第297話 闘技場の混乱2

 トーナメントはレイナスとファインの試合が終わり、長めの休憩時間に入ったようだ。フォルトは椅子へ座って、二度目の食事を始めていた。


「よもやファインに勝つとはのう」

「グリムの爺さんは知ってるの?」

「うむ。勇魔戦争当時は、遊撃の任についておったの」

「遊撃ねえ。自由に動けって事?」

「うむ。完全に自由ではないがの」

「どんな事をしたんだ?」


 ゲームオタクのフォルトは、この手の話が大好きだ。主に戦略シミュレーションゲームを想定している。


「主なところだと、敵部隊と補給路の分断じゃな」

「もぐもぐ。なるほど」

「旦那様。『隠蔽いんぺい』を使って、軍へ紛れ込む魔族も居ましたので」

「だから遊撃か」


 遊撃とは攻撃する目標を定めず、戦況に応じて自由に敵を攻撃したり自軍の援護に回る事である。軍へ紛れ込んだ魔族が情報を得ても、作戦を失敗させないために編成したらしい。


「ほっほっ。その通りじゃが、セレス殿じゃったな?」

「はい。前回は御話できませんでしたが」


 闘技場の完成式典へ来た時は、エインリッヒ九世が居たために部屋を分けた。顔は知っていたが、話した事はない。


「ソフィアから、指揮官として有能じゃと聞いておる」

「まあ。お恥ずかしいです」

「エルフと言えば、女王は息災かの?」


 エルフの女王ジュリエッタは、悪魔崇拝者から呪いを受けて仮死状態中だ。その事実は言えないため、セレスは慌ててうそを言った。


「え、ええ。忙しくしておりますが」

「三国会議へ出席しておらなんだゆえ、心配をしておったのじゃが」

「フェリアスは問題も多く……」

「人的交流も始まったからの。助力をするのは、やぶさかでないぞ」

「い、いえ。フェリアスだけで片付けますので」

「もぐもぐ。話がれてるよ」

「ほっほっ。そうじゃな」


 セレスなら大丈夫だろうが、あまり余計な聞かれると変に勘繰られる。そこで、助け船を出して話を戻させた。


「つまりファインは、その実績を買われてデルヴィ侯爵のところへ?」

「そうじゃな」

「勇者候補から脱落したって聞いたけど?」

「うむ。自己申告で脱落したのう」

「自己申告でいいんだ……」

「カードで判定されるがの。全ては聖神イシュリルが決める事じゃ」


(カードか。ソフィアへ捨てたと言ってから見てないな。まあ、自堕落生活をしてるから、何にも変わってないだろうが……)


「まあいいか。レイナスが勝った事だし、お祝いだな」

「決勝が残っておるぞ?」

「そうだった。その相手は次の試合に出るんだっけ」

「勝ちあがるのは、ローイン公爵家指南役のラウールじゃろう」

「たしか、生き残る剣とかレイナスが言ってたなあ」

「ほっほっ。しぶとさは天下一品じゃ」

「うげぇ。そういう相手は嫌だなあ」


 防御特化をした相手との対人戦。MMORPGでは、無駄な時間だけが過ぎる。防御に特化した分、攻撃は弱い。しかし、こちらの攻撃もダメージが小さいためにイライラとしてしまう。すると、そのすきを突かれて大きく削られるのだ。これを繰り返すと負けである。


「そろそろ始まるじゃろう」

「もぐもぐ。それはいいや。相手は弱いでしょ?」


 実際に戦うレイナスが見るならいいが、フォルトが見ても仕方がない。彼女は巣立ったのだ。ルールが変わり、彼女を操作しても負けてしまうだろう。


「それより、お代わりが食べたい」

「三国会議の時もじゃが、よう食うのう。待っておれ」


 グリムと話していても食べていたが、それらの飯も平らげてしまった。まだ暴食ぼうしょくが収まっておらず、もう一回ぐらいは腹へ納めたい。


「さてと……」


 グリムが食事を頼んでいる間に、セレスを連れて身内の輪の中へ戻る。それから周りをピンク空間に染めつつ、レイナスについて話すのだった。



◇◇◇◇◇



「侯爵様。戻りましたぞ」


 シュンたちが居る貴賓室へファインが入ってきた。激しい試合をしていたとは思えないほど汗をかいておらず、清々しい笑顔をしていた。


「見事じゃったな」

「いやはや、お恥ずかしい。ですが、ご期待通りに」

「それでよい。時に、ワシの息子を紹介しよう」

「は?」

「シュン。こっちへ来い」

「こ、侯爵様! その言い方は……」

「ほっほっ。シュン・デルヴィ名誉男爵だ」


 デルヴィ侯爵の冗談で肝を冷やしそうになる。たしかに養子として迎えられたが、それは形だけのものだ。人前で言うのは控えたい。それはそれとして、まずはホストスマイルを作りファインと向かい合う。


