第301話 ベクトリア公国誕生2

 闘技場でおこなわれていたトーナメントは、無期限の延期となった。事実上の中止である。しかし、それが逆に国民の熱狂へと変わっていた。

 優勝者が決まっていないためだ。レイナスのファンや準決勝を戦う予定だったラウールのファンなどが、どちらが強いか言い合っている。それにファインのファンまで混ざって熱狂に変わっていたのだ。


「レイナス。御褒美」

「気持ちよかったですわ! いつまでも、おそばに。ピタ」


 双竜山の森にある湖の小島。この場所でレイナスと契りを結んでいた。いつも結んでいるが、今回は特別だ。フォルトの丸一日を彼女にあげたのだった。


「さて、飯にするか」

「はい! あーん」

「あーん」


 まるでピクニックのようである。おにぎりやサンドイッチなどはないので、普通に肉の塊を食べさせられた。


「あら。お口に……。ちゅ」

「でへ」


 レイナスへの御褒美なので、カーミラすら近づけていない。すでに闘技場から帰っており、他の身内もまったりとした時間を過ごしていた。


「フォルト様。ロゼが気付かれたかもしれませんわ」

「ファイン?」

「ええ。直接には言及をしていませんが」

「なるほど。目ざといやつだな」

「どうしましょうか?」

「ほっとけ。奪いにきたら殺すだけさ」

「そうですわね! それなら、私がやりたいですわ」

「うーん。互角じゃなかったか?」

「ふふ。スキルや魔法が使えれば、私の方が上ですわよ」

「それが油断だ。ファインも条件は同じだろう?」

「そ、そうですが。あのいけ好かない男は、私の手で殺したいですわ!」


 殺したいと言ってくるが、これも堕落の種の影響か。レイナスはレベル三十八だ。後一歩で芽吹くので、精神が悪魔のように変わっているようだ。

 調教で堕ちた時点で親も殺せるようになっているが、フォルトの邪魔にならない限りは眼中にないようだった。襲ってきたら殺すという受け身から、自分から殺したいと攻撃的になっている。


「まあ、ああいうやつは来ないさ」

「それは?」

「デルヴィ侯爵の快刀だっけ? 来るなら搦め手だろうな」

「たしかに、そうですわね。ちゅ」

「でへ」


(聖剣を持っていると知られたか。ファインはどうでもいいが、デルヴィ侯爵がどう思うかが問題だ。持っているだけなら、何も言われないと思うが……)


 フォルトが手を出せない悪代官。それがデルヴィ侯爵だ。殺すだけなら簡単だが、その後が大変なのだ。確実にエウィ王国と戦う事になる。

 怠惰たいだなので、そんな面倒臭い事はやりたくない。そして、国を滅ぼすなどもってのほかだ。人間が減ってしまい、技術発展が望めなくなる。帝国などに期待してもいいが、同じ事を繰り返しそうで怖い。いや、確実に繰り返すだろう。


「同じような人間なんぞ、どこにでも居そうだしな」

「フォルト様?」

「なんでもない」


 デルヴィ侯爵を殺しても、同じような人間など五万と居るはずだ。そのうちの一人が帝国の上層部に居るなら同じ事。同じように帝国を滅ぼして、永遠に生きる楽しみがなくなってしまうだろう。

 バグバットに感化されて、変化を楽しむ事にしたのだ。自分と身内へ手を出さなければ、侯爵が何をしようと楽しむ事にする。カーミラも楽しめと言っていた。それでいいのだ。


「あ……。バグバットとの賭けか」

「それは何でしょうか?」

「戦神の指輪の持ち主を賭けたんだ」

「まあ」

「ははっ。どっちもハズレだ」


 戦神の指輪の賭け。フォルトはコレクターが持っていると賭けた。バグバットは「黒い棺桶かんおけ」が持っていると賭けた。しかし、持っていたのはオービスという偽名を使った者だ。オークションで売るという事はコレクターではない。


「ふふ。楽しそうですわね」

「そうだな。楽しい。楽しいな。あっはっはっ!」


 今が一番充実しているようだ。これが変化というものだろう。フォルトの周りは徐々に変化している。そして、自分も変化していた。その事が無性に面白いのだ。日本で引き籠っていた時では考えられない変化だった。


