第300話 ベクトリア公国誕生1

 ニャンシーとマモンを送り出したフォルトは、急いでグリムの貴賓室へ戻った。彼女たちと話している間に、騒ぎの声を聞いたためだ。


「どうかした?」

「お主。トイレなぞ行ってる場合ではない!」

「と、言われても。それで?」

「見よ。魔獣たちが暴れておる!」

「俺たちが捕まえたやつらか」

「そうじゃ」


 何かを言われると分かっていたので、冷静に窓際から舞台を見る。すると、魔獣たちが舞台を占拠していた。壁によじ登ろうとしていたり、扉を壊そうとしている。しかし、人間の姿はなかった。


「被害は?」

「ないの。間一髪で逃げ出しておった」

「ふーん。先に言っとくけど、俺たちは捕まえないよ?」

「分かっておる。そこの姉妹にも同じ事を言われたわ」

「当たり前でしょ。そっちに引き渡したのだからね」

「管理は勝手にやりなさあい」


 マリアンデールとルリシオンが、私たちは間違っていないとでも言うように両腕へ絡みついてきた。


「奴隷紋はほどしてあるからの」

「なら、簡単でしょ?」

「いや。紋様師が不在なのじゃ」


 紋様師とは呪術系魔法が使える魔法使いで、奴隷紋を刻む時には必須の人材だ。その奴隷紋は時間とともに効果が薄れて、命令が解除されてしまう。奴隷紋自体は消えないが、再び命令をする必要があった。


(まあ、俺も使えるけどな。より上位の絶対服従の呪いが使えるから、使わないだけなんだよね。どうでもいいけど)


 誰に話すではないが、自分に説明をして自分で納得をする。呪術系魔法は凶悪で陰険な魔法だと思っているので、使える事を身内以外には知られたくないのだ。


「あれ? それじゃあ」

「トーナメントは中止じゃ」

「ええっ!」

「すでに陛下や王族は、闘技場を出られたからのう」

「ちぇ。まあいいか。レイナスは?」

「そろそろ戻るのではないかの。中止の旨は伝わったはずじゃ」


 トーナメントは、ラウールの準決勝とレイナスの決勝戦を残して中止になった。観客も続々と帰り始めている。魔獣たちは壁を登れないが、万が一の事もあるからだ。折り重なれば、登れる高さではあった。


「フォルト様!」


 フォルトたちが舞台を見ていると、レイナスが戻ってきた。そして、勢いよく後ろから抱きついている。押されそうだが押されない。魔人の体に感謝だ。


「レイナス。よくやったな」

「はいっ! ですが、中止になってしまいましたわ」

「構わないさ」

「フォルト様も楽しみにしていらしたのに」

「まあな。それで、ファインだっけ? あいつのと試合はすごかったな」

「ふふ。手加減をされましたわ」

「そうなのか?」

「最後ですが、ロゼを止められたはずですわ」

「ああ。あの時か……」


 あの時と言ったが、実際には見えていない。しかし、レイナスが最高の笑顔で話しているので合わせるしかないのだ。


「あの魔獣どもが邪魔をしたのね。殺しますか?」

「ははっ。いいよ。それより、俺たちも帰るか」

「フォ、フォルト様!」


 もう帰る気が満々なのだが、ソフィアがプクっと頬をふくらませながら話しかけてきた。彼女の伝えたい事は分かる。


「でも、俺は何もする気がないからなあ」

「御爺様の御手伝いを……」

「なんか、する事があるの?」

「いや、ないの。闘技場の警備で対応と、騎士団を派遣するだけじゃ」

「騎士団? 衛兵じゃなくて?」

「あれらは推奨討伐レベルが三十以上じゃ。衛兵じゃ死ぬの」

「な、なるほど」

「紋様師が戻ってくるまでじゃ。壁さえ乗りこえさせねばよいからのう」

「だってさ。ソフィア」

「もぅ。フォルト様は客将なのですよ」

「グリムの爺さんも帰るんでしょ?」

「うむ。ワシがやる事でもないからの。すでに動いておるはずじゃ」


 緊急時のマニュアルは作成されているのだろう。舞台を見ると、観客席へやりを持った警備が並び始めていた。壁を乗りこえそうな魔獣を押し返すだけでいいのだ。それを紋様師が帰ってくるまで続けるだけである。

