第306話 緊急会議と指輪の解析3
フォルトの屋敷の隣にある小屋。双竜山の森へ来た時の仮屋であり、身内になる前のリリエラが住んでいた家。現在は眷属のルーチェが使用する研究小屋である。そこでは転移の指輪の解析がおこなわれている最中だ。
「お疲れさん。ルーチェ」
「これは主様」
「ニャンシーも御苦労」
「うむ。指輪の解析だけは終わっておるのじゃ」
「おお! どんな感じだ?」
「主が思っているのとは、ちと違うかもしれんのう」
「いいから、いいから。とりあえず教えて?」
転移の指輪。指輪へ魔力を流す事で転移が可能。ただし、転移先を設置する必要がある。要は犬のマーキングのようなもので、魔力を空間へ定着させておくのだ。
そして、距離はたいした事がない。双竜山の森からなら、一番近いリトの町が最大のようだ。距離にして四十キロメートルぐらいか。
「短いな」
「そうじゃのう。じゃが、戦線を離脱するなら十分じゃな」
「なるほど。まあ、逃げ専用だなあ」
「うむ。最大の問題が使える回数じゃな」
「それは?」
「一日一回じゃ」
「少なっ!」
一回しか使えないのには訳がある。一度使った後に、太陽光を取り込むのだ。それに魔力を結合させて発動する仕組みだった。太陽光も数時間の補充が必要で、とても実用的ではない。
「太陽光と魔力か。じゃあ、術式に落とし込めないの?」
「それをやっておるところじゃな。魔力だけで使えるようにのう」
「まだ時間が必要なようだな」
「うむ。なんとかしたいところじゃ」
「ルーチェ。指輪の量産は可能なの?」
「すみません。材料が特殊なので不可能です」
「ちなみに、材料は?」
「ドラゴンの角と目です」
「げっ! キツイのを使ってるな」
フォルトはドラゴンと遭遇した事がない。大陸の南に居るらしいが、わざわざ行くつもりもない。よって、今は棚上げをしておく。
「じゃあ、魔法として使えるように頼む」
「はい。主様の期待に応えます」
「真面目だなあ。とりあえず頑張ってくれ」
「分かったのじゃ」
「畏まりました」
(術式が作れたとしても、俺が覚えられるかが問題なんだよなあ。まあ、時間がかかりそうだしな。ゆっくりと考えるとするか)
フォルトは研究小屋から外へ出る。それから辺りを見ると、テラスでソフィアが勉強をしていた。そこで、さっそく近づいていく。
「ソフィアは勉強か?」
「はい。ニャンシー先生から出された課題を」
「どれどれ。岩の
やはり初級程度の魔法は知ってしまっている。見ただけで言い当てられる術式は理解してしまっているので、勉強をしても意味がない。
「土属性魔法を覚えてるのか」
「はい。物理的に残る魔法の方がいいかなと」
「なるほどな。よく考えていらっしゃる」
土属性魔法のよいところは、ソフィアの言った通りである。岩の
それに属性を分けているようだ。もともと彼女は火属性魔法を覚えていたが、土属性魔法を覚える事で、身内が使える魔法の多様化を図っていた。
「どっこいしょっと」
「ふふ。そちらにいいですか?」
「もちろんだ。ささっ、隣に!」
フォルトは自分専用椅子へ座る。ソフィアは勉強を中断して隣へ座ってきた。カーミラは現在、上空から森とダマス荒野の見回り中だ。
「ニャンシー先生はどうでしたか?」
「指輪の解析が終わったけどな。魔法として使えるかを試行錯誤中だ」
「今までにない魔法ですから大変ですね」
「二人だと時間がかかるのかな?」
「どうでしょう。私たちが手伝っても邪魔なだけですし」
「デモンズリッチでも大量に……」
「眷属ではないと、送還した時に記憶がなくなるのでは?」
「そうだった。それに絵面も悪いな」
通常の召喚だと、送還時に召喚している間の記憶がなくなる。それにコストが大きいので、ずっと呼び出すと魔人であっても魔力が枯渇してしまうのだ。
さらに、本来のデモンズリッチは骨と皮だけのアンデッドである。アバターなど楽しめないので、呼び出しても楽しくはない。
「それよりフォルト様」
「どうした」
