリエを出るまでは普通の飛行魔法を使ったが、町が見えなくなると、いつものように超高速で飛んで戻ってきていた。


「もぐもぐもぐもぐ」


 双竜山の森へ戻る頃には夜になったので、ちょうど夕飯時であった。昼を抜いたので、暴食ぼうしょくが悲鳴をあげまくっている。会議は会議であるが、フォルトが落ち着くまでは始まらない。今はビッグホーンの肉が大量に消費されている最中だ。


「で、どうだったのお?」

「ター、もぐ、ラ、もぐ、王、もぐ、国へ、もぐ」

「話すか食べるか、どっちかにしなさい」

「もぐもぐもぐもぐ」


 フォルトは食べる方を選んだようだ。がむしゃらに食べているが、その光景をにらんだベルナティオが自分の肉を放り投げてきた。


「パクッ! もぐもぐ」

「ほら、ほら、ほら」

「パクパクパク! もぐもぐ」

「面白いな!」

「マスター。私もやっていいっすか?」

「もぐ、うむ」

「えいっす!」

「パクッ!」

「すごいっす!」

「まだまだいくぞ!」


 どうやら曲芸がお気に召したようだ。ベルナティオはクスクスと笑いながら、さらに肉を放り投げてくる。その肉を全部受け止めたフォルトは、一気に水を飲んだ。


「ぷはっ! 余は満足じゃ」

「ぷっ! もっとゆっくりと食べればいいっしょ」

「どうにも我慢ができなくてなあ」

「それで魔人様。何かあったのですか?」

「うむ。確定ではないが、ターラ王国とやらへ向かう」

「はあ? 貴方は何をやってきたのかしら?」

「それなんだがな。カーミラが話してくれると思う」

「はあい! じゃあ、話しますねえ」


 一息つけただけで、まだ食べるのだ。リゼットとの話は隠し事も含めて共有してある。よって、後はカーミラに任せた。

 それから彼女の話が進むにつれて、全員が聞き入っていた。時たまマリアンデールとルリシオンが笑うが、最後まで話が進んだのだった、


「ふーん。貴方、やり過ぎじゃない?」

「でも、面白いわあ。それぐらいでいいのよお」

「ははっ。もぐ、姫、もぐ、様、もぐ、の、もぐ、護衛、もぐ」

「だから、話すか食べるかしなさい!」

「あら、旦那様。お口に食べ残しが。ちゅ」

「でへ」


 またもや食べる事を選んだフォルトは、テーブルの上にある食事を平らげた。それからセレスの攻撃を受けた後に、椅子へもたれかかって腹をさする。


「うむ。余は満足じゃ」

「何回満足してるのよ!」

「ははっ。とにかくだ。カーミラの言った通り!」

「バグバットが後見人にねえ」

「もともと頼むつもりだったけどな」

「お願いしていたら敵対ですか。思いつかず、すみません」

「いや、どうだろうな。リゼットの脅しだったかもしれん」

「ソフィアさん。アルバハードとは敵対しないと思われますよ?」

「セレスの言う通りだ。俺の興味を引くためだろう。たぶんな」


 フォルトがバグバットへ後見人を依頼した場合の件。それはリゼットのブラフだと思われた。フォルト一人のために、アンデッドの大軍と戦うつもりはないだろう。そこまで愚かな王家とも思えない。


「あ……。ターラ王国には、セレスの両親が居るんじゃなかったっけ?」

「そうですね。両親は大丈夫だと思いますが」

「大丈夫なんだ」

「森の中ならエルフは強いですからね。ダークエルフも居ますし」

「ダークエルフか!」

「ですから、バグバット様の手伝いをしている種族ですよ」

「そ、そうだった」


 ターラ王国へ向かうならダークエルフはほしい。フォルトの考えなどセレスには御見通しなのでくぎを刺された。反対はしないが、物には順序があるのだ。


「まあ、バグバットに聞いてからだな」

「でも、受けるかは分からないのですよね?」

「そうだな。受けなきゃリゼットの勘とやらが外れるだけだ」

「姫様から友好を申し出たのでしたね」

「個人的にとか言ってたぞ。何を考えている事やら」

「今の話だけでは分かりませんわね」

「そうですね。私にも分かりません」

「レイナスとソフィアに分からないなら、俺も分からん」

「そんな事はどうでもいいわあ。裏切ったら殺せばいいだけよお」

「それは言っておいた。ローゼンクロイツ家は裏切者を許さない」

「合格よ。それでいいわ」


 リゼットの考えなど誰も分からない。そして、それに興味がある者も居ない。このあたりは、暇を見てレイナスとソフィアが分析をしてくれるだろう。エウィ王国については、彼女たちがよく知っている。


