第307話 リゼット姫の御茶会1

 ソフィアが受け取ったグリムの手紙の内容。それはエウィ王国第一王女リゼットの御茶会へ参加してほしいとの内容だった。これには溜息ためいきをついてしまう。


「はぁ……。またか」

「御爺様でも対処ができなかったようですね」


(ローゼンクロイツ家を名乗り、王様やグリムの爺さんと話した時に、こうなる事は理解していた。マリとルリも貴族が寄ってくるとか言ってたしな)


 フォルトの力や立場を目当てに寄ってくる家格の低い貴族は、グリムやソネンがシャットアウトをしている。しかし、王族ではグリムの力が及ばない。せいぜい意見をするぐらいが関の山だろう。デルヴィ侯爵などはケースバイケースか。


「なんかさ」

「はい?」

「慣れてきたな」

「ふふ。たしかにそうですね」

「まあ、世話になってるけどなあ」


 グリムについては世話になっているし嫌いな人物ではない。そこそこではあるが恩義も感じていた。双竜山の森を貸し出し、森へ領民を近づけさせないという約束は守られている。たまに毒野菜などの差し入れもある。

 それに対して彼の頼み事としては、ソフィアの庇護から三国会議での護衛。エインリッヒ九世との面会。その後は客将となり、レイバン男爵の捕縛と新興の裏組織「蜂の巣」の半壊。そのうえ、双竜山の森から帝国軍の監視だ。


(魔の森の亜人種の件やビッグホーンの素材は置いておこう。ついでみたいなものだし、闘技場を作ってもらったからな。それでも……)


「もう十分だろ? グリムの爺さんへの借りは返したはずだ」

「それについてはなんとも。私の家族ですので」

「あ……。すまん」


 それでもグリムは、愛しの身内であるソフィアの家族だ。それもあって、多少の頼み事は渋々でも聞いていた。しかし、少々不満が出てしまったようだ。彼女を悲しませるつもりは毛頭ない。


「これが板挟み」

「はい?」

「いや。知ってはいたが、人間はしがらみが多いなとな」

「そうですね」

「人間を見限っても、共存したいなら仕方がないかあ」

「………………」

「でもなあ。ただ行くのもなあ」


 楽しむと決めても、なかなか改善されるものでもない。それにメリットもない。二つ返事で受けると、ローゼンクロイツ家を軽く見られる。つまり、マリアンデールとルリシオンに怒られる。それは嫌だ。