「それ以上、手が上にきますとですね」
「あ、ははっ……。我慢できなくなるな」
ソフィアが隣に座った事で、悪い手が悪さをしていたようだ。ビキニビスチェを着て、露出度の高い彼女の太ももを触っていた。実に手触りがいい。
――――――ピィ、ピィ
「うん?」
「あら。ハーモニーバードですね。御爺様か父様かしら?」
続きを寝室でと思った時、上空にハーモニーバードが飛んできた。その鳥はソフィアを目印にしているので、そのまま彼女の肩へ降りる。
「手紙が付いているな」
「はい。読みますね」
ソフィアはハーモニーバードの足に巻かれている紙を解いて、その手紙を読み始める。すると、ハーモニーバードが送還された。
「御爺様からですね。王宮で緊急の会議をやっていたようです」
「ふーん。なんか、嫌な予感しかしないんだけど」
王宮で執り行われた緊急の会議。ハーモニーバードを使うという事は、手紙の内容も緊急だろう。こういう時は、決まって悪い予感が当たるものだ。
ソフィアの顔を見ると、その表情がこわばっていく。きっと、予想は大当たりだろう。それには
◇◇◇◇◇
エウィ王国の王宮で執り行われた緊急の会議から数週間後、その会議の事すら知らないシュンたちはフェリアスへ入っていた。
ギッシュが居なくなると思ったが、彼の面倒を見ていた騎士に諭されたようだ。まずはシュンが言ったように、チームとしてレベル四十を目指す事を選んだのである。ブツブツと文句を言いながらも、馬車で一緒にフェリアスへ入ったのだった。
「ここが獣人族の集落ね?」
「そうらしいな。見ろよ。耳が生えてんぜ」
「ね、ねえ。こっちを見てるよ?」
「人間と確執があるって聞いてたしね」
「襲われる事はないと思われますよ」
「ちっ」
国境警備の者に言われた道を進むと、半日ほどで獣人族の集落へ到着した。エウィ王国に存在する町とは違い、どちらかというと開拓村に近い感じだ。集落の周りには大きな木の柵が設けられており、そこで魔物の侵入を阻むのだろう。
「まずは宿か?」
「討伐隊の方がいいかもね」
ノックスは宿より先に、討伐隊へ顔を出した方がいいと言ってきた。シュンは宿を決めてから向かいたかったが、まずは理由を聞いてみる。
「なんでだ?」
「ほら。討伐隊に宿舎とかあるかもしれないからさ」
「ああ、そういう」
「それに討伐隊へ参加したら、割引とかがあるかもよ?」
「なんつーか。セコイな」
「生活の知恵って言ってよ」
「ははっ。なら、討伐隊の受付がどこかを聞かねえとな」
「じゃ、じゃあ。停まるね」
エレーヌが馬車を停めので、シュンが彼女の隣へ座る。それから周りを見ると、数人の獣人族の男性が近づいてきた。なんとなく何かを言われそうだったので、先に声をかけるのだった。
「なあ、討伐隊へ参加してえんだが」
「討伐隊だと? おまえらは人間だろ?」
「そうだぜ」
「討伐隊に参加してえなんて珍しいな」
「他の人間は何してんだ?」
「
「冒険者ねえ。一応、俺らも冒険者だ」
「ほう。まあいい。討伐隊の駐屯地を教えてやる。面倒は起こすなよ?」
「分かっているさ」
多少の警戒感があったようだが、討伐隊の駐屯地を教えてもらった。そこでさっそく馬車を出発させて、言われた場所へ向かう。一度、集落を出るようだった。
「案外、普通なのね」
「耳が頭に生えてるだけで、人間と変わらねえかもな」
「ですが、獣人族は人間よりも強いですよ」
「ラキシスは詳しいな」
「獣人族は力や脚力など、獣のように強いです」
「なるほどな。熊なら腕力が強いとかか?」
「シュン。座学で……」
「はははっ! それはノックスに任せた!」
シュンとギッシュとアルディスは城で受けた座学など聞いていない。それはさておき、初めて見る獣人族なので興味津々だ。遠くを見ると、かわいらしい猫耳少女が居る。犬耳や、シュンには判別できない耳を持った獣人族も居た。
(いいねえ。コスプレイヤーを見てるみたいで面白れえ。試しに食いてえな。適当に時間を作って、声をかけてみるか?)
