第294話 接戦2
「おっ! レイナスが動き出したぞ」
貴賓室の窓際に立つフォルトは、カーミラとソフィアを
「お手並みを拝見ねえ」
「ふふ。どうなるのかしらね」
「動きは妥当だな。まずはゆっくりと、相手の手のうちを見ろ」
当初、自分がレイナスを操作つもりだったフォルトは脳内で操作していた。彼女へ伝わる事はないが、ゲームをやるような感覚で見ている。
「御主人様! 楽しそうですね!」
「まあな。レベルは互角だろうが、おそらく格上の相手だ」
「相手の人間は珍しい構えねえ」
「突くって言ってるようなもんじゃない」
「あれはフェンシングというやつだな。まあ、アレンジをしてるようだが」
「フォルト様もやれるのですか?」
「まさか。見た事があるだけで、俺はやれん!」
氷河期世代の引き籠りに何を期待しているのやら。そんな事を思ってしまう。昔から体を
「あっ!」
「ちゃんと
「あれぐらいの突きならねえ」
「………………」
ファインとの距離が詰まったところで突かれたようだ。一瞬の出来事だったが、レイナスは無難に
「ふむ。今度は時計回りに動くか」
「あの男の死角を狙っているな」
「ティオか」
四人と試合を見ていると、ベルナティオも近くへ寄ってきた。フォルトの左右は空いていないので、斜め後ろに立っている。
「あの突きは正面から受けたいだろう」
「動作がコンパクトだからな」
フェンシングの突きは、肘を伸ばして体ごと突き出すのだ。腕を後ろへ引き絞らないので、突くまでの距離が短い。よって、横から突かれたりすると対応が難しい。正面で受けた方が反撃もやり易いのだ。
「おっ! レイナスが走り出した」
「やる気ねえ」
「防戦一辺倒じゃ勝てないからね」
「あっ! え?」
今度もレイナスを凝視していたが、ファインへ走り込んでから先が速すぎて分からなかった。今は両者が距離を取って、試合開始前のような状態へ戻っている。それには首を
「あれぐらはやれねばな」
「当然ね。私も鍛錬につき合ってあげたのだから」
「あはっ! でも、余力はまだあるわねえ」
「旦那様。レイナスさんはすごいですね!」
今の攻防が終わったところで、セレスも近づいてきていた。フォルトの周りは甘い香りに包まれて、顔の筋肉が緩みそうになる。
それはそれとして、彼女たちには見えていたようだ。ベルナティオは見えて当たり前か。魔族の強者であるマリアンデールとルリシオンも見えていた。そして、ハイエルフのセレスもだ。きっと、動体視力がいいのだろう。
「御主人様は見えてないですよね!」
「あっはっはっ! その通り!」
「あたしも無理ぃ。やっぱりレイナスは先輩強いなあ」
「私も無理ですわ」
「当然、無理っす!」
「私は魔法使いですので」
他の身内たちも見えていないようだ。仲間が居るのはいい事である。そんな事を考えながら、もう一人に尋ねた。
「グリムの爺さんは?」
「ほっほっ。無理に決まっておろう」
仲間が増えた。実際、見えなくて当たり前の者たちだ。アーシャは本格的に剣術をやっておらず、リリエラは一般市民と同等。他の者たちは魔法使いだ。
(はぁ……。もう俺の操作の方が駄目出しをくらうな。あんなのを指示していたら、相手に負けてしまうぞ。そう、レイナスは独り立ちをしたのだ!)