「ボンジュール。シュン殿」

「は、初めましてファイン様。シュンです」


 ファインも冗談だと分かっているので、デルヴィの家名は付けない。爵位は家名に掛かるので、侯爵が居る場合は名誉男爵も付けない。公の場ではフルネームで爵位を付ける事になる。使い分けが面倒だが、要は慣れである。


「ははっ。畏まらなくてもいいですぞ。同じ異世界人ですからな」

「ありがとうございます」

「そちらの御嬢様方もね」

「「はい!」」


 シュンのホストスマイルに負けない笑顔で、三人の女性に礼をする。芝居ががっているところがイヤらしいが、自然な感じなので嫌みがない。年齢は三十代後半だが、なかなかの紳士である。


「ファインよ。レイナス嬢はどうであった?」

「なかなかの逸材ですな。あの若さで、あそこまで強いとは」

「ふむ。困ったものだな」

「そうですな。〈剣聖〉が指導しているようで」

「〈剣聖〉は一度見ましたが、相当な腕前だと思います」

「私よりもですかな?」

「失礼ですが、そうですね」

「どの程度だと思うかね?」

「一撃も与えられずに沈むと思われます」

「ははっ。侯爵様、よい拾い物をしましたなあ」


 ファインはご機嫌のようだ。嫌みを言ったつもりはないが、そう受け取られても仕方のない言い方だったにも拘らずだ。それに対してシュンは、拾い物という言い回しにカチンときそうだったが、それはお互いさまだろう。


(小気味のいいおっさんだな。おっさんじゃねえか? まあ、俺らから見ればおっさんだ。でも、これで仲良くなれそうだな)


「ほっほっ。シュンは頭もよい。若い頃のファインみたいにな」

「それは褒め過ぎですなあ。ところでシュン殿?」

「シュンで構いません」

「そうですか。でしたら私も、ファインで結構」

「はい。それでファイン。どうしました?」

「レベルはいくつでしたかな?」

「三十から上がっていません。フェリアスで上げる予定です」

「ふむ。ならば、レベルが三十八になったら戻りなさい」

「は?」


 レベルをいくつまで上げるかは決めていなかったが、その意味が分からなかった。なぜレベル三十八で戻るのか。


「ははっ。戻った時に伝えます。いいですな?」

「分かりました」


 何か狙いがあるのは明白だ。デルヴィ侯爵が何も言わない事から、それが命令なのだろう。そして、内容を聞いては駄目という事も理解した。


「そりゃ、俺らもか?」


 ここでギッシュが口を挟んできた。彼は今回の旅で英雄級になるつもりだ。それに建前では部下だが、同じ勇者候補としてチームを組んでいるだけの認識である。レベルを上げている途中で戻るつもりはないようだ。


「この者は要りませんな」

「な、なんだと!」

「私の話は、侯爵様の命令ですぞ」

「俺には関係がねえ!」

「そうでしょうとも。でしたら、城塞都市ミリエに帰るとよろしい」

「ファ、ファイン!」


 さすがにギッシュが居なくなると困る。せっかくチームとして機能しているのだ。彼はタンクとして優秀であり、今後も使っていきたいのだ。そう思い会話を止めようとしたシュンより先に、デルヴィ侯爵が口を挟む。


「ファイン。その辺にしておけ」

「これは失礼しましたな。いや、そちらのマウンテンゴリラも失礼」

「テ、テメエ! 死にてえらしいな」

「やれますかな? 私の試合を見ていませんでしたか」

「けっ! あんなもんがなんだってんだ! 表へ出ろや!」


 売り言葉に買い言葉。デルヴィ侯爵が止めても止まらない。しかし、ファインは侯爵の快刀だ。これには狙いがあるのだろう。


「ちょ、ちょっとギッシュ!」

「け、喧嘩けんかは駄目ですよ」

「ギッシュ。落ち着いて」

「ギッシュ様……」


 他の仲間も止める。ここは貴賓室であり、大貴族であるデルヴィ侯爵も居る。隣の部屋は国王エインリッヒ九世も居るのだ。こんな場所で騒ぎを起こしたら、たとえ勇者候補でも処分されてしまうだろう。


