第298話 闘技場の混乱3

「ニャンシーパニックじゃ!」


 ニャンシーは大声をあげて、眷属たちへ命令を下す。すると、そこらじゅうの影から一斉にケットシーの群れが飛び出した。そして、グランテとジュリアへ襲いかかるのであった。


「「ニャア!」」

「うおおお!」

「きゃあ!」

「「ニャニャニャ!」」


 二人は武器を抜く暇も与えられずに、黒猫の群れに押し倒された。それからケットシーたちは、二人の顔やら腕やらに爪を立てる。

 大きさは普通の猫と同じぐらいだが、如何いかんせん数が多い。手で払っても次から次へと襲ってくるのだった。


「ク、クソ! このクソ猫め!」

「ちょ、痛いじゃないかい!」

「「ニャア!」」

「まずい! 目と首を守れ!」

「はいよ!」


 いくら猫の爪でも、目に爪を立てられれば失明をしてしまう。首も切られれば大量出血の可能性がある。そのあたりは傭兵なので、防御する部分は心得ていた。


「「ニャ! ニャ!」」

「ぐっ。どきやがれ!」

「ニャア? ニャニャニャニャ!」

「に、逃げるよ?」

「なんだってんだ! 痛えっ!」


 黒猫の群れを押しのけて、立ち上がろうとしたグランテの指に痛みが走った。まれたかもしれないが、そんな事を気にしている場合ではない。


「行くよ!」

「ちっ。クソ猫! 覚えてやがれ!」

「「ニャニャニャニャ!」」

「あっ! ジュリア、待て!」


 グランテは逃げ出そうとしたが、黒猫たちが影の中へ戻っていった。恐る恐る見ると、影から白い目で見ている。そして、離れようとすると影から出てくる。そこで、様子を見ようとジュリアを呼び止めた。


「なんだい?」

「いや。変な行動だぜ」

「そんな事はどうでもいいよ。上のやつらに言って、駆除してもらうさ」

「そ、そうだな。俺らの仕事じゃねえか」

「そう言う事さ。黒猫は居たんだ。それでいいじゃないかい?」

「じゃあ、戻るか」


 ジュリアの言う事はもっともだ。上でカードゲームをしている警備の三人へ伝え、対応してもらうだけでいい。ここはさっさと戻るに限る。しかし、グランテはあり得ない光景を見た。


