第310話 リゼット姫の御茶会4

 エウィ王国の第一王女リゼット御茶会は続く。フォルトは茶を飲みながら彼女と話すが、たわいもない話だ。好きな食べ物の事やら、森では何をしているのか。趣味や特技なども聞かれた。趣味は惰眠だみんで特技はなしなのだが……。


(こんな意味のない事を話して楽しむのが御茶会か? いや、女子会とかこんな感じとか聞いた事があったな。まあ、俺は男だけど)


「ふぁぁあ」

「御主人様。眠そうですね」

「まあな。リゼット姫。これが御茶会か?」

「そうですね。ゆっくりとリラックスができたと思いますが」

「リラックスし過ぎるな。眠くなった」

「貴様。姫様の前で、なんとだらしない顔をしているのだ!」

「顔の事は言うな。生まれつきだ」


 今は元の姿だ。つまり、おっさんである。容姿を言われても仕方がないのだが、きっとその事ではないだろう。生活のだらしなさが顔に出ているようだ。

 そんなくだらない事を考えながら、グリューネルトを軽く受け流して空を見上げる。すでに太陽は真上にあり、昼の時間になった事が分かった。


「時間だけは、あっという間だな」

「それが御茶会ですわ」

「ふーん。さて、そろそろ本題を聞こうか?」

「そうですね。フォルト様にはターラ王国へ向かってほしいのです」

「ターラ王国?」

「はい。フレネードの洞窟でスタンピードが起きたらしく」

「俺には関係がないな」

「もちろんです。ですが、兵は出せず頼れるのはフォルト様だけ」

「冒険者とかが居るだろ。それに頼みを聞く義理もない」

「貴様はグリム様の客将だろうが!」

「客だからな。主従関係はない。そんな事も知らんのか?」

「くっ!」


(なんだかなあ)


 礼儀がなっていないなどと言われたが、グリューネルトもなっていない。ローゼンクロイツ家の当主を貴様と呼んでいる。それもベルナティオを彷彿ほうふつさせた。話し方も似ている。女騎士や女剣豪は、そんなものかもしれないと思った。


「フォルト様?」

「い、いや。なんでもない。とにかく、他の者に頼むのだな」

「ですが、ターラ王国では罪のない人々が」

「そのような偽善は止めろ。みにくいだけだ」

「まあ。それはひどいおっしゃりようです」

「事実だ。他国の人間がいくら死のうと関係ないだろ?」

「そうなのですが……。チラチラ」

「擬音も付けるな。レイナスがやるなら、かわいいがな」

「あら。私では駄目ですか?」

「駄目だな。なぜ駄目かは差し控えよう。ティオモドキが怒る」

「貴様……」


 フォルトは身内が一番大好きだ。他の女性に興味がないと言うとうそになるが、王女に手を出すつもりはない。気安い関係になるつもりもない。今のリゼットでは琴線きんせんに触れないのだ。


「カーミラ様が羨ましいですね」

「俺の半身と言っても過言ではないな」

「キャー! 御主人様、大好き! ちゅ」

「でへ」

「きゃ!」

「なっ! 貴様!」


 カーミラが場所をわきまえもせずに立ち上がり、いつもの調子で頬へ口づけをしてくる。それを見たリゼットは両手で目を隠し、グリューネルトは剣へ手を伸ばした。しかし、これでいいのだ。傲慢ごうまんで不遜を演じているのだから。


「も、もぅ、グリューネルト。あなたも座ってください!」

「で、ですが!」

「いつもそればっかり。フォルト様は何もやっていませんよ?」

「やっているではないですか。このような破廉恥な」

「でへ。そっちが何もしないなら、俺は何もせん」

「くっ! わ、分かりました。姫様」


 グリューネルトは渋々椅子へ座った。しかし、いつでも立てる状態だ。さすがはリゼット姫を護衛する女騎士である。


(くっ! ばかりだな。くっころは確定で言いそうだ。こいつも奇麗だが、ティオと被るから要らん。それはそれとして、なんで俺なんだ?)


