第299話 ニャンシー日記3

 隔離部屋の隣の部屋に点在する影からニャンシーが飛び出す。マモンも『透明化とうめいか』を解除して姿を現した。


「これでよしじゃ」


――――――ガチャリ


 ニャンシーは隔離部屋へ向かう扉の鍵を閉めた。これでグランテたちが戻ってくることはないだろう。鍵を閉めたあとは、思念を飛ばして眷属を呼び寄せる。


「お主らも御苦労じゃったのう」

「「ニャ!」」


 大量のケットシーが部屋を埋め尽くす。足の踏み場もない程だ。そこで、さっさと魔界へ送り返す事にした。


「ほれ。戻ってよいぞ」

「ニャ!」

「魚じゃと? 家へ帰ってからじゃな」

「ニャニャ!」

わらわは、お主たちの女王じゃぞ? 少しは信じるのじゃ」

「ニャア?」

「うむ。なるべく急ぐからの。とにかく魔界へ帰っておれ」

「「ニャ!」」


 勝手気ままなケットシーを使うのは大変だが、とりあえず納得したようだ。次々と魔界へ帰っていった。


「ふぅ。マモンよ。首尾はどうじゃ?」

「簡単だったよ。ほら、この通り」


 マモンは手のひらを開け、持っている物を見せた。装飾品としての価値はないに等しいが、その手には転移の指輪があった。


「指を折ってやってな。その時に奪ったぜ」


(よくもまあ、あの時に奪えたのう)


 ケットシーたちがグランテとジュリアへ群がってる時に、指を折るタイミングなどないと思っていた。しかし、マモンはやってのけたのだ。それには舌を巻いてしまった。大罪の悪魔は、かくも恐ろしい。


「後は主のもとへ帰るだけじゃな」

「そうだね。ほれ、指輪は渡すぜ」

「うん? マモンから渡した方がよいじゃろ」

「御膳立てをしたのはオメエだぜ。かわいがってもらいな」

「それは嬉しいのう。一番の眷属として、面目躍如めんもくやくじょじゃ」


 ニャンシーは笑顔で指輪を受け取る。それを頭の上にある小さな王冠の中へ入れた。どういうわけか、この王冠は落ちない。


「それ……。落とさねえか?」

「平気じゃ。わらわの一部じゃからな。落ちんのじゃ」

「そうだったな」


 ニャンシーはケットシーだ。召喚主のイメージに合わせて姿を変えるが、武器や服などは自身の体から作られている。

 大罪の悪魔も同じである。皮膚や血から、魔力を使って作られるのだ。そんな事を話していると、扉の先から魔獣たちの鳴き声が聞こえた。


「「グオオオオ!」」

「「フゴッ、フゴッ!」」

「ゲコ、ゲコ!」

「おっ! 魔獣どもが逃げ出したようじゃのう」


 それを聞いたニャンシーは、嬉しそうに笑顔を作った。マモンもニヤリと口角を上げたが、気になる事をがあるようで問いかけてきた。


「そういや、鍵を壊してよかったのか?」

「主の命令は、殺してでも奪えじゃ」

「そうなんだがよ。騒ぎを起こさず穏便にだろ?」

「気づかれずに奪うのは不可能じゃったからのう」

「まあな」

「どのみち騒がれるなら、魔獣たちに殺させた方がよいのじゃ」


 ニャンシーやマモンがグランテを殺すと、なぜ死んだのかを調べられるだろう。摩訶不思議まかふしぎな事件なら、高位の魔法使いであるフォルトへ疑いの目がきてもおかしくはない。眷属として、そんな迷惑をかけられないのだ。

 それならば、魔獣たちが食い殺した事にすればいい。誰も不思議に思わないはずだ。おりから逃げ出した理由など、いくらでも作れる。


「それで? その逃げ出した理由は?」

「それは、これから部屋へ入ってくる人間どもじゃな」

「なるほど。そいつらの死体を置いておけばいいのか」

「そうじゃ」


 そこまでニャンシーが言ったところで、階段へ向かう扉が開かれた。そして、四人の人間が入ってくるのだった。


「まったく。猫だと?」

「そうだ。なんとかしろ!」

「まあよ。たしかに俺らの仕事だが」

「傭兵団にも仕事があるんだ。猫なんぞを相手にしてる暇はねえ!」


 部屋へ入ってきたのは四人だ。闘技場専属の警備が三人と、それを呼びに向かった傭兵団の団員が一人である。彼らは急いでいるようで、すぐに隔離部屋への扉の鍵を開けて中へ入っていった。ニャンシーは物陰にある影に、マモンは『透明化とうめいか』のスキルで隠れているので気づかれない。


「なっ! ま、魔獣たちが居ねえぞ!」

「団長! ジュリアさん!」


――――――ガシャン!