「よし、シカト。呼ぶなら相応のものを用意しろだ」

「相応のものですか?」

「ローゼンクロイツ家を呼ぶに足るものだな」

「ふふ。頼もしいですね」


 ここで遊びを入れる。ほしいものは自堕落生活を邪魔されない平穏な日々。安らぎがほしい。それはグリムも知っているしエインリッヒにも言った。

 それが望めないなら、相応の対価を支払ってもらう。デルヴィ侯爵が言っていた事だ。人に頼み事をするなら対価を支払えと。


「まあ、安らぎ以外は要らないんだけどな」

「すでに無理でしょうね。でも、何も言われない間は安らいでますよ」

「そうだな。こうやってダラケている時が一番幸せだ」

「ふふ」


 フォルトは足を伸ばして腰を前へ出す。満員電車でやると、白い目で見られる格好である。腰が前へ出た分、ソフィアの顔に近づいた。


「ソフィア」

「フォルト様」


 お互いの顔が近づき、唇が触れる瞬間。頭頂部に柔らかい二つのモノを感じた。どうやら帰ってきたようだ。


「御主人様。続けていいですよお」

「うむ。ちゅ」

「っ!」

「元聖女様は真っ赤ですねえ」

「も、もぅ! カーミラさん!」

「えへへ。私も! ウリウリ」


 ソフィアがカーミラを見ながら、プクっと頬を膨らませる。カーミラはフォルトの頭頂部で、柔らかい二つのモノを左右へ転がす。


「でへ」

「フォルト様まで!」

「ははっ。カーミラ、ダマス荒野はどうだった?」

「いつもと変わりませーん!」

「そっか。そうそう、また王族から呼び出しがきてなあ」

「またですかあ? 面倒ですねえ」

「まあな。だが、相応のものを寄越せと伝える」

「えへへ。遊びだしましたねえ」

「うむ。何がもらえるか賭けるか」

「いいですよお。御主人様は、何がもらえると思いますかあ?」

「そうだなあ。なんだろ? どうせ金だろ。ソフィアは?」

「ただの御茶会ですからね。王家御用達の御茶などでしょうか」

「じゃあ、私ですねえ。きっと、お姫様だと思いまーす!」

「なにっ!」


 ローゼンクロイツ家を御茶会へ呼ぶために王族が用意するもの。それをカーミラはリゼット姫だと言う。さすがに、いくらなんでもそれはないと思われる。


「ないな」

「ないと思いますよ?」

「えへへ。大穴ですよ、大穴!」

「むぅ。もしリゼット様だとして、フォルト様はもらうのですか?」

「い、いや。要らん! かわいいけど、王族なんぞ要らん!」

「かわいいですか。そうですか」

「ソ、ソフィア?」

「ふふ。冗談です。ちゅ」


 ソフィアの演技にだまされてしまった。彼女は演技がうまい。庇護する時にもだまされた。単純にフォルトがだまされやすいだけかもしれないが。


「と、とにかくだ。手紙を送っといてくれ」

「はい」


 こんな賭けなど遊びだ。何も用意しなければ行かないだけだが、ローゼンクロイツ家を呼ぶに足る相応なものには興味が出てきた。すぐに返事はこないだろうが、待ってる間はいつもの自堕落を続けるのであった。



◇◇◇◇◇



「俺の防御を突破できるかな?」


 大柄な熊人族の男性が、ラージシールドと呼ばれる大盾を構えて防戦をしている。攻めているのはギッシュだ。同じ大柄なので、巨漢対決をしている感じである。


「オラオラオラ!」

「はははっ! そんな攻撃じゃビクともしねえぞ!」


 ギッシュが熊人族の持っている大盾をグレートソードで殴りつけている。しかし、その防御を崩せない。剣を弾く事とはわけが違う。体全体を隠すような大盾なので、攻め込む場所が少なすぎるのだ。


めんな! おらあ!」


 正面から殴りつけていたのはストレスの発散だ。だいぶエンジンがかかってきたので、大盾へ蹴りを放つ。それから膝に手を添えて押し出した。


「おっと」


 その勢いに押し込まれた熊人族の男性は後ずさる。しかし、押されただけなので大盾の構えはかない。


「さて、こっちからも行くぜえ」


 熊人族の男性は、大盾の裏へ備え付けてある剣を握る。それからギッシュへ向かって歩き出した。彼には男性が剣を持っているのが見えていない。


「おら! 来いよ、亀ヤロー!」


 ギッシュの挑発には乗らないようだ。熊人族の男性は亀のように縮こまりながら近づいてくる。そして、二人の距離が近づいた瞬間に大盾が突き出された。


「熊だがな。ていっ!」


 熊人族の男性は大盾を突き出すと同時に剣を抜く。それから体を横へ向けて剣を構えた。後はギッシュが受け止めるであろうグレートソードを弾いた瞬間に斬りかかればいい。そう思った時……。


めんなって言ってんだよ! おらあ!」


 なんとギッシュがグレートソードを地面へ突き立てて、突き出された大盾を両手で受け止める。それから勢いよく奪い取って、地面へ放り投げた。


「な、なにっ!」

「ガラあきだぜ! オラオラオラ!」


 いきなり大盾がなくなった熊人族の男性は呆気あっけに取られていた。そこへギッシュの拳が顔面へ向かってくる。さすがに対応ができないようで、二発三発と硬い拳が直撃した。