「そんな事より、フォルトさん!」

「なんだ? アーシャ」

「異世界人の持ち物は?」

「そうだった。カーミラ」

「はあい!」


 難しい話はアーシャも苦手なので、さっそく異世界人の持ち物に興味を示した。目録はカーミラに預けてあるので取り出してもらう。


「これでーす!」

「どれ、俺も見よう」


 目録を広げると、アーシャが隣へ移動して顔を近づけてきた。ドキッとしてしまうが、甘い匂いが鼻をくすぐった。しかし、相変わらず慣れない。


「ジュウは銃よね? 解体済みって……。分解して壊したのね」

「ペンとか包丁とかもあるな」

「サングラスとか、携帯電話もあるね!」

「マイクとかもあるな。カラオケでもしてた時に召喚か?」

「化粧品もあるけど。肌に合わないとねえ」

「携帯電話とかあっても使えないだろうしなあ」

「包丁は……。聖剣ロゼがあるわ!」

「い、いや。それはレイナスだけだろ」

「やーねー、冗談よ。でも、銃が多いわね」

「銃が合法の外国なら持ち歩いてるって聞いたな」

「日本じゃ考えられないわ」


 ロクな物がない。おそらくバッグを持ち歩いていた者が多く、その中身だったものが多いようだ。携帯電話などはスマートフォンではないので、かなり前に召喚された者が居たと理解できた。


「ほしい物はあった?」

「ないな。アメフトのボールがあってもなあ」


(ハッキリ言ってほしいものは何もない。元の世界を思い出す分にはいいが、俺は思い出したくもない。アーシャもほしいものはなさそうだな)


 銃があっても壊れているし弾もない。包丁などは珍しくもない。携帯電話は充電が切れているし維持する技術がない。アメフトのボールは趣味が合わない。


「服とかは?」

「見ないと分からんな。でもなあ」


 身内は変える必要がない。セレスとリリエラは作る予定だ。そうなると何も要らないという結論に達してしまう。フォルトは吸血鬼のコスプレが気に入っていた。しかし、その中にあって一つだけ目を引いたものがあった。


「とりあえず、これをもらっとくか」

「それって……。使えないっしょ?」

「ルーチェに渡せば、魔道具として使えるかもしれん」

「へえ。いざって時に便利かもね!」

「うむ。じゃあ、風呂に入るか」

「うん! 行こ行こ!」


 食事も終わり御茶会の話も終わったので、風呂へ入って寝る事にする。フォルトは食事の片付けをする者たちを残して、そのまま食堂を出ていくのであった。



◇◇◇◇◇



 アルバハードにあるバグバットの屋敷。そこには情報収集のため、南方へ向かっていたメドランとアクアマリンが戻っていた。その報告を受けるべく、彼らを執務室へ入れたのだった。


「御苦労だったのである」

「きひひ。公国の事は手紙に書いた通りだよ」

「うむ。おおむね情報通りであるな」

「手は抜いてねえが、知りたいのはもっと南だろ?」

「その通りである。吾輩の興味は竜王である」


 バグバットは安酒のボトルをメドランへ渡した。それからフェリアス産の茶を、アクアマリンの前にあるカップへ注ぐ。自分には同じくフェリアス産のワインだ。


「まあ、生きて戻れたぜ」

「馬鹿だねえ。そんな事を聞きたいわけじゃないさね」

「知ってるよ。竜王は爆睡中。以上だ」

「で、あるか」

「下級竜が騒がしかったぜ」

「竜王が休眠期で、下級竜が騒がしいのであるな?」

「そうじゃな」

「なら、上級竜が誕生したであるか」


 南方小国群。現在はベクトリア公国となったが、さらにその南方に位置する山岳地帯は竜の領域である。一般的にドラゴンと呼ばれる竜は下級竜の事だ。ワイバーンより大きく、世界最強の種族の一つに数えられる。

