第309話 リゼット姫の御茶会3
「貴方。御茶会は一週間後よね?」
食事の終わったフォルトは、テラスへ出てカーミラとともにくつろいでいる。同じテーブルには、マリアンデールとルリシオンが座っていた。リゼット姫からの誘いを受ける事にしたので、その話をしながらオヤツを食べるところだ。
「それなんだがな」
「待ってねえ。御茶を入れるわあ」
ルリシオンが優雅に茶を入れてくれる。リゼット姫の出す茶よりも、おいしいと言いたげだ。人間との格を見せつけるかのような
「聞いて驚け。今すぐに行く!」
「「ええっ!」」
「いきなり来られたら、あっちも驚くだろ?」
「貴方。すぐに行くと、物で釣れたと思われかねないわ」
「あ……。そうなの?」
「それはそうでしょお。向こうは大物が釣れたって喜ぶわねえ」
「そ、そうか。いきなり行ったら、相手がどう対処するかなとな」
「あはっ。それはそれで面白そうね」
「それもありなのかしら。あっちを試すわけね?」
「でも、今から行くと夕方じゃないかしらあ」
「そ、そうか。なら、明日の朝一番で行こう!」
先ほど食べた食事は昼食だ。今から城塞都市ミリエへ向かっても、それなりに時間はかかる。もちろん高角度で落ちていく方法だ。
城の前では降りられないので、壁をこえてすぐに降りるつもりだった。そうなると多少は歩く。城へ入るのは夕方になりそうだった。
「朝一番って。貴方、起きられるのかしら?」
「無理。だから、今から寝る。おまえたちも来い!」
「ちょっとお。御茶を入れたばかりよお」
「持っていく。さあ、やるぞ!」
「さすがは御主人様です!
いつもは昼前や昼過ぎに起きている。そんなフォルトが朝一番に起きるのは難しい。起きた事はあるが、とても
そして、今から寝ると決めたら
◇◇◇◇◇
「さて、どうなる事やら」
朝一番。まだ太陽が昇り始める前に出発したフォルトとカーミラは、魔力を全開にして飛行し、あまり人間たちが出歩ていない時間に到着した。そこからは歩いて城へ向かう。そして、城の門衛に到着を知らせるのであった。
「フォルト・ローゼンクロイツだ。リゼット姫は居るか?」
「き、貴様! ここをどこだと思ってるのだ!」
「聞こえなかったのか? ローゼンクロイツ家の当主様が、お出ましだぞ」
フォルトは両腕を組んで偉そうに言う。門衛の数は十人だ。さすがはエウィ王国の王城である。門の外に設置された詰め所の中にも大勢の門衛が居るだろう。
「ロ、ローゼン……。こ、これは失礼しました!」
「うむ。分かればよい。で、リゼット姫は居るか?」
「い、いらっしゃいますが、まだ御休み中かと思われます!」
「ふん。呼ばれたから来てやったが、まだ寝てるだと?」
「ただいま、お伝えに向かいます!」
「俺を待たせるとは。それがエウィ王国の礼儀か!」
「し、失礼しました! ですが、御茶会は一週間後では?」
「ほう。俺に意見をするか? 貴様、死にたいらしいな」
「ひっ!」
「御主人様? やっちゃいますかあ?」
「面倒だから勘弁してやる。さっさと伝えてこい!」
「わ、分かりました!」
門衛はローゼンクロイツ家の事を聞かされているのだろう。その内容までは分からないが、失礼のないように対応をしていた。
それでも、いきなり来るとは思っていなかったようだ。しかも、朝っぱらである。意表を突いたと言えば突いたはずだ。これはこれで、やはり楽しい。
(行ったな。まあ、一週間後と聞かされていればこうなるか。しかも、馬車ではなく徒歩で来た。門衛にとってはビックリ仰天だろうな)
「ぷぷぷっ! ご、御主人様! 面白いですよお」
「だろ? やはり手紙の届いた次の日に来たのは正解だ」
カーミラがケタケタと笑っている。今は『