「楽しそうで何よりですわ」

「そろそろ幽鬼の森へ帰るか」

「え?」

「エウィ王国でやる事は終わったからな」

「悪魔崇拝者はどうなさるのですか?」

「知らん。と、言うよりシルビアとドボ次第だ。俺からは動かん」

「そうでしたわね。私はついていくだけですわ。ちゅ」


 ソフィアの両親の出産。戦神の指輪の入手。アーシャとシェラ、それからソフィアの限界突破。そして、思いもよらなかった転移の指輪の入手。

 これ以上、エウィ王国に留まるメリットはない。グリムの客将として残っていてくれと頼まれているが、高位の魔法使いとして飛んで帰れる。帝国への対応として、ダマス荒野の監視を怠らなければ気にする必要はないだろう。


「ダマス荒野の監視だけ、なんとかしとくか」

「ふふ。考えると眠くなりますわよ?」


 レイナスに指摘されてしまった。難しい事を考えると眠くなる。幽鬼の森へ帰る話は、後で身内たちを交えて考えればいいだろう。


「そうだった。後にしよう。今は御褒美の最中だ」

「あんっ!」


 フォルトはレイナスが着ている制服の中へ手を伸ばす。御褒美の続きだ。それについては建前である。それにもおかしさが込み上げてくるが、いつものように行為を楽しむ事にするのだった



◇◇◇◇◇



――――本日は四カ国の首脳を交え、重大な発表をする!


 ベクトリア王国首都ルーグス。その中心地にある城の城壁の上で、ベクトリア王バリゴール・ベクトリアが叫ぶ。

 その隣には南方小国群の四カ国首脳が並んでいる。城壁の下にはベクトリア王国の国民はもとより、四カ国の国民も集まっていた。もちろん、全員ではない。城壁の前へ来られるのは選ばれた国民だけだ。


――――われら南方の国々は、エウィ王国から度重なる苦汁を……。


「ふぁぁあ。始まったな」


 城壁から離れた場所にいるリガインは、その光景を欠伸あくびをしながら眺めていた。声など当然のように聞こえないが、城壁の前の国民が騒いでいるのは分かる。


「リガインさ」

「どうかしたか? シェンナ」

「なんで私が助手みたいになってんのよ!」


 リガインとシェンナは宿屋の中に居た。部屋の中の窓を開けて外を眺めていたのだ。もちろん、城の全貌など見えない。遠くに城の塔が見える程度だ。


「いいじゃねえか。どうせ暇だったろ?」

「うっ。そ、そうだけどさ」


 リガインは蓬髪ほうはつで伸びまくった髪をかき上げて、不貞腐ふてくされているシェンナを見る。彼女の家へ厄介になってから、一度もエウィ王国へ戻っていない。

 まだ情報が足りないからだ。その情報を手に入れるために、ベクトリア王国へ来た。そして、その情報は間もなくやってくる予定だ。


「まあよ。歴史的な瞬間ってやつだぜ」

「そう?」

「国が興る。国が滅亡する。そういう歴史が積み重なった結果が現在だ」

「学者みたいな事を言うのねえ」

「まあ、俺が居た世界も同じようなもんだったしな」

「異世界人だっけ」

「興味があるのか?」

「別に。私たちと何も違わないしね」

「そりゃそうだ。同じ人間だ」


 シェンナはディアストーカーハットと呼ばれる帽子をかぶり直し、背負ったカバンをテーブルに置く。そして、その中から書類を取り出した。


「はい。これ」

「サンキュー」


 最初に渡された分厚い書類ではなく、数枚の書類だ。それを見たリガインは口角を上げる。予定通りであり、何も問題はないようだ。


「なんで、いちいち書類にするのさ」

「仕事をしたって気になれるだろ?」

「へ?」

「冗談だ。御苦労だったな」


 書類など持っていても危険なだけだが、これは別口でジオルグへ送るのだ。前回の分厚い書類は、すでに送ってある。リガインと同じように国境をこえた部下が、裏のルートを通って戻っているだろう。


「いいけどね。給金は弾んでくれるんでしょ?」

「だから、体で払うって」

「要りません! でも、手を出さなかったのは褒めてあげるわ」

「放り出されると困るからな」

「でも、私って魅力がないのかしら?」

「そんな事はないぞ。俺が理性的なだけだぜ」


 シェンナの家は、ボロアパートのような長屋だった。一部屋しかなく、トイレや風呂は共用である。掃除などは住む者たちがやる必要もあった。


「じゃあ、ついてきて。もうすぐ時間よ」


 首都ルーグスに遊びに来たわけではない。とても重要な事をやりに来たのだ。リガインは大っぴらに外を歩けないため、シェンナに動いてもらっていた。それは、ある人物を呼び出してもらう事だ。