 そして、上級竜と呼ばれるドラゴン。その身に属性を宿した竜の事だ。火属性を宿せば火竜。水属性を宿せば水竜などである。それぞれファイアドラゴンやウォータードラゴンとも呼ばれていた。


「どこぞへ移動するかもしれないねえ」


 これらの上級竜は、世界各地へ移動をして自分の領域を持つ。火山があれば火竜がみついたりするのだ。竜の棲み処すみかになってしまうと、その近辺に生息する生物は餌になってしまう。ある意味で天災であった。


「水竜であれば海などであるが……」

「厄介なのは風竜かぇ?」

「どこを棲み処すみかにするか分からねえからな」

「で、あるな」

「大陸の端っこへ行ってほしいもんさね」

「どの上級竜か分からないのであるか?」

「分からねえな。そこまで近づけなかった」

「仕方がないのである。竜王が活動期であればよかったのであるが」


 竜王は全ての竜の頂点である。活動期に入れば、下級竜や上級竜を統率する存在だ。知性のある種族の中には、神と崇める者も居る。

 しかし、休眠期だと竜は好き勝手に動く。そのために偵察をしてもらったのだ。そして、今は休眠期であった。


「刺激をしなければ平気さね」

「吾輩は刺激をする愚かな種族を知っているのである」

「きひひ。アタシも知ってるねぇ」

「各国へ通達だけはしておくのである。御苦労であった」


 バグバットはワイングラスを持ち、メドランとアクアマリンへ向けてかたむける。これはねぎらいの仕草しぐさだ。二人も同じようにかたむけた。


「では、次の仕事を受けようかねぇ」

「いや。アクアマリンは己の主人が居る場所へ戻っていいのである」

「おや、いいのかぇ? 後、二回ぐらいはできるけどねぇ」

「今まで御苦労だったのである」

「きひひ。アタシはいいけどねぇ」

「ティナ様によろしくである」

「事が終わったら、会いに来ると思うよ」

「手伝う事は無理であるが、ご健勝を祈るのである」

「きひひ。世話になったねぇ。メドランも」

「寂しくなるが、せいぜい頑張りな」

「なら、事が終わったら会いに来てあげようかぇ?」

「はははっ! ババアが寿命で死んでなきゃな」

「口の減らないやつだねぇ。グリムよりは長生きをして見せるよ!」


 エウィ王国宮廷魔術師長グリムと関係があるようだが、個人の素性は聞かない事になっている。バグバットは知っているが、メドランは知らない。そして、探るような事もやらない。それでも信頼関係は結べていた。


「では、再会を楽しみにしておこうかねぇ」


 アクアマリンは立ち上がり、この場から去っていった。彼女が言うように、事が終わるまで会う事はないだろう。アッサリとしていたが、また会えることを二人は楽しみにしていた。

 それを確認するかのように、バグバットとメドランはワイングラスとボトルを高々と上げる。そして、一気に飲み干した。


「俺一人じゃ、大陸は回れねえぞ?」

「西はダークエルフに頼むのである」

「ならいいか」

「今はスタンピードが起きて大変であるが、数名なら平気である」

「結局起きちまったかあ。帝国は冒険者を出さなかったのか?」

「出したようであるが、人数が少ないのであるな」

「まあ、いまさらか」


 ソル帝国の思惑は分からない。しかし、それを言っても始まらないだろう。すでに起きてしまったので、その対応が急がれるのだ。


「まったく。森へ被害が出なけりゃいいがな」

「族長が居る間は平気であるな」

「森から出なきゃいいだけか」

「エルフとの関係も良好である。そこは心配していないのである」

「人間か? 婆様は討伐の手伝いをしないだろ」

「で、あるな。手を抜いた帝国の責任ではあるが」

「三国会議で議題にはあげたんだろ? 俺らの知ったこっちゃねえな」

「で、あるな」


(しかし、帝国から依頼をされたのである。思惑がありそうであるが、中立の吾輩としては受ける必要があるのであるな。それに、もう一方も……)


「メドランは打ち合わせが終わった後、しばらく休んでいいのである」

「嬉しいねえ。なら、久々に町で遊ばせてもらうぜ」

「呼び出すまでは、ゆっくりとするのである」


 それから二人は細かい打ち合わせを始めた。大陸で起こっている事を分析して、アルバハードを守るのだ。中立を維持するために必要な事である。それが終わった後、バグバットはある手紙を書き始めるのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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