「まあ、待つしかないか」
門衛の一人が居なくなったところで門を見ると、他の門衛が居た。しかし、フォルトとは距離を取って門を守っている。おそらく門へ近づけば、道を
そうなると問答になるので、
「あ、会われるそうです! こちらまで」
「うむ。御苦労」
この門から先は、エインリッヒ九世と面会する時に馬車で通った事があった。歩きだと違った風景が見えるが、特に興味はないので門衛の後を付いて行く。
すると、王宮が見えてきた。そして、その王宮の外にあるテラスへ案内される。しかし、誰も居ない。設置されているテーブルには何も置かれていなかった。
「誰も居ないぞ? 本当にここか?」
「は、はい! 今、準備をしているところです!」
「ブラウニーなら、そんな準備など終わっているぞ!」
「し、失礼しました! しかし、このまま座って御待ちください!」
「もういい。待っているから、さっさと連れてこい!」
「ぷぷっ。御主人様!」
「わ、分かりました!」
「俺のカーミラを見て赤くなるとは」
「えへへ。リリスは
「そ、そうか。カーミラ、膝を」
「ここでですかあ? 椅子がありますよお」
「椅子へ座らず寝転がる。さあ、姫様はどうするかな?」
「面白い事をしますねえ。御付きの人間が怒鳴ると思いまーす!」
「たしかにそうなりそうだな。でも、寝転がる」
「はあい!」
フォルトは有言実行をする。カーミラの膝枕は至高の枕だ。その膝枕を堪能しながらニヤける。ローゼンクロイツ家として振る舞い、遊びも取り入れる。怖い者は他の魔人だけなのだ。これで
「あまり待たせると寝ちゃうぞお」
「御主人様を待たせるなんて、生意気ですよねえ」
「まったくだ。それにしても……」
「取り囲まれてますねえ」
「そうだな。まあ、見破られてたら世話はないが」
フォルトは魔力探知を広げている。テラスを中心に、扉の奥や草むらなどに兵士らしき人間たちの反応があった。近くの扉の奥からは二人ほど歩いて向かってきている。おそらくリゼット姫と御付きの者だろう。
そして、それは当たりのようだった。扉を開けて二人の女性が出てきた。一人はリゼット姫だ。御付きの人間は見た事がない。なかなか美しい女騎士だった。
「貴様! 何をやっているか!」
当然のように女騎士が怒鳴ってきた。ワインレッドのような濃い赤紫色の髪を伸ばした女性で、ベルナティオと同い年か年下に見えた。
「見ての通り膝枕だ。おまえこそ何者だ?」
「無礼者が! 私は姫様の護衛をする者だ!」
「ほう」
「立て! 今すぐに首を
(そりゃそうだろうな。カーミラが言った通りになったが、これからどうすりゃいいんだ? さすがに首を
「グリューネルト、お止めなさい!」
「ひ、姫様。ですが、この者。無礼が過ぎます!」
「よいのです。こちらがお呼びしたのですよ?」
「姫様はエウィ王国の第一王女なのですよ!」
「フォルト様はローゼンクロイツ家の当主様です」
「予定では一週間後です!」
「私の顔に泥を塗る気ですか?」
「泥を塗っているのは、この男です!」
何やら言い合いを始めたようなので、もっと遊ぶ事にする。女騎士が怒ったところで怖くはなかった。日本に居た頃なら土下座をしそうになるが、とっくにローゼンクロイツ家の当主で魔人なのだ。
「グリューネルトと言ったな。ローゼンクロイツ家を
「なんだと!」
「人間の王族など、わが家の足元にも及ばぬ」
「貴様も人間だろうが! もう許さんぞ!」
「リゼット姫。これがエウィ王国の礼儀かな?」
「失礼をしました。グリューネルト! 剣から手を下ろしなさい!」
「ひ、姫様!」
「もう茶番はいい。御茶会を始めるのだろ?」
「はい。グリューネルト、準備をするように伝えてください」