「なあ。なぜ俺を行かせたいんだ?」

「フォルト様は特別な扱いを受けている異世界人ですので」

「特別か。だが、異世界人は国外へ出せないと聞いたが?」

「そう申されても、出ていますよね?」

「うっ! そ、そうだが。なら、元勇者チームのやつらでは?」

「おそらく向かっていると思われます」

「そうなのか?」

「バグバット様が依頼されたと思います」

「たしか、後見人だったな」


 元勇者チームのプロシネン、シルキー、ギルはバグバットが後見人になっている。どの国にも所属できないし、させてはならない協定がある。

 しかし、バグバットの依頼ならば受けるだろう。スタンピードは人類の脅威だ。当然、向かっていると思われる。


「はい。ですが、三人では……」

「そうかもな」

「それにフォルト様の事は、バグバット様へ後見人を依頼しております」

「は?」

「お返事はまだですが、おそらく引き受けてくれるかと」

「ちょ、ちょっと待って?」

「どうしましたか?」

「な、なぜバグバットに後見人を?」

「フォルト様を国外へ出国させるためです。帝国へ寝返らないように」

「行く気はないし、帝国にも興味はないんだが?」

「あ、あら。引き受けてくれると思い、すでに御願いを」

「………………」


 本人に確認を取らずに進めている。それにはイラっとくるが、すでに遅い。相手が赤の他人なら突っぱねられるが、残念ながらバグバットだ。

 後見人の話は、自分から頼もうとして自分から断った経緯がある。しかし、今度はエウィ王国からだ。正式な外交依頼であれば無視をしないはずだ。


(これ……。後見人の話は借りを返してからと思ったが、国から依頼してるなら俺が勝手にやった事にならないな。ある意味、波風を立てなくて済むか?)


「それって、グリムの爺さんの考え?」

「その前に。グリューネルト、席を外してもらえますか?」

「姫様。それは危険です」

「この話は、あなたにも聞かせられないのです」

「そ、それは。私は姫様の護衛を!」

「エウィ王国の未来がかかっています」

「っ!」

「席を外してくれますね?」

「わ、分かりました。ですが、そこの女も……」


 グリューネルトはカーミラを見る。ていよく人質に使うつもりだ。リゼットへ手を出したら殺すとでも言いたげだった。


「フォルト様。いいですか?」

「うーん。カーミラ、席を外せ」

「はあい! でも、どうせ後で聞きますよお?」

「まあな。どうやら、ティオモドキに聞かせられないようだ」

「えへへ。分かりましたあ」

「では、姫様。何かされそうなら……」

「平気ですよ。話が終わったら呼びます」

「はい。おまえもこっちへ来い!」


 グリューネルトはカーミラを連れてテラスから離れていった。しかし、見える位置で立ち止まる。それから彼女の後ろへ立ちにらんでいる。妙な動きをすれば、捕らわれるか斬られるだろう。しかし、心配はしていない。


「エウィ王国の未来と言ったか?」

「ふふ。あれは冗談ですよ。ああでも言わないと離れませんので」

「ほう。まあ、続きを聞こうか」

「誰の考えかですね? 私です」

「は?」

「フォルト様が喜ぶと思いまして」

「よく分からんが、どうして喜ぶと思った?」

「勘ですね」

「勘か……」

「バグバット様と仲がよろしいようですので」

「それだけ?」

「フォルト様が直接頼まれているかなと」

「ほう」

「直接頼まれると、エウィ王国はフォルト様を反逆罪で処分します」


 フォルトがバグバットへ後見人を頼む。それをやると亡命と同じ事だ。異世界人の亡命など、エウィ王国の威信に傷が付く。

 そうなると確実に刺客が向かう事になる。たとえアルバハードが敵になってもやるだろう。異世界人の離反などあってはならないのだ。それが勇者召喚をやっている国の威信というものである。


(それって、ただの勘でやる事かね? ソフィアのように頭がいいのか? 悪くはなさそうだが、なんとなく違う気がするな……。勘ねえ)


「それは、エウィ王国にメリットがないように思えるが?」

「もちろん狙いはありますわ」

「それは?」

「私はフォルト様と、個人的に友好を結びたいのです」

「は?」

「駄目ですか?」


 個人的に友好を結びたい。それにどんな意味があるかは分からない。しかし、身内ではないので信用をしない。それでも興味はあった。複雑な思いだが、そう思わせる何かがリゼットにはあった。


