第296話 闘技場の混乱1

 グランテは鉄格子の奥へ向かって歩き、地下へ降りる階段を見つけた。ここまでくる間にジュリアを見ていない。数人で見回りをしているはずなので、一人では来ていないはずだった。


「ジュリア」


 階段の先へ声を飛ばすが返事はない。この階段の先は、魔物や魔獣がおりへ入れられている場所だ。


「ちっ。まあ、怪しい者が居るなら使うだろうしな」


 グランテは手で頭をきながら階段を下りる。壁には松明たいまつがくべられており、辺りを明るくしていた。

 闘技場で怪しい者が居た場合、魔物や魔獣を解き放って混乱を誘うのは常套手段じょうとうしゅだんだろう。そのため、見回りの経路には入れていた。


「おーい。ジュリア!」


 階段は折り返し階段になっている。途中にある踊り場から下をのぞき、大声でジュリアを呼んだが返事はない。


「この先って、どうなってたっけ?」


 返事がないため、さらに階段を下りる。すると、目の前に鉄製の扉が見えてきた。この扉は分厚く頑丈である。魔物や魔獣が暴れても破られないはずだ。


「これじゃ、聞こえねえよな」


 この扉は奥開きになっている。そこでグランテはドアノブを回して扉を押す。すると、首筋へ温かい風を感じた。


「なんだ?」


 グランテは辺りを見回すが、誰かが居るはずもない。階段の方からは、風の流れを感じた。気のせいだと思い、扉を一気に押し込んで部屋の中へ入っていく。すると、目の前にジュリアと二名の団員が居た。


「おや? グランテじゃないか。どうしたんだい?」

「見回りがてら報告を聞きたくてな」

「今のところは何もないねえ」

「そうか。その扉の奥は?」


 部屋の中には、さらに奥へ向かう扉があった。その扉には小さい小窓がついており、それを開けると奥が見えるようだ。


「今は誰も居ないよ。後で餌やりのやつが来るだろうさ」

「餌か……」

「どうしたんだい?」

「いや。ここから数匹の黒猫が観客席へ行ってるみてえでよ」

「はあ? その頑丈な扉を開けてかい?」

「そこまでは知らねえ。観客から苦情が入ってよ」

「そんなのは、私らの仕事じゃないねえ。闘技場のやつに言いなよ」

「そりゃ分かってる。まあ、ついでだ」

「黒猫ねえ」


 血煙の傭兵団の仕事は警備だ。怪しい者が居れば捕まえて、犯罪を未然に防ぐ。観客同士のトラブルがあれば、闘技場から放り出す。それが仕事だ。

 危険のない動物などが居るならば、それは闘技場の運営側の問題だ。魔物や魔獣の餌ならば尚の事である。


「そこの魔獣とかは、猫なんて食うのか?」

「知らないよ。肉なら食うんじゃないかい? 人間だって食べるからね」

「そりゃそうか。まあ、せっかく来たからな。調べとくか」

「いいけどね。おまえたちは抜け穴とか探しな」

「「へい!」」


 ジュリアの命令で、二名の団員が部屋を念入りに調べ始めた。別に放っておいてもいいが、観客には運営側と傭兵団の差は分からない。また苦情がきても警備に支障が出そうなので、調べてしまう事にした。


「餌があるなら、この扉の先か」

「隔離部屋だね」

「どれ……」


 グランテは奥へ向かう扉の小窓を空けて中を見る。奥にも松明たいまつあるが、そろそろ消えそうだ。本来なら餌やりの者がつけ直すのだろう。


「鍵は?」

「空いてるよ。まったく。管理が雑だねえ」

「上のやつらもカードゲームをやってたしな」

「まあ。中型の魔獣なら、この扉からは狭すぎて出れないよ」

「そうだな。舞台へ上がる通路は奥か?」

「見取り図だと、隔離部屋に搬入する通路と舞台へ出る通路があったね」


 仕事の依頼を受けた時に、運営側から闘技場の見取り図を見せてもらった。それを使い警備の配置などを決めたのだ。貴賓が使うような隠し通路などは分からないが、一般に公開できる部分は全てを網羅していた。


「搬入する通路か。そっちが怪しいな」

「舞台からだと、観客や審判が気付くだろうね」

「中へ入ってみるぜ」

「しょうがないねえ。ついてってやるよ」

「仕事中だからヤれねえぞ」

「私をなんだと思ってるんだい? 終わってからでいいよ」

「へっ!」


 この部屋は団員に任せて、奥の扉から隔離部屋へ入る。そこからは短い通路になっており、進んだ先は広い隔離部屋になっていた。そこへ入った瞬間に温かい風を感じたが、目の前の魔物や魔獣たちに圧倒されて気づかない。