「テ、テメエら! 何してやがる!」

「ニャ?」

「ふ、ふざけんじゃないよ!」

「ニャア? ニャ!」

「や、やばい!」


 なんと黒猫たちが、魔獣がおりを開けようとしていた。爪や牙を使って鍵を壊そうとしている。鍵は鋼鉄製で頑丈だが、もし壊れたら非常にまずい事となる。


「クソ! そこから離れろ!」

「ニャ!」


 追っ払おうと近づくと影へ隠れる。そして、離れようとすると鍵を壊そうとする。まるで統率されたような動きだが、相手はただの黒猫だ。だが……。


「あれって、本当に猫かい?」

「あん? なんだって?」

「たしかに黒いけどさ。形が変じゃないかい?」

「影に入ってるから確認できないだけだろ」

「そうかねえ」

「ニャアニャア鳴いてんだ。猫だろ」

「そりゃそうだけどねえ」


 グランテたちがおりに近づいたので、黒猫は影の中にいる。白い目を開けており、観察をされているのが分かった。その時、グランテの指に痛みが走る。


「い、いたっ! そうだ。倒れた拍子に」

「指でもまれたのかい?」

「い、いや。折れて……。なにっ!」

「どうしたんだい?」

「ゆ、指輪がねえ!」

「ええ!」


 グランテが折れた指を見ると、転移の指輪がなくなっていた。そして、目を血走らしながら辺りを探す。どう考えても倒れた時に落としたはずだ。


「ねぇ! ねぇ! ねぇぞ!」

「ちょっと。ちゃんと指にはめてたのかい?」

「当たり前だ! 俺が絶対に外さねえのは知ってるだろ!」

「まさか、この黒猫のどれかが?」

「そうらしいなあ。なめやがって!」

「ニャ?」


 それにしても黒猫の数が多い。おりの中へ入っている猫も居る。その猫が持っていた場合は最悪だ。魔獣が居るおりの中へ入って取り返す事は不可能である。


「クソ! 返しやがれ!」

「ニャア?」


 影には白い目と、周りには鳴き声しかしない。馬鹿にしているのか、影からスッと出ては戻っている。その時、フッと温かい風が横を通り抜けていった。


「まさか、誰かが居るのか!」

「は? 誰も居ないよ」

「風か?」

「そんな事より、黒猫をどうするかだねえ」

「そ、そうだな。とりあえず団員を集めるか」

「何言ってんだい。仕事を放棄する気かい?」

「うーん。おい! おまえら!」


 グランテは何かを思い出したように、入り口の扉へ向かい大声を上げる。すると扉が開いて、二人の団員が入ってきた。ジュリアと見周りをしていた団員だ。


「団長! どうしたんですかい?」

「オメエらのどっちかで、上の警備を呼んでこい!」

「闘技場の専属のやつらですかい?」

「そうだ。黒猫が大量に居るから、駆除をさせるんだ!」

「わ、分かりました!」

「残ったオメエは、扉を閉めてこっちへ来い!」

「へい!」


 一人は部屋から階段を上っていった。もう一人は部屋へ入って扉を閉める。そして、グランテの近くへ寄ってきた。まずは黒猫を逃がさないようにするのだ。


「影に黒猫が居る。出てきたら捕まえろ」

「ひっ! あ、あの数をですかい?」


 団員が影を見ると、そこには大量の白い目が浮かび上がっていた。これがグランテの言っている黒猫だろう。


「あのクソ猫どもが、俺の指輪を盗みやがった!」

「いつも団長が装備している指輪ですね?」

「そうだ。殺していいから奪い返せ!」

「へ、へい!」

「ニャ?」


 グランテたちは武器を抜いた。そして、おりへ入っていない影へ近づいていく。すると、影の中の白い目が閉じられた。


「このっ!」

「やあ!」

「でやあ! あ、あれ?」

「クソ! クソ!」


 三人は影へ剣を振るが手ごたえがない。それでもさらに切り刻むが、黒猫の気配すらなくなった。それには首をかしげてしまう。


「ど、どうなってんだ?」

「居ねえみたいですぜ」

「そんなはずは……。あっ!」


 グランテは目の前の影から目を逸らして、魔獣が入っているおりを見る。すると、全てのおりの鍵が壊されていた。


「なんだと!」

「ひっ! 団長、まずいですぜ。逃げましょう」

「ちっ。入り口の扉から逃げるぞ!」

「行くよ!」


 グランテは自分の命が大事だ。だからこそ転移の指輪を大事にしていた。今はその指輪が見つからないため、一番大事な命を守る選択をする。


―――――ガチャリ


 三人は走り出した。入り口の扉は閉まっているが、開ければ逃げられる。走っている途中でおりを見ると、魔獣の何体かがおりから出ようとしていた。


「なっ! 開かねえ!」

「何をしてやがる! 早く開けろ!」

「か、鍵がかかってますぜ!」

「なにっ!」

「やばいよ! おりから出そうだよ!」

「ちっ。う、上へ逃げるぞ!」

「上って?」

「考えてる暇はねえ! 舞台へ出る通路を使うんだよ!」

「へ、へい!」


 何故か分からないが、入り口の扉は鍵が掛かっている。一番奥の大きな扉は魔物や魔獣を搬入する扉だが鍵が掛かっていた。最後の逃走経路は、奥の扉へ向かう途中にある坂道だけだった。


「急げ!」


 とにかく全力で逃げるしかない。相手は中型の魔獣だ。歩幅が違い過ぎるため、追いかけられれば逃げ切れない。戦うとしても数が多い。一対一ならともかく、こんな数を相手にしたら殺されて食われる。


「ひっ! 出てきやしたぜ!」

「後ろを見るな! とにかく走れ!」

「早くしな!」


 ジュリアは心得ているので、後ろを見ずに全力で走っていた。団員が遅れるが、構っている暇はない。この通路は螺旋状になっており、階段にはなっていない。通路として上に向かっているだけだ。


