第295話 接戦3
闘技場の警備をしているグランテは、観客席から出た通路で打ち合わせをしていた。トーナメントは盛り上がっているようで、観戦したい衝動に駆られる。
「ちっ。俺も仕事じゃなきゃ見てえけどな」
「団長。何か言いましたかい?」
「いや。警備の方はどうなってる?」
「怪しい者を何名か捕まえましたぜ。ですが……」
「どうした?」
「怪しいだけで捕まえていいんですか?」
「いいぜ。片っ端から捕まえとけ」
「へ、へい!」
闘技場警備の仕事は、
「他の団員は?」
「上の階へはあがれませんから、闘技場の外と入り口ですね」
「上は宮廷騎士団が居るからな」
「へい。上の階は無視しろと言われていますよね?」
「ああ。そっちで何か起こっても、俺たちは手出しできねえ」
「へへ。楽な仕事でさあ」
「まあな。クラウケスに感謝だぜ」
今回の警備報酬は破格だ。通常の十倍はもらえる。ジュリアがとても喜んでいたのを思い出した。
「そうだ。ジュリアは?」
「たしか、
「魔獣どもが居るところか。客の出入りはねえよな?」
「もちろんですぜ。なんなら、見てきましょうか?」
闘技場には、フォルトたちが捕まえた魔獣などが
「なあ。あんた」
「あん?」
そんな事を考えていると、後ろから不意に声を掛けられた。振り向くと若い男女が居る。白い肌をした女性と黒い肌をした男性だ。
「何者だ?」
「何者と言われても、私たちは観客だよ」
「観客だあ? その観客が俺になんの用だ?」
「いや。あんたと言うか、警備に用があるんだが」
「なんだ。観客同士のトラブルでもあったか?」
グランテは二人をジロジロと見るが、そのいで立ちは冒険者のようだ。トラブルに巻き込まれれば、自力で解決ができそうである。しかし、念のために聞いておく。問題が起きてからでは遅いからだ。
「立ち入りができねえ通路があるだろ?」
「あん? ああ、魔獣どもの居る場所へ向かう通路だな」
「そっちからよ。黒猫が何匹か現れるんだよ」
「はあ? 黒猫だあ」
何の話かと思ったが、どうでもいいような内容だ。どこにでも猫は居る。外へ出れば犬だっている。町から出れば狼だっているのだ。
「いやよ。その黒猫たちがな。観客の飯を食い散らかしてよお」
「そんなのは追っ払えよ。警備の仕事じゃねえな」
「そりゃ分かってるさ。だが、出てきたのが魔獣が居る通路だよ?」
「………………」
「何かがあって、魔獣が
「ちっ」
猫ごときに何ができるわけでもない。しかし、この者たちが言う通り魔獣が
「そういう事だよ。私らは試合を見るからね」
「よろしくな!」
それだけを伝えてきた二人は観客席へ戻っていく。しかし、もともと様子は見に行くつもりだった。
「団長。どうしやすか?」
「うーん。ジュリアに用があるから、俺が行く」
「分かりやした」
「オメエは戻って、観客席の警備にあたれ」
「へい!」
グランテは団員を送り出して、
その鉄格子の前には誰もおらず、カウンターから部屋の中を
「おい。サボんな!」
「あん? ああ、血煙の傭兵団団長のグランテさんだっけ?」
部屋の中の三名はカードゲームをして遊んでいる。
「なんか、通路の奥から黒猫が数匹ほど出てくるようだが?」
「魔獣の餌でも逃げ出したか。ははははっ!」
「馬鹿野郎。ちゃんと管理をしとけ!」
「うるせえなあ。それで、何の用だ?」
「こっちにジュリアが来ただろ?」
「その女なら中へ入って行ったぜ。待ってろ。今、開けてやる」
警備の一人が扉から出てきて、鉄格子の
◇◇◇◇◇
「「うおおおおっ!」」
レイナスが動くと観客が大歓声をあげる。ファインへ向けて聖剣ロゼを突き出したのだ。それから右足を前へ出して、剣先をクルクルと回転させた。それは彼の得意の型で、それには苦笑いを浮かべている。
「ははっ。私のマネですかな?」
「ふふ。そうなりますわね」
「見よう見まねでやれるものではありませんが?」
「そうかもしれませんわね」
このフェンシングの型は、ファインが居た世界のものとは違い改良をしてある。競技としてのフェンシングではなく、この世界での殺傷を目的としたものだ。
「では、指導をしてあげるとしましょう」
「はっ!」
ファインの言葉が終わったと同時に、レイナスは右足を伸ばして体ごと聖剣ロゼを突き出す。相手は立っている場所から動かずに、右手に持つエストックで軽く弾き軌道を反らした。
「駄目ですな。力が乗っておりませんよ!」
聖剣ロゼを弾かれたレイナスは、正面が無防備になった。そこへファインが同じ突きを放ってきた。こうなると彼女はガードができない。
「やあ!」
ファインが放った突きを体を
「なっ!」
レイナスは弾かれた聖剣ロゼを戻さずに、そのまま遠心力を乗せながら体を回転させてファインを襲った。トリッキーな動きであるが、意表を突いたようだ。しかし、その攻撃は空を切ってしまう。
「よっと」
ファインが一瞬にして前方へダイブをして、レイナスの横を通り抜けていった。そして、地面の上を三回転ほどして立ち上がる。その時に帽子を落としたが、立ち上がった後に拾っていた。そして、ズボンの汚れをはたく。