「駄目というか。王女様と個人的にって……」

「問題はないですよ。フォルト様はローゼンクロイツ家という貴族ですし」

「魔族の貴族だぞ?」

「グリム様も同じ事をしていると思いますが?」

「ま、まあ。そうなるのか?」

「さすがに誰でもというわけにはいきませんが、フォルト様なら平気です」

「ふーん。だが、信用はしない。それに面倒な事もしない」

「それでいいですよ。信用は時間をかけて作るものです」

「そうだな。信用を得るには時間がかかる。だが、壊すのは一瞬だ」

「理解しています。では、ターラ王国の件。受けてくださいますか?」

「いいだろう。だが、バグバットが了承をしたらだ」

「分かりました」

「後、グリムの爺さんには伝えておけ。俺はグリム家を信用している」

「それも分かりました」


 これで御茶会の本題は終わりだ。リゼットの護衛であるグリューネルトにも内緒の話である。ならば、本当に個人的な友好を結びたいのかもしれない。

 それでも信用をしていないので、御茶会の前に口裏を合わせている可能性が高いと邪推をする。そうなると信頼は一瞬で壊れるだろう。そして、その代償を支払う事になる。それを彼女は覚悟しているのだろうかと思ってしまう。


「ローゼンクロイツ家は裏切者を許さない」

「まあ、怖いですわ」

「そのつもりでな。では、俺を呼んだ餌を見せてもらえるか?」

「餌……。フォルト様は毒舌家でいらっしゃいますね」

「そ、そうか? それはすまん」

「ふふ。かわいいところもありますのね」

「っ!」


 なにか手玉に取られている感じがするが、リゼットはおもむろに手を上げる。すると、グリューネルトとカーミラが戻ってきた。


「グリューネルト。あれを」

「畏まりました」


 グリューネルトは懐から数枚の紙を取り出す。それをフォルトへ渡してきた。それを受け取ったフォルトは、カーミラが座ったのを確認して内容を見る。


「これが異世界人の持ち物ねえ」

「はい。渡せない物もありますが、渡せる物はそちらに」

「ふむ。この紙はもらっていいのか?」

「もちろんです。すぐには決められませんよね?」

「ああ。持ち帰って身内と相談する」

「また連絡をしますので、その時に」

「分かった。バグバットから返事がきたら教えろ」

「はい。分かりましたわ」

「貴様! 姫様に命令をするのか!」

「あら。もうこんな時間。では、フォルト様。お開きにしましょう」

「うむ。では、帰る」

「き、貴様! 聞いているのか! ひ、姫様も……」


 グリューネルトには可哀想かわいそうだが、フォルトとリゼットは無視をする。長時間の御茶会になってしまったので、さっさと帰りたいのだ。


「ほら、グリューネルト。お見送りを」

「ひ、姫様!」

「いや。飛行の魔法で帰るから要らん」

「そうですか。さすがは高位の魔法使い様ですね」

「褒めても何も出ん! カーミラ、帰るぞ!」

「はあい」



【フライ/飛行】



 フォルトはカーミラを抱いて飛行の魔法を使う。この場では『変化へんげ』はできない。まずは城塞都市ミリエを出ていくまでは飛行の魔法で飛ぶ。

 きっと監視がついているだろう。後ろを見ると、リゼットとグリューネルトが見ていた。町中でも監視する者たちがいるはずだ。


「御主人様。どうでしたかあ?」

「面白いと言えば面白いか。バグバット次第だが、久々の旅だな」

「おっさん親衛隊のレベルが上げられそうですね!」

「そうだった。なら、意外といい話だったかもな。他には……」


 ターラ王国の件はバグバット次第だ。フォルトの後見人になるなら、リゼットとの約束通りに向かう事にする。それにカーミラの言う通りでもあった。

 スタンピードでフレネードの洞窟からあふれた魔物の強さは分からないが、レベルを上げる事に使えそうだ。そんなメリットを他にも思い浮かべつつ、高度を徐々に上げていくのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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