がくが足りませんなあ。それでは、いずれ命を落としますぞ」

「試してみろや! ああっ!」

「よさんか!」


 デルヴィ侯爵が怒り出してしまった。侯爵が怒るところは初めて見るが、かなりの迫力だ。これも大貴族としての威厳なのだろう。


「申しわけないですな」

「ク、クソッ」

「其方らはブラッドウルフか! おとなしくしておれ!」


 シュンは笑いそうになってしまったが、場違いなので控えた。例えがブラッドウルフとは、やはり異世界である。さすがにツッコミを入れられないので、ギッシュの近くへ行き落ち着かせる事にした。


「ギッシュ。落ち着け」

「けっ! 俺は城へ帰るぜ」

「何言ってんだ。これからフェリアスだろ?」

「それは後で行く! テメエらとは終わりだ!」

「そう言うな。今までやってきた仲じゃねえか」

「もともとテメエとはウマが合わねえ! いい機会だぜ」

「ギッシュ!」


 完全に意固地となっている。これを覆すのは骨が折れそうだ。ギッシュは暴走族の総長でツッパリである。骨が折れるどころか無理かもしれない。


「ファイン。何て事を」

「その話は終わりですな。侯爵様もいらっしゃいますので」

「と、言われてもなあ」

「シュンの目指しているものは、なんですかな?」

「っ!」


(ファインはギッシュを切れって言ってるのか? だが、それは駄目だ。ギッシュが居ないと魔物との戦闘に支障をきたす。だが、目指しているものか……)


 シュンはデルヴィ侯爵の近くで出世街道を歩みたい。もちろん勇者級にも成長したい。二者択一ではなく、両方とも成し遂げたいのだ。


「ギッシュの代わりは居ません」

「ホスト。テメエ……」

「ギッシュ。とにかく、後で話し合おう」

「ちっ。分かったよ」


 不貞腐ふてくされたギッシュは、椅子を反対側へ向けてドッカリと座った。それから腕を組んで天井を見上げている。その姿は近寄りがたい。


「参ったな」

「シュン。あれは苦労するわよ?」

「分かってる」


 アルディスの慰めにならない慰めを聞いて、本当に困ってしまった。後で話し合うも何も、ギッシュの状態を見ると無理だ。


「シュン。こっちへ来い」

「は、はい」


 デルヴィ侯爵から呼ばれたシュンは、ギッシュを仲間たちに任せて移動する。そして、恨めしそうな目でファインを見た。


「ファインが見たというレイナス嬢の剣だが」

「たしか、ミスリルの剣ですよね」

「ファイン」

「あれは聖剣ですな。どこで手に入れたか分かりませんがね」

「聖剣?」

「聞いた事がないかね? 魔剣と聖剣は、この世界で最高の武器だ」


 シュンはファインから魔剣と聖剣の話を聞いた。魔剣の方は魔人が剣になったという逸話が中心で、魔人グリードや砂漠の王セーガルが持っている。

 聖剣は魔剣を模倣して作った剣で、精霊などを材料に使う。人間を材料に使うという話はされなかったが、フォルトがソフィアから聞いた内容と一緒だ。


「そんな武器を?」

「〈蒼獅子〉プロシネンが持っていましたからな」

「プロシネン?」

「おや。お知り合いで?」

「聖女ミリエを紹介される時に、手ほどきを受けました」

「なるほど。まあ、見た事があるので分かった次第ですな」

「ふむ。聖剣か」


 デルヴィ侯爵が目を細めている。こういう時は、何かしらを考えている時だ。その邪魔をしないように、ファインとシュンは静かにする。


「シュン。フェリアスにな」

「はい」


「「うわあああああああっ!」」

「「きゃあ!」」


 話の途中で、闘技場の観客から大声と悲鳴が聞こえた。シュンには何が起こったか分からないが、急いで視線を外へ向ける。


「な、なんだ?」

「シュ、シュン! まずいよ!」

「なっ!」


 窓際から舞台を見たシュンは驚いた。いや、シュンだけではない。この貴賓室に居る全員が目を見開いた。予想だにしない事が起こったのだ。しかし、この緊急事態に対し、デルヴィ侯爵は薄い笑いを浮かべているのであった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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