「ぶっ、ぶっ、ぶっ!」

「おまえの負けじゃい!」

「ぐおっ!」


 その後は足で腹を蹴って仰向けに倒す。そして、マウントポジションを取った。熊人族の男性は両手で頭をガードする。


「終わりだ! ギッシュ、ストップ!」


 ギッシュはガード越しに殴ろうとしたが、シュンに止められてしまった。しかし、これは模擬戦である。それは分かっているので殴るのを止めた。


「へっ! どうよ?」

「滅茶苦茶な戦い方をするやつだな。だが、面白い戦いだったぜ」


 ギッシュはマウントポジションをいて立ち上がる。それから熊人族の男性へ手を伸ばして起き上がらせた。


「おう! ヴァルターさんよ。なかなか面白かったぜ」


 ギッシュの相手をしていたのは、討伐隊の総司令官である熊人族のヴァルターだ。ブロキュスの迷宮では精鋭部隊の隊長を務めていた。

 総司令官は各種族で持ちまわる。前回はエルフ族のセレスが務めたが、これからしばらくの間は獣人族のヴァルターが務める。


「やっぱり人間相手じゃ、魔物とは勝手が違うな」

「あたりめえだ。ここが違うのよ。ここが」


 ギッシュは自慢のトサカリーゼントを整えながらニヤリと笑う。脳筋の部類に入る彼だが、喧嘩けんかに関しては超一流だ。武器を使った戦闘であればレベル相応の強さであるが、喧嘩けんか殺法を交えるとさらに強い。


「気に入ったぜ。ギッシュ、酒は飲めるんだろ?」

「おおよ」

「後でおごってやる。一緒に飲もうぜ」

「マジか? いいぜ」


 大柄な男性二人は意気投合をしたようだ。同じタンクであるが、お互い戦い方が違う。その点に共感を得たのだろう。


「んじゃ、後でな。俺は他のやつらの面倒を見てくる」

「おう! またな!」


 フェリアスへ来るまでの機嫌は完全に直っていた。ギッシュは野性的でもあるので、獣人族が気に入ったようだ。数日の間滞在をしただけで、打ち解け合っている。


「ギッシュ。また危ない戦い方をして」

「うるせえぞ、空手家。勝ったんだからいいんだよ」

「でも、野生の勘でも働いてんのかしら?」


 アルディスはヴァルターの動きを後ろから見ていた。あのままギッシュがグレートソードで大盾を受け止めていたら、左わき腹を斬られていただろう。

 それにしても危うい戦い方だ。ワイバーンの背に乗って空中で殴っていた事といい、危ない橋を渡り過ぎる。


「もうちょっと慎重に戦わねえと死ぬぜ?」

「けっ! 勝ちゃあいいのよ。勝ちゃあよ」

「まあ、なるべくな」

「それよりもよ。今のでレベルが上がったぜ」


 シュンの言う事など右から左である。そして、カードを見てみるとレベルが上がっていた。ギッシュにとってヴァルターの戦い方が特殊だったのだろう。いい経験を積んだという事だ。あそこまで堅い守りは初めてだった。


「ギッシュとヴァルターさんの戦いって、ヘビー級の戦いって感じ」

「ははっ。そうだな。迫力があったぜ」

「熊人族って言ってたよな? やっぱ力が強えぜ」

「ほう。人間より強いってのは本当のようだな」

「ああ、強え。はははっ! フェリアスはおもしれえ国だぜ!」


 ギッシュの笑い声が響く。内心ではファインに言われた事を気にしている。しかし、フェリアスという大自然の中で戦えるのは楽しみだった。


「まあよ。酒に誘われたから、今日は戻らねえぞ」

「聞いてたよ。気に入られてなによりだ」


 シュンたちは駐屯地にある建物を間借りした。フォルトの所にある小屋のような感じだが、寝るだけなら困らない。おかげで宿代が安くすんだ。

 そして、魔物の討伐は数日後に出発の予定だ。それまでに討伐隊と連携が取れるように訓練を続けるのであった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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