 騎士団の仕事は、壁を乗りこえられた時の備えだ。おそらく、出番はないと思われる。しかし、最悪の事態に備えるのが危機管理というものだ。


「そういう訳らしいぞ」

「むぅ」

「そうふくれるな。さあ、俺たちの家に帰るか!」

「はいっ!」

「ワシは後で帰るからの」


 レイナスが戻った事で、全員がそろっている。グリムは様子を見てから帰るらしい。ならば、さっさと闘技場を去るに限る。フォルトたちは裏口から馬車へ乗り込み、双竜山の森へ出発するのであった。



◇◇◇◇◇



 トーナメントの中止を言い渡されたシュンたちは、城塞都市ミリエへ馬車で移動を開始していた。闘技場の警備などがマニュアル通りの対応をしており、手伝う必要がなかったのだ。

 そこでさっそくフェリアスへ向かいたかったのだが、ギッシュの機嫌が直らない。城へ戻ると言い放っていたので、仕方なく向かっているのだった。


「ギッシュ。まだ気にしてんのか?」

「あん? 話しかけんな。クソがっ!」

「はぁ……」


 取り付く島もない。これはシュンだけに対してではなく、他の仲間も同様だ。完全に距離を置かれている。馬車へ乗っているのは共同所有物だからだ。全員で金を出して買った馬車である。


(参った……。ファインの言っていた事は分かる。侯爵様も口を挟まないと言う事は、そういう事なんだろうなあ)


 ファインが言っていた事。デルヴィ侯爵の身近で仕えるためには、仲間を厳選しておけと言っているのだ。それは、貴族として出世をしたいシュンに対しての助言でもあった。

 名誉男爵であればいいが、これが子爵・伯爵と昇爵していけば、侯爵と同じように身近な者を置く必要がある。そうなると、ギッシュでは不適格なのだ。だからこそ、今のうちに切ってしまえという事なのだろう。


「じゃあよ。こうしようぜ」

「うるせえって言ってんだろ!」

「フェリアスから帰るまでは一緒にやろう」

「テメエらとは行かねえって言ってんだろ!」

「まあ聞け。ギッシュだけじゃ、出国の許可が出ねえ」

「………………」

「こう言っちゃなんだが、俺が居るから出国できるんだぜ」


 これは事実である。基本的に異世界人の出国は審査がある。勇者候補ではないシルビアとドボでも厳しい審査を受ける。

 ましてや勇者候補は無理だ。エウィ王国の切り札であるため、後見人でも居ないと許可が下りない。シュンたちの後見人はデルヴィ侯爵だ。その侯爵に気に入られているからこそ、簡単に出国ができる。


「フェリアスなんて地続きだぜ。どこからでも行けるだろうが!」

「あのな。国法に背けば、追っ手を差し向けられるんだぞ?」

「返り討ちにしてやんぜ!」

「それに指名手配だ」

「けっ! そんなもので、俺は縛れねえぞ!」


 分かっていない。追っ手とは暗殺者だ。正面から戦わないので、いくらギッシュが強くても簡単に追い払えない。毒を盛られれば終わりであり、トイレの中でも安心はできない。すきさえあれば、どんな手段を使ってでも相手を殺すのだ。

 指名手配も馬鹿にできない。賞金がかけられて、町での生活はほとんど無理になるだろう。格差社会なので、賞金を手に入れられれば一生を遊んで暮らせるのだ。かくまう者はおらず、通報する者だらけになる。しかも、かくまったら死刑だ。