シュンはナンパをするつもりで、周りを見始めて
「シュン。あれじゃないかしら」
「おっと。もう着いたか」
集落から出てすぐの場所に、開けた土地と建物があった。ここが駐屯だろう。建物と言っても、エウィ王国の村にあるような一軒家が立ち並んでいる感じだ。開けている場所には、武装をした獣人族が訓練をしていた。
「止まれ! 人間が何の用だ?」
その駐屯地の入り口で、警備らしき獣人族に止められた。なにやら怒っている感じだ。先ほど聞いたが、人間が討伐隊へ参加するのは珍しい事である。それが余計に警戒感を生んでいるようだ。
「討伐隊へ参加してえんだけど」
「あん? 人間がか?」
「そのために、はるばる来たんだぜ」
「怪しいな。何か探りに来たんじゃないか?」
「おいおい。こんな正面から探りに来るかよ」
「ふーん。じゃあ、馬車はその辺の柵につないでおけ」
「いいのか?」
「とりあえず連れていく。判断は隊長に任せる」
討伐隊の駐屯地は柵に囲われている。
「ここだ。入れ」
「はいよ」
中へ入ると何人もの獣人族がおり、奥のカウンターらしきところで話をしていた。なにやら冒険者ギルドを思い起こさせる。シュンたちが周りをキョロキョロと見ていると、そのカウンターで空いている場所へ連れていかれた。
「スタインさん」
「どうした?」
「人間が討伐隊へ参加したいんだとよ」
「人間が? まあいい。おまえは戻っていいぞ」
「はいよ」
警備の獣人族がカウンター越しに話しかけた相手は、犬の耳を持つ屈強な男性だ。そのスタインと呼ばれた男性が立ちあがり、シュンたちを
「犬人族のスタインだ。討伐隊の一部隊を率いている」
「俺らはエウィ王国の勇者候補で、リーダーのシュンだ」
「勇者候補だと? よく国を出られたな」
「許可はもらってるさ。ほら」
シュンは懐から通行許可証を取り出してスタインへ見せる。それをマジマジと見た彼は、右手を出して握手をしてきた。
「ふむ。まあ、あれだ。フェリアスへようこそ」
「は?」
「ははっ。交流が始まってるからな。言うだけ言っただけだ」
「なんだよ。それ」
「気にするな。それより、なぜ討伐隊へ参加を?」
「レベルを上げたくてな」
「勇者候補なら分からねえでもないが……」
「国からは上げろって言われてんだ。だから、効率よくな」
「そういう事なら歓迎だ。それにしても強そうだな」
「俺らのチームは、三人が限界突破を終わらせてあるぜ」
「そうか。ここは騒がしい。あっちの部屋へ行くか」
スタインはカウンターから出て、近くにある扉を開けて入っていった。シュンたちは顔を見合わせてから部屋の中へ入っていく。
「それじゃあ、適当に座ってくれ」
部屋の中には背もたれのない椅子が何個かあり、スタインから言われた通り全員が座る。そして、対面に座っているスタインから詳しい話を聞くのだった。
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