「おっと、もうそんな時間か。それより」

「何? 早くしないと」

「その帽子を貸してくれ」

「へ? あっ!」


 リガインはシェンナから帽子を奪った。それから間髪を入れずにかぶる。すると、シェンナの匂いが鼻をくすぐった。


「ちょ、ちょっと!」

「これで目元は隠せるだろ」

「そ、そうだけどさ。お気に入りの帽子なのに」

「帰ったら返すさ」

「変な匂いを付けないでね!」

「それは確約しかねるがな」


 そんな事を話ながら二人で宿を出る。それからシェンナに連れられて道を歩いていく。場所をセッティングしたのは彼女だ。


「着いたよ」

「あの男か?」

「うん。私はここで待ってるから、行ってらっしゃい」

「あいつの他は……。平気だな」


 連れてこられた場所は公園で人通りも多い。公園には何本も木が生えており、その内の一つに目的の人物が寄りかかっていた。

 リガインは周りを観察するが、目的の人物を監視してる者は居ない。近くに居ないだけで居る可能性は高いが、その程度なら問題はなかった。


「俺に寄ってくるやつが居たら合図をくれ」

「うん」


 シェンナから離れたリガインは、目的の人物が居る木の裏に寄りかかる。そして、話しかけるのだった。


「よお。今日はいい天気だな」

「そうだな。北風が強いようだが」

「公園は暑いから、ちょうどいいぜ」

「俺は西の人間だから北風が好きだ」

「北の人間は西風が待ち遠しいぜ」


(北がエウィ王国。公園がベクトリア王国。西はラドーニ共和国っと。やれやれ。エウィ王国が好きなのねえ)


「で、それが大統領の答えかい? 補佐官さんよ」


 リガインの目的とした人物。それは、ファスト大統領の補佐官だ。民主主義国家ラドーニ共和国はローイン公爵領と国境を接している。そのため、交渉を持つことが目的だった。


「そうだ。だから、仲立ちを頼めるかと」

「俺の主人が誰だか分かって言ってるのか?」

「ああ。だが、頼れる糸はそこだけだ」

「オッケーだ。それと、当面は俺が交渉人だぜ」

「分かった。わが国は仕方なく参加したのだ」

「それを証明してもらうぜ?」


 頼みごとをするなら対価が必要だ。それはリガインの上司であるジオルグから言われている。それを要求するのだ。


「問題ない。あの程度なら、国家予算の使途不明金で出せる」

「結構。分割して入れるのと、スケープゴートは用意しとけ」

「すでに用意してある。あの女を連れていけ」

「は? シェンナかよ」

「すでに官僚として、名前だけ入れてある」

「はっ。お早いこって」

「問題が起きれば犯罪者として扱う。そのつもりでな」

「もちろん伝えてねえよな?」

「当然だ。問題が起きるまでは表に出ない」

「なんて説明すれば……」

「ほら。これを持っていけ」


 大統領補佐官が大きめの封筒を木の下へ置いた。そして、その場から去っていく。それを見送った後に、封筒を拾い中を見る。すると、数枚の書類が入っていた。


「なになに? げっ! 家をくれるのか」


 書類の中身は、住居の契約書類と婚姻届けの受領書だ。ラドーニ共和国では、リガインとシェンナが夫婦となっていた。それには苦笑いを浮かべる。


「民主主義はどこへやら。まあ、諜報員にはそんなもんねえか」


(家は分かる。国境が近くて逃げやすい。でも、シェンナと夫婦にしなくてもいいと思うがな。たしかに夫婦の方が、逃げる時の審査が簡単だけどよ)


 ラドーニ共和国の諜報機関も優秀なようだ。リガインの事は分かっているようである。その諜報員はエウィ王国へ入っているのだ。当然、裏を取ってあるのだろう。


「さて、どう説明するかな」


 リガインは頭をきながらシェンナの所へ戻っていく。これから彼女は大暴れをするに違いない。それでも連れていく必要がある。しかし、不思議と嫌な気持ちにならないのであった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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