「グルルルル」

「ガウッ! ガウッ!」

「ゲコッ!」


 その隔離部屋には大量のおりが配置されており、その中に中型の魔獣や直立したカエルのような魔物が閉じ込められている。一つのおりに一体だ。


「こりゃあ」

「どうしたのさ?」

「こいつらって、アルバハードの北にある平原の魔物じゃねえか?」

「私は行った事がないからねえ」

「キラーエイプにプレーンウルフ。ニードルパンサーも居るぜ」

「へえ。強いのかい?」

「推奨討伐レベルは三十以上だな」

「はっ! よく捕まえられたねえ」

「そうだな。げっ! マンティコアも居やがる!」


 グランテでも一対一では負ける可能性の高い魔獣たちだ。その中に見つけたマンティコアには絶対に勝てない。戦えばさそりの尻尾で殺されるか、その凶悪な牙でや爪で引きちぎられるだろう。それに中型なので、逃げるのも難しかった。


「奴隷紋をほどこされてるから安心しなよ」

「そ、そうだな。だが、こいつらを捕まえたやつは何者だ?」

「知らないよ。それより、黒猫を探すんだろ?」

「そうだった。搬入口ってどこだ?」


 グランテとジュリアは隔離部屋を見回す。すると、前方に大きな扉がある事に気づいた。その途中には上へ向かって伸びる坂道もある。


「こっちは舞台へ出るほうだな」

「上へ向かってるしね。じゃあ、奥の大きな扉だねえ」

「だが、松明が消えてるな」

「他のも消えそうだしねえ」

「扉に隙間がないか見ればいいか」

「そうだねえ」


 前方の大きな扉の周囲は薄暗くなっている。それでも扉自体は部屋の明かりに照らされていた。これなら問題なく調べられるだろう。


「でけえ扉だな」

「一人じゃ開けられないだろうね」

「扉が開いたままに……。なってねえな」

「黒猫が通れるような隙間もないね」

「ハズレか?」

「必死に探す必要もないさ。戻ろうかね」

「そうだな」

「ニャア」


 グランテとジュリアが戻ろうとした瞬間、どこからか猫の声が聞こえた。気のせいかもしれないが、二人は耳を澄ましてみる。


「うん?」

「ニャ」

「な、なにかしら?」

「ニャ」

「ニャ」

「黒猫が居るのか?」

「………………」


 たしかに連続して猫の声が聞こえた。気のせいや空耳などではない。グランテは辺りを見回す。ジュリアも周りに気を配った。


「ど、どこだ?」

「気配はないね」

「たしかに声がしたぞ!」

「聞いたよ。でも、どこにも居ないねえ」

「なっ! あれは……」


 グランテが発見をした。扉近くの影に、猫のものであろう二つの白い目がある。他に点在する影を見ても同じような目がある。魔獣たちのおりの中にもあった。


「ニャ」

「ちょ、ちょっと。ドンドンと増えてるよ?」

「ニャ」

「ニャ」

「クソ。こんなにいるのかよ」

「ニャニャニャニャ」

「なんかヤベエな。戻るぞ!」

「え、ええ!」

「「ニャニャニャニャニャニャニャニャ」」


 そこらじゅうの影に猫の目が現れた。その事に危険を感じたグランテは撤退を決意する。そして、ジュリアとともに隔離部屋から出るために走り出した。

 と、その時……。


「ニャンシーパニックじゃ!」


 どこからか、かわいらしい女性の大声が聞こえたのだった。



◇◇◇◇◇



 シルビアとドボがグランテと別れてすぐに、魔界へ向かったニャンシーが戻ってきた。そして、マモンに告げるのであった。


「マモンよ。先に行っておるのじゃ」

「いいぜ。あたいは影へ入れねえからな。『透明化とうめいか』で消えていくわ」

「うむ」


 マモンと話したニャンシーは、『影潜行かげせんこう』のスキルを使い影へもぐる。それからそこらじゅうにある影を使って移動を開始した。


わらわの言う事を聞いてくれて助かったのじゃ。後で魚が必要になるが、主なら許してくれるじゃろ)


 誰と話すでもなく、目的の場所へ移動中である。目的の場所は、眷属のケットシーが見つけておいてくれた。闘技場の中は隅々まで把握済みであった。


「ニャ」


 魔界へ行く時に放っておいた眷属の一匹が、グランテの影から思念を飛ばしてきた。どうやら鉄格子の前で、人間と話しているようだった。


「お主はそのまま、そやつの影に留まるのじゃ」

「ニャ」


 グランテの影へ入っている眷属は待機だ。動きを逐一報告させるためである。ニャンシーは彼を尻目に通り過ぎて、鉄格子の先へ延びる通路へ向かう。


(階段じゃな。この先じゃのう)