「そのガキみてえな考えは捨てとけ」

「なんだと!」

「いいか? 強くなりたきゃ、俺についてくるしかねえんだ!」

「ホスト! テメエ……」


 いや、分かっていないのは間違いだ。ギッシュとて分かっている。しかし、彼の性格が否定をする。このツッパッた生き方を変えるつもりはないだろう。だからこそ、シュンは言う必要があった。自分のおかげだと言う事を。


「それにレベルが四十以上になればよ。王族の直轄へ戻されるだろ?」

「そ、そうだがよ」

「それでも勇者級には足りねえ。そこから一人でいいじゃねえか」

「ちっ!」


(よし、勝った。ギッシュだって、そこまで馬鹿じゃねえ。そうじゃなきゃ暴走族の総長なんて務まらねえよ。あれだって組織なんだからな)


 人が集まれば社会ができるのと同じで、不良とて集まったら組織になる。下の者と一緒になって馬鹿をやれば、すぐ警察に捕まって解散をさせられてしまうだろう。この程度の常識が分からないようでは、総長など務まらない。


「まだ時間はあるだろ。考えさせろ」

「一度城に寄るから、ギッシュを世話した騎士に聞いてみろ」

「ああ、いたな。そんなやつ」


 シュンとノックスは騎士ザインに面倒を見てもらった。ギッシュやアルディス、エレーヌにも同じような騎士が面倒を見ている。勇者級を目指せなくなったら言えと言われていたが、ギッシュも何かしら言われているだろう。この世界の事で相談できる相手になるはずだ。


「もういい。話しかけんな」

「はい、はい」


 これ以上言うと怒り出して、考えもなしに飛び出すだろう。このあたりが引き際だ。しばらくは放っておくしかない。後は有耶無耶うやむやにすればいい。すぐにレベルが四十になるわけでもないのだ。


「そう言えばさ。おじさんに会わなくてよかったの?」

「は? アルディスは何を言って」

「もう何回も世話になってるしさ」

「世話になってねえよ。アルディスも死にそうな目にあったじゃねえか」

「そ、そうなんだけどね。アレを言わなければ普通だなって」

「普通じゃねえよ。魔族だぞ!」

「怒らないでよ!」

「ああ、すまねえ。怒ったわけじゃ」

「ふん! 貴族様は偉い偉い」

「なんだと!」


 馬車の中の空気は最悪だ。原因はギッシュだが、悪い雰囲気が波及している。シュンとて、その空気にまとわりつかれていた。名誉男爵になった事を馬鹿にされたと思い怒鳴ってしまったのだ。


「ふ、二人とも。落ち着いて。ね?」


 馬車の御者をしているエレーヌが、後ろを向いてなだめてきた。ノックスとラキシスは押し黙っている。関わりたくないようだ。


「そ、そうだな」

「ふん!」


 痴話げんかではないが、アルディスの機嫌を直すのも苦労しそうである。付き合っていれば痴話げんかぐらいするので慣れているが、最近はスキンシップが足りなかった。なんとなく、倦怠期けんたいきに入った感じだ。


(こういう事は慣れてるが、ちょっとこじらせたか? 機嫌を取りてえけど、一回で終わらせるのはアルディスなんだよな。最近はエレーヌもか……)


「満足してねえのか?」

「なんか言った?」

「い、いや。とにかく、俺も落ち着くから落ちつこうぜ」

「でも、最近のシュンは調子に乗り過ぎよ。気をつけてね」

「わ、分かった」


 アルディスにたしなめられてしまった。しかし、調子にも乗ろうというものだ。勇者候補とはいえ、デルヴィ侯爵の養子となり名誉男爵の爵位を授与された。一般の国民では不可能な出世だ。これを調子に乗らなくて何に乗るであった。

 それでもチームは解散したくない。とにかく今は雰囲気が悪すぎるため、しばらくは時間が必要だろう。ヘタに明るくしようとしても、余計険悪になる可能性の方が高い。まずはシュンが一人で、今後の事を考え始めるのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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