「わ、分かりました」
グリューネルトはフォルトを
「御主人様。遊びすぎですねえ」
「ははっ。いいじゃないか。カーミラも遊べと言ってただろ?」
「あまり遊びすぎると、敵対する事になっちゃいますよお」
「そうだったな。なら、このあたりで勘弁してやるか」
「はあい!」
そんな事を話ていると、二人が戻ってきた。グリューネルトは椅子を引いてリゼットを座らせる。そして、そのまま立っていた。
「舞踏会以来ですね」
「そうだな。しかし、御茶会とは唐突な」
「あの時は、ゆっくりと御話ができませんでしたから」
「俺と話しても面白くもないぞ。なあ、カーミラ」
「えへへ。面白いですよお」
「ちょ! そこは
「ふふ。面白いようですよ」
「くっ!」
リゼットは満面の笑顔になった。先ほどまでグリューネルトを抑えていたとは思えない。まるで天使のような笑顔だ。
「そこの女騎士も座ったらどうだ?」
「余計な御世話だ。貴様が姫様を害さないように立っている」
「それは御苦労な事だ。いきなり来てビックリしただろ?」
「ふん! 礼儀の知らんやつだ。それで魔族の貴族とはな」
「魔族は力が全てだからな」
「それで?」
「人間の礼儀をやってほしければ、俺を倒す事だ」
「姫様。この無礼な輩を斬る許可をください」
グリューネルトはプルプルと震えながら鬼の形相をしている。それでも奇麗な事に変わりはないので
「もぅ、フォルト様。私と御話をしてください」
「だ、そうだ。斬れなくて残念だな」
「くっ!」
からかい過ぎたか。今にも腰へ差した剣を抜きそうだが、許可がなければ抜く事は
「単刀直入に聞こう。俺を呼んだわけは?」
「もう本題ですか? まだ御茶も出しておりませんよ」
「なら、早く始める事だ。もう帰りたくなってきた」
「もう来ますわ。ねえ、グリューネルト」
「はい」
そこまで話したところで近くの扉が開いて、数名のメイドが御茶会のセットを持ってきた。どれも美しい御嬢様方だ。
そんな彼女たちを見ていると準備が終わったようだ。テーブルの上にはポットや菓子が置かれ、各人の前へティーカップが置かれる。それから茶を注いだ彼女たちは、扉の奥へ戻っていった。
「ティオモドキも座れば?」
「二度も言わすな。それより、ティオモドキとは何だ?」
「ベルナティオの偽物。イメージが被る」
「ベルナティオ……。〈剣聖〉様か!」
ベルナティオの名前が〈剣聖〉と合致した瞬間、グリューネルトは目をキラキラさせてフォルトを見た。つい先ほどまで剣で斬りかかろうとしていた人物とは思えない変わりようだ。それには少々たじろいでしまう。
「ど、どうした!」
「フォルト様。グリューネルトは、ベルナティオ様に憧れているのです」
「そ、そうか。たしかに強いからな」
「女性の騎士は、皆さんがそうですよ」
「へえ。ティオも人気なんだな」
「その〈剣聖〉を擁したフォルト様は、さぞかしお強いのでしょうね」
「そうだな。その扉の奥や草むらに隠れている兵よりは強いぞ」
「まあ。お気付きでしたのね」
リゼットが口へ手を当てて目を丸くしている。グリューネルトを見ると、キラキラとさせていた目は、フォルトを刺すような目に変わっていた。
「魔力探知ぐらい知っているだろ? あからさま過ぎだな」
「ふふ。失礼しましたわ」
またもやリゼットが天使の笑顔を見せる。侮れないと思っていたが、どうやらこちらも試されていたようだ。それにしても何を考えているのか。それがまったく読めないフォルトは、手前にあるティーカップへ口を付けて茶を飲むのだった。
――――――――――
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