 人の気配がないため、一度影から出て階段を走って下りる。松明たいまつの明かりが多いため、影が続いていない場所があったためだ。しかし、途中まで下りたところで眷属から思念が飛んできた。


「ニャ」

「扉の先にも人間がおるのか。まあよい」


 せっかく影から出たが、扉の前で影の中へもぐる。それから扉の隙間にある影を通り部屋の中へ入った。


(三人もおるのう。この者たちは邪魔じゃが……。気にしても仕方がないの。どうせ影の中におる間は、何もできんのじゃ)


 ニャンシーは三人の人間を無視して、さらに奥の扉の影へ移動する。それから扉を通り抜けて、影から飛び出した。そして、グランテの影にひそんでいる眷属へ思念を飛ばす。


「あの男はどうじゃ?」

「ニャ」

「うむ。部屋へ入ったようじゃな。マモンはおるか?」

「ニャニャ」

「一緒に部屋へ入ったとな? さすがじゃの。こちらも急ぐとしようぞ」


 ニャンシーは通路を走り出して隔離部屋へ入った。そこにはフォルトたちが捕まえた魔物や魔獣がおりの中に入っている。


「そなたたちは、静かにしておれ」

「グルルルル。ガウッ!」

「やはり獣じゃの。言葉が通じんのじゃ」

「ニャ」

「おっ! よさそうな場所があったとな?」

「ニャ!」

「よしよし。ならば、そこへ集めるのじゃ」

「ニャニャ」


 ニードルパンサーと話していたニャンシーは、奥にある大きな扉の前へ移動した。扉の前に影はないが、影になっている部分は、所々に点在していた。


わらわは一度、魔界へ戻るのじゃ。後は手筈てはず通りにの」

「「ニャ!」」


 この場にいる眷属を残し、ニャンシーは魔界へ戻り印を付ける。それから辺りを見回すと、印から離れた場所に援軍が遊びながら待っていた。どうやら連れてきた場所がずれていたようだ。


「ニャ」

「ニャアニャア」

「ええい! 一度だけ、わらわの眷属にするのじゃ!」

「ニャア?」

「うむ。一度だけじゃ。仕事が済んだら解放するのじゃ」

「ウニャア」

「うむ。終わったら魚を届けさせるからの。安心するのじゃ」

「「ニャ!」」


 ニャンシーは援軍のケットシーたちを眷属にして、先ほど付けた印から隔離部屋の大きな扉の前へ送り込む。それからそこらじゅうにある影へひそませた。

 すると、隔離部屋へグランテと女性が入ってきたのを確認した。その二人はおりの前で話を始めている。


「よお。来たぜ」

「気づかれないのは、さすがじゃのう」

「造作もないぜ。んで、ここで襲うのかい?」

「そうじゃ。わらわたちで混乱をさせるからの。その間にな」

「奪えばいいんだな?」

「そうじゃ。おっと、近づいてきたの」


 『透明化とうめいか』で消えているマモンと打ち合わせをしていると、おりの前で話していたグランテと女性が歩いてきた。そして、大きな扉を調べ始めたのだった。


(まだじゃ。まだまだ。これ、鳴くでない!)


「ニャア」


 なんと、眷属にした援軍の一匹が鳴き声を上げてしまった。それに釣られて、他の眷属たちも鳴き始める。


「うん?」

「ニャ」

「な、なによ!」

「ニャ」

「ニャ」

「な、なんだ? 猫か!」


 グランテが辺りを見回している。女性は気配を探っているようだ。しかし、その程度で見つかる眷属ではない。しかし、その内の一匹が目を開けた。


(こ、これ! 目を開けるでないわ!)


「ニャ」

「ちょ、ちょっと。ドンドンと増えてるよ?」

「ニャ」

「ニャ」

「クソ。こんなにいるのかよ」

「ニャニャニャニャ」

「なんかヤベエな。戻るぞ!」

「え、ええ!」

「「ニャニャニャニャニャニャニャニャ」」


 鳴き声の連鎖が止まらない。そして、大量の白い目がグランテを見つめる。それに危険を感じたようで、女性とともに逃げ出そうとしていた。

 と、その時……。


(え、ええい! もうやるしかないのじゃ!)


「ニャンシーパニックじゃ!」


 ニャンシーは大声をあげて、眷属たちへ命令を下すのであった。



――――――――――

Copyright(C)2021-特攻君

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