 隔離部屋で四人の男性が慌てふためいた声を上げた瞬間に、ニャンシーが扉を閉めて鍵をかける。これで終わりだ。


「おい! 扉が!」

「な、なんだ? 鍵が掛かってやがる!」

「誰だ! 鍵を開けやがれ!」

「お、おい。あれを見ろ!」

「「グルルルル」」


 グランテたちを追いかけていった魔獣たちが、おりへ入っていた全てではない。まだおりの中に残っている魔獣たちも居る。それらが餌が来たと思い、おりから出てきたのだった。


「ひっ! やべえ!」

「おい! 扉を開けろ!」

「き、きたぞ!」

「やだ、やだ!」

「「ぎゃあああああ!」」


 扉の先では、彼らにとっての地獄絵図が繰り広げられている。しかし、ニャンシーとマモンには興味がない出来事だ。四人が殺されて食べられている音が聞こえるが、それを無視していた。


「これでよしじゃな」

「ははっ。オメエ、頭がいいなあ」

「ふふん! わらわは一番の眷属じゃからな!」

こだわるねえ」

「これは譲れんのじゃ。なんせ、他の二人は……」


 フォルトが二番目に眷属としたルーチェはデモンズリッチ。三番目に眷属としたクウはドッペルゲンガー。どちらもニャンシーより強い。

 特にルーチェは強さがかけ離れている。一番最初に眷属となった事実をアイデンティティにしなければ、やってられないのだ。


「まあよ。さっさと戻ろうぜ」

「例の場所かのう。気が進まぬのじゃ」

「そうは言ってもねえ」

「ううむ。主の前へ出れない以上、そこしかないわけじゃが」

「ほれ。つべこべ言わずに行くよ!」

「分かったのじゃ」


 ニャンシーは魔界へ入り、マモンを引き入れる。そして、例の場所へ向かった。いちいち物質界を走るより速いからだ。


「さて。主の喜ぶ顔が浮かぶのう」


 フォルトが物凄くほしがっていた転移の指輪。それを手に入れたニャンシーは、心の底から喜んでしまう。そして、例の場所へ出る印に近づくにつれ、鼻の中がムズムズとしだすのだった。



◇◇◇◇◇



「これが転移の指輪か」


 闘技場の貴賓室がある階へ設けられているトイレ。その一室にニャンシーとマモンが到着する。そこではすでにフォルトが待っており、二人を出迎えてくれた。まずは小さな王冠の中から転移の指輪を取り出して、それを渡すのだった。


「うむ。苦労をしたのじゃ」

「じゃあ。はい」

「なんじゃ?」

「森へ帰って、すぐにルーチェと解析を始めてくれ」

「おお。そうじゃったな」


 ニャンシーは指輪を返された。フォルトには使い方が分からないのだ。もちろん、ニャンシーも分からない。指輪を解析して使い方を調べる必要があった。それから量産ができるか、魔法として覚えられるかを調べるのだ。


「それでな。主」


 そして、転移の指輪を奪うまでの出来事を説明する。全てを話す必要はないので、重要な部分だけを抜き出して説明した。


「そっか。シルビアとドボが居たのか」

「うむ。済まぬが使わせてもらったのじゃ」

「それはいいけど、依頼料は?」

「今回は要らないそうじゃ。次回は吹っ掛けられるかもしれぬがの」

「それぐらいならいいよ」


(さすがは主じゃな。おとがめはないの。こういうところがあるから魔人とは思えんのじゃが、わらわはよい主に巡り合えたのう)