「や、やばいですぜ! 追いかけてきやがる!」

「だから、後ろを見るな! 追いつかれるぞ!」

「「グオオオオ!」」

「「フゴッ、フゴッ!」」

「ゲコ、ゲコ!」


 おりから出た魔獣が坂道を上り始めた。どれも人間より大きい。そして、グランテたちを餌と思っているようだ。物凄い勢いで追いかけてくる。


「見えたよ!」

「鍵が掛かってない事を祈るぜえ」

「ひっ! もうすぐそこまで!」


 坂道を上りきった先にある扉は大きな鉄格子だ。しかし、人間の通れる隙間はないようだ。それでも鉄格子の横に、人間が通れる扉もあった。ジュリアはその扉に手をかける。


「鍵はこっち側だよ」

「なら、早く開けろ!」

「先に行ってるね」

「うわっ、うわあああああああっ!」

「ちっ」


 ジュリアが扉を開けて先に出た。グランテは開いたままの扉から出る。しかし、追いついたニードルパンサーが、遅れていた団員を倒して馬乗りになっていた。


「だ、団長! 助けて!」

「すまねえ」


 グランテは一言つぶくと扉を閉めた。団員は助からない。助けに戻ったところで、魔獣の餌が二人になるだけだった。


「ぎゃあああああ!」


 大きな鉄格子の先から、団員の悲鳴が聞こえた。しかし、グランテとジュリアは生き残ったのだ。それに安堵あんどして周りを見る。すると、遠くにから大声が聞こえた。


「おい! そこで何をしている!」


 声のする方向を見ると、舞台の上の審判が怒鳴っている。どうやら準決勝を始める前だったようだ。舞台では、二人の男性が向かい合っていた。


「グランテ。どうするのさ?」

「どうすっか。とにかく説明しねえと」


――――――ガシャン、ガシャン


「や、やべえ! ジュリア、来い!」

「はいよ!」


 魔獣たちが鉄格子へ群がってきた。すでに団員は腹の中だろう。とにかく試合を中断させて、対応をするしかない。


「魔獣が逃げ出した! 鉄格子の先まで来てるぜ!」

「な、なにっ!」

「あの鉄格子は破られねえか?」

「知らん! 俺は闘技場の関係者ではない!」

「とにかく試合を中断しろ!」


「「うわあああああああっ!」」

「「きゃあ!」」


 グランテが審判と問答をしていると、周りの観客席が騒ぎ出した。後ろを見ると、鉄格子が破られて魔獣たちが入り込んできている。


「やべえ! 逃げるしかねえ!」

「試合は中断だ! いったん避難しろ!」


 舞台に居る者と、舞台の四隅に居る騎士も逃げ出した。向かう先は出場者や関係者が舞台へ入るために使っている扉だ。


「い、急げ!」

「分かっている!」

「ま、間に合うかい?」

「平気だ! とにかく止まるな!」

「「グオオオオ!」」

「「フゴッ、フゴッ!」」

「ゲコ、ゲコ!」


 舞台へ躍り込んできた魔獣たちは、観客席へ向かって牙を剥いている。グランテたちには気づいておらず、獲物が多く居る観客席に興味が向いたようだ。


「壁は登れねえか?」

「それは平気だろう。登れないように造ってあるはずだ」

「なら、とにかく安全な場所へ」

「グオオオオ!」

「こっちに気づいたよ。ほら。早く入りなよ」


 魔獣の一体がグランテたちに気づく。しかし、全員が扉と開けて中へ入った。そして、扉を閉めて鍵をかける。外からは魔獣たちの声と、観客の悲鳴が聞こえてきた。


「「うおおおおっ!」」

「「登ろうとしてるぞ! 逃げろ!」」

「「きゃあ!」」


 安全が確保できたところで、審判がグランテへ詰め寄る。試合をしようとしていた二人もだ。一人は見た事があったが、今はそれどころではなかった。


「説明しろ!」

「どういう事だ!」

「試合はどうすんだよ?」

「はぁはぁ。分かったよ。今から説明するから待ってろ!」


 グランテは説明を始める。転移の指輪の事は言えないため、そこの部分だけ端折はしょる必要があった。まずはカードゲームをしていた専属の警備に責任をなすりつけようと、説明を始めるのであった。



――――――――――

Copyright(C)2021-特攻君

感想、フォロー、☆☆☆、応援を付けてくださっている方々、

本当にありがとうございます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る