「ちっ」
レイナスは舌打ちをしながら、もう半回転をして正面を向く。それから聖剣ロゼを正眼に構えた。ファインは帽子をかぶり直し、いつもの構えをする。
「ふう。危なかったですなあ」
「「うおおおおっ!」」
「「レイナス! レイナス!」」
「「ファイン様! かっこいいですわ!」」
今の攻防で、観客がスタンディングオベーションだ。レイナスが回転をして、ファインが前方へ飛んだのだ。目に見える大きな動きに、どよめきと歓声で闘技場を震わせている。
(それにしても、当たりませんわね)
レイナスの攻撃は、イライザのトリッキーさとファインの剣技を混ぜたものである。しかし、
「(あいつ……。レベルが四十をこえてない?)」
「(やっぱりロゼも、そう思うかしら?)」
「(うん。でも、スキルや魔法が禁止なら差は少ないはずよ)」
「(そうね。では、どう攻めようかしら?)」
「(それは自分で考えなさいよ! 私はサポートするだけよ)」
意識があるうちは、聖剣ロゼがレイナスを動かす事ができない。最も攻撃に適した情報を渡す事と、軌道を少し修正するぐらいしかやれないのだ。それでも十分に強いのだが……。
「お強いですなあ」
「あなたもね。ですが、そろそろ決めさせていただきますわ」
「やれますかな?」
「フォルト様が見ていますからね」
「そうですなあ。デルヴィ侯爵様も、お待ちかねだ」
なかなかファインを攻めきれないが、頭の中へ最適化した攻撃のパターンが流れ込んできた。その数は多くないが、どれを選択しても似たような確率だ。
(さてと。どれも難しいですわね。それに……)
レイナスには一つの気がかりがあった。それは、ファインが持っているソードブレイカーだ。あの短剣で攻撃を受け止めて、反撃する事も可能なはず。それに武器を破壊する事は禁止されていない。しかし、いまだに使っていないのだ。
「ですが、行きますわ」
レイナスは正面へ走り出した。それを見たファインは、落ち着いてエストックをクルクルと回している。まるで照準を付けているようだ。この時点で観客は押し黙り、二人の攻防を凝視していた。
「無謀ですぞ! はっ!」
そして、レイナスが射程圏内へ入る。剣を正眼に構えて走り込んできた彼女の左肩を狙い、体ごとエストックを突き出した。
「ふふ。そうかしら?」
ファインの突きは高速であり無駄な動作がない。一方のレイナスは聖剣ロゼを振り上げられない。振り上げれば、エストックが先に当たるだろう。この突きに対応するには、弾くか
「なっ!」
レイナスは突きが出された瞬間に、滑るように右足で急ブレーキをかける。それから聖剣ロゼを振りかぶった。これで彼女は横向きとなりエストックを
ファインは体全体が前へ出ている。そして、踏み出した右足もくの字に曲がっていた。完全に突きが終わった体勢だ。こうなると、開いた体の正面にレイナスが居る事になる。彼は完全に無防備状態であった。
「やあ!」
「甘いですぞ!」
レイナスは振りかぶった聖剣ロゼを振り下ろそうとした。すると、ファインが左手で持ったソードブレイカーで下から受け止めようとする。
この攻撃が受け止められると、エストックを引き戻されてしまう。それから無防備となった腹へ、突きを繰り出してくるだろう。
「(ロゼ!)」
「(任せなさい!)」
振り下ろされてきた聖剣ロゼが加速した。そして、ソードブレイカーで受け止められるより前にファインの眼前で止まる。その後、聖剣ロゼにソードブレイカーがコツンと当たったのだった。
「勝者、レイナス!」
闘技場は審判の声だけが響き渡った。それを聞いたレイナスは、聖剣ロゼを
「お見事でしたなあ」
その行動を見て観客も気づいたようだ。試合は終わったと。勝ったのはレイナスだと気づいた。そして、闘技場は割れんばかりの大歓声に包まれたのだった。
「「うおおおおっ!」」
「「レイナス、レイナス!」」
「「レイナス、レイナス!」」
「「うおおおおっ!」」
観客たちには、ファインの突きの速さや、レイナスの振りの速さは見えていないだろう。それでも勝者と敗者が決まった事で、テンションが爆上がりだった。
「ファイン様! かっこよかったですわ!」
それでも大歓声が収まってくると、ファインへ黄色い声援を送っていた。彼はその声に手を振って答えている。
「紙一重でしたわ」
「そうですなあ。その剣に秘密がありそうですが」
「っ!」
「よい剣を手に入れましたな。武器も強者の証ですぞ」
「そうですわね。特注で作っていただきましたのよ」
(聖剣だと気づかれている? それとも、ただの業物と思っているのかしら。聞くと、やぶ蛇になるわね。最悪の状態を考えておきましょうか)
レイナスは元貴族の令嬢だ。ポーカーフェイスはお手のもので、表情を作り勘違いをさせる事もできる。今は内心を悟らせないように、笑顔で応じておいた。
「両者、中央へ!」
また審判は
――――――――――
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