 フォルトが主人で本当によかった。これが違う主人なら、余計な事をしたと怒られるだろう。使えない者として眷属を解消されたり、あるいは殺される可能性もある。カーミラに感謝である。


「それで、爬虫類はちゅうるい顔のやつは殺さなかった?」

わらわたちは殺しておらぬ。魔獣どもが食ったかもしれぬがのう」

「え?」

おりから魔獣たちを解放したのじゃ」

「マジ?」

「もう騒ぎになってると思うのう」

「そ、そうか。まあ、奪うのが難しいと分かってたしな」

「仕方がなかったのじゃ。じゃが、主に迷惑はかからぬはずじゃぞ」

「そうだぜ。こいつはよく考えてやがった」


 マモンから援護射撃を受ける。別に仲がよくなったわけではない。事実をそのまま伝えているだけである。その時、トイレの外から大声が聞こえてきた。


「なんだ! どうなってる!」

「魔獣たちが舞台へ上がったぞ!」


 やはり騒ぎになっていた。それにはフォルトも嫌そうな顔をしていたが、納得はしてくれたようだ。その証拠に、もふもふをされている。


「にゃ。そこじゃ。首もでるようにな」

「やっぱり、この耳がなあ」

「おいおい。そんな事をしてる場合かい?」

「ははっ。ニャンシーを見ると、ついな。だが……」

「うむ。騒ぎになっておるのう」

「はぁ……。とりあえず部屋へ戻る」

「あたいは?」

「ニャンシーと一緒に森へ。消滅の時間まで、必要な物を集めてやれ」

「あいよ」


 トイレからフォルトが出ていった。これで闘技場の件は終わりだ。次にやる事は、言われた通りに森へ帰ればいい。


「なんか、ほしいものはあるのかい?」

「戻ってからじゃな。ルーチェに聞かねば分からぬ」

「そっか。んじゃ、帰るよ」

「うむ」


 ニャンシーは、またもや魔界へ戻りマモンを引き入れる。あのトイレのせいで鼻がひん曲がりそうになったが、双竜山の森へ向かって走り出した。


「ところで」

「なんじゃ?」

「魚の事は聞かなくてよかったのかい?」

「そ、そうじゃった! ま、まあ、許してくれるじゃろ」

「はははっ! なら、戻ったら魚を取ってきてやるよ」

「それは助かるのう。保存してある魚が減るよりはよいのじゃ」


 双竜山の森には川が流れているので、魚が多く生息している。逆に幽鬼の森には魚が居ない。いつもは保存してある魚を運び込んでいた。

 よって、在庫を切らさないようにしておくのは当然だ。またいつ移動するか分からないのだから。


「なあ。あれからどうなったか、気にならねえか?」

「そうじゃのう。主たちに危険がないとしても、興味深いのじゃ」

「人間が大量に死んで、血の海になってねえかな」

「なんじゃ。マモンは人間が嫌いなのかの?」

「嫌いというか、そう作られたようなもんだ」

「主の意識かのう。ブルブルじゃ」


 大罪の悪魔は、作った者の考え方を受け継ぐ。フォルトが人間を嫌っているのは分かっているので、それが反映された形だと理解できる。

 それに大罪の悪魔と言っても、本当の悪魔ではない。しかし、悪寄りには違いない。考え方が残忍になっている。それには身震いをしてしまう。


わらわは悪魔ではないからの。魔界の生物として考え方は理解できるが、そこまで残忍になれんのじゃ。くわばら、くわばらじゃ)


「オメエ」

「なんじゃ?」

「飛んで行くぜ!」

「ちょ、ちょっ、何をするのじゃ!」

「へへ。走るより、飛んだ方が速いだろ?」

「それはそうじゃが、わらわは空が苦手じゃ!」

「猫だしな」

「猫、言うな!」


 マモンが走っているニャンシーを抱え上げて、空へ舞い上がった。もともと魔界を走れば物質界より速く到着するが、飛ぶ事でさらに時間を短縮する。

 猫は空が苦手かはさておき、主であるフォルトの望みを早く実行するには仕方がない。ニャンシーは我慢して、マモンに抱かれているのだった。



――――――――――

Copyright(C)2021-特攻君

感想、フォロー、☆☆☆、応援を付けてくださっている方々、

本当にありがとうございます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る