そう考えると、最初の模擬戦でルリシオンに手加減をされていたと分かる。されているだろうとは思っていたが、かなり力を抑えていたらしい。
そんな事を考えながら彼女を見ると、振り返って胸に指を当ててきた。シモベとなった事で、考えている事が薄っすらと分かったのだろう。
「最初の模擬戦は面白かったわよお」
「俺が遊ばれていたんだな」
「そんなの当たり前じゃなあい」
「そ、そうか」
「私を楽しませるのがフォルトの役目よお」
「思い出した。そう言っていたな」
慰めになっているのか、なっていないのか。よく分からないが、それでよしとしてしまう。シモベになった事で、ルリシオンの強さはなんとなく分かる。だからこそ手加減されて当たり前と思えた。
「なあ。エストックで突かれたら、危なくないか?」
「寸止めは可能だろう。それが判定でどうなるかだな」
「あいつ。寸止めができるのか?」
「レベルは三十の後半で、勇魔戦争の経験者だろう?」
「そう聞いたが」
「なら、平気ではないか? 初戦も寸止めをしていたぞ」
「あ……。そうなんだ」
「きさまは見ていなかったからな」
「ははっ。つまらなくて」
「ふん! 見ておいて損はないぞ」
ベルナティオに
「あのエストックへ魔法が付与されれば貫かれるぞ」
「そ、そうか。そうだよな」
「急に避けられるものではない。ベッドの中でゆっくりと教えてやろう」
あの行為でファインの突きを避けられるとは思えないが、こちらから突く事は可能だ。どうやら、それがベルナティオの目的だろう。
「んんっ! ティオ君。
「いいではないか。あそこまで鍛えたのは私だぞ」
「そ、そうだな。では、抱いてやろう」
「フォルト様。御爺様が……」
「お主。ここをどこだと思っておるのじゃ?」
「す、すみません!」
グリムが白い目で見ている。
「そ、そうだ! レイナスを見ないとな!」
フォルトは
◇◇◇◇◇
ファインの最初の突きを見たシュンが、目を見開いて立ち上がる。そして、突きを
「マ、マジか……」
「あの姉ちゃん。以前より強くなってやがるな」
「ファインさんの突きはすごいわね。ボクに
「なんだよ。アルディスは見えたのか?」
「シュンは見えなかったの?」
「いや。薄っすらとは見えたけどな」
「俺も薄っすらだな。だが、見えりゃなんとかなるぜえ」
「動体視力はいい方だからね!」
「さすがは空手家」
「ふっふーん!」
完全に見えたのがアルディス。薄っすらと見えたのがシュンとギッシュだ。他の仲間は見えていない。何が起こったのかも分からないだろう。
「ほう。其方は見えたのか」
「は、はい! 召喚される前は格闘技をやっていたので!」
「さすがは勇者候補だな。その調子でシュンを支えてやれ」
「はい! 任せてください!」
デルヴィ侯爵の一言で、アルディスは緊張を
「そんな事より、動き出したぜ」
「見逃せねえな」
時計回りに動くレイナスとファイン。その動きをシュンは凝視する。すると、彼女が反時計回りに走り出した。
「仕掛けるか?」
「行ったぜ!」
「なっ! なにが……」
レイナスがファインへ迫り剣を跳ね上げた。すると、ファインが奇妙な動きで
「アルディス!」
「また剣の柄を使ったね。エストックが弾かれたよ」
「な、なるほど」
(さすがは空手家と言いてえところだが、目も鍛えねえと駄目だな。たしかトレーニングで鍛えられるって聞いた事がある)
動体視力のいいアルディスには見えていた。それには複雑な感情が沸き上がるが、それを
動体視力は七十代の老人でも鍛えられる。さまざまなやり方はあるが、基本的には眼球につながっている六本の筋肉を鍛える事である。シュンたちなら、すぐに鍛えられるだろう。
「互角だな」
「クソ。体がウズウズしやがるぜ」
「レイナス嬢は、ファインと互角なのか?」
「ファイン様は余力を残していると思われます」
「ワシには差が分からぬからの」
「戦いの事は俺らに任せな。どっちも残してるだろうぜ」
「ギ、ギッシュ」
「よい。無礼講なのだ。其方らの感想も聞きたい」
ギッシュは無礼であったが、デルヴィ侯爵自らが無礼講と言っているのだ。あまり
(まあ、言ったところでギッシュは変わらねえしな。侯爵様はファイン様の勝利よりも、レイナスの強さを知りたいのか? だったら……)
「ノックス。魔法使いから見て、今のレイナスちゃんはどうだ?」
「ぼ、僕? 僕じゃ倒せないよ」
「そうじゃなくて、スキルや魔法が禁止ならだ」
「当たる事が前提だけど、魔法とスキルが禁止なら……」
「倒せそうか?」
「いや、無理だね。一発じゃ致命傷にならないと思う」
「無力化は?」
「うーん。やっぱり無理かなあ。精神力は強そうじゃない?」
「そうだな」
「どっちにしても、僕の魔法じゃ無理だよ」
「ほう。其方の魔法なら無理か。なるほどのう」
やはりデルヴィ侯爵が食いついた。レイナスの強さはもとより、弱点を探していたのだろう。ノックスの話だけで何かが分かるとは思えないが、シュンの視点が気に入ったようだ。
「なら、勇者チームのシルキーさんならどうだ?」
「お姉……。シルキーさんなら勝てるかもね」
「ふーん。まあ、レイナスちゃんよりレベルが高いだろうしな」
「それもあるだろうけど、魔法は偉大だからね」
「なるほど」
「あの女か」
「お知り合いで?」
「うむ。手は出せんがな。其方の話はためになったぞ」
「あ、ありがとうございます」
知り合いと言っても、顔を合わせた程度だと思われる。それに勇者チームの一人なので手は出せない。彼らに手を出すと、アルバハードが敵になる。領主のバグバットが、生き残った勇者チームの自由を保証しているからだ。
「それよりホスト。また動き出したぞ」
「お、おう。この戦いは見逃せねえ」
ギッシュに
――――――――――
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